« ルノワール展 | トップページ | 音がうるさい醤油(笑) »

2016年8月21日 (日)

幕末大豆 (七)

 前稿の終わりに
 
さらに《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》の問題は,政府機関が日本産大豆を入手したとし,その後,二十世紀に栽培が本格化されるまでのことが曖昧なことである.
 なぜ大豆が伝播してから本格栽培まで五十年もかかったのか.
 《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》には次のように書かれているだけで,そのあとはいきなり二十世紀に飛んでしまうのだ.

 
と書いた.
 なぜ《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》には,アメリカに日本産大豆が伝播してから五十年間のことが書かれていないかというと,この総説の執筆者が持っているタネ本に書かれていないからであろう.それ以外の理由は考えられない.
 実際に農業をした経験がなくても,農学や植物学に関する基礎的な知識があれば,ネタ本に書かれていないことでも,「伝播から五十年も本格栽培まで時間を要したのはなぜか?」との疑問が当然湧くはずだ.疑問が湧けば,「何か障害があったのだろうか?」と,さらに調べただろう.
 ところがこの総説《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》の執筆者はそれをしなかった (できなかった).力量もないのに机の上で,タネ本をコピペして本 (資料) を作ってしまう人がやりがちなことである.

 その点で,加藤昇氏は,さすがに民間企業の研究開発部門長を勤めた経歴のかたであるから,アメリカにおける大豆栽培の歴史に農学の観点から踏み込んで調べられたようで,そのことが加藤氏の総説《大豆の話 》から推測される.
 事実,《大豆の話 Ⅰ-7 海を渡った大豆 》に次のようにある.
 
しかし、その後アメリカでは大豆栽培に取り組み始めて、いくつかの障害に直面することになるのです。それは、アメリカの土壌には満州や日本のような根瘤バクテリアが存在せず、そのことがダイズ育成の大きな壁となるのです。豆科植物は空中より窒素を取り込んで自分の栄養源とする優れた働きを備えています。豆科に属さない植物は窒素分をすべて土中から吸収しなければなりませんが、大豆のような豆科植物は根瘤バクテリアが働いて空気中に含まれている窒素ガスを利用できるのです。そこで当時のアメリカ人たちが考えたのが、人工培養の土壌バクテリアを大豆種子にまぶして播種すると大豆の根に根瘤バクテリアが付着して生育状態が改善されるという方法です。この方法を見つけたことにより大豆栽培は大きく前進することになりました。それまでは大豆を栽培した農場の土を、次の年に他の農場まで運ぶというやり方で土壌バクテリアを広めつつ、作付け面積を広げていたので遅々として進まなかったようです。根瘤バクテリアを広めることにより、従来の栽培方法に比べて3-4倍の単収と大きな種子を収穫することが出来るようになったとされています。
 
 まさに加藤氏が書いているように,十九世紀末 (1888年) にマメ科植物に窒素固定能力を有する細菌が共生していることが発見されるまで,アメリカの農民たちは試行錯誤の努力を繰り返したのである.
 そのことを調べようともしなかった《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》の筆者は,こんなことを書いている.
 
「栄力丸」の乗組員から得た大豆種子、ペリー調査団から得た大豆種子は全米で育ち、農家から高い評価を得ることとなりました。彼らから、大豆が有する価値についての報告が特許庁に送付され、メディアにも多くの記事が掲載されました。1855年のある農業関係紙には、「自分は3年間大豆を栽培し、カナダからテキサスまで栽培を試みた。この高い能力を有する作物(大豆)は、とうもろこしが栽培されている地域(現在のコーンベルト地帯)での栽培が適しており、18~24インチの条間をもって栽培するのが適切である。鶏や豚には加熱処理をしてから給餌するのが良い」とする中西部の農家の談話が掲載されていました。
 
 この文章には,根瘤バクテリアのことが全く書かれていない.マメ科植物の栽培についての資料で根瘤バクテリアに触れないのは致命的な欠陥だろう.
 これはすなわち《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》の筆者には,幕末における日本から北米への大豆の伝播について書くだけの見識がなかったということだ.
 本来,このように農学の歴史に関わる学際的な総説は,大学農学部の研究者によって書かれるべきである.加藤氏の総説は氏の個人サイトに掲載されているものであるから,いつかは閲覧できなくなるであろう.そうなったときに,誤りだらけの植物油協会のサイトの《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》がレファレンス的資料になってしまうのは,まことに残念なことである.(了)
 
[この連載記事は以下の通り]
幕末大豆 (一)
幕末大豆 (二)
幕末大豆 (三)
幕末大豆 (四)
幕末大豆 (五)
幕末大豆 (六)
幕末大豆 (七) (了)

|

« ルノワール展 | トップページ | 音がうるさい醤油(笑) »

食品の話題」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 幕末大豆 (七):

« ルノワール展 | トップページ | 音がうるさい醤油(笑) »