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2016年9月

2016年9月30日 (金)

藤沢 はま吉

 ちょっと前,このブログでアニメ映画「君の名は。」について《この八月つまり今週公開のアニメ『君の名は。』がちょっと気になっている.はたして大人の鑑賞に耐える作品なのかどうか》と書いた.(《夏休みアニメ 》)

 その後,この映画が大ヒットしていることは諸兄御案内の通り.
 それで,隣町のシネコンでいつまで上映しているのかはわからないが,やはり観ておいたほうがいいだろうと思って,今日行ってきた.

 ジブリ作品などはいかにも昔からのアニメ絵であるわけだが,この「君の名は。」は映像美の点で群を抜いているとの評価を,ネットでも紙媒体でも得ているように思う.
 たしかに,映像の遠近感というか空気感というか,とても美しいスクリーンである.
 また主人公の男女はありがちなアニメ調の絵柄なのだが,同じ画面に驚くほどリアルな描画が同居していたりする.
 そして,そういう作画演出にも感心したが,同時にラブストーリーとして充分に大人の鑑賞に耐える作品だと私には思われた.「シン・ゴジラ」と並んで今夏の収穫であるという評言を書いた批評家がいるが,同感だ.アニメ映画史上に残る作品だと思う.

 で,劇場を出ての帰路,昼飯をどこで食うか思案した.
 ここは一つ気張って鰻にしようと決めたのは,藤沢駅南口にある「はま吉」に私はまだ入ったことがないからである.

20160930b

 この店は超人気店で,平日の昼間でも並ばないといけないのだが,私は飯を食うために行列をするというのが好きでない.それが今までこの店で鰻を食ったことのない理由である.
 しかし最近のことだが,糖尿病予備軍の気配がすると医者に忠告された.ひょっとすると,このまま鰻に別れを告げることになるやも知れず,それなら今生の思い出に人気店の鰻を食っておくかと思ったのである.

 しかし結論.
 この店より味もコスパも良い鰻屋はそこら中にある.列を作ってまで食うことはない.

 それはそれでいいとして,今日の昼飯は大変に気分が悪かった.
 この「はま吉」は鰻屋だけあって店の中が鰻の寝床になっている.
 入口は狭く,そこから奥に向かって左側にカウンター席がずっとある.そのカウンター席の背中側 (つまり右側) に二人席の小テーブルがいくつかあるというのが,この店の作りである.
 さて店の外で待っている客が次第に減り,私と,私よりも御年配の上品そうな老婦人が,店員に呼ばれて同時に店に入った.中の腰掛で二人はまた少し待たされて,それから私とその老婦人は並んでカウンターに着席した.
 私の右はその老婦人,左側は七十の坂は越していると思しき老人夫婦 (そんな風な会話をしていた) で,爺様が私の左隣であった.
 爺様夫婦に鰻重が運ばれてきたあと,他の客にも次々に盆に載せられた鰻重が届いた.
 そして私は驚いたのだが,私と老婦人よりも前に店に入っていた客たちは,おそらく半分がいわゆるクチャラーだったのである.私の外食歴は長いが,これほど異常なクチャラー率は経験がない.
 ピチャピチャという咀嚼音が店内のあちこちから聞こえ,中でも私の左にいるじじいが吸い物をずぶぶぶぶぶぶと啜る音が異様に高く響く.こいつは茶もずぶぶぶぶぶと音を立てる.そして重箱に口をつけてずるずると啜るように口に鰻飯を流し込んだ.
 食い終わるとこのじじいは,備えてある爪楊枝で歯をせせった.シーハーシーハー.お前はダース・ベイダーか.
 あまりのことに「そんな汚らしい音を立ててものを食うんじゃねえっこのじじいっ」と憤然席を立とうと思ったのだが,せっかくの鰻重なので最後までいただきました.こらこら.
 ちなみに,「君の名は。」開演前の近日上映作予告編で,スター・ウォーズ番外編「ローグ・ワン」をやった.ダース・ベイダー再び,だ.言語の壁があるから,欧米人には人気があっても,スター・ウォーズのスピン・オフ作品群は,私たち日本人にはなじみがない.どんなもんだか,これは観なくてはなるまいて.残り僅かな人生,悠長に待ってはおられんのだから,本編と外伝で,年に二作品公開だと嬉しい.ディズニー,頑張れ.

 ところで,私の右側に腰かけていた老婦人であるが,この人は音を立てずに静かに鰻重を召し上がった.
 鵠沼の御屋敷にでも御住まいの奥様なのかしらんと思いながら,食事を終えて私は席を立った.そのときに,鵠沼婦人と思しき老婦人の重箱が目に入った.
 そして私は驚いた.その御婦人は,鰻重の鰻だけ食べて,タレのしみた飯を全部食い残していたのである.
 なんだそれは.なんのための鰻重であるのか.
 鰻だけ食うなら蒲焼を注文すればいいではないか.「そんな汚らしい食いかたをするんじゃねえっ飯粒無駄にすると目がつぶれるぞ戦後の食糧難を思い出せ聞け万国の労働者轟き渡るメーデーの示威者に起る足取りと未来を告ぐる鬨の声このばばあっはあはあ」と私は憤然席を立とうとしたのだが,もう立っていたのであった.こらこら.

 というわけで,この「はま吉」は客層が悪過ぎである.なんでこんな店がはやるのか,わけがわかりませぬ.もう腹が立つ.「君の名は。」はよかったんだけどねー.よい作品を観た感動が台無し.

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(鰻重は三千百五十円.三百五十円はグラスビール)

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2016年9月29日 (木)

環境破壊雑感 2016/9/29

前稿に

大手の工場の PCB は,PCB 系熱媒体の製造者 (鐘淵化学〈現株式会社カネカ〉など) が回収したと聞いているが

と書いた.
 これについて,もう十数年前に亡くなったのだが,植物油製造会社の工場幹部だった某氏から私が聞いた一つの伝聞がある.
 カネミ油症事件後,その人が勤務していた工場では,熱媒体として使用していた PCB を製造設備から可及的に抜き取り,それはメーカーが回収した.しかし PCB に汚染された設備 (熱媒体加熱器,配管類) は引き取らなかったというのである.
  PCB は油に溶けるから鉱物油などを用いて設備機器を洗うことはできるので,そうすれば洗浄された機器は鉄屑として処分できる.しかし PCB が溶け込んだ大量の洗浄廃液はどうすればいいのか.
 何かすればするほど, PCB に汚染された機器や廃液が増えていくのである.
 この事態に追いつめられた某氏は,PCB 汚染された設備機器を工場敷地に埋めることを決断したという.それが,某氏が亡くなる直前に私に伝えた話である.
 私は《環境破壊雑感 2016/9/20 (1)》に,企業は自社所有地に産廃を自由に埋めることのできた時代があったと書いた.
 上に書いた某氏の行為は法的な責任は問われない (自分の所有する土地への産廃投棄を取り締まる法自体がなかった) が,道義には悖る.某氏は私に,かつて環境汚染に直接関与したという苦い体験の記憶を,胸にしまったままあの世に持って行きたくないと語った.懺悔だったのかも知れない.
 カネミ油症事件後,全国で公共水域に違法に投棄された PCB,工場敷地に埋められた PCB はどれくらいあったのだろう.関係者がほとんどすべて死去したいま,それを調査することは不可能である.ただ私は,そういうことがこの国にかつてあったと,懺悔を聞いた者としてここに記すのみである.

 さて PCB 問題の現状につき,Wikipedia【ポリ塩化ビフェニル】から一部引用する.

日本の状況
日本では、1972年に行政指導という緊急避難的な措置として製造・輸入・使用を原則として中止させ、翌1973年には、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律を制定 (発効は1975年) し、法的に禁止している。PCBを含む廃棄物は、国が具体的対策が決定するまで使用者が保管すると義務付けられたが、電気機器等については、耐用年数を迎えるまで使用が認められたことから、PCBを含む機器の所在や廃棄物の絶対量の把握が曖昧なものとなった。
1980年代以降になるとPCBの危険性に対する認識が風化し、保管されていた廃棄物が他の産業廃棄物と一緒に安易に処理されるなど、行方不明になる例が報告されるようになった。厚生省は1992年と1998年に保管状況の追跡調査を実施したが、調査を通じて大量のPCBを含む大型トランスやコンデンサが、わずか6年の間に台数比で4.1%もの機器が行方不明になる実態が明らかにされている。1972年からの紛失率を考えた場合には膨大な量になることは明らかであり、一刻も早い抜本的な処理体制の確立が急務となった。

一方で、処理体制の模索は絶えず続けられてきた。1976年には通商産業省の外郭団体として電機ピーシービー処理協会 (現:電気絶縁物処理協会) が設立され、高温焼却処理施設の設置が模索されてきたが、PCBの危険性を危惧する住民運動により全て頓挫。日本ではその後約30年にわたる長い間、PCBを含む廃棄物の具体的な処理基準や処理施設は公に定められないままであった。1990年代以降は、新たに安全な処理方法の検討が行われた結果、処理方法の多様化が認められ、2000年代に入ると一部の企業においては、商業的な処理技術の立証を視野に入れた実験的処理が行われるようになった。
2001年6月、日本はPOPs条約 (後述) の調印を受けPCB処理特別措置法を制定し、併せて環境事業団法を改正して、2016年までに処理する制度を作った。
こうした対策は進んでいるものの、依然として日本国内ではPCBを使用した機器があふれており問題視されている。一例では1999年に青森県の高校、東京都八王子の小学校にて、相次いで照明器具 (蛍光灯) 内のPCBを使用したコンデンサが老朽化のため爆発、生徒や児童に直接PCBが降りかかるといった事故が発生。それらに続いて全国各地で同様の事故が発生し、2001年 (平成13年) に閣議了解で同年末までに交換を終える決定が為されたにも関わらず、2013年に至っても北海道の中学校で同様の事故が発生するなど、公共施設をはじめ多くの場所で使用され続けている。1970年代以前のコンデンサー類の全てでPCBが用いられているとは限らないが、今となっては使用状況が正確に把握できないこともあり、眠る爆弾として衛生面、環境面から恐れられる存在となっている。

 さらに,この記述にリンクしている Wikipedia【ポリ塩化ビフェニル廃棄物の適正な処理の推進に関する特別措置法】からも下に引用する.

制定の背景
ポリ塩化ビフェニル (PCB) は、1968年のカネミ油症事件などで毒性が社会問題化し、PCBの製造・輸入は1972年から行政指導によって製造が中止され、化審法の制定 (1973年) によって事実上禁止された。またPCBを含む機器・複写紙あるいは廃棄物 (ウエスなど) は、事業者により自己保管することとなった。
1976年の廃棄物の処理及び清掃に関する法律 (廃棄物処理法) の改正よりPCBあるいはPCBを含む廃棄物は特別管理産業廃棄物に指定され廃棄方法として高温焼却による処理を認められたものの、事実上、処理・処分ができなかった (ごく限られたPCB廃棄物のみ実験的に処理が許可された) ため、PCB廃棄物は30年に渡り、ほとんど廃棄処分されずに事業者により保管され続けていた。
一方、厚生省はPCB使用機器保管状況調査結果を1993年および2000年に公表したが、保管中のPCB廃棄物が多数紛失していることが判明し社会問題となった。
そこで、2001年に保管されているPCBの確実かつ適正な処理の確保のため、PCB処理特別措置法を制定した。

規制と罰則
PCB廃棄物の保管事業者は、平成39年度までに処理することを義務づけている。また罰則も規定されている。
平成39年3月31日までに適正処理を行わず、環境大臣または都道府県知事による改善命令に違反した場合:3年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金まはた併料。
PCB廃棄物を譲り渡し、または譲り受けた場合 (環境省が定める場合を除く) :3年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金まはた併料。
PCB廃棄物の保管および処分について届け出を行わなかったり、虚偽の届け出をした場合:6ヶ月以下の懲役もしくは50万円以下の罰金。
PCB保管事業者の相続、合併または分割により事業を継承した法人が承継の届け出を行わなかったり、虚偽の届け出をした場合:30万円以下の罰金。
このほか規制と罰則には、廃棄物処理法にも規定がある。同法による内容は、具体的には以下の通り。
PCB廃棄物を不法に投棄した場合:法人には1億円以下の罰金。
PCB廃棄物の収集運搬や処分を無許可で営業したり、措置命令に違反した場合:5年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金まはた併料。
許可を受けていない収集運搬・処分業者に委託した場合:5年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金まはた併料。
マニフェストに虚偽の記載をした場合:50万円以下の罰金
PCB廃棄物の管理責任者を置かなかった場合:30万円以下の罰金

 カネミ油症事件後,PCB による環境汚染に対して立法も行政も手をこまねいたまま数十年が経過した.そして事件は風化し,国民は PCB のことを忘れた.法は罰則を定めたが,それにより責任を問われるべき者たちは既に世を去っている.

 もう一つ,気になることがある.天変地異災害によって生じる PCB 環境汚染はどうなるのだろう.
 阪神・淡路大震災や東日本大震災により,被災地域に保管されていた PCB は環境中に拡散したと思われるが,行政はこれにどう対処したのか.そのことを取り上げたメディアを,私は知らない.

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2016年9月28日 (水)

環境破壊雑感 2016/9/28

 前稿に

カネミ油症の原因が「カネミライスオイル」の製造過程で熱媒体として使用されていたPCB (ポリ塩化ビフェニル) であること (下記の引用) は,食品業界に大きなショックを与えた.

と書いた.

 昔から PCB は広範な産業分野で,様々な目的で使用されていたのであるが,カネミ油症事件 (昭和四十三年) によって大きなショックを受けたのは,食品業界の中でも食用植物油業界であった.
 当時の食用植物油の製造工程 (脱臭工程という) では,一般的に,カネミ倉庫株式会社と同じく合成熱媒体が使用されていたのである.
 カネミ油症の真の原因物質は PCB そのものではなく,PCB から熱によって生じるダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン (PCDF) であるのが確実視されているが,PCB そのものも強い毒性を有する.このような毒性物質を,食品と接触混入する可能性のある工程に使用すること自体が,現在の消費者にしてみれば信じがたいことであるが,昭和時代の食用植物油製造業界の食品衛生水準はその程度だったのである.
 現在でも食用植物油製造工場を見学するとわかるのだが,食用植物油製造工場は一般の食品工場と大きく異なっている.どちらかというと,石油コンビナートにある化学品製造工場のようである.そして,かつての昭和時代,それらの工場の幹部も社員たちも,自分たちが消費者の口に入る食品を作っているなどという意識は有体に言ってなかったのが実態である.だからこそ平気で,PCB を熱媒体として使っていたのである.

 話を元に戻すと,合成熱媒体には PCB のように塩素を含むものと,含まないものがある.
 現在でこそ我が国の食用植物油製造業者は,競争による淘汰と業界統合により企業数は少なくなっているが,昭和の中期にはまだ小規模・零細な食用植物油製造工場が全国に多数存在しており,しかもそれらは業界団体 (当時は「日本油脂協会」といった) にも加入していなかった.
 大手の工場の PCB は,PCB 系熱媒体の製造者 (鐘淵化学〈現株式会社カネカ〉など) が回収したと聞いているが,小規模工場のどこが PCB 系熱媒体を使用していたか,私の知る限り資料はない.そして当然ながら,それら工場が使用していた PCB 系熱媒体がカネミ事件後どう処分されたかも資料が存在しない.推測ではあるが,環境中に違法に投棄された可能性が高く,Wikipedia【カネミ油症事件】に

当時はPCBの無害化技術も確立していない時代であり、カネミ油症の原因物質であるライスオイルは不適切な処理をされた蓋然性がきわめて高い。カネミ倉庫の事業所が存在する北九州市及び大阪市 (木津川運河) では、ダイオキシン類の一つであるコプラナーPCBが河川及び港湾の底質から基準を超えて検出されている。

とあるのは,そのことなのである.
(続く)

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2016年9月25日 (日)

天皇を監視する

 メディアの伝えるところによれば,宮内庁長官の風岡典之氏が明日,事実上の更迭をされる.
 風岡長官が,天皇の「お気持ち表明」を尊重したことを安倍晋三が不快に思ったからと思われる.
 天皇は,公務の負担軽減を望んでいない.生前退位の真意は,天皇にも人権を与えよということだからである.
 しかし天皇の「お気持ち」を歪曲せんとする安倍は,「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」を設置して対抗する構えである.

 風岡長官の後任は,警察畑の西村泰彦内閣危機管理監である.天皇の監視役ということだろうか.この不忠者めが. ヾ(--;)

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トイレは戦場か

 かなりよく知られていることではないかと思われるのだが,それにしてはネット上に記載が少なくて,いつも不思議だなあと思っていることがある.
 その不思議なこととは,東京駅の東北・上越新幹線の改札口を入ると短いコンコースにトイレがあり,そのトイレの壁にプレートが貼られていて,そこに書かれている文言のことである.
 その文言は,トイレ使用にあたっての注意事項なのだが,「タバコを吸ってはいけない」などの他に「火器の使用」を禁ずるということが書いてある.

「火器」の語義として,ネット国語辞典には例えば

1 火を入れる器具。火入れ。
 2 大砲・銃など、火薬を使って弾丸を発射する兵器の総称。銃砲。

(デジタル大辞泉)

などと書かれているが,Wikipedia【火器】で解説されているのは上の 2 の意味だけである.
 現代の私たちは「火器」を「火を入れる器具」の意味で用いることはまずない.「火を入れる器具」とは炉や火鉢のことと思われるが,一般家庭の日常生活から炉や火鉢は姿を消して久しいからであるし,「火器」と総称を用いずに単に炉とか火鉢と言えば済む話だからである.
 駅のトイレに火鉢を持ち込む者がいるとも思えないが.

 それでは「火器」の用例としてはどうか.
 上に書いた東北・上越新幹線のトイレに書いてある「火器」は誤用ではない.もし万が一,トイレに火鉢あるいはアサルトライフルを持ち込もうとする人間を発見した駅員は,これを阻止せねばならないからである.
 だがしかし,このような場合にはもっとずっと適切な言葉がある.「火気」だ.「火気厳禁」ならばトイレの注意書きとして違和感がない.
 残念ながらトイレの注意書きは言葉の用例にも出典にもならないと思うのだが,もし用例に採ることができるとしても,稀有な用例といえるだろう.

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2016年9月22日 (木)

環境破壊雑感 2016/9/22

 《環境破壊雑感 2016/9/20 (1)》に,企業は自社所有地に産廃を自由に埋めることのできた時代があったと書いた.
 「できた」というのは,そのような行為を行った企業を処罰する方法がなかったという意味である.
 そのような時代に起きた事件の一つに,カネミ油症事件 (昭和四十三年) があった.還暦過ぎのかたは記憶しておられるだろう.

 私は会社員時代に自治体に依頼されて,その自治体が毎年主催する大学生と社会人を対象にする講座で五年ほど食品衛生法の講義をしてきた経験がある.
 その際に私が作成し使用したテキストは,森永ヒ素ミルク中毒事件 (昭和三十年),カネミ油症事件,雪印集団食中毒事件 (平成十二年) を日本の三大加工食品中毒事件であるとして取り上げ,食品関連の法律と食品衛生学の両面から,企業と行政のいわゆる「失敗学」の形でまとめたものであった.(講義時間の制約がない時は,魚介類の摂食にまで範囲を広げて水俣病を加えて講義した)
 これらの事件の詳細は,Wikipedia をはじめとしてウェブ上にも詳しい資料があるのでそちらに譲るが,実は Wikipedia には重要なことが書かれている.Wikipedia【カネミ油症事件】から以下に引用する.

概要
福岡県北九州市小倉北区 (事件発生当時は小倉区) にあるカネミ倉庫株式会社で作られた食用油 (こめ油・米糠油) 「カネミライスオイル」の製造過程で、脱臭のために熱媒体として使用されていたPCB (ポリ塩化ビフェニル) が、配管作業ミスで配管部から漏れて混入し、これが加熱されてダイオキシンに変化した。このダイオキシンを油を通して摂取した人々に、顔面などへの色素沈着や塩素挫瘡 (クロルアクネ) など肌の異常、頭痛、手足のしびれ、肝機能障害などを引き起こした。
当時はPCBの無害化技術も確立していない時代であり、カネミ油症の原因物質であるライスオイルは不適切な処理をされた蓋然性がきわめて高い。カネミ倉庫の事業所が存在する北九州市及び大阪市 (木津川運河) では、ダイオキシン類の一つであるコプラナーPCBが河川及び港湾の底質から基準を超えて検出されている。

 カネミ油症の原因が「カネミライスオイル」の製造過程で熱媒体として使用されていたPCB (ポリ塩化ビフェニル) であること (下記の引用) は,食品業界に大きなショックを与えた.

1968年11月4日には油症研究班がカネミ油に含まれた有機塩素化合物のガスクロマトグラフのパターンがカネクロール400 (鐘淵化学:現株式会社カネカ) のパターンと一致することを証明した。》 (Wikipedia【カネミ油症事件】から引用)

 問題の熱媒体 カネクロール400 が,カネミ倉庫株式会社以外でも広く使用されていたからである.
(続く)

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2016年9月21日 (水)

環境破壊雑感 2016/9/21 (1)

 昨日の記事に書いたフジテレビのバラエティ番組「バイキング」のことで補足するが,《豊洲地下空洞の謎…元副知事&都議が解説》と題したコーナーを録画しておいたので,再度観なおしてみると,東京都環境公社非常勤理事・長谷川氏は非常に重要な情報をいくつも開示していた.しかし現段階で私が論評するのは時期尚早であろうと思う.いずれ小池知事が明らかにするだろう.
 ただ,この番組で思ったのは,「バイキング」は軽いバラエティ番組かと思っていた (私は昨日初めて観た) が,レギュラー出演者の坂上忍とヒロミの発言 (質問も意見も) が的確だったことである.もちろんゲスト出演者の人選が重要であるから,制作スタッフが有能なんだろう.
 「バイキング」は,このあとに放送された情報番組「直撃 LIVE  グッディ」が何の新味もない内容だったのに比較して,遥かに内容充実していて感心した.安藤優子さんなんかメじゃない.

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ドイツの傘は質実剛健か

 朝日新聞 DIGITAL のコンテンツに《われら 自腹調査団》がある.
 そこに《毎日持ち歩くのは折りたたみ傘の元祖クニルプス! 文・一条西子 2016年9月15日 》が掲載されている.
 記事の内容は,ドイツの Knirps (クニルプス) 社製の自動開閉折り畳み傘《T.200 Medeium Duomatic》の紹介である. (このコンテンツは「調査団などともっともらしく書いてあるが実は通販サイトへ誘導する入口だ w) である.
 少し同記事から引用する.

折りたたみ傘の構造そのものを考案し、1934年に特許を取得したドイツのブランド
1965年に自動で開く傘の生産に成功し、折りたたみ傘の歴史を作ったブランド
傘を広げてみたら直径98cmと市販のビニール長傘より広く、確実に肩や荷物がぬれませんでした。
 自動開閉ボタンの使い勝手もチェック。一般的な自動開閉の傘のボタンはかたく、小さくて押しにくいものもあるのですが、「レッド・ドット」と呼ばれる上下のボタンは親指がちょうどフィットするような大きさで、しかも高感度。荷物で手がふさがっていても、簡単に開けます。
 ジッパーが大きく開き、取り出しやすくしまいやすいカバー、速乾生地、丸みを帯びた安全な露先、大きな巻バンドなど、配慮が細かいポイントが多数

とあるが,この紹介記事は間違いない.
 私は現役会社員時代の最後の数年間,この自動開閉折り畳み傘を愛用した.
 というのは,この傘の自動開閉機能が実に優れていて,とりわけ雨がざんざん降っている時に乗用車やバスに乗り込む際,全く濡れずに乗り降りできるからである.
 しかも骨は頑丈で,台風の日の強風にもびくともしない.
 そしてこの記事に掲載されている傘の画像には,次のような説明が書かれている.

ドイツらしい質実剛健さと、シンプルなデザインが「クニルプス」の折りたたみ傘の魅力。

 ああしかし,これは残念ながら嘘なのである.この傘は見た目はドイツらしい質実剛健さであるが,自動開閉機構が耐久性に劣るのである.
 この傘,大抵は一年で壊れる.私は五本を五年で使いつぶした.
 価格は一本が八千円近い.折り畳み傘としては高価な部類である.しかるにそれが一年で壊れてしまう.
 だがしかし,一年間に八千円のコストで雨の日の快適さを手に入れられると思うと,それくらいの金は出そうじゃないかという気がしてくる.
 この傘は消耗品であると割り切れば買って損はない.いや,「損はない」どころか,良い買い物だ.
 しかし良い傘は一生ものだという考えを持っている人には,ろくでもないキワモノ製品である.ドイツ=質実剛健とは,陳腐な思い込みだ.

 話は元に戻って,朝日の記事は《自腹調査団》というタイトルだ.ならばこのことを書くべきである.
 だが記事筆者の一条西子という人は,この傘の愛用者ではない.《調査団》とは嘘偽りで,使ったこともないのに想像で書いたか,あるいはメーカーの歌い文句をそのまま書いているだけである.

 上に《私は五本を五年で使いつぶした》と書いたのは,そこで仕事から引退したのである.雨の日に家から出る必要がなくなったのだ.そうでなかったら六本目を買ったであろう.

 今日は時折激しい雨が降っている.
 年金暮らしの生活になって何が嬉しいかというと,悪天候の日に会社に行かずに済むことである.
 けれど, Knirps の傘をさしてどしゃ降りの中を出勤した日々が懐かしくもある,と遠い目をしてしみじみとした.

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2016年9月20日 (火)

環境破壊雑感 2016/9/20 (2)

 今日の昼,フジテレビのバラエティ番組「バイキング」で《豊洲地下空洞の謎…元副知事&都議が解説》と題したコーナーがあった.

 これに出演した東京都環境公社非常勤理事・長谷川猛氏は次のように語った.

(1) 問題になっている地下空洞には,地下水レベルを測定する設備があり,この測定値が地下空洞の床よりも高くなると,地下水を汲み上げて,浄化施設に送るようになっている.浄化施設では,環境汚染物質が含まれていれば除去して公共水域に捨てる.
(2) 従ってこの設備が完成すれば,地下空洞に地下水が侵入することはなくなるのだが,現在は試運転中のため,地下水が床にたまっているのである.

 これはこれまで新聞にもテレビ,ネットニュースにも報じられていない情報と思われる.報道されたかも知れないが,私のような一般人には初耳である.
 豊洲新市場の設備に地下水浄化設備があることは知っているが,これが実は地下水レベルを検知して地下空洞に地下水が侵入するのを防ぐためのものであるとは知らなかった.
 これは地下空洞の評価に関わる大変重要な情報であると考えるが,それではなぜ,東京都のしかるべき関係者がメディアに対してオフィシャルに公表しないのであるか.長谷川猛氏は東京都環境公社非常勤理事であるから都の内部の人ではあるが,責任ある立場とは思えない.しかも発表の場が民放テレビのバラエティ番組とは,納得できない.

[補遺]
 上に書いたバラエティ番組「バイキング」のすぐあとに放送された「直撃 LIVE  グッディ」でも豊洲問題が取り上げられ,出演した安藤優子さんが「今後,地下にたまった水をどのように排出するか,どうしたらたまらないようにできるかが議論になるでしょう」という趣旨の発言をしてこのデーマを締めくくった.
 ということは,安藤さんは「バイキング」で放送された東京都環境公社非常勤理事・長谷川猛氏の発言,すなわち元々から地下空洞は地下水が侵入しない設計になっており,現在は試運転中であるから一時的に水がたまっているのであるという説明を聞いていない.フジテレビは一体どうなっているのか.

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環境破壊雑感 2016/9/20 (1)

 ところで,そもそも築地市場の移転に関してこんな問題が起きたのは,東京ガスが豊洲の工場敷地に産業廃棄物を投棄したからであるが,その点に関してテレビも新聞も追及しないのはなぜか.

 企業に環境の保全という概念がなかった明治から昭和の終わりに至るまで,「企業が自分の土地には何を捨てても自由だ」という思想がこの国を支配していた.国もそれを放置していた.なぜなら,産業廃棄物処理施設を個々の企業が保有することはかなり難しく,また処理コストも高いからである.そんなことに費用をかけるよりも埋めてしまえという思想が一般的であり,環境の保全よりも経済成長が優先の時代だったのだ.
 それどころか,大気中や河川や,自分の土地ではないところに,企業が環境汚染物質を投棄した結果が「公害」ということだった.若い人たちは知らないかも知れないが,四日市も水俣も,そんなに遠い昔の話ではないのだ.

 日本の法律は道徳をうたわないが,その代わりに公共の福祉という概念がある.さすがに公害の激化により,企業の野放図な環境破壊を取り締まる必要が出てきたのだが,そのときに行政は,自由な企業活動は公共の福祉に反しない限り認められるという理念下に,企業活動を制約した.
 これで大気や河川や自分の土地以外に廃棄物を投棄することは禁止できたが,しかし企業が,その所有する土地に環境汚染物質を投棄することは制限できなかった.(その土地から汚染物質が外部に流失した場合は取り締まれるが)
 なにしろまだ日本社会にコンプライアンスという概念がなかった時代である.
 当時,多くの企業は,利益のためなら違法行為を厭わなかったのである.
 そこでこれに対抗して行政は,たとえ自社所有地であっても,産業廃棄物の投棄には産業廃棄物処理業の許可が必要であるとした.環境破壊をやりそうな企業には,廃棄物処理業の許可を与えなければいいのである.
 こうしてようやく,企業による環境汚染物質の自社所有地への投棄は行われなくなった.
 これがいつのことかというと,水俣以来幾星霜,情けないことに平成の時代になってからなのである.

 しかし,違法行為を屁とも思わぬ企業は,今でも自社所有地に産廃投棄を続けている可能性がある.
 例えば,廃棄物処理業者を装った会社が,自分の土地に産廃を山のように積み上げておき,ある日行方をくらます.その後,また別の土地を購入して同じことを繰り返すなんてことが普通に行われているのである.

 それはさておき,豊洲のことに戻ると,東京ガスは過去,豊洲の工場敷地に色んなものを埋めてきた.
 先日テレビの情報番組に出演した環境専門家が,豊洲の東京ガス工場跡地でサンプリングした膨大な数の土壌試料の分析結果を,敷地図面にプロットした資料を示した.
 それによるとベンゼンなどは敷地全体に分散しているが,シアン化合物やヒ素・重金属のように,明らかに産廃を特定の敷地箇所に埋めたと思しき分布を示しているものもあった.
 実はこれと同じ状態が,今現在も日本中の工場敷地に存在しているのだ.
 すなわち工場敷地,工場跡地というものは,多かれ少なかれ環境汚染物質が埋められていると思ってよい.
 それはほとんど日本の常識と言っていいが,ならばなぜ東京都は,そんな土地に生鮮市場を建設しようとしたのか.東京ガスは,なぜ長年にわたり産廃を埋め続け汚染しつくした土地であることを承知で都に売ったのか.豊洲の土壌環境を破壊した東京ガスの責任,それを知りながら跡地を買った東京都の意図の裏にあったもの,それこそが現在起きている事件について問われねばならぬことなのである.

 ちなみに,私がかつて勤務していた会社も,本当に酷かった.
 私の会社員時代の最後の十年ほど,それまでの品質保証の統括業務に加えて,関東から九州に至る全社の環境保全を統括する立場に就いたのであるが,その時点でまだ工場内の空き地に穴を掘って廃棄物を埋めている工場があって驚愕した.
 以来,私は各工場を毎月巡回して,品質保証と環境保全分野における違法行為の摘発に努めたのであるが,おかげで社内では憲兵のごとく嫌われた.良心の呵責なく違法行為を働く後輩たちがどんどん執行役員になっていく一方,コンプライアンスの旗を振る私を支持してくれた取締役はたった二人だった.
 その会社を退職してからもう何年も経つ.つい四ヶ月ほど前,取締役まで出世した同期入社の男と会ったのだが,そいつは私に「君は当社にはもったいないご立派な品質保証部長兼環境部長様だった」と嫌味を言った.そいつが生産本部長だったときに,異物混入やら表示違反やらの食品衛生法違反で何度か,私の権限で自主回収をやったからである.二人とももう会社を辞めて何年も経つのに,まだ恨んでいるのかこいつは,と思って,絶縁を決めた.もう年賀状もださないことにした.(笑)

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2016年9月19日 (月)

自分の意見を言わないジャーナリスト

 昨日放送のテレビ東京「日曜夕方の池上ワールド」で,天皇の生前退位についての「お気持ち」表明が取り上げられた.
 池上はまず皇室典範とはどんな法律か,天皇の仕事とはなにか,そして皇位継承者は現在誰なのかといったことを手際よく説明してみせた.

 天皇の「お気持ち」表明に関して現在閲覧できる丁寧な報道は,NHK《象徴としてのお務めについての天皇陛下お言葉 》である.

 このビデオメッセージが放送された同日,民放の特別番組に出演した田原総一朗は,開口一番「天皇っていうのは,日本でただ一人,基本的人権がないんですよ」と語った.
 さすがに当代一のジャーナリストである.
 その番組の司会者やあと二人の出演者があれこれ言い始める前に,この生前退位問題の本質をずばりと言い切ってしまったのである.案の定,その後の番組内容はどうでもいいような話に終始したのであった.

 田原が言うように,日本国憲法と現在の天皇制に係る最大の問題は,天皇とその皇位継承者には基本的人権がないことである.
 なぜ天皇には基本的人権がないか.
 それは,元々皇室典範が憲法を超越する存在であったからなのである.
 天皇の今回の「お気持ち」表明は,日本国憲法と共に歩んできた天皇が,自らの基本的人権を主張したものであった.そしてその主張は必然的に皇室典範改正を不可避とする.
 これが理解できない連中,無視せんとする勢力,とりわけ皇室典範を憲法よりも上位に置く安倍晋三は,生前退位を特別措置法でごまかそうとしているのである.(《天皇陛下の生前退位、特別措置法で対応検討 皇室典範改正は難しく 》)

 「お気持ち」表明のあと,テレビ新聞等で天皇の人権問題に触れたのは,私の知る限り,上に挙げた放送の際の田原総一朗だけである.
 あの「お気持ち」表明から少し時間が経過した.ビデオメッセージ放送直後ならともかく,現時点で生前退位の件をニュース解説するとしたら,天皇の人権問題は避けて通れないはずであるが,池上彰は,ものの見事にはぐらかしてみせた.さすがは《池上彰氏が、テレビで「自分の意見」を言わない理由 》などとハフィントンポストが持ち上げてみせる世渡り上手である.

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環境破壊雑感 2016/9/19

 前稿の最後に

その秘密裏の採用に関係するキーパーソンが当時の市場長であると石原はテレビの取材に対して言明した.
 その市場長は今メディアが追いかけているところであろう.早ければ今日の午後にも報道に露出されるかも知れない.

と書いたが,実はその市場長は,先週号 (9/22号) の週刊文春が既にこの問題のキーパーソンとして報道していた.さすが文春.ミヤネ屋などのテレビ番組より一週間は先んじている.
 その人物とは,いわゆる「都議会のドン」,小池知事が豊洲市場を巡る利権の本丸として標的にしている内田茂都議に繋がる岡田至氏 (現・東京都歴史文化財団副理事長) である.
 先週号の文春記事《小池百合子 vs 豊洲利権》から一部引用する.

「当時、内田氏や高島氏は落選中でしたが、水面下で岡田氏と連携して移転を進めようとしていました。議会でも岡田氏は『豊洲移転が最適』と答弁し、民主党都議に激怒されていた。一方で、岡田市場長の時代には、盛り土より空洞の方が、後々地下水が上がってきてもすぐに乾燥して、より安全という話になっていました」(都庁幹部)

 これから小池知事により岡田至氏の追求がなされるであろう.巨額に膨らんだ豊洲の建設費と,最低限の防水施工もしていないという地下空洞の手抜き設計 (岡田氏が最終決裁した.石原慎太郎は「私には権限がなかった」と責任から逃げている) の落差の裏に何があったのか.どんな金が動いたのか.
 それにしても,女性政治家のいわゆる「ガラスの天井」を打ち破るのは,その潔癖さに違いない.逆に言うと,豊洲利権問題を曖昧にしてしまったら,小池知事の政治生命は終わりである.小池知事の調査を期待して見守る.

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2016年9月17日 (土)

環境破壊雑感 2016/9/17

 豊洲新市場の謎の地下空洞の床にたまった水について,昨夜,共産党が分析機関に依頼した分析結果が公表された.これは共産党が事前に公表していた予定の通りである.

 一方の都庁だが,小池知事の耳には「分析には一週間を要する」との虚偽を吹きこみ,小池知事はテレビ取材にそのまま「分析には一週間を要する」と発言したが,そのあとで共産党の分析が迅速に行われることを知り,いくら何でもそんな恥晒し (知事の足を引っ張ることが見え見え) なことはできず,逆に共産党よりも数時間早く分析結果をメディアに発表した.
 これは,《環境破壊雑感 2016/9/15 (2) 》に私が下のように書いた通りである.どやっ.

その観点からすると,小池知事がテレビ取材に対して,簡易分析ではないから分析結果が出るのに一週間を要すると答えたのは奇妙な印象である.
 理由として一つには,知事がリオに出張せざるを得ないスケジュールであるため,帰国してからレクチャーを受け,それから分析結果公表のやり方について検討するのに時間が必要だということか,あるいは二つ目の可能な理由として都知事付スタッフに「一週間かかります」と騙されているか,どちらかだろう.東京都の機関が最優先全力で分析を実施すれば,民間分析機関よりも迅速に一日で結果を得ることも可能ではないかと思う.

 今朝のNHKニュース《豊洲市場問題 安全性の検証が本格化 9月17日 7時14分 》では,

共産党は「ヒ素は雨水には含まれていないので、たまっている水は地下から上がってきたことを示す」と説明したうえで、今後も地下の空洞の全域で継続的な調査が必要だとしています。

と伝えた.その通りである.
 昨日のNHKニュース《豊洲市場の地下のたまり水 共産党が独自調査 9月16日 21時11分 》では

地下にたまった水について、小池知事は「雨水なのか、地下水が上がってきているのか重要な論点だ」と述べて調査を指示し、これを受けて、都も採取した水の成分の分析を進めています。また、都議会公明党でも水を採取していて、週明けにも分析結果を発表するということです。

としていた.
 小池知事は《「雨水なのか、地下水が上がってきているのか重要な論点だ」》と取材に答えていたが,もし雨水だとすると,この地下空洞は信じがたいほど杜撰な手抜き工事が行われたことになる.普通に施工されたビル工事なら,地下室に雨水が侵入するなどはあり得ないからである.雨水だとすると,これはとんでもない事件に発展するだろう.
 またこの水が地下水だとすると,地下空洞の壁と床に必要な防水工事が施工されていなかったことになる.これが手抜き工事だったかどうかは今後の調査が必要だろう.(常識的には手抜き工事である)

 いずれにせよこれで,都庁の豊洲新市場関係事務方は,工事入札に係る疑惑など,豊洲関連のでたらめな仕事が明らかにされるべく追いつめられたことになる.
 ま,民放情報番組で環境学会元会長の畑明郎氏が言明しているように,問題の水が強アルカリ性であることからして,石炭焼却灰 (東京ガスが埋設した) に汚染された地下水であることはほぼ確実である.

 さて昨日の時点では,地下空洞工法を指示したのは石原元知事ではないかとの報道がNHKほかのメディアが一斉に報道したが,これはその後すぐに,事実と異なることが伝えられた.
 石原知事が指示したのは,地下空洞工法とは別のアイデアだったようである.
 現在問題となっている空洞工法は,専門家会議が解散して技術会議が発足してから秘密裏に採用されたものだというのが,今日時点での報道的事実である.
 その秘密裏の採用に関係するキーパーソンが当時の市場長であると石原はテレビの取材に対して言明した.
 その市場長は今メディアが追いかけているところであろう.早ければ今日の午後にも報道に露出されるかも知れない.

(この連載記事は,民間企業において十数年間,全国の工場の環境管理を統括した私の技術的経験に基づいて書いている)

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2016年9月16日 (金)

俳句大喜利

 録画しておいた先日 (7/5放送) のテレビ東京「開運なんでも鑑定団」を観ていたら,種田山頭火の色紙が鑑定に出品された.
 鑑定依頼者の父親が山頭火と親しく,ある日山頭火が訪ねてきて逗留したのだそうだ.
 その家で温かくもてなされた山頭火は,色紙七枚に自作を書いて置いていったとのこと.
 鑑定結果は,色紙はすべて本物であった.(実は山頭火の日記にその逗留のことが書かれている)
 私は山頭火の自筆色紙を観るのは初めてなので,録画して大変興味深くその七枚の色紙を観た.
 で,話はその番組のことではない.鑑定に出された色紙にもあった山頭火の句のこと.
 俳句という詩は,ある一瞬を一句に写し取ることもできるが,数多くの句を句集に編むことで人間を,人生を表現することもできるものだと私は思う.
 例えば下は山頭火の代表句の一つ.

 柳散るそこから乞いはじめる

 そういう観点から,上の山頭火の句を,山頭火の他の句もあわせて多く鑑賞するとしみじみと胸を打つ.
 もちろん人間を表現する俳句は自由律だけではない.
 子規辞世三句は余りにも有名だ.

 糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
 痰一斗糸瓜の水も間に合わず
 をとヽひのへちまの水も取らざりき

 いずれにせよ,これらの句は,山頭火や子規という人間そのものである.

 さてMBS系列テレビ番組「プレバト」の人気コーナー「俳句の才能査定ランキング」は,夏井いつき先生が出した「お題」について芸能人たちが詠んだ句を,夏井先生が採点添削する.
 このコーナーは人気があるようで,ほとんど毎週放送されている.芸能人たちと司会者 (コミッショナー) の浜田雅功とのやり取りはおもしろく,私も時々観ている.昨日の放送も観た.
 ただし,出された「お題」で出演者たちがひねり出した句だが,番組を観ているとほとんどが要するに想像の産物だ.実人生の一瞬を切り取ったものでもなく,作者の人間を語るものでもない.
 つまりこの俳句コーナーは,実は俳句を装った「笑点」なのである.大喜利なのである.
 夏井先生の添削も,どうしたら「うまい俳句」になるかという観点であれこれ直しているだけで,そこには,山頭火や子規のような「詩」を作るにはどうしたらよいかというアドバイスは全くない.
 夏井先生は,こんなお笑い番組に出ていていいんだろうかと,他人事ながら心配になるのである.

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2016年9月15日 (木)

環境破壊雑感 2016/9/15 (3)

 テレビの情報番組というのは,細切れに限られた時間内に生放送で進行するものだから,時として視聴者に理解できない話がでてくることがあるなあ,と昨日思った.

 昨日の日テレ系テレビ番組「情報ライブ ミヤネ屋」でのこと.
 コメンテーターの一人がスタジオ外の共産党都議に,豊洲新市場地下の空洞問題で,地下空洞に換気口はありましたかと唐突に質問した.
 宮根誠司はゲストの建築士に「こういう構造物に換気口を作るもんなんですか?」と振ると,その建築士は「普通は作る」と答えた.
 宮根は次に共産党都議に「換気口はありましたか?」と質問すると,都議は「あったと思いますが……すみません未確認です」と即答を避けた.

 番組はそのまま進行してしまったので,このやり取りを理解できなかった視聴者はいると思われる.宮根自身も最初のコメンテーターの質問の意味を瞬時に把握できなかったかも知れない.
 これはどういうことかというと,実は共産党都議団が地下空洞に入って調査すると都庁側に要求した際に,都庁は最初,酸欠のおそれがあるからという理由で拒否したのである.
 酸欠の可能性とはつまり,地下空洞が密閉空間であるという意味である.
 番組コメンテーターの質問は,そのことを踏まえたものであったが,共産党都議は即答できなかった.
 これはいかにもまずい.共産党はこの地下空洞の調査に,都議だけでなく建築分野と環境関連分野の専門知識を有する公然党員も動員したほうがいい.公表された調査団の行動 (地下水のサンプリングをする時の様子など) を映像で見ると,いかにも素人然としていて失礼ながら少々心許ない.撮影された映像外にいるのかも知れないが.

 次に宮根は,出演していた日本環境学会元会長の畑明郎氏に,地下空洞の防水工事をやり直せば安全性は確保されますか?と質問した.
 畑明郎氏は「思わない」と即答した.畑氏を含む「専門家委員会」(座長;平田健正・放送大学和歌山学習センター所長) が盛り土方式を提言して解散したあと,石原都知事によって設置された「技術委員会」が勝手に「専門家委員会」の結論 (盛り土方式) を反故にしたからだと憤懣やる方ない表情で説明した.

 実はこの「情報ライブ ミヤネ屋」放送の直前,地下を専門家会議が提言した盛り土方式でなく空洞にすることを指示したのは石原元知事であったことを日刊ゲンダイなどが報じた.
 石原慎太郎は,弁解する→嘘がばれる→さらに嘘をつく,という,危機管理における負のスパイラルにはまりつつある.
 石原の嘘については,宮根の番組終了後のNHKニュースも追随報道した.
 それは《豊洲市場 当時の石原知事が 「コンクリートの箱」言及

《コンクリートの箱》とは密閉空間のことのようだ.いやもう色んな話が別々のメディアで同時進行していくので,目が離せない.

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環境破壊雑感 2016/9/15 (2)

 今日午後のテレビ報道によれば,豊洲新市場建屋の地下空洞にたまっていた水を,共産党都議団がサンプリングし,分析機関に分析依頼したのであるが,その結果は明日には出るという.
 これに対して小池知事は,都が行う分析には一週間ほどかかると昨日発言していた.

 本当のところはどうかというと,環境汚染物質の分析というのは共産党が言うとおり,それほど時間を要しないのである.
 分析料金は少し高くなるが,私たちが民間分析機関に分析を依頼する際に通称「特急料金」というオプションを選ぶと,技術力の高い機関なら一日で結果を出してくれるところもある.分析試料の持ち込みにかかる時間を込みにして二日でやってくれるのだ.
 これはその試料を最優先で分析してくれるということであって,簡易的な分析方法で行うわけではない.分析方法自体は公的に定められたものであって,手抜きはできないのである.

 その観点からすると,小池知事がテレビ取材に対して,簡易分析ではないから分析結果が出るのに一週間を要すると答えたのは奇妙な印象である.
 理由として一つには,知事がリオに出張せざるを得ないスケジュールであるため,帰国してからレクチャーを受け,それから分析結果公表のやり方について検討するのに時間が必要だということか,あるいは二つ目の可能な理由として都知事付スタッフに「一週間かかります」と騙されているか,どちらかだろう.東京都の機関が最優先全力で分析を実施すれば,民間分析機関よりも迅速に一日で結果を得ることも可能ではないかと思う.

 おたおたしていると,知事よりも共産党都議団が問題解明の主力となるだろう.豊洲問題に関与してきた官僚が小池知事の足をすくって邪魔するということは充分に考えられる.
 この種のことは共産党のお家芸であるから,共産党に任せてもいいような気がするが,しかし豊洲問題は小池知事も前から言及しているところであり,ここは一つ共産党とタッグを組むくらいの姿勢で知事の奮闘を望みたい.

(話は全くべつのことだが,映画「シン・ゴジラ」に小池知事が協力したことが余程気に食わないのか,石破茂元防衛庁長官が執拗に「シン・ゴジラ」批判を繰り返している.これを提灯持としてヨイショしているのが日経新聞だが,両者共にもう少し冷静になれと言いたい.この石破氏のアホさ加減については別稿で触れる)

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環境破壊雑感 2016/9/15 (1)

 次に (2) だが,山本氏は次のように書いている.

汚染土壌を遮蔽するために,その上に盛り土をして,さらにその上に建屋を建築するのは建築物の強度に問題が出るだけでなく、建築基準法に引っかかる可能性がある。

 これが意味不明だ.あれだけの規模の建築物で,しかも重量物 (ターレットトラック) が走り回る豊洲新市場の建屋の床が,一般住宅とか小規模店舗のような工法で作られるわけがないではないか.明らかにこの文章は読者をミスリードしようとしている.
 テレビのニュースショーTBS系「白熱ライブ ビビット」にゲスト出演した建築士のかた (お名前を失念した) の解説によれば,盛り土の上に床を作るなら固い地盤にまで杭を打って支えるし,地下を空洞にするならば空洞の床と天井の間を柱で支えるということであり,それはどちらがだめということはないとのことである.どうやら《汚染土壌を遮蔽するために,その上に盛り土をして,さらにその上に建屋を建築するのは建築物の強度に問題が出るだけでなく、建築基準法に引っかかる可能性がある》は嘘のようである.

 そしてその専門家は,現在の地下空洞に作られた柱が,ターレットトラックが集中したときにも耐えられる強度を有しているかの再検討は必要だろうと語った.
 ただし,既に汚染されている土壌と,その上に建てられる建築物とを遮断するには盛り土でなく空間で遮断するのも有効な方法であるようだ.これは私のような建築の門外漢でも理解できるのであるが,しかしその場合の重要問題は,空間で遮断するのに必要な工事がされているか,である.
 その観点で,豊洲の建屋地下の空洞問題を最初に調査した共産党都議団がメディアに提供した映像を見ると,かなり量の地下水が侵入していることがわかる.これは間違いなく,地下水の侵入を防ぐ施工がなされていないからだと思われる.
 山本氏は《建屋の下を空洞にする工法はファインプレー》だと書いているが,空洞工法により汚染土壌と建屋を隔離するというのは建前で,実際には形だけそうしただけのようである.
 ともあれ今日の報道によれば,地下空洞にたまった水が分析に出されたという.その結果が待たれる.
 しかし実はその結果とは別の問題が発生していて,それはこの事件が報道されたときから言われていることであるが,工事予算の執行が恐ろしく膨らんだことだ.
 その解明は,石原慎太郎の後,二代続けて不祥事にまみれた後継都知事たちが不問に付してきたところであり,小池新知事が登場しなければ闇に葬られていただろう.都民はまさに正しい政治選択をしたことになる.

 さてこの問題の最大の責任者である石原慎太郎だが,沈黙を続けていたが,本日の報道によれば,「私は騙されていた」と,都の職員を批判した.
 その鉄面皮をよく示す記事は ここ
 どのツラ下げて石原は

言葉は悪いかもしれないけど、めくら判を押されたと言うかな、つんぼ桟敷に置かれたって言うかね。結局ね、してない仕事をしたことにして予算出したわけですから、その金どこ行ったんですかね。
やっぱり、都の役人ってのは腐敗してるね。そう思った、僕は。

と放言するのであるか.まるで他人事のように語っているが,この豊洲問題は全面的に石原の責任である.腐敗していたのは石原も同じであろうが.
 一説には石原はめったに都庁に来なかったという.都庁に出て来ないから《つんぼ桟敷に置かれ》たのだ.小池知事は,石原の知事時代の執務状況を公開すべきである.

 山本氏の虚言に戻る.

このようなガセネタを流してきた外部有識者は誰であるのか、ぜひ情報公開をお願いしたいです。ぜひ

として,小池知事の耳に《ガセネタを流してきた外部有識者》がいたかのようなことを書いている.この件を掘り起こしたのは日刊ゲンダイと共産党都議団だと,最初から私たちは知っている.山本氏はどこからそんな嘘情報を引っ張りだしきたのか.それこそ《ぜひ情報公開をお願いしたいです。ぜひ》 (笑)

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目糞鼻糞

 かつて現役会社員だった頃の私は芸能界のニュースに本当に疎かったのだが,テレビのニュースショー (と呼んでいいのかな?) を見るようになって,世間で起きていることにも多少の知識を持つようになった.

 それで,例の某女優の息子が恥知らずな犯罪を行った事件のこと.
 ネットニュースでその馬鹿が起こした事件の第一報を読んだとき,ああ,テレビに出ていた少し頭がおかしいと思われるあの男か,と思った.
 なにしろ芸能界のことだから本当のことはよくわからないのだが,噂によれば母親である某女優が世間にはひたすらに低姿勢を示しつつ,その裏で示談交渉に躍起になっていたと,これもネット情報.

 示談交渉がどのように行われたかも私にはわからないのだが,検察が馬鹿息子の不起訴を発表した直後のTBS系「白熱ライブ ビビット」に,鳥越俊太郎がコメンテーターとして出演していて,「強姦と違って強姦致傷は親告罪ではないから,女性が告訴しないといっても事実なら検察は起訴する.つまり不起訴になったということは,警察の発表が事実でなかったということだ」と述べた.
 折しもネットではセカンドレイプのことに関する意見が飛び交っているところで,その真っ只中でこの男 (文春の記事の前だったら私は「人物」と書いたと思う) は何を言っているのだろうと,私は椅子から転げ落ちた.

 鳥越俊太郎の堂々たる性犯罪者弁護に,番組司会の真矢ミキさんと国分太一さんが,鳥越の顔を横から見つめながら呆然としていた.「鳥越さんの場合もそうなんですか?」と聞きたくても聞くわけにはいかないんだろうなあ.
 こんな事件報道のことは別に知りたくもないが,暇だもんでネットニュースを読んだりテレビを観たりしていると, 「東国原英夫が鳥越俊太郎を批判!」という見出しが目に入った.
 驚いてそのネットニュースを読んだら,特に鳥越の性犯罪弁護についての発言ではなかった.それはそうだ.東国原英夫は元祖淫行タレントと呼ばれた男だからなあ.鳥越発言を批判するわけにはいかないだろう.(もちろん元祖の他に本家とか総本家とか宗家など色々あるだろうが)
 ところで,どの局でもいいのだが,薬物中毒タレントと淫行タレントを五十人ずつ雛壇に集めてクイズ特番を大晦日にでも企画したら,未曾有の視聴率を叩きだすのではなかろうか.

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2016年9月14日 (水)

環境破壊雑感 2016/9/14

 豊洲市場の土壌問題でネット情報を観察していたら,ああデマゴーグとはこういう人を指して言うのだろうなあと思われるブログを見つけた.筆者は個人投資家と称する山本一郎という人.自分で記したプロフィルには《株式会社データビークル、東北楽天ゴールデンイーグルス、東京大学政策ビジョン研究センターなど》の関係者であるとしているが事実かどうかは知らない.
 そのブログ記事《小池百合子都知事、突然「都庁全職員を粛正」ヒステリー発言の波紋 》は文章が冗長で理解しにくいのだが,山本氏が言いたいことは次の二点である.

(1) 建屋の地下に盛り土をせず空洞にする工法は,「土壌汚染対策専門家会議」の下に2008年8月から2014年9月まで設置されていた「技術会議 (実施・施工会議)」が決めたものである.「技術会議」が空洞化工法を採用決定した時点で,親組織である「土壌汚染対策専門家会議」は解散していたので,空洞化工法の採用はどこにも報告されずに実施された.小池知事は,この空洞化工法がどこにも報告されていないと言うが,報告先の「土壌汚染対策専門家会議」が解散してしまって存在しないのだから報告のしようがないではないか.

(2) 汚染土壌を遮蔽するために,その上に盛り土をして,さらにその上に建屋を建築するのは建築物の強度に問題が出るだけでなく、建築基準法に引っかかる可能性がある.従って建屋の下を空洞にする工法は《ファインプレー》(山本氏の表現のママ) なのである.これを問題視するのは小池知事が,豊洲汚染土壌問題について最初から何もわかっていないということである.

 まず,(1) だ.
 あらゆる官庁組織と企業組織において,上部組織への報告をし承認を得る義務を持たない下部組織は存在しない.存在を許されない.もしも会社にそんな部署・会議組織があったら,社長に無断で,決めたことを勝手に実行していいことになる.そんなことがあるはずがない.
 上記山本氏の論にあるように,「技術会議」が空洞化工法を採用決定した時点で,親組織である「土壌汚染対策専門家会議」が解散していた場合 (この話自体の信用性は当面横に置く.山本氏の言うことが事実として議論を先に進める),必ず「技術会議」がどのラインに所属するかが決定されたはずである.重要な案件 (空洞化工法の採用) を抱えているのであれば,都知事直属とし,都知事の指揮下に置くのが妥当であったろう.
 
 山本氏は報告先が解散していたのだから報告しようがないと言うが,そんな幼稚な言い分が,就職前の大学生なら騙せても,仕事というものの実際を経験した社会人に通用するわけがない.
 もしも「技術会議」がどこのラインにも所属していない組織であったとするなら,「技術会議」の座長は都知事以上の権限を有するポストであったことになるからである.
 そんな大嘘が通用すると思ってこのブログ記事を書いているのなら,知的レベルが低いか,あるいは組織で仕事をしたことがないので無知なのか,どちらかであろうと思われる.
 次に (2) だが,長くなるので明日に譲る.
(明日に続く)

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2016年9月13日 (火)

環境破壊雑感 2016/9/13

 ふと福島第一原発の「凍土壁」は現在どうなっているのだろうかと思ってウェブ検索してみた.
 たしか,凍土壁の隙間から地下水が通り抜けてしまうので,隙間にセメントを注入するという手直し工事を東電と政府が行う (工事は鹿島) 予定であると全国紙が報道したところまでは承知している.

 すると,検索結果のトップに,著名なジャーナリストである高野孟氏が,日刊ゲンダイ DIGITAL に《永田町の裏を読む 福島第1原発「凍土壁」の失敗で東京五輪返上が現実味  2016年7月28日》と題して寄稿しているのをみつけた.

 同記事から一部引用する.
7月19日に開かれた原子力規制委員会の有識者会合で、東京電力が福島第1原発の汚染水対策の決め手となるはずだった「凍土壁」建設が失敗に終わったことを認めた。本来なら各紙1面トップで報じるべき重大ニュースだが、ほとんどが無視もしくは小さな扱いで、実は私も見落としていて、民進党の馬淵澄夫の25日付メルマガで知って慌てて調べ直したほどだ。

 高野さんほどのかたが《私も見落としていて》とお書きになるくらいだから,よほど東電はひっそりと《失敗に終わったことを認めた》のだろう.私も忘れるところだった.

 安倍晋三は三年前の九月,五輪を招致するために世界に向かって「フクシマはアンダー・コントロールである.東京の安全は私が保証する」と大法螺を吹いた.
 当時,原発廃炉への道筋どころか,原発事故の応急対策すら何をどうすればいいか全くわからない状態だったから,私なんかは「なーにがアンダー・コントロールだこの嘘つき野郎」と思ったものだが,元の会社同僚 (前に書いたが,沖縄に旅行に行っても沖縄戦跡を訪ねようともしなかった連中のことだ) とか周囲の人間たちはオリンピック騒ぎに浮かれていて,福島のことなんか私の言うことに耳を貸す気もないようだった.

 それはともかく,政府と東電が応急対策の切り札だと宣伝してきた凍土壁が失敗したことにより,地下水汚染対策に関して遂に打つ手がなくなったのではないか.政府と東電が今後の方針を示せないなら,私も高野氏の意見に賛成である.
 私は嘘つきが嫌いだ.嘘をついて招致した東京オリンピックなんか見たくない.というか,汚染地下水は未来永劫増え続ける.処理もうまくいかない.そのうち置き場所がなくなる.
 これは国難である.五輪どころではないのだ.あ,国立競技場は広いからそこに貯蔵するといういう手段がある.orz

[補遺]
 上のことに関しては元参院議員松田公太氏のブログにも同様の報告が書かれている.
やはり失敗だった福島原発の凍土壁

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2016年9月12日 (月)

現実と虚構 (二)

 前稿《現実と虚構 (一) 》の末尾に

藤津氏は《ここの説明に、科学の言葉を使えばSF色を帯びる》としているが,映画公開当時の国民の受け止め方は,第一作は《SF色を帯び》る以上に,社会性を帯びていたのである.

と書いた.
 ちなみに,東宝三大怪獣と称されるのは,ゴジラ (初出は「ゴジラ」;1954年11月3日公開) とラドン (初出は「空の大怪獣ラドン」;1956年12月26日公開),モスラ (初出は「モスラ」;1961年7月30日公開) である.
 《現実と虚構 (一)》で述べたように「ゴジラ」(第一作) は,米国によるビキニ環礁での核実験と第五福竜丸の被爆事件がシナリオの背景にあるわけだが,このような社会的事件を背景に制作された東宝怪獣映画は,実は「ゴジラ」第一作だけであった.
 以下に私が中学生の頃までに観た東宝特撮映画を挙げる.ただし「ゴジラ」「ゴジラの逆襲」は劇場公開時ではなく,「空の大怪獣ラドン」と同年に再上映されたものを観た.

1954(昭和29) ゴジラ         本多猪四郎/円谷英二
1955(昭和30) ゴジラの逆襲      小田基義/円谷英二
1956(昭和31) 空の大怪獣ラドン    本多猪四郎/円谷英二
1957(昭和32) 地球防衛軍       本多猪四郎/円谷英二
1958(昭和33) 大怪獣バラン      本多猪四郎/円谷英二
1959(昭和34) 日本誕生        稲垣浩/円谷英二
1959(昭和34) 宇宙大戦争       本多猪四郎/円谷英二
1961(昭和36) モスラ         本多猪四郎/円谷英二
1962(昭和37) 妖星ゴラス       本多猪四郎/円谷英二
1962(昭和37) キングコング対ゴジラ  本多猪四郎/円谷英二
1963(昭和38) 海底軍艦        本多猪四郎/円谷英二
1964(昭和39) モスラ対ゴジラ     本多猪四郎/円谷英二
1964(昭和39) 宇宙大怪獣ドゴラ    本多猪四郎/円谷英二
1964(昭和39) 三大怪獣地球最大の決戦 本多猪四郎/円谷英二

 私と同世代の諸兄は御承知のごとく,ゴジラ第二作「ゴジラの逆襲」で,既にゴジラは変質してしまっている.
 最初の作品「ゴジラ」では,ゴジラは

東京へ戻った山根は、巨大生物を大戸島の伝説に因んでゴジラと命名し、トリロバイトと残留放射能などを根拠に「海底洞窟に潜んでいたジュラ紀の生物が、水爆実験で安住の地を追われ、出現したのではないか」とする見解を国会の公聴会で報告する。》(Wikipedia【ゴジラ (1954年の映画)】から引用)

シリーズ第1作『ゴジラ』の作中では、古生物学者の山根恭平博士が「ジュラ紀から白亜紀にかけて生息していた海棲爬虫類から陸上獣類に進化しようとする中間型の生物の末裔が、度重なる水爆実験により安住の地を追い出され、姿を現したものがゴジラである」と語っている。》 (Wikipedia【ゴジラ (架空の怪獣)】から引用)

という設定になっていた.
 この第一作のシナリオのポイントは,ゴジラが《水爆実験で安住の地を追われ》たという点にある.
 海底でひっそりと生き延びてきた古代の生物が,(米国の) 水爆実験に被爆してそれ自身が巨大な生ける核兵器と化し,《安住の地を追われ》て東京湾から上陸するのである.
 上陸したゴジラが発散する放射性物質のために都民は被爆するが,芹沢大助博士 (古生物学者の山根恭平博士の娘である恵美子がかつて婚約していた科学者) が開発した大量破壊兵器,すなわちあらゆる生物を死滅させ液状化する化学物質「オキシジェン・デストロイヤー」(参照;Wikipedia【東宝特撮映画の登場兵器】) による攻撃を受けて,ゴジラは海中で液化消滅した.
 生ける核兵器ゴジラ vs 大量破壊化学兵器オキシジェン・デストロイヤーという構図については既に誰かが論じているであろうからここでは触れないが,ともかくゴジラは死んだ.
 しかしそもそも (米国の) 水爆実験がなければ,海底でひっそりと生きてきたゴジラは怪獣化しなかったわけで,いわばゴジラは核実験の被害者なのであった.
 この点が,先の戦争における原爆被爆体験を持ち,また第五福竜丸事件に接した当時の国民感情に強く訴えるところがあり,Wikipedia【ゴジラ (1954年の映画)】によれば,

《(撮影所内で行われた完成試写で) 原作者の香山滋は、ラストシーンでゴジラが「オキシジェン・デストロイヤー」によって溶けて死ぬシーンを哀れに思い、1人座ったまま感極まって泣いていたという。
東宝では封切り劇場内で多数の児童にアンケートが採られ、ゴジラに同情する意見が多く寄せられた。また、観客からも「なぜゴジラを殺したんだ?」「ゴジラがかわいそうだ」という抗議の声があったという。宝田明も「ゴジラにシンパシーを感じた」「何故人間が罪のない動物を殺さなければならないのか、無性に涙が出るのを禁じえなかった」、脚本担当の村田も「ゴジラがかわいそうですよ」と語っており、スタッフ内にも同情の意見は多い。

であったという.(最初の「ゴジラ」がこのように観客に受け止められたことを私は,ゴジラが全く娯楽映画化してしまった中学生の頃に知った)
 ところが第一作の大ヒットに喜んだ東宝幹部は,死んだはずのゴジラを復活させてシリーズ化を目論んだ.
 ゴジラは海底で生き延びてきた古代生物ではなく,水爆実験でアンギラスと共に現代に蘇った恐竜であるという話になった.そして被爆者として死んだゴジラではなく,毎年定期的に柴又に帰って来て暴れたあとまたどこかに去っていくゴジラ寅次郎がこれ以後のゴジラの性格設定となったのである.
(続く)

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2016年9月10日 (土)

口と顔は悪い私に神は生きよと

 私が二年前に心臓バイパス手術を受けた時,冠動脈に繋げた血管って,どのくらいもつのかなあと疑問に思った.手術そのものは優れた医師に執刀していただけるのであるから成功間違いなしとしても,問題はその後だ.
 バイパス移植した箇所にまた狭窄が生じたら,これはもう観念したほうがいいのかなと思ったのである.
 それで,このブログのカウンターは六桁だが,十万ページビューいかないうちに西方浄土からお迎えが来るかも知れぬと不吉な予想を立ててみたのだった.
 ところが,口と顔は悪いが心根は清く正しく美しい私を神仏もご照覧あったか,術後の経過観察には全く問題がないようで,つまり今後の余命についてはかなり安心してよいと思われる.
 キリ番ではないが,ここに画像を立てて,とりわけ定期的に閲覧を頂戴している読者の皆様にお礼申し上げる次第です.

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一切は (補遺)

 意外に思ったのだが,昨日の記事《一切は》にたくさんの閲覧があった.
 少し強調したおきたいのだが,散文で使われる表現を俳句に持ち込んでいけないという法はない.その俳句が詩になっていればいいのである.
 つまり問題は詩になっているかどうかだ.
 今年の「松山俳句甲子園」における個人賞 (優秀賞) を得た俳句,

一切は足音と風 天の川

に対する私の疑問は,現代の高校生が果たして「一切は」なんていう表現を,自分の心から湧き上がってくるところの,必然性のある言葉として使っているのですか,ということなのである.
 もしかしたらこの句の作者は「一切」を語呂がいいからと簡単に使ったのかも知れない.その結果,句が明治大正の文芸のようになってしまった.
 句意からすれば「足音」は自分の足音に違いない.天の川が夜空に見えるところを一人か,あるいは数人で歩いている.会話もなく,あたりは静寂の闇に包まれ,自分の足音と風の音しか聞こえぬというのだから,街中ではない.
 ではどこだ.農村の外れの道か,山中の林道か,あるいは海岸通りか.句の鑑賞者には一向にわからぬ.たぶんこれは,天の川という題を与えられたからひねくり出したものである.それ故,作者がいまどこにいるのかの立ち位置も分明でない.つまりこの句は想像の産物なのである.違うというなら解題してみせよ.

 思うに,題を与えられて作る俳句が,必然性のない言葉の羅列が,詩と呼ぶに値するのか.そんなことを高校生にさせていいのか.大いに疑問である.
 夏井いつき先生はテレビ番組「プレバト」中でこの句を激賞しておられたが,こんなむりやり感のある俳句は,私にはどうしてもよいとは思えないのである.

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2016年9月 9日 (金)

一切は

 昨夜放送のMBSテレビ「プレバト」は,過去の俳句才能ランキングを切り貼り再構成したものだった.
 これまでに出場した芸能人の俳句を,現在「初段名人」である 梅沢富美男と藤本敏史が評価採点するという趣向で,特にどうという内容ではなかったのだが,最後に今年の「松山俳句甲子園」で個人賞 (優秀賞) に輝いた沖縄県興南高校二年生の鶴岡夏鈴さんの句が紹介された.その句がこれ.

一切は足音と風 天の川

 高校生らしからぬ格調である.思わずテレビの前で,寝転がっていたのを正座に座り直してしまった.
 そして,しばらくして,これはどこかで既視感があるぞという気がしてきた.
 散文中の表現で「一切は○○であった (である)」 (ブログ筆者註;○○は静寂を表現する名詞句.「足音と風」に類する言葉) は,有名無名の散文中に時折目にする表現のように思われる.
 今回の俳句甲子園で,このとき懸題は「天の川」だったから,何となく上の作品は,大人の文章から借りてきた言葉に季語を付けてできただけ句だとの思いがしてきた.そりゃそうだよね.まだ人生の入口にいる高校二年生が「一切は」なんて言うはずないもの.
 というわけで,また寝転がってしまったのである.おい.

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2016年9月 7日 (水)

現実と虚構 (一)

「シン・ゴジラ」が大ヒットしている.既に興行収入は五十三億円を超えたという.
 昭和二十九年の第一作以後,「夏休み子供映画大会」水準の特撮映画の方向に舵を切ったあのゴジラシリーズが,どうやら原点に立ち返って大人の鑑賞に耐える映画作品に仕上げられたらしい (「らしい」というのは,公開前には作品の内容情報がほとんど漏れてこなかったからである) という前評判がかなり高いものであったのだが,実際の作品も期待に違わぬものだった.(一部にはこの映画のリアリティについて強い批判があるが,それは後述する)
 しかし公開直後からネット上には,優れた映画,ちゃんとした映像作品をあまり観たことがないと思われる子供たちが書いたらしい幼稚な感想文があふれた.
 なにしろその子供たちは,これまでのゴジラ作品を全く観ていないようで,「新世紀エヴァンゲリオン」や「風の谷のナウシカ」との対比の枠内でしか「シン・ゴジラ」評を語れないのであった.
 酷いのになると,「シン・ゴジラ」の中で敷かれた伏線が実は「風の谷のナウシカ」で回収されているのだなどと,したり顔でトンデモ「解説」をする者もいて,映画 (だけではなく,あるジャンルの小説も同じであるが) というものの基本的構造というかシナリオの作法というか,この連中にはそんな基礎知識もないのだなあと情けない思いがした.

 しかし映画公開された最初の頃の大騒ぎから少し時間が経過し,ようやくまともな批評家による「シン・ゴジラ」レビューがネット上に書かれるようになったのは嬉しい.
 例えば,アニメ評論家の藤津亮太氏による《大ヒット映画「シン・ゴジラ」を見た人が語りたくなる理由 》もその一つ.
 藤津亮太氏は,怪獣映画の要素として次の三つを挙げる.

(1)怪獣の出自・性質をめぐる物語
 (2)怪獣による都市襲撃
 (3)怪獣を止めようとする人間との攻防

 藤津氏によれば,

(1)は、怪獣の存在を一定のリアリティーでもって観客に受け止めてもらうには欠かせない要素だ。ここの説明に、科学の言葉を使えばSF色を帯びるし、神話や伝承に積極的な意味を持たせれば伝奇的な世界観になる。

であるが,ゴジラ第一作の場合は,言うまでもなく米国によるビキニ環礁での核実験 (1946年から1958年までの十二回に及ぶ.うち四回は水爆実験) と,第五福竜丸の被爆事件 (1954年3月) が初代ゴジラ誕生の契機であった.
 Wikipedia【ゴジラ (1954年の映画)】には《東京へ戻った山根は、巨大生物を大戸島の伝説に因んでゴジラと命名し、トリロバイトと残留放射能などを根拠に「海底洞窟に潜んでいたジュラ紀の生物が、水爆実験で安住の地を追われ、出現したのではないか」とする見解を国会の公聴会で報告する。》と解説されている.
 藤津氏は上の引用箇所で《ここの説明に、科学の言葉を使えばSF色を帯びる》としているが,映画公開当時の国民の受け止め方は,第一作は《SF色を帯び》る以上に,社会性を帯びていたのである.
(続く)

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2016年9月 4日 (日)

花と妖精

 いつもは見ないのだが,今朝,テレビをオンにしたままにしておいたらTBSテレビ「サンデーモーニング」で,東京オリンピックの名花と呼ばれたベラ・チャスラフスカさんの訃報について触れられた.
 コメンテーターの女性が「メキシコオリンピックで彼女は,プラハ侵攻に抗議して黒いレオタードを着たのです」と語ったが,確か濃紺のレオタードだと記憶していたので,Wikipedia【ベラ・チャスラフスカ】を調べたら次のようにあった.

1968年のメキシコオリンピックはプラハ侵攻の直後であり、チャスラフスカはオリンピック直前にようやく出国を許可された。チャスラフスカはこのとき、祖国であるチェコスロバキアの屈辱をはね返すために最高の演技を誓い競技に臨んだと後に語っている。五輪本番は、抗議の意を示すため濃紺のレオタードで競技を行った。

 また,「チャスラフスカのあと,コマネチあたりから体操がアクロバットみたいになったんですよね」と出演者一同が話した.
 しかし最近,コマネチさんは,最近の体操はアクロバット的だとインタビューに答えていた.彼女が活躍を始めた頃,当時の彼女の体操演技が女性らしい美しさに欠けると評されたことに,彼女は不満があるようであった.今の体操のほうが,私の現役の頃よりずっとアクロバティックだという趣旨の発言である.

 ただ,この報道がどこのメディアによるものだったのか,ここに書くにあたって検索しているのだが見つからない.うーむどこに書いてあったのだったか.コマネチさんの発言のソース不明なので,それに基づいて「サンデーモーニング」の内容をこれ以上論評することはしない.

 チャスラフスカさんをオリンピックの花と讃えることに異論あるひとは少ないだろう.体操演技だけでなく,彼女のその後の人生自体が美しかった.
 ただその対比のために,「サンデーモーニング」のコメンテーターたちのように,コマネチさんの体操演技を「美しくない」とする人たちを私は嫌いだ.彼女はじゅうぶんに愛らしかった.だから世界中が彼女を,花に対する妖精に譬えた.まことに人は,ものごとを忘れやすいものである.

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2016年9月 3日 (土)

焼入れについて

 テレビの情報バラエティ番組の中には随分と内容がデタラメなものがあって,筆頭はテレビ朝日「林修の今でしょ!講座」,次が日テレ「世界一受けたい授業」だろうか.この二番組,全面的に嘘ばかりというわけではないが,事が食品分野や健康関係になると,聞いて呆れるようなことを放送することがある.
 毒にも薬にもならないのがテレビ東京「ソレダメ!~あなたの常識は非常識!?~」で,時間つぶしにちょうどいい.

 先日の記事で「和風総本家」をほめたが,この番組は内容が空疎な日本讃美ではないということのほかに,取材がしっかりしていることにも好感が持てる.
 しかし,私が「和風総本家」を録画保存するようになってから初めてのことだが,先日の放送で明らかな誤りがあった.

 定番企画「世界で見つけたMade in Japan」(8/25) に,兵庫県三木市で左官が使用する鏝 (柳刃鏝) を製造している佐武幸吉さんが登場した.
 誤りがあったのは,佐武さんが旋盤に似た機械で成形した鏝の原型品に焼入れをする場面のナレーションとテロップである.今日時点まで,ネット上にこの内容の誤りが指摘されていないようなので,ここに書いておく.

 まず,鏝を熱する場面で次のように説明が画面に出た.これは間違いではない.

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 次に高温に焼かれた鏝を冷却用の油に入れるところで次のように文字とナレーションで説明された.

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 焼入れというのは,説明するまでもないが,鋼などの金属を所定の高温状態から急冷し,材料を硬くし,耐摩耗性などの向上を目的とする処理をいう.
 焼入れ加工する中間製品を炉などで高温に加熱したあと,冷却剤に加工品を投入して冷却する.
 この時に用いられる冷却剤としては,水,油,食塩などの水溶液,加圧ガスなどが使用される.
 上に挙げた「和風総本家」の放送で《焼き鈍し》と説明されたのは間違いで,油で冷却するのは焼入れの工程 (冷却) なのである.
 焼なましは焼入れとは正反対の処理である.どうしてこんな初歩的間違いがなされたのか不明であるが,いつもは良い番組なのに残念なことであった.

 ちなみに,かつて日本の伝統的な野鍛冶,農鍛冶は,焼入れに菜種油を用いた.現在では鉱物油系のものが使用されていると聞く.

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2016年9月 2日 (金)

恋のロンドン橋

 昔の歌は素敵だ,という話.

 私は水割りの酒は飲まないので,持っているウイスキー用のグラスはオールド・ファッションド・グラスが二つだ.
 一つはもう四十年ほど前に買ったとても薄手の「たち吉」のもの.来客があった際に使うので五個か六個かを揃えて購入したが,今は陋屋を訪う人もなくなったので,一つ残してあとは捨てた.
 もう一つは DURALEX の PICARDIE.
 これはカフェとかレストランで使われる業務用グラスでは定番中の定番品.安くて武骨で,ぞんざいに扱っても割れないところがすばらしい.割れないから,買えば一生使える.麦茶でも牛乳でも,私は何でもこれで飲む.
 いかにも高そうなグラスには高い酒を注がないといけないような気がしないでもないのだが,チープ感溢るる PICARDIE にはトリスが似合うような気がしないでもない.
 そしてトリスに似合う昔の歌は,Jo Stafford にとどめを刺す.ような気がする.

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 というわけで,Jo Stafford を聴きながらトリスのグラスを傾ける.
 三年前に私は《お電話ありがとう》と題した記事を書いた.
 彼女の歌の中ではこの“Thank You For Calling (邦題;お電話ありがとう)”(YouTube は《Jo Stafford Thank You For Calling 》) が最高だと思う.
 不実な男と,そいつを忘れられない女.
 しみじみとトリスに似合う.ような気がする.

 ところで,Jo Stafford の歌というと,これよりも“On London Bridge (邦題;霧のロンドン・ブリッジ)” (YouTube は《霧のロンドン・ブリッジ ジョー・スタッフォード/歌詞 》)を挙げる人が多いのではないか.
 戦後の日本人の記憶にも残ったほどの Jo Stafford の大ヒット曲“On London Bridge”がどんな歌かというと,男女が電撃的な恋に落ちる出会いの歌である.

 私もいい歌だと思うのだけれど,歌詞に理解できない箇所がある.
 それを説明するために,“On London Bridge”の歌詞の一番を下に記す.

I walked on London Bridge last night
I saw you by the lamp post light
Then bells ring out in sleepy London town
And London Bridge came tumbling down
The sky was hidden by the mist
But just like magic when we kissed
The moon and stars were shining all around
And London Bridge came tumbling down

 まず歌い出しは「昨日の夜,わたしがロンドン橋の上を歩いていたら,街灯のところにあなたが立っていた」である.
 二人の出会い.それは結構なことだが,問題はそのあとだ.
 唐突に「眠りに就こうとしていたロンドンの街に鐘が鳴り渡り,ロンドン橋が崩れた.夜の空は霧に覆い隠されていたけれど,わたしたちが口づけをかわしたとたん,まるで魔法のように霧が晴れて月と星が輝き始め,そしてロンドン橋が崩れた」と歌われるのである.
 もちろん,一目会ったその日から恋の花咲くこともあることは,朴念仁の私でも承知している.
 また相手の氏素性もわからぬのにキスしてしまうロンドン娘の無節操もここでは不問に付す.
 恋に落ちたとたん,実際は冷たい霧の漂う暗い夜空なのに,心の中では鐘が鳴り月も星も明るく輝くという,舞い上がるような気持ちの高ぶりも理解できる.恋はそういうものだ.
 しかるに,ここで突然にロンドン橋が崩れたのである.なぜだ.意味がわからない.

Just you and I over the river
Two hearts suspended in space
And there so high over the river
A miracle took place
Two empty arms found to love to hold
Two smoke rings turned to rings of gold
A simple dress became a wedding gown
When London Bridge came tumbling down

 二番の歌詞は歌う.二人の心は空高く舞い上がり,そして奇跡が起きたと.
 “Two empty arms found to love to hold”は容易に理解できる.

 次に“Two smoke rings turned to rings of gold”だという.
 もちろん事前に指輪なんか用意していないから,
「指輪はどうするの?」
「僕にいい考えがある.二人で煙草の煙の輪を吹いて,それを僕たちの結婚指輪にするのさ」
「ああ,とてもいい考えだわ,あなた」
ということになって,それが“Two smoke rings turned to rings of gold”なのだ.

 それから,なにしろ突然に橋の上で結婚するわけだから,着ているのは普段着だ.
「ウェデングドレスはどうしましょう?」
「君は美しいから,その服でいいさ.普段着でもどんな花嫁よりもきれいだ」
「ああ,うれしいわ,あなた」
ということになって,それが“A simple dress became a wedding gown”なのである.
 まさに恋は盲目恋は奇跡である.
 しかるに,二人の恋の奇跡はロンドン橋が崩れたときに起きたのだ.なぜ橋が崩れ落ちなけりゃいかんのであるか.それがわからない.
 魔法のように夜霧が消えて月も星も輝き,煙草の煙が結婚指輪になり,普段着がウェディンクドレスになったという愛の奇跡でじゅうぶんではないか.
 なんで橋が崩れ落ちるのだ.余分としか思えないが,イギリス人の感覚では,恋に落ちることと橋が落ちることは,何か通じるところがあるのだろうか.

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Wikipedia【ロンドン橋落ちた】から引用
(パブリック ドメイン画像)


 “London Bridge came tumbling down”を辞書的に訳せば「ロンドン橋崩れた」であるから,日本人である私は,ただちにマザーグースの「ロンドン橋落ちた」を連想する.
 日本人である私は,と書いたのは,日本語では橋が「崩れる」のも「落ちる」のも,「崩れ落ちる」と言うくらいであるから同じようなもんだが,英語のニュアンスではどうなんだろう.

 Wikipedia【ロンドン橋落ちた】によると,マザー・グース「ロンドン橋落ちた (London Bridge Is Falling Down)」の原歌詞で「落ちた」は“broken down”または“falling down”であるらしい.
(当該箇所を引用すれば《1番の"broken down"の箇所を"falling down"とすることも多く、特にアメリカ合衆国では"falling down"が一般的である。》である)

 この Wikipedia の解説によれば「霧のロンドン・ブリッジ」の歌詞の“London Bridge came tumbling down”は,マザーグースを引用しているのではなさそうだ.

 ところが,だ.それじゃあこの歌詞の意味なんなんだと思って,この種のことに関する信用できる情報源である《二木紘三のうた物語 》を調べた私は腰が抜けるほど驚いた.
 ここで演奏される mp3 の冒頭はなんと「ロンドン橋落ちた」の旋律ではないか.
 二木紘三先生はそれについてこう書いている.

なお、上のmp3作成に私が使った楽譜では、頭の2小節に「ロンドン橋落ちた……」のメロディが使われていますが、ジョー・スタッフォードのレコードにはありません。どういういきさつでそうなったかは不明です。

 その楽譜の出版元は海外だったのだろうか.もしそうだとすると,やはり「ロンドン橋落ちた」に「霧のロンドン・ブリッジ」は何か関係があるのかも知れない.しかし日本で出版された楽譜なら,楽譜の作成者が勝手につけ加えたものということになる.
 また《二木紘三のうた物語》は,“London Bridge came tumbling down”の意味について全く触れていない.たぶん謎の歌詞なのではないだろうか.

 「ロンドン橋落ちた」の成立年代は何世紀も前だとされるが,歌われているロンドン橋には,人柱の伝説とか,マイナスのイメージがある.恋にふさわしくない.
 しかしそんな古い話ではなく,“On London Bridge”が作詞作曲された頃のイギリスで,日本には伝わらなかったけれど,そして今はもう忘れられたけれど,恋にまつわる何かしらの物語がロンドン橋にあったのではないだろうか.私が英語圏のウェブサイトにおける情報検索に堪能ならぜひやってみたいものなのだが.

(筆者註;ロンドンから遠く離れた同時代の日本のこと.「岸壁の母」という昭和二十九年の大ヒット曲の題を聞いても,若い人には何のことやらわからないだろうが,かつて戦中世代の方々で岸壁の母の物語を知らぬ人は一人もいなかったはずだ.それと同じことである.忘れ去られた物語.あー,例が古すぎですか.Jo Stafford と菊池章子はほぼ同時代の歌手なんですけどね)

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