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2016年5月14日 (土)

藤沢 古久屋藤沢店

 某月某日の夕方.といってもつい最近のこと.
 かかりつけの医院で処方箋を書いてもらったあと,薬局で薬を購入し,ついでに早めの夕飯を食おうと思って,藤沢駅南口のダイヤモンドビル地下にある古久屋の藤沢店に行った.ダイヤモンドビル地下の,スーパーや惣菜店や瀬戸物屋などが無秩序に立て込んだ奥の,場末感漂う一角に古久屋はある.

 今でこそ藤沢の駅周辺には,比較的古参の松壱屋藤沢本店 (平成十年~) から新参のラーメン二郎湘南藤沢店 (平成二十二年~) まで何軒もラーメン屋があるが,私がこの土地に初めて住むことになった昭和五十年頃は,ラーメンといえば古久屋だった.
 もちろん大衆食堂のメニューにラーメンはあったが,専門店である古久屋のラーメンはそれよりワンランク上だと見做されていた.

 あれから幾星霜.今ではもう古久屋の評判を聞くことはさっぱりなくなったが,どうしているんだろう.元気でいるのだろうか.街には慣れたか.友達できたか.今度いつ帰る.あー帰らなくていいです.
 古久屋という会社自体は「寅そば」という別系統の店を多店舗経営しているから元気なんだろうけれど,昔懐かし本家本元の古久屋藤沢店に行ってみたのである.

 古久屋は昔から,戦後のデパートの大食堂みたいに,入口のレジで代金を先払いする方式だった.お金を払うとレシートを出してくれるのだが,そのレシートの一部が食券になっている.
 席についてテーブルの上にレシートを置いておくと,店員がやってきて食券部分をちぎって回収していく.それが,オーダーを受けたということになる.古久屋は,昭和三十年代が思い出されるそのやり方を,今でも続けていた.

 私が注文したのは五目焼きそば (\850) である.それは事前に食べログで,こういう激賞レビューを見ていたからである.
 さて店員に食券を渡したのが 16:25 だった.
 それから,五目焼きそばがやってくるまでのあいだ,店内を観察したのだが,内装は昭和五十年代と変わっていないように思われた.
 天井には二種類の小型で丸いシーリングライトが取り付けられていて,色は赤と緑色.これが交互に並んで弱く店内を照らしている.
 窓側にはペンダントライトがいくつも吊り下げられているのだが,色はピンクと黄色である.
 赤と緑とピンクと黄色.まるで昭和の場末スナックバーである.
 女の名はエリカといった.女は自堕落に煙草の煙を吐きながら言った.「言っとくけど,うちの店,やすくないからね」
 そんな雰囲気であった.よくわからんけど.

 古久屋は,店は広いけれど,広いだけに何だか物悲しさすら感じさせた.
 店内の客は,老夫婦が一組,老女が二人,老人が三人であった.老人のうちの一人は私である.老夫婦以外はすべて一人客で,少しずつ離れた席について,みな押し黙って食事中か,あるいは注文したものが届くのを待っていた.
 やや背を丸めてパイプ椅子に腰かけ,まだ丼も皿も置かれていないテーブルを見つめている老人たちは,もしかすると三十年前に注文したラーメンを待ち続けているのかも知れなかった.

 私の五目焼きそばが到着したのは 16:40 だった.
 唐突だが,料理写真とか映像とかの分野にシズル感という言葉がある.語源は英語の sizzle.
 意味は多岐にわたるけれど,出来立ての料理の場合であれば,その皿が放つ「出来立て感」とでもいうものだ.
 ところが私の前に置かれた五目焼きそばには,シズル感が全くなかった.

 シズル感はともかく,実際に食べてみたら麺とその上にかけられた野菜餡は室温だった.小エビの中華風天ぷらも同じ.
 それどころか味付き玉子,チャーシュー,煮たシイタケなどのトッピングは,冷蔵庫から出したばかりのように,ひんやりと冷たかった.
 「他の客のオーダーを受け間違って作りかけてしまった五目焼きそばがあり,それが調理台の上に放置されていたところに私が五目焼きそばを注文したもんだから,料理人はこれ幸いと冷蔵庫からトッピングを出して上に乗せて配膳したという逆シズル感」が力なく皿から放たれていた.

 古久屋の料理人さんにお願いしたい.
 そういう場合は電子レンジでチンしてください.ごちそうさまでした.

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