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2016年4月 7日 (木)

会津の旅 (十一)

 長年の会社勤めを定年で終えた皆さんが何をするかというと,まず第一に旅行らしい.確かに私の会社員時代の先輩たちから定年後のお話を拝聴していると,芭蕉の辿った奥州路を旅したとか,昔の東海道を歩いた,四国を遍路したなどの旅の話が出てくる.
 私にはそんな長丁場の旅に出かける体力が残ってないのであるが,せいぜい数日の旅ならなんとか行けるだろうし,それに東日本大震災のこともあって,東北各地に行ってみたいと常々思っていた.

 今は仕事を完全にやめて,心臓手術後の経過にも問題がないようなので,そろそろ旅行に出てみようというわけで,まずは福島県から,スパリゾートハワイアンズのショーを鑑賞に行き,それから会津に行った.(今月下旬には三春ほかの桜見物に行き,来月は北上する予定)
 それで,会津観光といえば何はなくとも飯盛山であるが,実際に行ってみて私は飯盛山の有様に強い違和感を覚えた.
 それは通称ローマ碑とドイツ碑から受けた違和感である.なんでここに,こんなものが,と思ったのだ.白虎隊自刃は戊辰戦争の局地戦である会津戦争における一つのエピソードとしか私は認識していなかったから,ローマ碑とドイツ碑のことまでは知らなかったのである.

 旅行から帰って,旅行記をこのブログに書く段になって資料を調べ始めたら,次第に私は腹が立ってきた.この飯盛山に立てられたローマ碑とドイツ碑の物語は,話を盛りまくりの嘘つき野郎たち (女性一人を含む) と,彼らに騙された善意の人による事実無根の話の拡散によって出来上がったものだと思われたのだ.

 一昨日の記事の終わりに

これまでに飯盛山のドイツ碑案内板に書かれたことのある説明文で判明しているのは,現時点で上の三つである.さてこの三つの説明文からドイツ碑の謎を追う.

と書いたが,昨日になって,古書店からメールで山口弥一郎『白虎隊物語』の在庫があったと連絡があった.この本はドイツ碑に関する資料の一つだ.それは同書中にドイツ碑に関する記述があるからだが,その箇所だけならネットに資料がある.日本の極右活動家にして「在日特権を許さない市民の会」(在特会) の会員,そして驚いたことに福島県人でありながら原発推進を主張し,かつまた疑惑の渦中にある元航空幕僚長の田母神俊雄を選挙応援し,さらにはヒトラーの礼賛者である瀨戸弘幸のブログの,この記事である.(在特会の示威行動でハーケンクロイツが掲げられた記事と写真は全国紙にも掲載された.ドイツ碑の周辺にはこのような人物もいて,私は飯盛山で自刃した少年たちが哀れでならない)
 一目瞭然,著作権法に対してここまで大胆に違反するブログは珍しいが,法の無視は瀨戸弘幸のポリシーなのだろうからさておき,記事の文中に不審な点があり,コピペではないかも知れない (歪曲が疑われる) と思われた.
 であるからして,『白虎隊物語』の原本にあたる必要があるのだが,国会図書館にあることはわかっているものの,いささか面倒なので古書を探していた.そうしたら古書店から『白虎隊物語』の在庫があると連絡があったのだ.すぐに送金したが,手元に届くのは一週間後になるだろう.
 それから,吉川英治の『随筆新平家』にもドイツ碑に関する記述があるのだが,『随筆新平家』は一両日中にも入手できる.
 来週『白虎隊物語』が手に入れば,ドイツ碑に関する基本的な資料はまず揃ったとしてよいと思う.《会津の旅 (十二)》のアップは来週の予定だ.
(続く)

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