O・ヘンリーと蕎麦 (八)
私はO・ヘンリーの作品全体を詳しく知っているわけではないのだが,「The Gift of the Magi 賢者の贈り物」や「The Duplicity of the Hargraves ハーグレーヴズの一人二役」「The Cop and the Anthem 巡査と讃美歌」のような後味の悪いものではなく,そりゃあまりに調子良すぎだよと言いたいくらいのハッピーエンドな話が好きだ.
そういうハッピーエンド中のハッピーエンドは,恋に落ちた若い女性が意中の男と結ばれて幸せになることで,『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』収められた「Spring à la Carte 春はアラカルト」はその手の話の一つだ.
しかし,この短編の小川高義による翻訳は,タイトルを「春はアラカルト」としているのだが,これはいかがなものか.
そもそも小川高義訳では「Spring à la Carte 春はアラカルト」になっているが,岩波文庫大津栄一郎訳『オー・ヘンリー傑作選』では「Springtime à la Carte 献立表の春」だったはず.
それどころか,以前から同じ新潮文庫に入っている大久保康雄訳『O・ヘンリ短編集 (一)』でも「Springtime à la Carte アラカルトの春」になっている.
これは一体どういうことだろうか.
「春」が原題では「Springtime」である岩波文庫大津栄一郎訳および新潮文庫大久保康雄訳と,「Spring」である新潮文庫小川高義訳とでは,翻訳に用いた底本が違うのだろうか.いや,小川高義は訳者あとがきで「従来の翻訳と底本が異なる」とは書いていないから,その種の特別な事情があって「春」が「Spring」になっているのではなさそうだ.だとすれば,「Spring」は小川高義の誤りと考えていいだろう.好意的に解釈しても,「Springtime」を「Spring」にしてしまった誤植を,校正で見落としたのであろう.
第一,小川高義の「春はアラカルト」は意味不明だ.「春はアラカルト」は「春は曙」と同じ「は」の用法だが,原題「Springtime à la Carte」にそのようなニュアンスがあるのだろうか.
(《O・ヘンリーと蕎麦 (九) 》に続く)
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