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2016年8月17日 (水)

幕末大豆 (六)

 前稿までに,現在米国で栽培されている大豆の遠いルーツは日本産の品種であったと述べた.
 この日本産大豆の北米への伝播に関して,私たちが現在手にすることのできる邦文資料は二つある.
 一つは,かなり前に植物油製造会社に勤務されていた加藤昇氏が調査して発表した《大豆の話 》である.
 もう一つは,一般財団法人日本植物油協会がその公式サイトに最近掲載した《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」 》である.
 日本植物油協会による総説のほうが最近の調査に基づくものだからより正確だろうと思うと,それがそうでもなくて,明らかな誤りが見受けられる.例えば以下の各節.
 
1850年12月、アメリカの商船オークランド(Auckland)号が、香港から砂糖などの商品を積載してサンフランシスコに帰還する途中で、日本の樽廻船「栄力丸」が難破して漂流しているのを発見しました。
  
 ところが,Wikipedia【浜田彦蔵】によれば,次のようである.
 
幼い頃に父を、嘉永4年(1851年)の13歳の時に母を亡くす。その直後に義父の船に乗って海に出て途中で知人の船・栄力丸に乗り換えて江戸に向かう航海中、その船が10月29日(11月22日)に紀伊半島の大王岬沖で難破。2ヶ月太平洋を漂流した後、12月21日(1852年1月12日)に南鳥島付近でアメリカの商船・オークランド号に発見され救助される。
 
 この難破事故に限らず,歴史上の事象の発生が西暦何年であったかなんてことは,パブリックに参照される可能性の高い業界団体作成の資料としては決して間違って記載してはいけないものであるが,植物油協会の上記総説は嘉永四年を《1850年》と誤記載している.栄力丸が救助されたのは1851年が正しい.
 また次の箇所も誤り.
 
エドワード医師は、ニューヨーク農業学会、マサチューセッツ園芸学会と特許庁(Office of the Commissioner of Patents)にその大豆を提供しました(1862年にリンカーン大統領の指示によりアメリカ農務省が発足するまで、農業に関する業務は特許庁の所管でした。)。これらの機関は、その大豆種子を農家の間に広め、アメリカの農家が大豆を栽培する最初の動機となりました。アメリカにおける大豆のサクセス・ストーリーがここから始まりました。
 
 ところが,Wikipedia【アメリカ合衆国農務省】によれば,次のようである.
 
1849年、特許庁は新設されたアメリカ合衆国内務省に移管された。
 
 つまり,エドワード医師が大豆種子を提供した先は米国特許庁だとしているが,エドワード医師が大豆を栄力丸乗組員から贈呈された時,既に政府組織は改組され,特許庁は内務省に移管されてしまっていたのである.
 となると次に,この内務省内の農業所管部署の名称が何であったかが問題であるが,加藤昇氏の総説《大豆の話》に《農業委員会》とあるのがそれかも知れない.
 この総説《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》は,こういう誤りが調べればいくつも出てくるので,全体の信憑性が大きく疑われるのである.
 さらに《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》の問題は,政府機関が日本産大豆を入手したとして,その後,二十世紀に大豆栽培が本格化されるまでのことが曖昧なことである.
 なぜ大豆が伝播してから本格栽培まで五十年もかかったのか.
 《植物油 INFORMATION 第87号「アメリカ大豆搾油業の黎明」》には次のように書かれているだけで,そのあとはいきなり二十世紀に飛んでしまうのだ.
 
「栄力丸」の乗組員から得た大豆種子、ペリー調査団から得た大豆種子は全米で育ち、農家から高い評価を得ることとなりました。彼らから、大豆が有する価値についての報告が特許庁に送付され、メディアにも多くの記事が掲載されました。1855年のある農業関係紙には、「自分は3年間大豆を栽培し、カナダからテキサスまで栽培を試みた。この高い能力を有する作物(大豆)は、とうもろこしが栽培されている地域(現在のコーンベルト地帯)での栽培が適しており、18~24インチの条間をもって栽培するのが適切である。鶏や豚には加熱処理をしてから給餌するのが良い」とする中西部の農家の談話が掲載されていました。
 
 私見であるが,この総説の執筆者氏は,この種のことを書くには基本的な知識,すなわち農学,植物学などの学問基盤も,実践知識も不足している.それ故,タネ本に書かれていないことは,そもそも疑問に思わず,だから触れることができないのである.
 言い過ぎのようだが,有体に言えば,この執筆者には総説を書くほどの力量がないということである.それが露呈しているのが,まさにこの,伝播から本格栽培までの五十年史なのである.
(続く)

[この連載記事は以下の通り]
幕末大豆 (一)
幕末大豆 (二)
幕末大豆 (三)
幕末大豆 (四)
幕末大豆 (五)
幕末大豆 (六)
幕末大豆 (七) (了)



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