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2016年2月

2016年2月29日 (月)

O・ヘンリーと蕎麦 (十)

O・ヘンリーと蕎麦 (九) から続く〉

 さて話が長くなったが,病院の帰りに早めの夕食をとることにした私は,藤沢の蕎麦屋「すい庵」に立ち寄り,蕎麦前に清酒と板わさ,天ぷらを注文した.「すい庵」は店内が狭くはないが広過ぎもせず,遅い午後に一人で酒を飲むのにちょうどよい.私はのんびりと新潮文庫『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』(小川高義訳) に収められた Springtime à la Carte のページを繰り,前回書いたようなことをつらつら思いながら,酒二合でほろ酔いになった.友人たちに「お前,最近酒が弱くなったなあ」と言われるのだが,自分でもそう思う.五十年弱も働き続けてくれた肝臓に,そろそろアルコール御免の時が近づいたということだろう.
 適量ならば酒は百薬の長だという.適量ってどれくらいのことですかと医者に問うと,清酒なら一合ほどと答える.ほかの酒の適量はアルコール換算するわけだ.その適量も毎日飲んではだめで,週に二日は休肝日にしなさいと言う.還暦を迎えるころまでは,なかなかこの適量が守れなかったのであるが,というより端から適量という考え方を無視していたのだが,最近はもう体が酒を欲しない.月に一度,友人たちとの食事会と称する飲み会ではワインを一本飲んでしまうが,あとは週に一度くらい晩酌するだけだし,気が付いたら十日間も酒を飲んでいないことがあったりする.
 そんな状態だから,「すい庵」にもたまにしか行かないのだが,この蕎麦屋は酒を飲む客に親切で,午後の通し営業をする上に,季節の酒肴を出してくれる.秋冬は牡蠣,春は山菜という具合.肴に工夫がある蕎麦屋は他にもあるのだけれど,藤沢駅周辺で通し営業している店は「すい庵」以外に私は知らない.(「高田屋」はあるが,これは蕎麦屋とはいいにくい)
 で,春の山菜だけれど,蕎麦屋だけでなく料理屋でもタンポポが献立にあるのを見たことがない.しかしアメリカのレストラン (といっても百年前だが) では,Springtime à la Carte を読んだ限りでは,ごく普通の一皿のような印象を受ける.そこでネット検索してみたら,アメリカでは普通の料理だと書いてある日本語のサイトがあった.
 日本ではどうなんだろう.検索するとタンポポとは無関係のタンポポオムライスがやたらとヒットするが,植物のタンポポを使った料理もちゃんとレシピが紹介されている.例えば,《タンポポ葉のレシピ 24品 》とか《タンポポ料理 》《春先にオススメ! タンポポ料理6つのレシピ 》などだ.もしかすると,女性が好みそうなしゃれたレストランに行くと,春のアラカルトで「温野菜のタンポポ スクランブルエッグ添え」なんてのを食べることができるかも知れない.ま,私は蕎麦屋でタラの芽とかフキノトウの天ぷらを口にするだけで春気分になれるので,タンポポ料理を食べることはないだろう.
 この日は〆に盛りを一枚平らげて勘定を済ませたら,夕飯の客が次々に入ってきて賑やかになった.本を読みながら一時間ほど居座っていただろうか.牡蠣料理の時季が終わり,献立表の春がやってきたらまた来よう.

 余談だが,新潮社のサイトのコンテンツ《名作新訳コレクション 》を覗いてみると,『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』に《クリスマス、若い夫婦に感動の奇跡が訪れる――。短篇の名手による珠玉の名作を新訳!》という説明書きがついている.もちろん「賢者の贈りもの」の結末に感動の奇跡なんか起きないわけであるから,この惹句を書いたやつは「賢者の贈りもの」を読んでいないのがあからさまだ.この様子では新潮社の海外文学出版って,今は随分と程度が低くなったようだ.原作タイトルが間違っていたり,訳文に賛成できない箇所があるし,これなら『O・ヘンリー傑作選』の,あとの二冊は買わぬほうがよさそうである.

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2016年2月27日 (土)

画家ドガについて (二)

 昨日の記事の末尾に『怖い絵』(中野京子;角川文庫,2007年第一刷,p.34) から《彼女を金で買った男が、背後から当然のように見ているということ》を引用した.
 《彼女を金で買った男》とは,『踊りの花形』(オルセー美術館蔵) の左手前に書割が描かれているが,その陰にいる黒服の男である.
 いま舞台の中央で踊っている踊り子が,オペラ座の花形である理由は,書割の陰から彼女を見ている男の愛人だからである.男はオペラ座の有力者であり,自分の愛人を花形にする力があった.つまりオペラ座の踊り子が舞台で脚光を浴びるのに必要なものは,バレエの才能ではなく,性的魅力なのであった.このように,あからさまに言えば当時のパリにおけるバレリーナは娼婦に他ならなかったのであるが,しかしそれでも彼女たちは,底辺の生活から這い上がるために,体を売りながら踊ったのだった.
 このような哀しい彼女らの境遇にドガは関心がなかったとされる.例えば私たちがモネの『日傘を差す女』(ナショナル・ギャラリー蔵) を観るときに感じる,描かれた二人に対するモネの温かな視線が,ドガの描いた踊り子からは伝わってこないのだ.
 では,画家の人間性とその作品の価値はどのような関係にあるのか.
 『怖い絵』の四年後に書かれた『印象派で「近代」を読む』(中野京子;NHK出版新書,2011年第一刷,p.190-191) から下に引用する.

作り手の人格と芸術が乖離していることは、少しも珍しいことではなく、文学も音楽も、いえ、芸術以外の世界でも、こんな人間なのにこんな素晴らしいものを生み出したのか、こんな下劣な人間が、こんな崇高な行ないをすることがあるのか、という例は枚挙にいとまがない。こんな社会状況で、こんな意図で、こんな経緯で描かれたのに、それでもなおオーラを放つ。
 「にもかかわらず美しい」――それこそが芸術の毒であり魅力です。またそれでこそ、絵画は鑑賞者のものになるのではないでしょうか。

 私は全くの美術オンチである.有名な絵画が日本にやってきたりすると「よくわからんけど取り敢えず観ておこうか」と考えるレベルの人間である.そんな程度だから,高校生の時に大学入試問題の定番であった小林秀雄の芸術批評文を読んで,なんでこの人はこんな小難しい文章を書くのかと思った.頭に浮かんだ平易な表現を,わざと難解にこねくり回してから書いたとしか思えなかった.その時以来,美術批評というものは一般人の理解の外にあるのだとして,絵画や彫刻の解説は最初から読む気がなくなったのであったが,ひょんなことから中野先生の著書を読み,「ああ絵画にはこういう鑑賞の仕方があるのか」と,長年の蒙を啓かれたのであった.
 ところが私は最近,中野先生とは別の切り口でドガという人物と作品にアクセスするおもしろい批評を見つけた.
(続く)

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2016年2月26日 (金)

画家ドガについて (一)

 私は,ドイツ文学者の中野京子先生による美術エッセイ (『怖い絵』〈角川文庫〉シリーズ他) のファンだ.中野先生が多くの著書を通じて私たちに提示する絵画鑑賞法は,分析的な鑑賞方法とでもいったらいいのだろうか.例えば一枚の絵に数人の人物が描かれているとして,それぞれの人は一体誰で,なんのためにそこに描かれているのかを明らかにすることで,その絵の意味や画家の意図を知ろうというものだ.
 これは映画の鑑賞方法に似ている.大抵の映画監督は,ナレーションで観客に説明をすることはせず,映画のあちこちに伏線を張り,またその伏線を回収することで作品にふくらみを持たせる.そして観客は,伏線とその回収を分析することで監督が作品に埋め込んだメッセージを理解する.一例を挙げると,先日書いた記事《『フラガール』について》の中では触れなかったが,映画『フラガール』の導入部に,平山まどかが「私のハワイ どこ?」と言うシーンがある.この「私のハワイ どこ?」は伏線の一つであり,物語の後半,クライマックスに向けての展開の中で回収されるのである.
 またやはり導入部で,谷川家の家族三人が卓袱台を囲んで夕食を食べるシーンがある.この場面では紀美子の兄洋二郎の背後に押入れの板戸があり,そこに大判雑誌の一ページと思しき女性の写真が貼ってある.この写真は物語の伏線ではないのだが,写っている女性は誰か,などということを詮索するのも映画を観るときの楽しみの一つである.

 ま,『フラガール』のことは横に置いて,話は『怖い絵』だ.
 同書で解説されている二枚目の怖い絵はドガの"Ballet - L'étoile"である.(同書では題を《エトワール または舞台の踊り子》としている)
 中野先生は,ドガが生きた時代のフランスにおいては,今と違ってバレエは芸術ではなかったと言う.バレエの踊り子たちは貧しい労働者階級の出身であり,彼女たちは何とか少しでもよい暮らしを手に入れようとして踊り子になったのだ.しかし身分制社会の底辺にいる彼女らにとって「よい暮らしを手に入れる」とは,せいぜいのところ,金持ちのパトロンに気に入られて,愛人の地位につく程度のことであった.一方,上流階級に属するドガにとって踊り子たちは単なる画題にすぎなかったようで,そのことについて『怖い絵』には次のように書かれている.(同書 p.33-34)

どの絵も踊り子と描き手との交流、あるいは温かな交感といったものが全く見られない。「ドガの描いた踊り子は女ではなく、平衡を保った奇妙な線である」とゴーガンが評したが、ある意味それは当たっているように思われる。
けれど確かなのは、この少女が社会から軽蔑されながらも出世の階段をしゃにむに上がって、とにもかくにもここまできたということ。彼女を金で買った男が、背後から当然のように見ているということ。そしてそのような現実に深く関心を持たない画家が、全く批判精神のない、だが一幅の美しい絵に仕上げたということ。それがとても怖いのである。

 つまりドガは踊り子を人として見ていなかったということであろう.私はドガの絵を直接に観たことがない (画集など印刷されたものしか知らない) ので,中野先生のドガ評が当たっているかどうかわからないのだが,説得力はあるように思う.
(続く)

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2016年2月25日 (木)

一人旅

 ココログのアクセス記録には,指定期間中に閲覧された記事のタイトルがリストアップされる.だが一覧表中の記事タイトルだけでは自分が何を書いたか内容を思い出せないことが多い.多いというか,ほとんど覚えていない.
 ウェブ検索すると自分の記事がヒットして驚いたりする始末だ.
 こうしてみんな武者小路実篤みたいに衰えていくんだなあと,しみじみとする.ではまた.

 違う.
 私の場合は,腰痛があるので,精神力 (気力,記憶力など) よりも先に行動力が先に衰えそうだ.たぶん旅行に出かけられるのは七十歳くらいまでじゃなかろうか.
 そう思って,このところ発作的に旅行計画を立てまくっている.

 目的地もいつ帰るかも決めない旅というのは若い人の特権だ.私にはもうできない.それで行きたいところのリストを作ってみたのだが,完全な一人旅で行きたいところと,ツアーでいいやという旅に分けられる.
 海外でも国内でも,ツアーというものは,ほとんどは複数で参加するものだが,いくつかの旅行会社のサイトで調べてみると,中には「一人参加可能」や「一人参加のみ」なんてのもある.そこである旅行会社に資料送付を申し込んだら,週に二回くらい案内メールが送られてくるので,その中から一人参加でもいいものを選び,今現在は東北の桜見物一人旅ツアー二件 (四月は福島の三春その他,五月初めに角館と弘前) に申し込み済みだ.
 んー,それで三月はどうしよう.三月はやはり西日本がいいだろうか.会社時代の友人は,このあいだ知覧に行き,よかったよかったと言っていた.そういう種類の,いわばテーマのある旅もいいという気がする.知覧へ行くなら同じテーマでついでに沖縄もいいか.

 話かわるが,ここんとこずっとテレビ東京の「昼めし旅」を録画して観ている.
 最近の放送だと,石野陽子さんとか間寛平が雪降りしきる東北へ行き,そこら辺にいる人をつかまえて昼飯を見せてもらっている.
 これはステマのグルメ番組ではないので,豪華贅沢な料理というわけではないが,しかし実においしそうな庶民の昼飯が出てくる.羨ましいが,私が旅先で唐突に「あなたの昼飯を見せてくだい」と言ったら,あぶない人確定だ.なんとか通報されずに土地の人の飯を味わう方法はないものだろうか.

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2016年2月24日 (水)

『日本人はどこから…』

 先日 (2/14),テレビ東京で「林修が驚いた!46億年の地球博物館 ~恐竜vs人類~」という特別番組があり,その中で,出演者の海部陽介氏 (国立科学博物館人類史研究グループ長) の新刊著書『日本人はどこから来たのか?』が紹介されていた.
 それで早速読んでみたので,以下に感想.

 人類学や考古学に特別な関心のある人は除いて,自然科学に関するニュースには一通り目を通しているというレベルの人 (私と同じような一般人) は,自然人類学においては,とっくの昔に「アフリカ単一起源説」が定説になっていると思っているのではないだろうか.一般向けの科学書やこれまで放送されたNHKの科学番組で「多地域進化説」(Wikipedia【人類の進化】参照) に立っているものは一つもないと思われる.
 しかるに『日本人はどこから来たのか?』に

「最初の日本列島人は海を越えてきた」。地図上の遺跡分布を分析すれば自明とも言えるこの興味深い事実は、最近まで見過ごされてきた。その理由は、おそらく学界にホモ・サピエンスのアフリカ起源説が浸透していなかったことにあるのだろう》(下線はこのブログ筆者による)

と書かれているので大変に驚いた.(同書 p.128 ほか) それで Wikipedia を調べてみたら,今でも「多地域進化説」を主張する研究者がいるらしい.それどころか,Wikipedia は「多地域進化説」は少数意見と書いているが,上の引用のように,海部氏によると「最近まで」「ホモ・サピエンスのアフリカ起源説が学界に浸透していなかった」というのだから驚天動地だ.人類の起源探求における遺伝学的アプローチがあげた華々しい成果が,実は本家本元である人類学の学界に「浸透していなかった」というのは本当なのだろうか.
 その点は「へえ~」と思ったが,海部陽介氏はフィールドワークをする研究者ではないようで,それ以外の記述で『日本人はどこから来たのか?』に感心するところはなかった.

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2016年2月23日 (火)

O・ヘンリーと蕎麦 (九)

O・ヘンリーと蕎麦 (八) から続く〉

 明確には言い難いが,spring à(or"a") la carte でウェブ検索すると実際のレストランの献立もヒットしてくるが,springtime à(or"a") la carte で検索すると上位にオー・ヘンリーの短編がヒットする.
 では spring と springtime はどう違うのか.辞書的説明によると,early spring はあるけれど early springtime とは言わない.そういうニュアンスの違いがあるのだという.
 その説明で言葉としての使い方の違いはわかるが,具体的に料理の場合はどうなのか,どうもよくわからない.一品料理を形容するのには spring でも springtime でもいいけれど,O・ヘンリーの小説の題は「Springtime à la Carte」だ,ということだろうか.

 そこで,O・ヘンリーが小説中でどう書いているかだけを手掛かりに考えると,ヒロインのセアラが「三月のある日」に清書しているシューレンバーグ・ホーム・レストラン (セアラが住んでいるアパートの隣にあるレストラン;この店の献立の下書きをタイプライターで清書するのが彼女の仕事) の献立表 (メニュー) は,春らしい料理 (「ローストした子羊のケッパーソース」) もあるが,冬の食材を使った料理 (牡蠣料理や,「ローストした豚の添え」) も載っている.このことから,この献立表の一品料理の部は単に「À la Carte」と書かれていて,「Springtime à la Carte」でも「Spring à la Carte」でもないことがわかる.単に「À la Carte」でないと冬の料理と春の料理を一緒には載せられないからだ.

 それでは短編小説「Springtime à la Carte」の地の文に,これからあとの描写に献立表のことが出てくるかと言うと,出てこない.いかにも春らしい一品料理である「タンポポのゆで卵添え」の料理名をセアラがミスタイプし,それがために幸運にも恋人と再会できましたとさ,というハッピーエンドで話は終わるのである.
 であるからして,いよいよ小川高義の訳になる「春はアラカルト」の意味が不明なのである.O・ヘンリーの文章中に「春はアラカルト(がお勧め)」とか「春はアラカルト(がおいしい)」などとは,( ) 内の言葉を匂わす一言すら出てこないのである.

 この短編は,献立表に春らしい料理が並んだら,そのおかげでセアラにも春が来た,というハッピーなお話であるわけだから,そのストーリーをタイトルに反映させるとしたら,岩波版の「献立表の春」がふさわしいと私は思う.「Springtime à la Carte」の直訳である「春の一品料理」でもいいけれど.
 これに対して小川高義訳のタイトル「春はアラカルト」と大久保康雄訳のタイトル「アラカルトの春」は意味不明で,誤訳と言うべきではなかろうか.

 とまあ,小川高義訳「春はアラカルト」を読み,上に書いたようなことを考えながら,ちびりちびりと酒を飲んだのであった.
(続く)

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2016年2月22日 (月)

耐えがたいほど甘いパン

 食欲は旺盛だが味覚は幼児レベルから発達していないという人がかなりいて,こういう人がテレビ番組でいわゆる食レポをすると,何を食べても「甘い!」としか言わない.
「おいしい!」と言えばいいところを,目を閉じて天井を仰ぎ,首を左右に数度振り,「甘いーっ」と言う.「まいうー」は一応ギャグだが,陳腐極まる「甘い!」で笑いはとれない.こういう使い古しの演技を恥ずかしいと思わないのであろうか.〈石野陽子さんは「甘い」と言ってもいいです ヾ(--;) 〉

 まあ,テレビの食い物番組ってのはその程度のものだが,文章だとそうはいかない.昔から食通の作家物書きがいて,食い物について今も読み継がれる文章を残しているからである.食い物に係る文章を書けば必ずやそのような手本と比べられるのがわかっていながら,何を食べても「甘い!」としか書かないライターはきっと頭が軽いのであろう.

 朝日新聞DIGITAL のコンテンツに《このパンがすごい!》がある.この連載企画の名称自体が『このミステリーがすごい!』のパクリであるから恥知らずなのだが,池田浩明という男が書いている中身の文章が本当に「すごい!」ので驚く.
 例えば連載第二十三回《湘南が香るパンに、地元食材をたっぷりと 》を例にとり,この短い文章の中に「甘」がどれくらい出てくるか見てみよう.

(1) 《匂いを嗅いだだけで、その甘さに衝撃を受ける
(2) 《小麦と塩だけのパンと思えないほど甘さが輝いていて
(3) 《ゆっくりと訪れる甘さはじょじょに高まって、そのうち耐えがたいほど激しくなると
(4) 《nicoのパンを特徴づける甘さと香ばしさの共犯関係
(5) 《甘さはレーズンから起こした発酵種によるもの
(6) 《甘さと旨味がすごく出る感じです
(7) 《パン・ド・ロデブ同様に甘さと香ばしさを味わえる秀逸なものだ
(8) 《そしてクルミという旨味と甘さの波状攻撃に対し
(9) 《ハムやチーズに優って実はいちばん甘いことに驚く
(10) 《カスタード、チョコ、バターといった甘さたち
(11) 《ミルキーにして甘ささわやかなベシャメルソース
(12) 《甘さにあふれたバゲットとともにそれらをまとめあげる

 《甘さはじょじょに高まって、そのうち耐えがたいほど激しくなる》に至ってはもう「どれだけ甘いのだよ!」と,読んでいて爆笑してしまう.耐えがたいくらい甘いのなら,我慢せずに吐き出しなさい.
 こんな作文で金を稼ごうという男も男だが,稼がせてやる新聞社も情けない.《このパンがすごい!》はパクリだし.

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2016年2月21日 (日)

アイナふくしま (補遺三)

【補遺三】

 東日本大震災被災地の多くは,神戸のように,やがて復興するであろう.そして震災の被害を直接受けなかった地方の人々は,震災以前と同じように原発による電力の恩恵を享受していくであろう.原発事故のこともたまにしか思い出さなくなるだろう.
 しかし福島県は東電原子力発電所が重い足枷になっている.例えば今も放射能汚染水は増え続けている.汚染水をどうするのかの政府内コンセンサスすらまだない.事実,原子力規制委員会の田中俊一委員長は先日(2/13),福島第1原発を視察したあと,汚染水の増加抑制策とされる凍土遮水壁を視察したが,これで汚染水問題が解決はしない,凍土壁に関心はないと述べた.現内閣は,福島原発対策を今後どうしていくか,そのコンセンサスをとろうともしていない.原発事故に関する基礎知識もない人物が環境大臣に任命された事実を見れば,総理大臣はまるで原発事故がなかったことにしたいかのようだ.そして平均的な日本国民は,現内閣を支持しているのだ.
 そう遠くない時期に,被災者への生活支援は打ち切られるだろう.現在行われている除染作業すらも,効果がないからとして終了になるだろう.福島の復興はあの日から一歩も前に進んでいないのに.
 国民全体の意志として,現内閣を支持する多数派の国民が「原発事故はなかったことにする」と言うのであれば,正直なところ,故郷を追われた人々のために,被災地外に住む私に何ができるのかわからない.せめて良心に基づく報道くらいは見落とさずにいたい.

[連載記事]
アイナふくしま
アイナふくしま (補遺一)
アイナふくしま (補遺二)
アイナふくしま (補遺三)


[資料]
 福島原発事故「4年半」の現実(上)国が進める「棄民政策」
 福島原発事故「4年半」の現実(下)「除染ゴールド・ラッシュ」の果てに
[報道サイト]
 NHK 東京電力 福島第一原発事故関連ニュース
 朝日新聞 震災特集
 読売新聞 震災特集
 毎日新聞 震災特集
[その他]
 福島原発被害弁護団
 原子力規制委員会

(アイナふくしま 以上)

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2016年2月20日 (土)

長谷寺の花

 昨日,何気なく鎌倉文学館のウェブサイトを覗いてみたら,昨年末からずっと「作家の身のまわり」と題した展覧会をやっている.ま,行かなくても何が展示されているか想像はつく.あーそうですかわかりました,としか言いようのない文鎮とか万年筆であろう.
 それはそれでいいとして,最新ニュース欄に
「愛は言葉だ! 文豪のハートにふれるバレンタイン」1月30日(土)~2月14日(日)までイベント開催中です。詳細はこちら>>
とあった.先週までやっていたイベントの告知である.それでリンクが張られている「詳細」を見てみると,以下のような内容の展示会が開催されていたのであった.

特別企画(1) バレンタイン特別展示
……夏目漱石、与謝野晶子、太宰治ら文豪の愛にまつわる作品を、直筆資料やパネルで紹介します。

は良しとして,

特別企画(3) 「実篤チョコ」特別販売
武者小路実篤記念館で毎年売り切れ必至の大人気商品「実篤チョコ」を、今年も個数限定で販売します。チョコレートはモロゾフ製、1缶540円(税込)

というしょーもない展示会のようであった.バレンタインに「実篤チョコ」て,聞いただけで腰からへなへなと崩れ落ちるが,毎年人気の企画とは知らなかった.どうせ箱に「仲よき事は美しき哉」とか「天に星 地に花 人に愛」とか書いてあるんだろうとウェブ検索してみたら,こういうベタな展開だったので,私はへなへなと腰が砕けてイスからころげ落ちた.
 しかし,ころげ落ちた体勢を立て直して告知の続きを見ると,

特別企画(4) 『ビブリア古書堂の事件手帖』イラスト原画展
北鎌倉の古本屋を舞台にした三上延の大人気シリーズでTVドラマ化もされた「ビブリア古書堂の事件手帖」は現在までに6作が刊行されています。 昨年に引き続き、ドラマのロケ場所になった館内談話室で越島はぐ氏の表紙原画を展示します。 協力:株式会社KADOKAWA メディアワークス文庫編集部

とあるではないか.
 うわーっ,行けばよかった.一週間前にこれを見ていたらなー.去年もやったのか,くそー,と地団太踏んだが,あとの祭であった.
 とはいうものの,昨日は快晴でたいへん暖かく,家に引きこもっているのも何だか愚かしいと思われたので,鎌倉に出かけることにした.
 例のごとく藤沢駅から江ノ電バスに乗り,長谷観音バス停で降りた.長谷寺の山の上にある店「海光庵」から早春の由比ヶ浜を眺めようというのである.
 バス停からすぐの長谷寺境内に入ると,梅やら河津桜やらの花の盛りであった.私の好きな万作の花も咲いていた.

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 海光庵に入って席に着き,昼飯がわりに冷や酒一合と味噌田楽 (ただしこんにゃく) と串団子を頼み,しばらく春の陽に光る海を楽しんだが,ここまで来たのだから鎌倉文学館に寄ってから帰ろうと思った.

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 で,鎌倉文学館の二階展示室をずっと観ていったら,なんとまあ《『ビブリア古書堂の事件手帖』イラスト原画展》をまだやっていたのである.
 『ビブリア古書堂の事件手帖』が売れに売れたのは,ヒロイン篠川栞子の小説中のキャラが立っていることもあるが,越島はぐの描く栞子のイメージの寄与が大きかったと思う.今もやっている原画展には,文庫に使われた表紙絵,口絵の他に数枚の原画が展示されている.『ビブリア古書堂の事件手帖』ファンは,まだ間に合うから鎌倉文学館へ急げ.

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2016年2月19日 (金)

アイナふくしま (補遺二)

【補遺二】
 東日本大震災の一ヶ月後(2011年4月11日) に発生した福島県浜通り地震によってハワイアンズは今度は壊滅的な打撃を受けたが,不屈とも言うべきハワイアンズダンシングチームは,翌月にはいわき市内避難所への慰問を行い,「フラガール全国きずなキャラバン」を開始した.そのスタートとなったのは新宿高島屋での公演(2011年5月21,22日) であった.
 この高島屋の舞台でフラガール代表が最初に読み上げるメッセージを会社側は用意したが,チームリーダーの加藤由佳理(マルヒア由佳理) さんは,フラガールたちの思いを込めたメッセージを読みたいとして,自分たちで作成したものをステージで読み上げた.どのようなメッセージだったかを YouTube で知ることができる.(ただしこの動画↓は8月6日の大阪公演で,現リーダーの大森梨江(モアナ梨江) さんが挨拶したときのもの)

フラガール全国きずなキャラバン ほぼノーカット

 このときの高島屋で行われたショーについて,前回の記事で紹介した『フラガール 3.11 ――つながる絆――』(清水一利著;講談社) のp.119に次のようなエピソードが書かれている.
加藤は思った。ふだんは使わない掛け声を、今日は使おう。ここぞというとき、みんなの気持ちをひとつにしたいときに使う、あの掛け声を。
「ゴー、フラガール!!」

 この「ゴー、フラガール!!」は,言うまでもなく映画『フラガール』において,常磐ハワイアンセンター開業初日のステージの最後に踊るタヒチアンダンスの直前に,フラガール一期生たちが円陣を組んだときの掛け声である.
 この場面の動画を,ハワイアンズ自身が YouTube にアップした

スパリゾートハワイアンズ応援ソング「息吹/AERIAL」

で観ることができる.
 またこの動画には,上記の加藤由佳理さんが涙ぐみながら開演メッセージを読み上げる場面がわずかに映っている.
 加藤由佳理さんは震災前に引退が決まっていたが,震災後に引退を撤回し,翌年六月までダンシングチームを率いて奮闘した.
 加藤由佳理さんは次のリーダーの大森梨江さんにあとを託して引退したが,そのラストステージが彼女のファンによって YouTube にアップされている.私は古い人間なので,この動画を観て,「職責を全うする」という言葉を思い出した.

フラガール マルヒア由佳理 アンコールとラストダンス 2012.6.3

 二月上旬にハワイアンズに泊まって夜のショーを観たとき,私のとなりの席に,まだ小さな娘さんを連れた若いママさんがいた.このかたが私に話しかけてきて,ハワイアンズのリピーターであると言った.そしてフラやタヒチアンの各踊りごとに「右から三番目がリーダーです」「今度は左から四番目がリーダーです」などとモアナ梨江さんの位置を私に教えて,あとはうっとりとモアナ梨江さんを見つめていた.
 翌日の昼のショーを鑑賞したあと,舞台の袖から楽屋に戻るモアナ梨江さんとすれ違った.彼女のオーラというか,前夜のママさんがコアなファンになったわけがちょっと理解できた.
(続く)

[連載記事]
アイナふくしま
アイナふくしま (補遺一)
アイナふくしま (補遺二)
アイナふくしま (補遺三)

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2016年2月18日 (木)

アイナふくしま (補遺一)

 先日の記事《アイナふくしま 》は,二月上旬に友人たちとスパリゾートハワイアンズに行ったときのことを書いたもので,記事の冒頭に私は次のように書いた.

平成二十三年三月十一日.ああ,あれからもうそんなに経ったのか,と思い,またあれはつい昨日のことのようにも思われる.
 震災後,被災地の至る所の,無名の人々の,無数のエピソードが私たちの記憶に刻まれた.
 その一つに,震災直後のスパリゾートハワイアンズ従業員たちの奮闘と,その後の五月,いわき市内の避難所への慰問公演を皮切りに始まったダンサーたちの全国キャラバンがあった.
 そして同年十月には仮設ステージでの公演が始まり,翌年二月にスパリゾートハワイアンズは営業を全面再開した.
 映画『フラガール』が以前から私の好きな作品だったこともあり,営業再開したスパリゾートへ行ってみたいとの思いは募ったが,体を壊したこともあってなかなかその機会はなかった.
 ところが昨年末に,いわき市出身の男一人を含む会社員時代の同僚たち数人で酒を飲んでいるときに「よっしゃ,それじゃ皆で行くか」と,ひょんなことから話が盛り上がり,一昨日と昨日の一泊二日で出かけたのである.

【補遺一】
 東日本大震災は膨大な数の死者・行方不明者・避難民を生んだが,直接的な被災地県民の人的被害とは別に,被災者の生活を支えていた仕事や勤務先に与えた打撃もまた大きかった.
 東北各地で大小無数の法人が被災する中,上に《その一つに,震災直後のスパリゾートハワイアンズ従業員たちの奮闘と,その後の五月,いわき市内の避難所への慰問公演を皮切りに始まったダンサーたちの全国キャラバンがあった》と書いたが,地震発生時のスパリゾートハワイアンズ (以下ハワイアンズと略) の宿泊客に週刊SPA!の記者がいたことから,震災直後の週刊SPA!に《福島県いわき市「スパリゾートハワイアンズ」の奇跡》と題した記事が掲載された.この記事は今もネットで閲覧できる.

福島県いわき市「スパリゾートハワイアンズ」の奇跡
前編 
後編 

 この記事を書いた記者は,後に続編《スパリゾートハワイアンズで被災した記者が再訪 復活の軌跡をたどる 》を書いた.この続編は七本の連載記事として《……復活の軌跡をたどる》からリンクを辿って閲覧できる.

 また週刊SPA!の記者とは別の,ハワイアンズで被災したライターが,地震七ヶ月後に『フラガール 3.11 ――つながる絆――』(清水一利著;講談社) を出版した.こちらはSPA!の記事よりも後の出版であるので,震災後のハワイアンズが福島県の復興と足並みを揃えて進んでいこうとする姿も描かれている.ビジネス書としても参考になるだろう.アマゾン等で古本がまだ出品されているので紹介しておきたい.
(続く)

[連載記事]
アイナふくしま
アイナふくしま (補遺一)
アイナふくしま (補遺二)
アイナふくしま (補遺三)

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2016年2月17日 (水)

O・ヘンリーと蕎麦 (八)

 私はO・ヘンリーの作品全体を詳しく知っているわけではないのだが,「The Gift of the Magi 賢者の贈り物」や「The Duplicity of the Hargraves ハーグレーヴズの一人二役」「The Cop and the Anthem 巡査と讃美歌」のような後味の悪いものではなく,そりゃあまりに調子良すぎだよと言いたいくらいのハッピーエンドな話が好きだ.

 そういうハッピーエンド中のハッピーエンドは,恋に落ちた若い女性が意中の男と結ばれて幸せになることで,『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』収められた「Spring à la Carte 春はアラカルト」はその手の話の一つだ.

 しかし,この短編の小川高義による翻訳は,タイトルを「春はアラカルト」としているのだが,これはいかがなものか.
 そもそも小川高義訳では「Spring à la Carte 春はアラカルト」になっているが,岩波文庫大津栄一郎訳『オー・ヘンリー傑作選』では「Springtime à la Carte 献立表の春」だったはず.
 それどころか,以前から同じ新潮文庫に入っている大久保康雄訳『O・ヘンリ短編集 (一)』でも「Springtime à la Carte アラカルトの春」になっている.

 これは一体どういうことだろうか.
 「春」が原題では「Springtime」である岩波文庫大津栄一郎訳および新潮文庫大久保康雄訳と,「Spring」である新潮文庫小川高義訳とでは,翻訳に用いた底本が違うのだろうか.いや,小川高義は訳者あとがきで「従来の翻訳と底本が異なる」とは書いていないから,その種の特別な事情があって「春」が「Spring」になっているのではなさそうだ.だとすれば,「Spring」は小川高義の誤りと考えていいだろう.好意的に解釈しても,「Springtime」を「Spring」にしてしまった誤植を,校正で見落としたのであろう.
 第一,小川高義の「春はアラカルト」は意味不明だ.「春はアラカルト」は「春は曙」と同じ「は」の用法だが,原題「Springtime à la Carte」にそのようなニュアンスがあるのだろうか.

(《O・ヘンリーと蕎麦 (九) 》に続く)

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2016年2月15日 (月)

『フラガール』について (三)

 MA さんの『フラガール』批評で感心したのは,投稿《私の考えるフラガール-ここはこう直すべき ネタバレ 2006/11/18 22:33 》中の
《●駅のシーンの見せ方―「伏せられたままの第二の伏線の意味は?」
駅のシーンをもう一度おさらいします。

から書き始められている考察である.
 MA さんの考察を,少し長いが引用する.

ここで、紀美子は先生は何故頑張るのと問いかけ、どこにも行くとこがないからと答えるまどか先生。続けて
紀美子「んなことねえべさ、先生めんこいのに」 まどか先生「めんこいのに追い出されてばっかりだ、炭坑夫と同じだ」 紀美子「したら・・・・・ずっといわきにいだらいいべさ」 まどか先生「よそ者にそっだらこと言っていいのけ?」 紀美子「意地わりぃこと言わねぇでくんちぇ・・・・先生・・・・」 まどか先生「ん?」 紀美子「なんでもねえ・・・・」
紀美子が言いそびれたのは、直前に「ずっといわきにいだらいいべさ」と言ったことから考えると、レッスン場の暴言の謝罪か、あるいは自分たちの為に頑張ってくれていることに対する感謝か、いずれにせよ自分の気持ちをまどか先生に伝え「完全なる和解」をしようとしたが、言い出せなかったと見るべきでしょう。
すると、田舎道をまどか先生を追って駅を目指し泣きそうな顔で走る踊り子たちですが、他の踊り子たちが「まどか先生を引き止めなきゃ」と念じていたのに対し、紀美子だけは「まだ、自分の思いを伝え切れていない」というのが頭にあったはず。
この解釈は、駅のホームで紀美子が、最初にフラのハンドモーションを始め、先生に思いが伝わったとアイコンタクトで確信した後に、列車が動き始めても放心したようにその場に佇んだ行動に合致しているように見えます。
まどか先生も紀美子の意図をある程度気づいており「バカじゃないの?でれすけ !!」は「もっと早く(言葉で)言いなさいよ!」と言う意味が含まれていると考えるのは、うがち過ぎでしょうか?

 MA さんの考察に感心したのは,私も『フラガール』初見のときに,キャラバンの帰路のバス中で交わす紀美子とまどかの会話が,駅のホームでのフラのハンドモーションシーンの伏線であると感じたからである.
 ただし MA さんが
紀美子が言いそびれたのは、直前に「ずっといわきにいだらいいべさ」と言ったことから考えると、レッスン場の暴言の謝罪か、あるいは自分たちの為に頑張ってくれていることに対する感謝か、いずれにせよ自分の気持ちをまどか先生に伝え「完全なる和解」をしようとしたが、言い出せなかったと見るべきでしょう。
と書いている部分は,私は違う意見を持っている.

 《ずっといわきにいだらいいべさ》は,素直に読み取れば,暴言の謝罪でも熱心な指導に対する感謝でもない.これは「私は先生とずっと一緒にいたい」ということである.とすれば,《……先生……》に続くはずだったのに紀美子が《なんでもねえ》と飲み込んでしまった言葉は「先生が好きだ」に違いない.そのように考えれば,「……涙をぬぐって……愛しています……愛しい人よ」というハンドモーションは「先生が好きだ」と同じ意味であることが容易に理解される.
 愛しています,愛しい人よ.思春期の少女が年上の女性に抱くほのかな恋心である.
 そしてまどかの《でれすけ!》は,踊り子の少女たちみんなに向けて言った言葉ではない.紀美子の告白を受け止めたまどかは,紀美子に顔を向けて,てれくささを隠すために《でれすけ!》と言い,自分の思いが伝わったことを理解した紀美子は《先生もでれすけだべ!》と言うのである.
 MA さんの解釈も,私の解釈も,いずれもアリだと思う.多様な解釈が可能であるということが,映画作品の豊かさに繋がるのである.

 『フラガール』に描かれた昭和四十年は,高度経済成長期の只中であり,日本の社会が貧困から脱却していく時代であったが,斜陽産業であった石炭産業は置いていかれた.
 エンドクレジットに「常磐興産OB OGのみなさん」などとあり,当時の炭鉱住宅における生活についての考証はしっかり行われているのだと思う.とすると,炭住に暮らしていた人々は,昭和四十年頃の平均的な低所得階層家庭の姿より,さらに五年以上は生活水準向上が遅れていたようだ (映画の冒頭で千代はタライと洗濯板で洗濯していた).
 言い換えると,私は『フラガール』を観ると自分が小学生だった頃の我が家を思い起こすのである.
 あの貧しい時代から,よくぞここまで生きてきたものだと,『フラガール』を観るたびに私は深い感慨を持つ.
 そして,ぼた山のてっぺんでの木村早苗(徳永えり) と紀美子の別離のシーン,世話所の庭でまどかや仲間との別離のときに早苗が大きな声でまどかに感謝の言葉を言うシーン,紀美子と夕張へ向かうトラックの荷台に乗った早苗が,互いに「じゃあなー!」と呼びかけあうシーンを観ては,何度でも私は泣くのだ.人の心にあのような感性が確かに存在した時代がかつてあったのである.同じ思いをこの映画に抱く人々はまだ多かろうと思う.
『フラガール』は良い映画である.この作品に織り込まれたメッセージを一つも読み取れぬ三文映画「批評」家が《お涙頂戴がくどすぎ 》と言いたければ言えと思う.

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2016年2月14日 (日)

『フラガール』について (二)

 映画「批評家」前田有一の,中学生の書いた映画感想文のような「超映画批評」に比べると,「ぴあ映画生活」に掲載されている《Re: 良い点と課題点 2006/11/14 0:57》,《私の考えるフラガール‐何が良かったか? ネタバレ 2006/11/16 1:00》,《私の考えるフラガール-ここはこう直すべき ネタバレ 2006/11/18 22:33》と題した MA さんの投稿は,このかたは映画が好きなんだろうと思わせる説得力ある文章で,私は好感を持つ.

 MA さんは投稿《私の考えるフラガール‐何が良かったか? ネタバレ 2006/11/16 1:00》の中で,
物語の価値は後半の連続する人間ドラマでしょう、人と人の間の対立、葛藤、すれ違いにこそドラマが存在するというのは演劇の普遍の鉄則ですが、後半ではそれを経て和解が生じ、緊張が解き放たれるカタルシスの瞬間を何度も味わうことが出来ます。
と書いているが,まことに行き届いた作品解釈で,全く同感である.
 上に引用した MA さんの『フラガール』評価に対して,映画「批評家」の前田有一は《旧態依然とした男社会の代表である豊川悦司と、松雪泰子の対立の構図》と書いているが,この人は物語のどこを観ているのだろう.

 MA さんが指摘している「対立と和解」は『フラガール』の中で幾重にも設定されている.最も重要な「対立」は,言うまでもなく谷川紀美子(蒼井優) とその母である谷川千代(富司純子) の対立であり,次に平山まどか(松雪泰子) と谷川千代の対立がある.そしてこれに平山まどかと谷川紀美子の,思いのすれ違いが絡んで物語は進行する.
 谷川洋二朗(豊川悦司) は,もともと平山まどか(松雪泰子) と対立というほどの対立はしていないのだ.洋二郎は,都会から来た女の平山まどかに最初は反感を覚えるものの,すぐに妹紀美子への兄弟愛によってその反感を克服し,以後はむしろ紀美子と平山まどかの応援団になるのだ.
 MA さんはそのことを映画中の台詞を引いて
そう考えると劇中、メンバーが他の人間に対して言ったセリフが実は観客に向けて投げつけられていたと考えることもできます。洋二郎がまどか先生が一人飲んでいる飲み屋に行き散々文句を言った挙句、最後に「紀美子のこと頼む、たった一人の妹だ」と頭を下げる場面では観客はその真意にハッと胸を突かれます。
と書いている.
 さらに別の場面で洋二郎は,平山まどかと口論してレッスン場を飛び出してきた紀美子に,「おめえは,プロになるまで,もううちには帰って来るな,……あの先生を信じて最後までやり通せ」と諭す.また平山まどかにまとわりつく借金の取立屋を撃退するのも洋二郎であり,前田有一が言う《豊川悦司と、松雪泰子の対立の構図》なんか初めからないのである.
 小説でも映画でも,読者なり鑑賞者による「多様な解釈」は当然あり得る.しかしストーリーを捻じ曲げてよいわけがない.映画「批評家」の前田が「超映画批評」中でやっているのは,そういう歪曲なのである.
 また前田は《旧態依然とした男社会の代表である豊川悦司》と言うが,これまたとんでもない間違いで,《旧態依然とした男社会》の価値観を体現しているのは,ちゃんと目を開けてスクリーンを見ていれば誰でも理解できることだが,洋二郎ではなく母の千代なのだ.
 フラのレッスンを始めた紀美子を連れ戻しにきた千代がまどかに言い放つ《山の女は子供産んで育てて山で働く亭主を支えるもんだ》がそれを示している.
 そして,母の,女はこうあるべしという価値観に,紀美子は「オレの人生はオレのもんだ!」と叫んで対峙する.この母と娘の対立が物語の骨格を形成している.また実はこの母娘の対立構図の裏側に,母親のこしらえた借金のためにダンサー生命を絶たれた平山まどかの人生が暗示されている.平山まどかと母親は和解するのか否か.それは観客の解釈にまかされている.上に《小説でも映画でも……「多様な解釈」は当然あり得る》と書いたのはまさにそのことである.

 実は,私は『フラガール』初見のとき,クライマックス直前まで,まどかの母親は金銭にだらしない駄目な女だろうと決めつけていた.しかし映画のクライマックスで,紀美子の晴れ舞台に思わず駆け寄る千代の姿を見て,まどかは笑みを浮かべながら滂沱と涙を流すのだ.このシーンの千代は,自分の人生を支えてきた価値観を捨ててでも娘を愛する母親という存在の象徴である.その千代を見てまどかが流す涙は,まどかの人生を壊してしまった母を,まどかが許したことを意味している.だとすれば,母の借金は父親の病気治療か何かで必要になったやむを得ないものに違いないと,私は脳内脚本を書きかえたのである.
(続く)

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2016年2月13日 (土)

『フラガール』について (一)

 先日の記事《アイナふくしま》に書いたように友人たちとスパリゾートハワイアンズへ一泊二日旅行に行ったのだが,鑑賞したショーの素晴らしさに高熱を発し,帰ってきてからもずっとフラガール熱が下がらない.
 それで,映画『フラガール』のDVDをまた何度も繰り返し観ている.

 明らかな自覚症状によればこの熱病の原因は,スパリゾートハワイアンズとそのビーチサイドショーが,ショーとしての魅力は別として,私が敗戦直後に生まれた年寄りであるがゆえに,この国の戦後風景の一つである「常磐ハワイアンセンター」を想起させることにある.

 映画『フラガール』は2006年9月に全国公開された邦画で,第80回キネマ旬報ベストテン・邦画第1位,第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞した作品だが,この映画の評価にはなかなか難しいところがあると思う.
 例えば前田有一という映画批評家が書いている《超映画批評》と題したサイトでは百点満点で六十点をつけられ,

そのほか演出の問題点としてはこの映画、かなりお涙頂戴が露骨だ。それは韓国映画並のくどさで、後半1時間はずっとそればかりやっている。劇伴音楽もいかにも泣いてくださいといわんばかりだし、踊りの得意な蒼井優のワンマンショーとなるクライマックスのフラシーンにしても、素晴らしい見せ場ではあるが、時間がやたらと長く、やりすぎだ。
結局のところ、『フラガール』は題材選びなど着想は良かったが、もう少し抑え気味にドラマを構成していったらなおよかった。これを楽しめるのは、たとえば韓流メロドラマで泣けてしまうような、演出に抑制の無いドラマでも大丈夫、という人に限る。

とボロボロに貶されている.《これを楽しめるのは、たとえば韓流メロドラマで泣けてしまうような、演出に抑制の無いドラマでも大丈夫、という人に限る》とは,また随分な言いぐさである.しかしこの上から目線の批評文中に基本的な誤りがあるので,同サイトの記述から少し引用しつつ書いておく.
 さて前田の文章の冒頭はこうだ.

 《時代は、エネルギー源が石炭から石油に代わりつつある昭和40年。いわき市の常磐炭田も、閉山が相次ぐ全国の他の炭鉱同様、大不況を呈していた。町の人々も、長年町の経済を支えてきた炭鉱業にしがみつく保守的なグループと、湯量豊富ないわき湯本温泉を利用したリゾート施設の建設に賭けるグループに分かれていた。後者の人々は、名門の松竹歌劇団にいたダンサー(松雪泰子)を東京から呼び寄せ、町の少女たちにフラを教え、施設の目玉にしようと画策する。

 『フラガール』は常磐ハワイアンセンター誕生の実話を題材にしているから,実話部分 (日本戦後史の文脈で語られる部分) は説明が省かれている.従って批評する者はそれを資料で補完しなくてはいけないのだが,この前田有一という人はそれをしていない.
 まず前田は《時代は、エネルギー源が石炭から石油に代わりつつある昭和40年。いわき市の常磐炭田も、閉山が相次ぐ全国の他の炭鉱同様、大不況を呈していた》と書いているが,これは『フラガール』冒頭の画面に「昭和四十年」「福島県 いわき市」とあるのを鵜呑みにしたものと思われる.実は平市,磐城市,勿来市,常磐市,内郷市の五市を中心にした十四自治体による対等合併により「いわき市」が発足したのは昭和四十一年なのである.
 映画ではそんな細かい町村合併の説明をしているわけにはいかないし,映画の後半は常磐ハワイアンセンターの開業と同じ昭和四十一年のことだから,冒頭の背景説明画面で「昭和四十年」「福島県 いわき市」としても構わないが,映画批評の文章中で《時代は、エネルギー源が石炭から石油に代わりつつある昭和40年。いわき市の常磐炭田も、閉山が相次ぐ全国の他の炭鉱同様、大不況を呈していた》としたのでは明白な誤りである.「福島県内郷市(現いわき市)」と書かねばいけない.

 次に,前田は《町の人々も、長年町の経済を支えてきた炭鉱業にしがみつく保守的なグループと、湯量豊富ないわき湯本温泉を利用したリゾート施設の建設に賭けるグループに分かれていた》と書いているが,実際には《町の人々》ではなく映画に描かれているように,炭鉱住宅の人々 (労組員) の中に対立があったのである.
 しかも前田は《リゾート施設の建設に賭けるグループ》が《名門の松竹歌劇団にいたダンサー(松雪泰子)を東京から呼び寄せ、町の少女たちにフラを教え、施設の目玉にしようと画策する》とデタラメを書いているが,ちゃんとスクリーンを観て物語の筋を理解していないのではないか.《施設の目玉にしようと画策》していたのは,常磐炭鉱の子会社であるハワイアンセンターである (実際には常磐湯本温泉観光株式会社).それは映画の冒頭で,会社側の労務担当管理職が組合員に人員削減を提案する場面で説明されているのに,前田はしょっぱなから居眠りをしていたとしか思えない.そんなことでよく《これを楽しめるのは、たとえば韓流メロドラマで泣けてしまうような、演出に抑制の無いドラマでも大丈夫、という人に限る》とエラソーに書けるものだ.
(続く)

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2016年2月12日 (金)

O・ヘンリーと蕎麦 (七)

 「すい庵」の二人席に腰を落ち着けた私は,品書きから板わさと烏賊天ぷらを注文した.蕎麦前の酒肴一品には,他に焼海苔,玉子焼,お新香,なめこ,山芋,鴨料理,天ぷら等々,蕎麦屋料理の定番が揃っている.
 酒は菊正宗樽酒と,奈良,山形,新潟の吟醸酒が置いてある.

「すい庵」は,たぶん藤沢駅周辺では一番のうまい蕎麦屋であるけれど,いかがなものかと思う点もあって,それはいささか奇をてらった杉板細工の徳利を使用していることだ.自宅で使うものなら自己責任だから実用的でなくても構わないが,飲食店の場合は微生物 (カビ,バクテリア) 繁殖の心配がない衛生的な酒器にすべきである.とりわけ蕎麦屋は,白一色の磁器でありきたりの形の徳利が,きりりと潔いと思うのだが,どうであろうか.

 さて,品書きに板わさや玉子焼が書かれているような蕎麦屋での一人酒が快適なのは,酒と料理を注文するとき以外は客をほったらかしにしてくれるところだ.客が少なく静かな昼過ぎの店内で,酒を飲みながら新聞を読もうが読書しようが嫌な顔をされることはない.
 これが鮨屋とか小料理屋であるとそうはいかない.カウンターで本を読むのは不作法だし,周囲から浮きまくって要注意人物そのものだ.また基本的に料理店であるフレンチやイタリアンの店はそもそも一人客は入りにくい.
 昔は喫茶店で読書するのは日常普通のことだったのであるが,今はその種の喫茶店は少なくなった.首都圏都市部なら「ルノアール」があちこちにあるから不自由はないが,藤沢あたりだと忙しないスタバとかドトールみたいなコーヒーショップばかりになってしまう.それで最近は,本屋の帰りには蕎麦屋に寄ることが多い.

 どこの蕎麦屋でもそうだけれど,燗をつけない清酒と板わさを頼めば,これはすぐに出て来る.そこでまずぐいのみに酒を注いで一口に干し,それから『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』では「賢者の贈りもの」の次に置かれている「春はアラカルト」を読み始めた.
(続く)

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2016年2月10日 (水)

アイナふくしま

 平成二十三年三月十一日.ああ,あれからもうそんなに経ったのか,と思い,またあれはつい昨日のことのようにも思われる.

 震災後,被災地の至る所の,無名の人々の,無数のエピソードが私たちの記憶に刻まれた.
 その一つに,震災直後のスパリゾートハワイアンズ従業員たちの奮闘と,その後の五月,いわき市内の避難所への慰問公演を皮切りに始まったダンサーたちの全国キャラバンがあった.
 そして同年十月には仮設ステージでの公演が始まり,翌年二月にスパリゾートハワイアンズは営業を全面再開した.
 映画『フラガール』が以前から私の好きな作品だった(註*) こともあり,営業再開したスパリゾートへ行ってみたいとの思いは募ったが,体を壊したこともあってなかなかその機会はなかった.
 ところが昨年末に,いわき市出身の男一人を含む会社員時代の同僚たち数人で酒を飲んでいるときに「よっしゃ,それじゃ皆で行くか」と,ひょんなことから話が盛り上がり,一昨日と昨日の一泊二日で出かけたのである.

 東京駅発の無料送迎バスに乗り,予約してあったホテルハワイアンズに到着すると,昼のショー開演が迫っていたので,厚着のまま着替えずにショー会場へ.

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 一日目のショーは二階の無料席で鑑賞したのであるが,ショーを写真撮影するのであれば,SS席の,それも中央最前列を強くお勧めしたい.一泊すると昼のショーを二回観ることができるので,私は二日目の朝すぐにSS席中央最前列を予約した.

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 スパリゾートハワイアンズ旅行の感想としては,ただ一言「よかったよかった」.この種の観光施設は一人ではなかなか行きにくいが,機会があればぜひとも再訪したいものである.

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 さあ,あれから五年目の東北を,この春と一緒に北上していきたい.

(註*) 映画に昭和三十年代の常磐炭鉱の炭鉱住宅 (炭住) が出てくるが,板壁瓦葺の炭住は,私が物心ついた頃に住んでいた長屋とよく似ている.それで映画『フラガール』は私の古い記憶を呼び起こしてくれる映画なのである.
 ちなみに「アイナ (故郷) ふくしま」はスパリゾートハワイアンズ・ダンシングチームのテーマ曲.
 YouTube はここ

[連載記事]
アイナふくしま
アイナふくしま (補遺一)

アイナふくしま (補遺二)
アイナふくしま (補遺三)

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2016年2月 8日 (月)

どんまる~

 二年ほど前から,海鮮系の丼物を専門に販売する「丼丸」というテイクアウト店をあちこちで見かける.最近ようやく藤沢にも北口の商店街に開店したので,物は試しで買ってみた.
 この丼丸は,ウェブサイトを見ると
丼丸は一般的なFCチェーン店ではありません。各オーナーが完全に独立し一切の制約のない「丼丸」の屋号を共有した仲間同士です。全てはオーナーの裁量で価格設定から丼の種類や味付けまで異なりますが「あそこの丼丸よりもここの丼丸の方が良いよ」「なぜ同じ丼丸なのにここは値段が違うの?」「ここのシャリの方が美味しい」「あそこは感じが悪いから」「こっちの丼丸の方がボリュームはあるね」等々と言われるお客様も多くいるのです
と書かれていて,各店は《「丼丸」の屋号を共有》するだけであり,他に何も共通点のないことが消費者にとってどのようなメリットがあるのか,全く説明されていない.あるのは「売る側の論理」だけのようである.「オーナーたちは仲間意識を持ってます」と言われても,我々は「そうですか」としか言いようがない.
 自ら《…「あそこは感じが悪いから」…等々と言われるお客様も多くいるのです》と書いてしまうこの奇怪なビジネスが成功するかどうか興味はあるが,書きたいのはそのことではない.

 二十世紀の末頃,スーパーの鮮魚売り場で日がな一日中ラジカセから流れていた『おさかな天国』という歌があった.あった,などとは言うも愚かで,この歌は知らない人のほうが少ないのではないか.実に中毒性の高い歌詞とメロディーで,スーパーの地下食品売り場へ買い物に行き,家に帰るとその日は一日中頭の中に《さかなさかなさかな~ 》と無限リフレインが続いて,最後は焼け糞になって自ら歌ってしまう人々が全国的に発生したと聞く.ヾ(--;)ホントカ

 さて昨日,丼丸藤沢店に行くと既に二人の客が並んでいて,私の注文した三食丼ができるまで少し待ったのだが,その間,ずっと店頭で「丼丸ソング」というCMソングを聞かされた.
 それからというもの,ずっと私の頭の中に《どんまる~どんまる~》と「丼丸ソング」が無限リフレインしている.寝ても安眠できない.ふと気がつくと《どんまる~どんまる~》と歌っている自分がいて,怖い.

 「丼丸ソング」は,丼丸のサイトでフルコーラスを聴くことができるので,あなたもぜひ聴いてほしい.そして皆で焼け糞になって「丼丸ソング」を歌おう.

[追記] 丼丸ソングのワンコーラスだけ(YouTube) はこちら

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2016年2月 7日 (日)

O・ヘンリーと蕎麦 (六)

 さてこの日は,病院での待ち時間つぶしと電車での移動中に『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』のあちらこちらを摘み読みして,藤沢駅に戻ってきたのは午後四時少し過ぎだった.
 夕飯のことを考えると,このままうちに帰るにはいかにも中途半端な時刻である.さてどうしようか……とか思案するのは無論ただのポーズで,酒を飲む気満々なのであった.

 定年前の現役会社員だった頃は,酒を飲むのは仕事帰りに同僚と一緒のことが多く,腰を据えて深酒するのが大前提であり,従って蕎麦屋で飲むことはなかった.今は無職で,飲み友達がいつも周りにいるのではないから一人酒.酒量も衰えてきたので,相席をせずに済む午後のひとときの蕎麦屋で,少し飲むくらいがちょうどよくなってきた.
 ただ,蕎麦屋で飲むのはまだ明るいうちに軽く一杯と昔から相場が決まっていたのであるが,最近はそうでもなく,例えば「午後三時から五時半まで休憩します」みたいな蕎麦屋が多い.これは,夜遅くまで居酒屋的な営業をする蕎麦屋が増えたせいだろう.

 先日は南口の蕎麦屋「あいづ」で昼飲みしたが,藤沢駅周辺で午後ずっと通しでやっている蕎麦屋というと「すい庵」がある.駅ビル南口を出ると歩いてすぐのところにある.
 鎌倉は,小町通りにせよ若宮大路にせよ,観光客相手のいい加減な飲食店がほとんどなのだけれど,中にはきちんとしたものを出す店もあって,その一つに蕎麦屋「なかむら庵」がある.創業はいつか知らないが昔からうまい蕎麦を食わせることで知られた店だ.
 その「なかむら庵」から分かれた「なかむら庵分店」が藤沢駅北口に店を構えたのは,昭和の終わりに近い,私がまだ若い頃だった.それから暫くしてどこかに移転したようだったが,結局十数年前に「すい庵」と店名を改め,現在の場所で営業している.
 で,さてどうしようか……とか思案するフリをしつつ足は「すい庵」へ向かった.
(続く)

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2016年2月 6日 (土)

鏑木清方美術館

 宮部みゆきのいわゆる江戸物は,現在のJR山手線の新橋上野間よりも東側,隅田川の流れる界隈が主な舞台である.その江戸物の一冊,『堪忍箱』(新潮文庫) を読んでいる時に,ふと鎌倉の雪ノ下にある鏑木清方記念美術館のことを思い出した.この美術館にはかなり前に一度行ったことがあるのだが,何年前だったか覚えていない.
 鏑木清方は明治の美人画家として知られるが,江戸の情緒を残す築地や深川の風俗画も画業にあったはず.それで昨日,鎌倉に出かけた.

 『堪忍箱』をポケットに入れて藤沢からバスに乗り,終点の鎌倉駅到着は十二時ちょうどだった.のどが渇いたので小町通りの入口にある喫茶店ルノアールに入り,『堪忍箱』を読みながらコーヒー.
 ルノアールを出て小町通りに入ると,中学生の大群が狭い通りを埋め尽くしていた.ぬれ煎餅やコロッケを立食いしている中学生たちを掻き分けながら小町通りを上がって行き,案内板が出ている辻を左折してすぐのところに鏑木清方記念美術館はある.(地図) 

 鏑木清方記念美術館は清方が晩年を過ごした自宅跡に建てられている.瀟洒な門構えの脇に展示案内の掲示があり,一月から二月にかけては企画展「清方芸術の起源」が開催中であった.

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 敷地の中に入ると玄関がある.開館は平成十年の四月だから,建屋はまだ古びていない.
 観覧料は大人二百円で,驚きの低料金.ミュージアムグッズの売り上げなんか大したことはないだろうから,これはやはり運営が公益財団法人 (鎌倉市芸術文化振興財団) だからであろう.

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 展示の中心は浮世絵の系譜を引く美人画である.私は狩野派あたりの障壁画を見ても「あーそうですか」としか思わぬのであるが,浮世絵美人画の繊細さには溜息がでてしまう.清方の美人画も観飽きぬほど美しいが,今回観たかったのはスケッチ風の風俗画『朝夕安居』で,それは展示室の奥にあった.
 同美術館の公式サイトには,残念ながら作品のサムネイルがない.しかし堂々たる著作権法違反のブログは,これとか,これとかがあるので「だめじゃん」などと言いながらご覧頂くことができる (爆).

 さて一時間ほど鑑賞してから同館を出て小町通りに戻った.
 昼食はどこにしようかと思案しながら通りを下り,美術館より一つ駅寄りの辻を右に曲がると聖ミカエル協会があり,そのすぐ先に小洒落たレストラン“BRUNCH KITCHEN”があった.
 この“BRUNCH KITCHEN”というレストランは,雰囲気的にどうやら女性客御用達の店らしくて,ドアを開けて入ったときに店のスタッフが「あー納品は裏口にまわって.え,ウチで食べるんすか? まじすか?」という顔をした.
 構わずズカズカと店の奥に入り,テーブルに案内されて店内を見渡すと,私以外全部女性客であった.「なにこの爺は」とでも言うかのような二月平年並み気温の冷ややかな視線にたじろぎながらメニューに目を落とすと,Brioche French Toast Brunch という,一品料理にフレンチトーストが二枚付く献立があった.料理は何種類か選べるのだが,「大山鶏のグリル」にした (よく知らないが大山鶏は神奈川の地鶏鳥取や島根の銘柄鶏らしい).
 で,大山鶏のグリルをオーダーしたら,スクランブルエッグか目玉焼きが付け合わせなのだと女性のスタッフさんが言うのでスクランブルエッグにしてもらった.西洋親子丼か.

 またしばらく『堪忍箱』を読んでいると料理が運ばれてきたが,フレンチトーストがかなり大きいので私は驚いてイスから転げ落ちた.
 気を取り直して食べ始めたのだが,鶏のグリルの皿に盛りつけられたスクランブルエッグは,スクランブルしているうちに全部しっかり固まりましたという感じで,スクランブルエッグというより不定形の卵焼きであった.
 このスクランブルエッグは鶏卵二個分で,フレンチトーストにも卵一個が使われているだろうから,この「大山鶏のグリル スクランブルエッグとフレンチトースト添え」には鶏卵が三個も使われているのであった.年寄りの一日あたりの鶏卵摂食許容量をはるかに上回る.上回るけれど,残すのはもったいないから,明日から節制せねばと思いつつ全部食べたのであった.

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2016年2月 5日 (金)

O・ヘンリーと蕎麦 (五)

 前稿で《まことに泣きたくなるほど暗い話である》と書いた.しかし「賢者の贈りもの」はドンデン返しの結末を迎えるのだ.

 物語の結末でデラは,髪に飾られるはずだった櫛を胸に押し当てて涙を流したが,
ようやく涙に曇る目を上げて、うっすらと笑みを浮かべ
て,こう言った.
「あたし、髪が伸びるの速いから」
 この立ち直り.アメリカ女のこのポジティブさ.“Tara! Home. I'll go home. And I'll think of some way to get him back. After all… tomorrow is another day.”みたいな.お前はスカーレットか,みたいな.

 そして,金時計にプラチナの鎖を付けてとせがむデラに,ジムは笑顔でこう言った.
あの時計は売っちゃった。櫛を買いたかったからね。さてと、肉を焼いてもらおうかな》(以上,《》は小川高義訳)
 この明るさ.アメリカ男のこのタフさ.「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」みたいな.お前は相田みつをか,みたいな.

 この結末について訳者は次のように書いている
とんちんかんな贈りものを交換する若い男女を、たしかに愚かしいと判じながらも、その馬鹿な話を肯定してみせる。
まあ、こんなものだよ、という目を向けてやる。
この作家のユーモア、ペーソスの基盤には、そんな「定型」があるのではないか。

 まことに行き届いた解説である.有隣堂書店でO・ヘンリーの短編集を買うときにどれにしようか迷ったのだが,やはりこれ (『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』小川高義訳) にして正解だったと私は思ったのである.
(続く)

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2016年2月 3日 (水)

O・ヘンリーと蕎麦 (四)

 前稿で《この「賢者の贈りもの」はO・ヘンリーの作品中,読後の後味の悪さでは屈指のものだ》と書いた.このことについては『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』の翻訳者 (小川高義) は《訳者あとがき》で次のように書いている.

いくつもの短編があって、いくつかの定型がある。ロマンスもの、人情ものといった主題からも、ニューヨーク、西部といった舞台設定からも、金持ち、貧乏人といった人物像からも、たしかにパターン化する傾向は見てとれる。だが、これだけ多くの作品のそれぞれに唯一無二の個性を求めるのは無理なことだ。それよりは作者の話芸、職人芸を楽しんだほうがよい。そして、いくら定型があるとは言いながら、「O・ヘンリーは、ほのぼのした心あたたまる物語を書いた人」という思い込みは避けるべきではなかろうか。
 たとえば、心あたたまる代表格のように思われている「賢者の贈りもの」。もちろん、そのように読むこともできる。そのように読むのがよいのかもしれない。しかし皮肉な偶然にもてあそばれる人間と読めば暗い話にもなる。同時代の自然主義作家たちほどに深刻ではなかろうが、O・ヘンリーの作品にも運命論は読みとれる。自由な意志ではどうしようもない大きな力、つまり運命、偶然、社会環境などに、人間は動かされている。

 暗いお話としての「賢者の贈りもの」は,《皮肉な偶然にもてあそばれ》て,大切な宝物を失った若い夫婦の失敗談である.とはいえ,それでも夫のジムが妻のデラのために買った櫛は,全くの無駄ではない.夫へのプレゼントを買うために短くなってしまったデラの髪は,いずれ元のように長くなるからである.しかしデラが買った懐中金時計用のプラチナ鎖は,完全に無駄なものになってしまった.この夫婦の貧しい暮らし向きでは,ジムはもう二度と金時計を購うことはできないからである.
 もしもデラがクリスマスプレゼントとして思いついたのがプラチナの鎖でなかったら,話は全く違っただろう.なにしろジムについて《痩せぎすで、ちっとも浮ついたところのない男だ。まだ二十二だというのに所帯の苦労を背負っていて、くたびれたコートを着たまま手袋もなしに歩いていた》と作者は書いている (小川高義訳) のだ.もしデラが聡明な女なら,ジムが冬空の下で寒い思いをせぬように心を砕いたであろう.もしかしたら新しい暖かなコートは,髪の毛を売った代金では買えないかも知れないが,それならジムへのクリスマスの贈り物は手袋と襟巻でいいではないか.温かい身なりで仕事に出かけてほしいと願う妻の思いやりを,ジムは心から喜んだであろう.しかしデラは愚かにも,一週間の生活費を上回る値段のプラチナの鎖を買い,そしてそれは無用の長物と化したのであった.この愚かな妻は,これからどれほど失敗をするのだろう.一生の不作とはこのことだ.まことに泣きたくなるほど暗い話である.
(続く)

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2016年2月 2日 (火)

健康志向の食品広告

 先日,都内を走るJRに乗ったら,車内広告スペースが「L-92乳酸菌」で埋め尽くされていた.この乳酸菌はカルピス株式会社が開発したものであるが,その車内広告にはカルピス株式会社の社名はなぜか記載されていなかった.
 当該車内広告の一つには同乳酸菌 (のサプリメント) が「通年性アレルギー性鼻炎に効果がある」と書かれていたにもかかわらず,広告中に図示されている「鼻の症状と飲用期間」のグラフは「効果ありとは判定できない」ことを示していたので,私は驚いて腰が抜けた.

同乳酸菌の広告宣伝サイト

同菌の効果解説サイト《一年中つらい眼と鼻の症状を改善! 「通年性アレルギー性鼻炎」への有効性データ

 まず《図10》を見て欲しい.
 アレルギー性鼻炎症状は,「L-92乳酸菌」を含む飲料の飲用期間10週までは,わずかに有効 (「治療スコア」にして0.3) のようだが,このグラフが示すトレンドは,飲用期間12週になるとむしろ症状が悪化する可能性があることを示している.
 これがどういうことを示唆しているかというと,《「L-92乳酸菌」群》と《プラセボ群》が同一条件に揃えられていない,つまり未知の因子があってこれが「治療スコア」に影響している疑いがあるのだ.
 この《図10》からは
(1) 飲用期間8週まで「効果あり」のように見えるのが,これは「L-92乳酸菌」の効果ではなく未知因子の影響かもしれない
(2) 飲用期間10週時点で《「L-92乳酸菌」群》のスコアが悪化しているのは,未知因子の影響かもしれない
のどちらであるかは判定不能である.
 すなわち《8週間の摂取で、眼と鼻の症状緩和が確認されました》は,この試験においてはその通りであるが,それが「L-92乳酸菌」の効果か否かは確認できていないのである.
 従って《「L-92乳酸菌」は、通年性アレルギー性鼻炎に対しても、その有効性が実証されています》は誤りである.

 普通このような結果が得られた場合は,この試験は最初の計画通り終了しなければならないが,飲用期間を15週とか20週などの長期間にした試験計画を新たに策定し,未知因子の影響を統計処理で排除できるように試験をデザインする.
 しかるにカルピス社が飲用期間10週の試験で研究を中止し,必要な再試験を行わなかったのは「再試験すると都合の悪い結果が出てしまう」ことを恐れたものと推測される.
 カルピス株式会社がこのような恣意的な試験の結果を宣伝に使う企業であるということは,「L-92乳酸菌」の《アトピー性皮膚炎への有効性》や《花粉症への有効性》に関するデータにも疑いの目を向けたほうがよさそうである.

 このような消費者の誤認を誘うがごとき車内宣伝広告は,なぜか飲料に多い.
 最近は見かけないが,以前「血圧が気になるかたに」と書かれた飲料の車内広告があった.「血圧が高いかた」に「気休め」の製品を勧めると法違反なのであるが,「血圧が気になるかた」に「気休め」を勧めるのは罪に問われないのである.
 その飲料の広告サイトにも血圧を縦軸とする広告と同じグラフが描かれていて,確かに血圧低下効果はありそうなのだが,恣意的に縦軸の途中が大きくカットされていて,ほんの僅かな血圧低下が,さも大きい効果のような印象を与えている.収縮期血圧値134が126にわずかに低下したとして,それが健康とどのような関係があるかを消費者に示さないのは道義的問題がなきにしもあらずであると私は考える.(しかもこの広告サイトのグラフは血圧の単位を mmHgではなく,mnHg としている.グラフの描画方法にクレームがついたときに「これは当社独自の単位です」と言い逃れるためだろうか〈笑〉)

 健康管理のために血圧を自分で測定している人には常識であるが,例えば朝に起床してまだ活動開始しない状態で測るなど,測定条件に気を付けないといけない.血圧はちょっとしたことで大きく変動してしまうからだ.
 私の場合,かかりつけのむさくるしい内科の先生に測らせると拡張期65mmHg/収縮期120mmHgほどであるが,若い女性看護師さんに測定して頂くと85mmHg/収縮期135mmHgくらいになってしまう.
 このあいだ,心臓手術のフォローをしてもらっている病院での診察の際に,若くて美しい女医さんが「はい,お胸の音を聴かせてくださいね」と白魚のような指に聴診器を持って私の胸に当てたのだが,しばらく心音を聴いていた彼女が「あのー,いまドキドキしてます?」と言った.顔は平静を装っても,心拍数で下心はあらわになるとみえる.おそらく血圧は収縮期180mmHgを突破していたのではあるまいか.わははは.ヾ(--;)ナサケナイ

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