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2017年1月19日 (木)

なべやき考 (大船 運ど運屋)

 昨日の記事《すきやき考》に私は次のように書いた.

以上をまとめて考察するに,江戸時代は貞享から元禄にかけて,鍋料理である「杉焼き」が料理屋でもてはやされた頃は,「焼く」には「煮る」調理も含まれていたと考えられる.
 翻ってみれば,和語「たく」は,「炊く」「焚く」の他に「焼く」とも書く.よく挙げられる用例は「護摩を焚く」「護摩を焼く」である.(共に「ごまをたく」と読み,後者は「ごまをやく」とは読まない)
 つまり「炊く」も「焼(た)く」も,便宜的に別の漢字を当ててはいるが,元々は同じ和語「たく」なのである.
 すなわち料理名の口語「すぎだき」を料理屋が「杉焼き」と書き表したために,次第に読みが「すぎやき」に変化したと考えられる.

 この論理を鍋焼きうどんに適用してみようというのが本稿の意図である.
 すなわち,元々は「鍋で炊いたうどん」料理は「なべだきうどん」であるが,この煮込みうどん料理を考案したうどん屋が品書きに載せる際に,「たく」に漢字「焼」を当てて「鍋焼き (なべだき)」と書いたために,いつしか客たちは「なべやきうどん」と呼ぶようになった.これが私の仮説である.
 以上,鍋焼きうどんについての考察終わり.昨日長々と《すきやき考》を書いたのは,実は本日の《なべやき考》のマクラだったのである.とはいえ短かすぎるのもなんだから,もう少し書き足す.

 鍋焼きうどんは,自宅で拵えようとすると色々な具を揃えるのがめんどくさいので,端から作る気が起きない.
 だったら蕎麦屋で注文して食えばいいようなもんだが,東京でも横浜でも藤沢でも,私が出向く辺りの町中で,蕎麦屋の熱い汁うどんを食うのは,私の苦手とするところだ.
 大阪人は東京のうどんを「人間の食いもんじゃねえ」と罵る (のがお約束だ) が,あの真っ黒けで極端に甘辛い汁はそう言われても仕方ないものだと思う.

 私の郷里の群馬県は,江戸期の昔から食い物には質素だったという.
 利根川流域は別として,赤城山麓から南に広がる地方,すなわち現在の関東平野北端に位置する県域は,陸稲耕作地帯だった.うまい米が採れなかった.そのせいで酒は臭い清酒しかできなかった.
 その代わり小麦栽培は盛んに行われ,うどんの質の高さには見るべきものがあり,福田赳夫元首相がよく郷土自慢していた.
 昭和の中頃の群馬.食い物に質素な一般庶民の家でうどんを打ったり,乾麺を茹でて食うときの汁は,煮干しで出汁を採った.蕎麦つゆでも,うどん汁でも味噌汁でも,すべて煮干しの出汁だった.煮干しは安価だったからである.
 蕎麦うどん用には,煮干し出汁に少しの醤油で味付けをした.砂糖や味醂は,贅沢品だったからとまでは言わないが,使わないのが上州の家庭では普通だったと思う.だから東京風の喉が渇くような甘辛さはなく,あっさりとしていて,蕎麦の味もうどんの味もしっかりとおいしく感じられたものだ.
 だがしかし時の流れは如何ともし難く,有名な水沢観音の門前街道のうどん屋も,昔は上州風の汁のうどんを食わせたのであるが,今ではすっかり観光地化してしまったせいで,東京からの観光客に迎合したのであろう,甘辛い汁や胡麻だれなどと妙なつけ汁が幅を利かせるようになり,中にはカレーうどんなどを出す店まであって,わけがわからぬ状態になり果てたのが残念である.

 東京の蕎麦の名店は別として,私が入口をくぐるような蕎麦屋は,うどんも商っている.
 そういう店で私が天ぷらを肴に酒をのんでいると,すぐ隣のテーブル席でデパートで買い物を済ませて立ち寄ったと思しき推定年齢五十七歳の御婦人が鍋焼きうどんを注文して食べたりする.
 その様子が否応なく目に入ってくるから鍋の中を何気なく見ると,立ち昇る湯気の中にメインは海老天か落とし卵,これに麩,蒲鉾,葱に椎茸が載った豪華な陣容で,この上なく美味のように見える.
 だがしかし,御婦人の箸でつまみ上げられたうどんは,甘辛く茶色に煮しめられていて,どう見てもまずそうだ.

 鍋焼きうどんは,美味なのか,まずいのか.

 いずれ遠くないときに西の方角から鉦や太鼓を叩いてにぎやかに阿弥陀如来様御一行がお迎えに来てくださるであろう私は,そろそろこの問題に決着をつけ,そうしてから浄土へ旅立ちたいと思う.
 で,思い出したのが大船駅に近いところにあるうどん屋である.
 ある日,鎌倉へ散策に出かけた折の帰路,鎌倉駅から大船駅行のバスに乗ったら,大船駅前の商店街 (仲通り商店会) が狭いバス通りとぶつかる角にある「運ど運屋」という暖簾が目に入ったのだ.
 妙な店名だが,看板には「手打ちうどん」とあり.運送屋ではなくて歴としたうどん屋なのである.
 「食べログ」をみると,絶賛レビューが並んでいて,評価は驚きの星3.5 だ.
 レビューの一部をタイトルだけ引用列挙してみる.(斜体の部分)

商店街の昭和なうどん屋さん
大船で雰囲気のある「運ど運屋」さん
冷やし+カレー= 素晴らしいコンビネーション
最近は高級な店もありますが、大船の庶民派うどん屋と言ったらまずここをお勧めします。
気軽に入れるうどん屋
大船仲通商店街を象徴する下町風のうどん屋さん【再訪】
「けんちんうどん」ですが豚肉が入ってます
透明感があり、つるつるとした喉越しとモチモチとした食感の麺
大船うどんと名乗ってもいいと思う
きちんとした手打ちうどんが食べられるお店です
「うどんや」だと思ってたけどなぁ…で、確かめた!
面白い屋号のうどん屋
大船の手打ちうどん専門店 @ 運ど運屋
手打ちうどんがなかなか美味しい、運の字ふたつの運ど運屋でうんどんや。
いつも通り過ぎていました。 大船に来ていつか行こうと思っていました、うどん屋なのでうどんの付くセッ
幼時(むかし)鍋焼きうどんはご馳走だった
   この人↑のレビューから以下に少し引用する.
ということで注文したのは、このお店のメニューでも単品では一番高い「なべ焼うどん:980円」。しばらく調理に時間がかかったものの、提供されたそれは、まさしく私の幼い頃に頂いた懐かしい「ご馳走」でした。
鍋焼きうどんとは、かくあるべき、というビジュアルと味付けで、心の中までぽかぽかと温まって、お店を後にしました。

 「食べログ」という口コミサイトが信用できないことは,去年の事件 (「食べログ」は,レビュー者たちの評価とは無関係に,運営側の都合で恣意的に飲食店の評点が決定されていることが,飲食店主の告発で発覚した事件) で今や世間に広く知れ渡ってしまったが,その他にも,飲食店の法違反 (食品衛生法違反など) などネガティブ情報や,辛口評価は書いてはいけない規則 (書いたら削除される) があるなど,まあ随分なことをやっているサイトである.
 そんなわけだから,レビューにも信憑性に疑問符が付く.
 ではあるけれど,《幼時(むかし)鍋焼きうどんはご馳走だった》さんが《鍋焼きうどんとは、かくあるべき、というビジュアルと味付けで、心の中までぽかぽかと温まって》とまで書いているので,この「運ど運屋」で鍋焼きうどんを食べてみることにした.体がぽかぽかと温まる料理は私たちの身の回りによくあるが,心まで温めてくれる食い物は,そう滅多にあるものではない.

20170119a

 店を訪れたのは昼前の十一時半頃.既に席の半分に客がいて,小上がりに会社の上司と部下二人と思われる三人連れ,テーブル席には会社員三人のグループ,老夫婦一組,御婦人二人連れ (会話から察するに母娘らしい)などなどであった.人気のある店のようだ.

 私のテーブルに,薄手のガラスコップに注がれた熱い蕎麦茶が置かれ,店の人は「熱いから気を付けて」と言った.熱くて持てなかったから,気を付ける必要はなかった.熱いお茶は湯呑に入れて欲しいものだが,それは私の個人的希望に過ぎない.店の流儀にとやかく言うものではなかろう.
 さて鍋焼きうどん九百八十円也を注文して待つこと暫し,出てきた鍋は土鍋ではなく鉄鍋だった.そしてこれに薬味 (柚子の皮と葱) の小皿と椀が一つ付いて来た.
 具は,衣は大きいが海老の身は小さな小さな (人差し指くらいの長さ太さ) 海老天が一本,車麩ではない極く普通の麩一個,紅白蒲鉾各一枚 (五ミリ厚),椎茸一個,筍一切れ,葱,ほうれん草であった.
(この鍋焼きうどんの料理写真は,ここを御覧いただきたい)
 椀に汁とうどんを取り分けたのだが,箸で持ち上げたうどんが自重で切れそうだったので,慎重な取り扱いが必要であった.次に先ず汁を蓮華で飲んでみた.
 レビューに《鍋焼きうどんとは、かくあるべき、という 味付け》と書かれた汁の,あまりの甘辛さに私の口はひん曲がった.
 「食べログ」レビューで皆が絶賛したうどんを食べてみた.
 レビューに《きちんとした手打ちうどん》と書かれたうどんは,箸で切れそうな,腰抜けうどんであった.
 もったいないから具は全部食べたが,汁はほぼ全部残した.飲んだら血圧が上昇して収縮期 140 を突破すること必定と思われたからである.
 というわけで,これで私は今生の鍋焼きうどんは堪能した.心置きなく御仏のもとに参ることにする.

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