鎌倉のパエリア (十二)
私のテーブルに置かれた Brasserie 雪乃下の雪乃下パエリアを見て驚いたことは,二点ある.
一つは同レストラン公式サイトに掲載されている料理画像とかけ離れた外観であったこと,もう一つは既に述べたように,これが注文後たった十五分で運ばれてきたことである.
前稿に載せた画像を再掲載し,この画像と実際の料理実物との比較を以下に記す.
上の料理の画像を見ると,パエリア鍋の左奥にムール貝がある.その手前に殻付きアサリがあり,またムール貝の右側に有頭エビの頭と思われるものがある.
料理画像はそのようになっているが,私の目の前の雪乃下パエリアには殻付きアサリではなく,剥き身のアサリが使われていた.指の爪ほどの大きさのかなり小粒の,おそらく業務用の水煮であろう.
パエリアという料理はスペインの伝統食で,本来の作り方はほぼ決まっている.すなわち種々の具材からでる出汁で米を炊くのである.私たちが国内のスペイン料理店 (地中海料理店などのジャンルも含め) で魚介のパエリアを食べるとき,ほとんどの場合は有頭エビが用いられている.この有頭エビの頭胸部の旨味が大変においしいからである.
家庭で魚介のパエリアを作る場合の材料は,何でもいいようなものであるが,有頭エビや殻付きアサリ,特に有頭エビを使わず,冷凍食品のシーフードミックスなんぞを使おうもんなら一気にパエリアらしさはなくなり,それは単なる洋風炊き込み御飯とでもいうべきものとなる.剥き身の冷凍エビや水煮アサリからはほとんど旨味がでないからである.パエリア的雰囲気を醸そうとして,大いに奮発してサフランを使ったとしても何の意味もなくなってしまうのである.
サフランはスペインのバレンシア風パエリアを構成する3つの主材料1つであり、その鮮やかな黄色の元でもある。
(画像とキャプションは Wikipedia【サフランの取引と利用】から引用.
画像<File:ValencianPaella.jpg> はパブリック・ドメイン [出典:ウィキメディア・コモンズ <Wikimedia Commons> ])
もしもある日,貴兄のご家族が「今日の夕ご飯はパエリアですよ」と言ったとしよう.そして出てきたものをみたら具材がシーフードミックスだったとする.そうしたら「この炊き込み御飯はおいしいね」と言ってほめてあげよう.それを決してパエリアと呼んではならぬ.
では,Brasserie 雪乃下の雪乃下パエリアに使用されていたエビは何だったか.
驚くべきことに,冷凍のシュリンプだったのである.冷凍食品の安価なシーフードミックスに入っているアレだ.大きさは米菓の柿の種ほど.
ムール貝については,生の冷凍品だったか水煮の業務用食材だったか,流通しているムール貝に関する知識が私にはないので,よくわからなかったので言及しない.
しかし,このムール貝の身が,干からびて固くなっていたことは指摘せねばならぬ.
また剥き身アサリも縮んでゴムのような食感になっていた.
炊かれた米の上には,切手二枚ほどの大きさにスライスした根菜 (たぶん鎌倉野菜なのであろう) が少し載せてあり,この野菜もあわれにしなびていた.
この状態を見るに,パエリア鍋ごとオーブンで焼いたのではなかろうかと思われた.
さらに,パエリアを炊くと普通はオコゲができるのであるが,雪乃下パエリアにはオコゲがなかった.
Brasserie 雪乃下の厨房を実見したわけではないから何とも言えないが,料理に要した時間が十五分程度だったこととあわせて考察し,後日に再現を試みた.
まず,具なしのサフランライスをフライパンで炊く.この時に水はコンソメスープの素を用いた.
これが冷めてから小さな耐熱鍋に移し,上に大根の薄切りを載せ,その上に amazon で購入した冷凍ムール貝を解凍したものとアサリ水煮缶詰を載せてオーブンで焼いた.冷凍シュリンプは少量包装が入手できなかったので省略した.
首尾はどうであったか.要するに作り置きを再加熱するわけであるから短時間でできること,炊かれた米と耐熱鍋とのあいだにオコゲがなかったこと,ムール貝とアサリが乾燥してしまったことなど,似たようなものが再現できたと満足いく結果であった.よかったよかった.ヾ(- -);
もう一度言うが私は Brasserie 雪乃下の厨房を実見したわけではないから何とも言えないが,作り置きを再加熱するやり方で雪乃下パエリアと似たようなものを作ることが可能である.
私が食べた雪乃下パエリアの料理としての出来栄えは,これはもうパエリアとは言いにくいものであった.藤沢の人気スペイン料理店のパエリアよりも高い値段で,しかもファミレス以下の味だと私は思った.
こんなものがパエリアか? 食べながら私はそう呆れた.しかしよく考えるとこれはパエリアではなく雪乃下パエリアという創作料理だと考えられ,だとすると優良誤認のおそれはあるものの,“同レストランのメニューにバーニャカウダと書いてある料理が実はバーニャフレッダである”という明らかな詐称と比較すれば,まだましなレベルのダメさかげんであると思われる.よかったよかった.あーよくない.
(話は余談だが,出てきた料理を見て「公式サイトの料理画像と実物が違うじゃん」なんてことが,すぐその場で確認できるとは,ほんとによい時代になったものだ)
(続く)
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