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2016年10月 2日 (日)

現実と虚構 (三)

 前稿《現実と虚構 (二)》の末尾に私は次のように書いた.

ところが第一作の大ヒットに喜んだ東宝幹部は,死んだはずのゴジラを復活させてシリーズ化を目論んだ.
 ゴジラは海底で生き延びてきた古代生物ではなく,水爆実験でアンギラスと共に現代に蘇った恐竜であるという話になった.そして被爆者として死んだゴジラではなく,毎年定期的に柴又に帰って来て暴れたあとまたどこかに去っていくゴジラ寅次郎がこれ以後のゴジラの性格設定となったのである.

 つまりゴジラ映画は,第一作「ゴジラ」を除き,それ以後は怪獣映画の体裁をとった「男はつらいよ」シリーズなのであった.
 ただしゴジラ映画は「男はつらいよ」シリーズと異なり,私たちは寅次郎には感情移入できるが,ゴジラは何を考えているのかわからないので,感情移入がなかなか難しいということが問題である.
 そのためであろうか,ゴジラ映画制作陣は怪獣の擬人化を何度も試みた.モスラがゴジラを「一緒に戦おう」と説得するとか,であるが,これはやればやるほどギャグ化するだけであった.
 (《シェー 》に,

1965年に公開された映画『怪獣大戦争』で、ゴジラが劇中の2シーンにおいて、合計5回も「シェー」のポーズをとった。これは、同作の監督、本多猪四郎と特技監督の円谷英二のアイデアだったという。さらに、ゴジラ以下主演の宝田明、ニック・アダムス、沢井桂子がシェーをしているポスターも製作された。

とある)

 そんなこんなで,ゴジラ映画というのは,制作された本数だけは多いが,第一作以外はすべてクズだと言っていい.
 私のようないわゆる団塊の世代は辛うじて第一作の登場をこの目で見たわけだが,私たちよりも下の世代にとっての「ゴジラ」は遠いレジェンドだったのである.ついこのあいだまで.
 しかるに「シン・ゴジラ」は,昭和三十年代にかくあるべきだったゴジラを,スクリーンに復活させた.いい歳をした,しかし映画好きな大人たちが「シン・ゴジラ」に歓声を上げて迎えたのは,「シン・ゴジラ」がゴジラ映画の真の第二作だからなのである.
(続く)

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