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2016年3月26日 (土)

会津の旅 (二)

 会津若松駅舎
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 駅前の白虎隊士像
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 腹拵えが済んだ私は駅舎の外に出た.福島県地方の天候と服装に関する情報 (このサイト) によれば,この日は「マフラーと手袋が必須」とのことであったが,実際には全くそのようなことはなかった.私の服装は,ロングTシャツの上に秋葉系オタク風味のチェック柄ネルシャツを重ね,その上に中綿入りブルゾン着用であったが,昼頃の気温はおそらく15℃前後であり,防寒はこれで充分すぎた.
 寒かった場合に備えてリュックにもう一枚上着を入れてきたのだが,この日の日差しには春の到来を感じさせるものがあり,また風もなく,用心をし過ぎてダウンコートなんかを着てさらに「マフラーと手袋」なんぞで固めてきたら汗と恥をかくところであった.
 平日のこととて駅前広場は閑散としていたが,それでも数人の若い女性旅行者の姿があった.おそらく歴女というカテゴリーの娘さんたちなのだろうが,服装は春らしい明るい色のコートであった.

 駅舎の外壁に掲げられた市内観光案内プレート
 なぜか「北」が右方向である.駅舎の向きが東向きなのでこのように描きたい気持ちはわからぬでもないが…

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 会津若松市内には,路線バス以外に主に観光客を対象にした循環バス (まちなか周遊バス「ハイカラさん」,同「あかべぇ」) が走っている.

 「ハイカラさん」はレトロバスだが「あかべぇ」は普通の赤いマイクロバス
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 会津若松は初めての土地なので,とりあえずネット上の観光モデルコースを参考にして,初日は最初に飯盛山の白虎隊史跡を訪問し,それから観光施設「会津武家屋敷」→鶴ヶ城→東山温泉 (宿泊) と廻る行動予定を立てた.
 まちなか周遊バスには,三回乗車すると運賃がお得になる一日乗車券 (五百円也) があるので,観光案内所でこれを買った.その窓口でもらった路線図を見ると,私の観光コースは「あかべぇ」に乗るのが好都合のようである.
 若松駅前をスタートして程なく「飯盛山下バス停」に到着下車.

飯盛山史跡へ登る坂道の入口
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 飯盛山史跡の概略図はここ. 
 この坂道には有料の斜行オートウォーク (上記の概略図にはスロープコンベアとある) があるので,それに乗って上まで行った.私は腰痛持ちだから用心したのである.
 この日,坂道の左右にある土産物屋のうち三軒が営業していた.Wikipedia【飯盛山】には

この土産屋一帯は、昔から存在し、無料の看板で駐車場へ誘うものの一定の土産物屋で買い物を迫る「買うように迫る商法」とよく言われ、強烈な誘いで有名。

と書かれているが,まだオフシーズンの三月だからであろうか,坂道には全く商売する気のない雰囲気が漂っていた.
 山の上の終点で降りると,営業はしているようだが店番の姿も見えぬ寂れた土産物屋 (飯盛分店) があり,その先が市内を見渡せる荒れ果てた展望台になっている.ま,ここは白虎隊自刃の地であるからなあ,うら哀しい佇まいのほうが感懐深いというものだ.

 山上には石碑の類がたくさん建てられているのだが,その中に,昭和三年(1928年) に,イタリアの国家ファシスト党を率いて独裁権力を掌握する直前のムッソリーニから寄贈された「ローマ碑」と,昭和十年にドイツ大使館書記官から贈られた「ドイツ碑」と呼ばれる二つの石碑がある.ちなみにヒトラーが総統と称して独裁を開始したのは昭和九年(1934年) であるから,このドイツ大使館書記官はナチ党員であったはずである.ローマ碑はかなり大きい石柱状のモニュメントだが,ドイツ碑は普通の墓碑くらいの大きさである.
 この二つの石碑の由緒についてはここに書かれている.それはそれでよいのだが,ドイツ碑には鉄十字章彫刻されているので,ちょっとびっくりした.しかしよく見ると鉄十字の中心にナチスのシンボルである鉤十字 (ハーケンクロイツ) が刻まれていないので,これはヒトラーが制定して第二次大戦中に使用したナチスドイツの鉄十字章ではなく,現在も使われている伝統的なドイツの鉄十字章であることがわかる.

ナチスドイツの鉄十字勲章(出典;Wikipedia【鉄十字】)
Ironcross

 しかるに,ところが,なのである
(続く)

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