アイナふくしま (補遺二)
【補遺二】
東日本大震災の一ヶ月後(2011年4月11日) に発生した福島県浜通り地震によってハワイアンズは今度は壊滅的な打撃を受けたが,不屈とも言うべきハワイアンズダンシングチームは,翌月にはいわき市内避難所への慰問を行い,「フラガール全国きずなキャラバン」を開始した.そのスタートとなったのは新宿高島屋での公演(2011年5月21,22日) であった.
この高島屋の舞台でフラガール代表が最初に読み上げるメッセージを会社側は用意したが,チームリーダーの加藤由佳理(マルヒア由佳理) さんは,フラガールたちの思いを込めたメッセージを読みたいとして,自分たちで作成したものをステージで読み上げた.どのようなメッセージだったかを YouTube で知ることができる.(ただしこの動画↓は8月6日の大阪公演で,現リーダーの大森梨江(モアナ梨江) さんが挨拶したときのもの)
《フラガール全国きずなキャラバン ほぼノーカット 》
このときの高島屋で行われたショーについて,前回の記事で紹介した『フラガール 3.11 ――つながる絆――』(清水一利著;講談社) のp.119に次のようなエピソードが書かれている.
《加藤は思った。ふだんは使わない掛け声を、今日は使おう。ここぞというとき、みんなの気持ちをひとつにしたいときに使う、あの掛け声を。
「ゴー、フラガール!!」》
この「ゴー、フラガール!!」は,言うまでもなく映画『フラガール』において,常磐ハワイアンセンター開業初日のステージの最後に踊るタヒチアンダンスの直前に,フラガール一期生たちが円陣を組んだときの掛け声である.
この場面の動画を,ハワイアンズ自身が YouTube にアップした
《スパリゾートハワイアンズ応援ソング「息吹/AERIAL」 》
で観ることができる.
またこの動画には,上記の加藤由佳理さんが涙ぐみながら開演メッセージを読み上げる場面がわずかに映っている.
加藤由佳理さんは震災前に引退が決まっていたが,震災後に引退を撤回し,翌年六月までダンシングチームを率いて奮闘した.
加藤由佳理さんは次のリーダーの大森梨江さんにあとを託して引退したが,そのラストステージが彼女のファンによって YouTube にアップされている.私は古い人間なので,この動画を観て,「職責を全うする」という言葉を思い出した.
《フラガール マルヒア由佳理 アンコールとラストダンス 2012.6.3 》
二月上旬にハワイアンズに泊まって夜のショーを観たとき,私のとなりの席に,まだ小さな娘さんを連れた若いママさんがいた.このかたが私に話しかけてきて,ハワイアンズのリピーターであると言った.そしてフラやタヒチアンの各踊りごとに「右から三番目がリーダーです」「今度は左から四番目がリーダーです」などとモアナ梨江さんの位置を私に教えて,あとはうっとりとモアナ梨江さんを見つめていた.
翌日の昼のショーを鑑賞したあと,舞台の袖から楽屋に戻るモアナ梨江さんとすれ違った.彼女のオーラというか,前夜のママさんがコアなファンになったわけがちょっと理解できた.
(続く)
[連載記事]
アイナふくしま
アイナふくしま (補遺一)
アイナふくしま (補遺二)
アイナふくしま (補遺三)
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