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2016年11月20日 (日)

名刺なんてラララ

 少し前のこと.私よりも一回り年上のかたと会って雑談していたら,そのかたから「そうそう,名刺を差し上げましょう」と,自作ではないちゃんと印刷した名刺を頂戴した.
 普通の老人で名刺を持っている人は珍しい.

 とはいうものの,かつての私の会社同僚で取締役にまで昇進した男たちは今でも財布に名刺を入れて持ち歩いている.
 一人は東大卒の取締役専務執行役員と監査役を歴任した人で,今の名刺の肩書に何が書いてあるかというと,釣り同好会の役員なんだそうだ.
 もう一人は京大卒で取締役常務執行役員で引退した.これは私の同期入社だった.
 この男の名刺には,氏名と住所のみが書いてある.

 私は思うのだが,彼らの名刺に何の意味があるのだろう.
 名刺は記号である.
 今の肩書が趣味の釣りでも無役でも,とにかく上質の名刺を刷って持っていて,相手に名刺を欲しいと言われなくても「私はこういう者です」とむりやりに手渡し,相手に「いやあ名刺を切らしておりまして失礼致します」と言わせる.それが会社員人生で功成り名を遂げた彼らの矜持なのだろう.
 誰にも,忘れられないことはある.彼らはきっとそれが名刺なのだ.

 会社員の名刺と同じ意味の記号に,歌手のマイクがある.
 最もよく知られている例は,山口百恵のラストコンサートである.
 現役時代の彼女と無縁の世代でも知っている有名なエピソードを Wikipedia【山口百恵】から引用しよう.

1980年10月5日、日本武道館で開催されたファイナルコンサートでは、ファンに対して「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」とメッセージを言い残し、そして最後の歌唱曲となった「さよならの向う側」で堪えきれずに、涙の絶唱となった。歌唱終了後、ファンに深々と一礼をした百恵は、マイクをステージの中央に置いたまま、静かに舞台裏へと歩みながら去っていった(なおこのマイクは現在小樽にある石原裕次郎記念館に展示されている。

 このときステージの床に置かれたマイクこそが,歌手としての山口百恵だった.
 翻っていま,マイクを床に置かなかった人々を笑ってはいけない.背もたれが頭よりも高い大きな椅子に腰かけ,何も入っていない豪華なデスク (書類なんぞは下っ端が持っているものなのだ) から部下たちを眺め,あるいは個室に鎮座し,女子社員がお茶を淹れてくれる会社員人生のラストコンサートを,凡百の誰が忘れられよう.だからこそマイクを置いた山口百恵は彼女自身があの時代の記号になったのである.
 あー,都はるみは復帰しましたが,私ははるみファンです.(笑)

 最初に書いたお年寄りのことに戻る.
 そのかたの名刺の肩書はこうだ.

(社) 日本音楽著作権協会会員 (JASRAC)
 全日本音楽著作家協会会員
 なんのなにがし

 初対面ではないが,しかし音楽家だとは思ってもいなかったので,感心して詳しく訊いてみたら,趣味で歌を作っているのだという.
 そこで「すごいですね」とほめたら,話が止まらなくなった.
 日本音楽著作権協会については,日本の音楽をダメにした張本人だと承知しているが,全日本音楽著作家協会は初耳である.
 この団体について更に訊いてみたら,会員の義務として定期的に作品 (作詞や作曲) を発表しなければいけないのだそうだ.
 そうすると作品をCD化したりするサポートが受けられるという.もちろん有料サポートだ.
 自分の作った歌をCDにしたら,次は日本音楽著作権協会会員となって,自作品の著作権を主張する音楽家になるのだ.
 ここで私はもう話を切り上げたかったのであるが,彼はバッグからCDを取り出した.
 ジャケットの画像は,彼の熱唱場面である.
 作詞作曲家だと思ったら,歌手でもあったのだ.
 そうして彼は「この歌を聴いた感想を聞きたい」と言った.
 そして押しに弱い私は断ることができず,帰宅してうなだれながらそのCDを試聴したのであった.曲も歌詞も,私の感想は推察していただきたい.全日本音楽著作家協会というのは,そういう営利団体なのである.会員数はすごいらしい.年金暮らしの老人を食い物 (以下略)

 さて今朝,起床して朝飯の支度をしながらラジオをオンにしたら,北野まち子という歌手の「明日舟」と題したド演歌が流れてきた.
 歌詞はここにあるので,みていただきたい. 

 で,なんだその明日舟ってのは.
 義兄弟の漁師の演歌に「兄弟舟」とかあるのは,それはわかりやすい.しかしこの歌は別に漁師夫婦を歌ったものでも,船頭夫婦の歌でもなさそうである.
 こんな「歌」と呼んでいいものかどうか疑われるものが作られて歌われて,それで飯を食っている日本音楽著作権協会だから,日本の音楽をダメにした張本人だと言われるのだ.誰が言っているかというと私だが.

 才能ある人が作った歌詞は,説明がいらない.
 人間なんてラララ ララララ
 いきなり人間なんてラララで,元は二分間ほどの短い曲なのに,このフレーズを繰り返して夜明け前を長時間ずっと歌い続けることができたのである.
 歌とはそういうものなのである.
 ただし,南こうせつによると,日が昇るちょっと前に歌い始めて感動的な夜明けの大合唱にもっていくはずだったのだが,日の出の時刻を間違ったために,いつまでも歌う破目になってしまったのだとさ.
 なんだそりゃ.まあいいや.(笑)

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