太古の暗号ミステリー
一週間前の土曜日,TBSテレビ『世界ふしぎ発見!30周年スペシャル』を録画した.
いや実に長寿の番組である.しかも内容がよい.
その『30周年スペシャル』は,《未来を変える冒険者たち》と題して次の三テーマで放送されたのだが,その中でも私は《人類史を覆す太古の暗号に秘められたミステリー》に興味をそそられた.
《フィヨルドの衝撃映像! バイオロギングで迫るザトウクジラの謎》
《折り紙顕微鏡で未来を変えろ! マダガスカルの小さな科学者たち》
《人類史を覆す太古の暗号に秘められたミステリー 》
番組中でも紹介されたのであるが,《人類史を覆す太古の暗号に秘められたミステリー》にはタネ本がある.『最古の文字なのか?』(ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガー著,櫻井祐子訳;文藝春秋社刊) だ.
その紹介によると,この本の著者は今年の夏,氷河期の洞窟の壁に描かれている記号に関する研究成果をまとめ,博士論文として世に問うという.
ということは,彼女の研究の中心的な部分 (方法論と結論) は本書には書かれていないことになる.自然科学の場合,学術論文誌以外の書物に書いてしまったことは,学位論文には引用できないルールがある (=オリジナリティが要求される) からだ.
私が考えるに本書は,彼女の博士論文の序文に相当するものだ.
一年後か二年後,博士号を得た後に,きっと博士論文の本文に相当する内容が出版されるに違いない.それを楽しみに本書を読むとしよう.
[追記]
翻訳者の櫻井祐子氏は1965年生まれで,フリーの翻訳家である.お若くはないのであるが,今の若い人に特徴的な文章のクセ (というか未熟な日本語) が見られるのは残念だ.一例として,訳文が推測の文型なのに末尾に疑問符をつけてしまっている.これは,文脈からして原文はおそらく疑問文であるので,それならそれで訳文もきちんと疑問文にしなければいけない.これはネット上に見られる若い人の文章に特徴的な誤りである.
それから,訳者は,自分は人類学の門外漢であると訳者あとがきに書いている.これはいかにもまずい.自然科学書は小説ではないのだから,語学力があるから翻訳できるといったものではない.自然科学書の翻訳者には,その科学分野の基礎的な知識教養が必須である.読者は門外漢で一向に構わないが.(笑)
この翻訳者のつたない文章 (*) が本書の価値を落としてしまっているかも知れない.その上しかも,専門知識の欠如による誤訳があるかも知れないことに,読者は注意して読む必要がある.
(*) 本書 p.20 に《これは私が見た最も美しい洞窟とはとてもいえない。》と直訳が書かれているが,まるで日本語になっていない.この訳文では,二番目に美しい洞窟であることを否定できていない.しかしこの洞窟は,絶対に二番目に美しい洞窟でもないのだ.
きっと原文は " not + 最上級" であるに違いない.だとすると「この洞窟は私が今までに見た中でも,かなり酷い状態のものだ」が原文のニュアンスである.最悪に近いのである.その証拠に,著者と一緒に洞窟を調査した考古学者グスタボは《この洞窟はほんとに最悪でね》と言っている.(本書 p.16)
《この洞窟はほんとに最悪でね》と p.16 に訳文を書いておきながら,p.20 で《これは私が見た最も美しい洞窟とはとてもいえない。》とは一体どういうことだ.本書の翻訳をした櫻井氏が,私が知っている最も優秀な翻訳家であるとはとてもいえない.(笑)
高校の英文和訳の授業で " not + 最上級" を習うはずで,長文読解テストでは文脈に沿ったニュアンスで解答する必要がある.まるで中学生みたいな,日本語になっていない直訳では,高校ではよい点数をもらえない.(日本語になっていればいわゆる翻訳調でも全く構わない.櫻井氏が高校生の場合は,だが)
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