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2016年6月27日 (月)

ソウルフード (三)

 ココログのネットワーク障害がようやく復旧したので,焼きまんじゅうについて続ける.

 昔,山口瞳が月刊文芸誌に連載していたエッセイ (たぶん新潮文庫『草競馬流浪記』に入っているだろう) で焼きまんじゅうのことを書いたことがある.
 山口が群馬県にでかけた折に,焼きまんじゅうを土地の人が勧めたのだそうだ.
 ところが山口瞳は,焼きまんじゅうというものが群馬名物だというが,群馬にはこんなものしかないのかと誌上で酷評したのである.
 山口は世間知らずのお山の大将的人間を,田舎者と呼んで嫌った.たとえ東京の生まれ育ちでもそういうタイプの男を田舎者と呼んだ.田舎者というのは地方人とは違うとも明言していた.
 おそらく山口瞳に焼きまんじゅうを食べさせた男は「どうですか,おいしいでしょう,群馬の名物ですよ」などと自慢したのだと思われる.
 それがそれなりの歴史のある郷土料理であればともかく,縁日屋台の食い物のようなものだったので,山口はカチンときたのである.
 客人に焼きまんじゅうを勧めるときに,私なら「こんなものしかありませんがどうぞ」と言うが,大抵の群馬の人間は井の中の蛙だから,大いばりで焼きまんじゅうを客に出したのだろう.どうです東京にはこういうものはないでしょう,おいしいでしょう,というわけだ.
 この画像を見て頂きたい.焼きまんじゅうの通販サイトから Wikipedia【焼きまんじゅう】に転載されたものである.
 料理研究家の土井善晴先生はテレビ番組で繰り返し「笹は清浄感がありますから,これに料理を盛るというのは,特別なお料理であるという演出になります」と言っておられる.
 その意味で,本来手軽な軽食である焼きまんじゅうを笹の葉に載せてしまう神経が群馬県人のだめなところである.小腹がすいた時に口にする軽食は,畢竟おもてなし料理にはならない.そういう考え違いが山口瞳を怒らせたのである.
 これは先日の記事《ソウルフード (一)》に書いたことだが,群馬県の観光行政が

本県には「県外から来た人にアピールできる『名物料理』がない」との指摘があったことから、伝統食である「おっきりこみ」を再評価し、「おっきりこみ」を本県の名物料理として県民運動で県外に発信し、本県ブランドの創出につなげるため、平成25年4月1日にプロジェクトを立ち上げました。

などと《プロジェクトを立ち上げ》てしまうセンスに通じる.
 無理やり《「おっきりこみ」を本県の名物料理と》するために,似て非なるものに変えてしまうのは,昔の粗末な家庭料理であった「おっきりこみ」を知っている人間からすると,郷土の伝統的食文化を歪曲するものだ.
 笹の葉に焼きまんじゅう盛り付けてしまうのも,これと同じである.

 さて私は昔,藤沢から平塚まで少し電車に乗って,有名な平塚七夕祭を見物に出かけたことがある.
 七夕祭というのは,仙台も平塚も,七夕という庶民の風習を商店街のイベントにしたもので,どこが「祭」なのか得体の知れないものであるが,それはさておき,平塚市内の目抜き通りでは露天商が様々な食い物を商っていた.
 そのひとつに,私は焼きまんじゅうの屋台を見つけた.
 懐かしく思って一串を買い求めて食べてみたら,少年時代に通学路で買い食いしたことや,前橋市内にある敷島公園 (現在は美しく整備されて市民の憩いの場になっているが,昔は何もない松林の中に萩原朔太郎の詩碑が建てられているだけの公園だった) にあった寂れた茶店で食べた思い出やらが記憶の底から浮かんできた.
 かくも焼きまんじゅうは,群馬県外に出た者にとっては「ふるさとの訛り懐かし」のようなものなのである.
 そしてそのような思い入れがなければ,おいしくもなんともないものだ.
 群馬県人は,どうか他県の人に「どうだ焼きまんじゅうはうまいだろう」などと自慢しないで欲しい.他県の人は群馬県人に「なんだこの田舎臭い味噌田楽まんじゅうは」と貶さないで欲しい.きっと喧嘩になるだろう.

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