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2017年2月24日 (金)

ビジネスマンが書く日本史とは (五)

 前回の記事《ビジネスマンが書く日本史とは (四) 》の末尾に《「臣一利」と自称する人物が《バランスの取れたニュートラル》であるわけがないからである》と書いた.
 半藤一利氏は,一般にはやや保守的な論客としていいだろうが,こと天皇制に関しては保守というよりも明らかな右派であると考えてよい.そして半藤氏は昭和史を得意分野とする右寄りの論客であり小説家ではあるだろうが,しかし歴史家と呼ぶには資質的に大きな問題がある.

 それを示すために,もう一ヶ所を『世界史としての日本史』(小学館新書) から引用する.(Kindle 版の位置 No.1998-2007)

半藤 まあね。でも、私たちの世代は不勉強であるのは事実で、そういう連中が、偉そうに戦後の日本を引っ張ってきたんですよね。じゃあ、これが下の世代ならどうかというと、昭和10年代生まれの連中は、どうにもならないくらい "戦後民主主義の申し子"。アメリカイズムと言いますか、もうアメリカの影響を受けまくっている。さらに、これは出口さんに怒られるのを承知でいいますが、出口さんたち昭和20年代生まれの人々は、いわゆる団塊の世代ですね。これがまた、なんて言うんですかね……
 出口 ボロクソに言っていただいて結構ですので(笑い)
 半藤 この連中がやったのは全共闘運動ですよね。計算も展望もない、未熟な全否定運動。当時の悪口で、"真っ赤なリンゴ" というのがあります。外側は左翼がかって赤いが、ちょっと皮をむくとみんな真っ白だと。
 出口 中身が何もないと。
 半藤 そう、外側だけが赤い。ところが、この人たちは70年安保が終ると、 "働き蜂" に変身して、猛烈に働き始めるんですね。
 出口 もともと中身が何もないからですね。

 おそらく,戦時中に軍国少年であった半藤氏の頭の中は,先の戦争が終わり,昭和天皇が現人神 (あらひとがみ) であることを自ら否定 (Wikipedia【人間宣言】) したときに思考停止状態になってしまったのであろう.すなわち氏が得意とする昭和史とは,戦前と戦中だけなのである.戦後のことは全くわかっていない.そしてわかろうとしないし調べて勉強しようともしない.そのような半藤氏の無教養が露呈してしまっているのが,上の引用箇所なのである.
 本書のあちこちで半藤氏と出口氏はお互いの教養を褒めあいつつ,一般日本国民を無教養と嘲っているが,無教養なのはどっちだと,呆れて声もでない.

 さてこの二人の無知無教養について,一つ一つ示すことにする.
 まず《昭和10年代生まれの連中は、どうにもならないくらい "戦後民主主義の申し子"。アメリカイズムと言いますか、もうアメリカの影響を受けまくっている》から.
 「戦後民主主義を代表する人物は」と問われれば,昭和史について多少の知識がある六十歳以上の十人のうちの十人 (それより若い人たちはこの「戦後民主主義」という言葉自体を知らない可能性がある) が,それは大江健三郎だと答えるだろう.大江健三郎は昭和十年生まれで,まさに半藤氏が《昭和10年代生まれの連中》と,悪意を込めて「連中」呼ばわりする世代である.
 上の引用箇所の中で半藤氏は,大江健三郎の名を露骨にはあげていないが,《昭和10年代生まれの連中》と書いているのは明らかに大江健三郎を意味している.昭和十年代生まれの戦後民主主義者として大江健三郎を除外することはできないのである.
 天皇制に一貫して批判的な立場を取ってきた大江健三郎を,昭和天皇の臣下を自称する半藤氏が嫌うのは致し方がないが,しかし大江健三郎が《アメリカイズムと言いますか、もうアメリカの影響を受けまくっている》が意味不明である.
 大江健三郎がアメリカの影響を反面教師として受けまくっているというならわかるが.(笑)
 例えば Wikipedia【大江健三郎】から次の箇所を引用しよう.

2003年の自衛隊イラク派遣の際は「イラクへは純粋な人道的援助を提供するにとどめるべきだ」とし、「戦後半世紀あまりの中でも、日本がこれほど米国追従の姿勢を示したことはない」と怒りを表明した。

 戦後民主主義の申し子である大江健三郎が《アメリカの影響を受けまくっている》と言うなら,半藤氏は大江作品を批評すること (例えば自著なり,文芸批評家の説を引用するなどして) でその説の根拠を示さねばならぬ.大江健三郎の名を明示しなければ口から出まかせを言っても構わないという態度は許されない.それは物書きの責務というものである.
(続く)

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