O・ヘンリーと蕎麦 (六)
さてこの日は,病院での待ち時間つぶしと電車での移動中に『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』のあちらこちらを摘み読みして,藤沢駅に戻ってきたのは午後四時少し過ぎだった.
夕飯のことを考えると,このままうちに帰るにはいかにも中途半端な時刻である.さてどうしようか……とか思案するのは無論ただのポーズで,酒を飲む気満々なのであった.
定年前の現役会社員だった頃は,酒を飲むのは仕事帰りに同僚と一緒のことが多く,腰を据えて深酒するのが大前提であり,従って蕎麦屋で飲むことはなかった.今は無職で,飲み友達がいつも周りにいるのではないから一人酒.酒量も衰えてきたので,相席をせずに済む午後のひとときの蕎麦屋で,少し飲むくらいがちょうどよくなってきた.
ただ,蕎麦屋で飲むのはまだ明るいうちに軽く一杯と昔から相場が決まっていたのであるが,最近はそうでもなく,例えば「午後三時から五時半まで休憩します」みたいな蕎麦屋が多い.これは,夜遅くまで居酒屋的な営業をする蕎麦屋が増えたせいだろう.
先日は南口の蕎麦屋「あいづ」で昼飲みしたが,藤沢駅周辺で午後ずっと通しでやっている蕎麦屋というと「すい庵」がある.駅ビル南口を出ると歩いてすぐのところにある.
鎌倉は,小町通りにせよ若宮大路にせよ,観光客相手のいい加減な飲食店がほとんどなのだけれど,中にはきちんとしたものを出す店もあって,その一つに蕎麦屋「なかむら庵」がある.創業はいつか知らないが昔からうまい蕎麦を食わせることで知られた店だ.
その「なかむら庵」から分かれた「なかむら庵分店」が藤沢駅北口に店を構えたのは,昭和の終わりに近い,私がまだ若い頃だった.それから暫くしてどこかに移転したようだったが,結局十数年前に「すい庵」と店名を改め,現在の場所で営業している.
で,さてどうしようか……とか思案するフリをしつつ足は「すい庵」へ向かった.
(続く)
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