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2016年7月31日 (日)

藤沢 ながつか

 一昨日,辻堂の 109シネマズで『シン ゴジラ』を観たあと,昼飯をどうしようかと考えた.

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 テラスモール湘南の中のレストランは,店の見てくれはいいのだが,昼飯時には入口で待たされるのに,肝心の料理はイマイチだ.イマイチどころか,世間水準以下の店もいくつかある.
 さりとて,大フードコートは無難だが雰囲気がざわざわと落ち着かないし,ここは藤沢駅に戻って蕎麦を食うことにしようと決めた.

 藤沢駅の近くで蕎麦屋といえば「すい庵」が私は気に入っていたのだが,少し前のある日の昼過ぎに入ったときに不愉快な思いをした.
 少し酒を飲んでから盛り蕎麦を注文したのだが,出された蕎麦が酷かったのだ.
 長いもので一本が五センチくらい,短いのは三センチしかなかった.これが蒸籠に盛ってあるのだ.まるで蕎麦の体をなしていない.ショートパスタかお前は.
 明らかに,打ちそこないの蕎麦を茹でて水で洗ったら全部千切れたのだと思われるが,よくそんなものを捨てずに蒸籠に盛りつけるものだと呆れた.
 酒を飲んで店とケンカするのは,いい歳をした者として情けない (素面ならクレームつけたと思う) ので,そのまま蕎麦を残して代金を払い,店を出た.
 厨房に一体何が起きたのか知らないが,客を馬鹿にするのもいい加減にするがよい.それ以来私は「すい庵」に行っていない.

 で,今回私が選んだのは,駅の周辺では古い店の一つである蕎麦屋の「ながつか」である.

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 この蕎麦屋「ながつか」は,町中のごく普通の蕎麦屋である.品書きに「カツ丼セット」なんかが書いてある蕎麦屋だといえば,どんな蕎麦屋かわかってもらえると思う.じゃあまずい蕎麦かというと,そんなこともない.平均的な町の大衆的蕎麦屋さんなのだ.

 さてその日,入口を入ると店員さんが「お好きな席にどうぞ~」というので,四人掛けテーブルに一人で腰かけた.
 注文したのは,会津ほまれ (300mlガラス瓶入り冷酒) を一本と,板わさ,蛸刺である.板わさには粉わさびの他にわさび漬がたっぷり付けてある.醤油は付けないで,わさび漬で蒲鉾を平らげた.
 『シン ゴジラ』のストーリーや伏線を反芻しながらゆっくり昼酒を楽しんだあと,蒸籠を一枚.
 蕎麦の到着を待つあいだ,ふと目を転じると近くのテーブルで,私と同年輩と思われる老人が孫と思しき少年に,蕎麦の食い方をレクチャーしていた.
 いわく,箸の先で,一口に啜り込めるだけの蕎麦を取り,左手で持った蕎麦猪口のつゆに,ちよっと蕎麦の下の方をつけて,ツッと啜るんだよ.ずるずる何度もすすっちゃいけないよと.
 その通り.
 いいおじいさんである.孫を相手の蕎麦の食い方指南は微笑ましい光景だった.

 そしてその老人が背を向けている後ろの席を見ると,やはり私と同じくらいの爺さんが一人,蒸籠蕎麦を食べていた.
 しかしこの爺さんは,蕎麦猪口を手に持たず,テーブルに置いたままであり,しかも蒸籠と蕎麦猪口と口を,蕎麦が連結していた.どういう状態かというと,図示すれば早いのだが,蕎麦猪口に口を寄せて,犬食いで蕎麦をもぐもぐと口に箸で運ぶと,食べた分を蒸籠から引きずり出して蕎麦猪口に入れていくのである.こうすると常に蒸籠と蕎麦猪口と口に,蕎麦の橋がかかったような有様になる.
 蕎麦をどういう風に食おうと,その人の勝手ではあるのだけれど,このやり方はちょっとなあ.(笑)
 確か昭和中頃の昔々,田舎のおばあさんが上に書いた爺さんのような仕方で蕎麦を食べる様子を,痴楽という落語家がマクラに使っていたのを思い出した.小さかった私が蕎麦の食い方 (「たぐる」という言い方は大嫌いなのでこう書く) を覚えたのは,噺家の所作を見て倣ったのであった.
 

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