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2016年1月

2016年1月31日 (日)

飲食店の素人批評

 例えば私が「今日は電車やバスを乗り継ぐなどして一日中あちこち散歩してみようか」と思いついたとする.そんな時,昼飯なり夕飯なりをどこで食うかと思案する際に,ネットの情報サイトを覗くことが多い.「食べログ」とかだ.
 料理ジャンルや○○駅周辺などの条件を指定して検索し,結果を閲覧するとレビュアーの投稿した記事が掲載されている.全国どこでもそうだと思うが,私の住む地方でも常連の投稿者がいて,そのうちの一人がかなり高く評価している店があったので,先日出かけてみた.そしてその店の戸を開けて入ったとたん,私は思わずオッと声を出しそうになった.店の中に異臭が立ち込めていたのである.

 私は食品企業の現役会社員のとき,各工場における食品衛生を統括する本社部門の長をしていた.どこの食品会社でも同じだと思うが,本社の部門長とはいえデスクに居てばかりでは仕事にならない.品質事故が発生すれば徹夜してでも製造現場で陣頭指揮をする.これがいわゆる現場主義というやつで,従って指揮官が部下たち以下のスキルしか持っていないのでは,戦闘部隊に信用されない,ただのお飾りになってしまう.
 私は定年退職した身だが,そういうスキルは簡単には錆つかないものらしく,上に書いた店の中に立ち込めていた異臭が何であるかを即座に判定した.それはある種の昆虫の死骸から生じる悪臭であった.

 ありがちなことであるが,食事を提供する店の経営者や従業員に衛生観念が欠けていて,その昆虫が大発生したのに放置して適切な対処を怠ると,天井や仕切り壁などの中の空隙に巣を作り,そこに大量の昆虫死骸が蓄積していく.そして極めて特徴的な臭いの揮発性イオウ化合物が室内に発散するようになるのである.
 そこまで事態が悪化することは希であるが,もしもそうなってしまったら,仕切り壁や天井をはがして清掃しなければならない.
 この清掃は衛生専門業者にやってもらう必要がある.屋内工事が必要だからといって,そこら辺の工務店に事情を説明しても引き受けてはもらえないだろう.大量のあの虫の死骸を見たら,男でも気の弱い人なら卒倒しかねないからだ.

 かわいそうだが,上に挙げた店はいずれ客足が遠のくであろう.
 そもそも私の見たところ店主も従業員も,客に食事を提供する者としての基礎ができていないようであった.特に店主だが,私が店に入った時,まるでどこかへ遊びに行くような洒落た格好をしていたのである.
 いや,店の者がいくら洒落た格好をしても構わぬが,それは衣服が清潔で店内が衛生的であってのことだ.テレビに出てくる一流の料理人が,フレンチだろうが和食や中華だろうが,白い厨房服を着てきちんと帽子を着用しているのは,清潔ということの大切さを熟知しているからである.

 「食べログ」の話に戻るが,昨年末や今月の投稿で件の店に星四つの高い評価をつけているレビュアーたちがいる.あの酷い異臭が発生してから数ヶ月は経っていると思われるのに,そのレビュアーたちは異臭のことに触れていない.ほんとに店に行って書いてるのか? 元々私は「食べログ」を店のある場所と営業時間などのデータを確認するために閲覧していて,素人たちのレビューは信用していないのでどうでもいいのだが.

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2016年1月30日 (土)

O・ヘンリーと蕎麦 (三)

 有隣堂の文庫フロアは,入口から奥まで棚が平行に設置されており,各文庫は出版社別になっている.その新潮文庫のところに『魔が差したパン O・ヘンリー傑作選III』があった.

 病院では,採血や心電図をとるときにちょっとずつ待たされ,診察のときに待ち,会計でまた待ち,という具合であるから,短編集がよいかも知れない.それにO・ヘンリーはなんだか懐かしい.そう思って『O・ヘンリー傑作選』を買うことにし,どうせなら傑作選Iからにしようと考えたのだけれど,あいにくそこには傑作選Iはなかった.

 それで,もしかしたらと思って売れ筋の文庫のコーナーに行ったら,ちゃんと傑作選I,II,IIIが揃っていた(*)
 揃っていたのは結構なのだが,「スター・クラシックス」以前に出版された『O・ヘンリ短編集』(新潮文庫;1969年) の (1),(2),(3) も並べられていた.
 うーこれは困った.困ったが,これで迷っているようでは,岩波文庫やちくま文庫,さらには講談社の英語版文庫まで選択肢に入ってきてしまう.最近の翻訳のほうが現代語としてこなれているだろうと,えいやっで『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』を持ってレジに行った.

 さて有隣堂を出て藤沢駅から電車に乗り,早速読書開始だ.
『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』はタイトル通り「賢者の贈りもの」から始まっているが,この「賢者の贈りもの」はO・ヘンリーの作品中,読後の後味の悪さでは屈指のものだ.
(続く)

(*) 有隣堂は割と頻繁に店内ディスプレイを変更する.例えば少し前に紹介した猫本コーナーはもうなくなり,現在はリュックやバッグ (有隣堂はそういう物も売っているのだ) が展示されている.

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2016年1月29日 (金)

新聞は文春をナメてはいけない

 今週の水曜日(1/27) 午前,安倍首相の施政方針演説などに対する各党代表質問が行われた.
 この中で首相は,甘利明経済再生担当相と秘書が建設会社から現金を受け取ったとする週刊文春の報道に関して,甘利氏には重要な職務に引き続きまい進してもらいたいと述べて,続投させる意志を表明した.
 同日午後,ニッポン放送を聴いていたら,某評論家が次のような趣旨の発言をした.
〈発言趣旨〉
 週刊文春の記事は,発売前日にはゲラが永田町に出回る.安倍首相と甘利大臣は,そのゲラを確認した上で,乗り切れると判断して甘利続投を表明したのであろう.私(某評論家) はそのゲラを読んでいないが,文春の記事第二弾は大した内容ではないだろう.

 実際にはどうだったかというと,首相は翌日発売される文春の記事内容を確認することなく,その前日に甘利続投を打ち出したのである.そして発売された文春の記事を読んで甘利続投を撤回し,更迭したのであった.
 その某評論家は〈週刊文春の記事は,発売前日にはゲラが永田町に出回る〉などと,よくまあ口から出まかせのことをペラペラしゃべったものだ.週刊誌の記事内容が発売前に漏れることはありそうなことだが,いつもそうとは限るまいに.
(その後のテレビ報道によれば,印刷された文春現物のコピーを議員たちは水曜日の午後に入手したらしい.評論家宮崎哲弥によれば,文春は原稿管理が極めてしっかりしていて,原稿段階の文春記事を知ることは非常に難しいらしい)

 全国紙各紙は,甘利の秘書は建設会社から受け取った現金を返却したと報道する (告発者は否定) など,甘利サイドに寄った報道姿勢を見せていた.以前からそうであるが,新聞業界は束になっても文春一誌の調査報道能力にかなわないのであるからして,毎週の文春の記事を確認するまでは,先走った報道を控えたらどうかと思う.

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2016年1月28日 (木)

O・ヘンリーと蕎麦 (二)

 ここで私の備忘のために「スター・クラシックス」の既刊を一覧にしておく.

『チップス先生、さようなら』
   ジェイムズ・ヒルトン;白石朗/訳
『眠れる森の美女 シャルル・ペロー童話集』
   シャルル・ペロー;村松潔/訳
『犬の心臓・運命の卵』
   ミハイル・ブルガーコフ;増本浩子/訳,ヴァレリー・グレチュコ/訳
『怒りの葡萄〔上〕』
   ジョン・スタインベック;伏見威蕃/訳
『怒りの葡萄〔下〕』
   ジョン・スタインベック;伏見威蕃/訳
『アンデルセン傑作集 マッチ売りの少女/人魚姫』
   アンデルセン;天沼春樹/訳
『ボヴァリー夫人』
   フローベール;芳川泰久/訳
『ピーター・パンとウェンディ』
   ジェームズ・M・バリー;大久保寛/訳
『風と共に去りぬ 第1巻』
   マーガレット・ミッチェル;鴻巣友季子/訳
『風と共に去りぬ 第2巻』
   マーガレット・ミッチェル;鴻巣友季子/訳
『風と共に去りぬ 第3巻』
   マーガレット・ミッチェル;鴻巣友季子/訳
『風と共に去りぬ 第4巻』
   マーガレット・ミッチェル;鴻巣友季子/訳
『風と共に去りぬ 第5巻』
   マーガレット・ミッチェル;鴻巣友季子/訳
『ジキルとハイド』
   ロバート・L・スティーヴンソン;田口俊樹/訳
『フランケンシュタイン』
   メアリー・シェリー;芹澤恵/訳
『賢者の贈りもの O・ヘンリー傑作選I』
   O・ヘンリー;小川高義/訳
『最後のひと葉 O・ヘンリー傑作選II』
   O・ヘンリー;小川高義/訳
『魔が差したパン O・ヘンリー傑作選III』
   O・ヘンリー;小川高義/訳
『飛ぶ教室』
   エーリヒ・ケストナー;池内紀/訳
『小公女』
   フランシス・ホジソン・バーネット;畔柳和代/訳
『にんじん』
   ジュール・ルナール;高野優/訳
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』
   ジェームズ・M・ケイン;田口俊樹/訳
『自負と偏見』
   ジェイン・オースティン;小山太一/訳
『二都物語』
   ディケンズ;加賀山卓朗/訳
『情事の終り』
   グレアム・グリーン;上岡伸雄/訳
『月と六ペンス』
   サマセット・モーム;金原瑞人/訳
『ジゴロとジゴレット モーム傑作選』
   サマセット・モーム;金原瑞人/訳
『フラニーとズーイ』
   J・D・サリンジャー;村上春樹/訳
『海底二万里〔上〕』
   ジュール・ヴェルヌ;村松潔/訳
『海底二万里〔下〕』
   ジュール・ヴェルヌ;村松潔/訳
『オズの魔法使い』
   ライマン・フランク・ボーム;河野万里子/訳,にしざかひろみ/絵
『ジム・スマイリーの跳び蛙 マーク・トウェイン傑作選』
   マーク・トウェイン;柴田元幸/訳
『トム・ソーヤーの冒険』
   マーク・トウェイン;柴田元幸/訳
『黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編』
   エドガー・アラン・ポー;巽孝之/訳
『モルグ街の殺人・黄金虫 ポー短編集II ミステリ編』
   エドガー・アラン・ポー;巽孝之/訳
『大渦巻への落下・灯台―ポー短編集III SF&ファンタジー編』
   エドガー・アラン・ポー;巽孝之/訳
『ダブリナーズ』
   ジェイムズ・ジョイス;柳瀬尚紀/訳
『悲しみよ こんにちは』
   フランソワーズ・サガン;河野万里子/訳
『チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集I』
   チェーホフ;松下裕/訳
『チェーホフ・ユモレスカ 傑作短編集II』
   チェーホフ;松下裕/訳
『ロリータ』
   ウラジーミル・ナボコフ;若島正/訳
『星の王子さま』
   サン=テグジュペリ;河野万里子/訳
『嵐が丘』
   エミリー・ブロンテ;鴻巣友季子/訳
『移動祝祭日』
   ヘミングウェイ;高見浩/訳
『武器よさらば』
   ヘミングウェイ;高見浩/訳
『日はまた昇る』
   ヘミングウェイ;高見浩/訳
『われらの時代・男だけの世界 ヘミングウェイ全短編 1』
   ヘミングウェイ;高見浩/訳
『勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪 ヘミングウェイ全短編 2』
   ヘミングウェイ;高見浩/訳
『蝶々と戦車・何を見ても何かを思いだす ヘミングウェイ全短編 3』
   ヘミングウェイ;高見浩/訳
『ティファニーで朝食を』
   トルーマン・カポーティ;村上春樹/訳
『冷血』
   トルーマン・カポーティ;佐々田雅子/訳
『夜の樹』
   トルーマン・カポーティ;川本三郎/訳

(続く)

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2016年1月27日 (水)

O・ヘンリーと蕎麦 (一)

 一昨年の夏,まだ東京で仕事に就いていたときに心筋梗塞で倒れ,救急車で救急外来のある総合病院に担ぎ込まれた.その病院から都立多摩センターに転院し,冠動脈バイパス手術を受けて生還したことは以前書いた.本当に幸運であった.
 退院後は普通の生活をしているが,半年に一度,最初に入院した総合病院で術後フォローの検査を受けている.退院後に神奈川に転居したため,現在の住処から病院までは結構遠いのだが,私の担当医が若くてきれいな女医さんなので,往復に何時間かかろうが物の数ではない.たとえ死んでも通う決意である.

 さて昨日がその検査の日であった.
 病院というものは待たされるものなので,何か本を持って行かねばならない.それで藤沢から電車に乗る前に,有隣堂の文庫フロアに行った.
 棚の間を歩いていて目についたのが,新潮文庫のレーベル「Star Classics 名作新訳コレクション」である.たぶん一昨年から刊行が始まったこのレーベルの文庫各冊に挿み込まれている小さなリーフレットから,刊行の趣旨を引用する.

1914年の創刊以来、新潮文庫は世界の名作の翻訳作品を刊行し続けてきました。その数は3000点以上にのぼります。100年、200年も前に書かれた作品が、文化、言語の壁を越えて、現代人の心を揺さぶることは、奇跡的であり、感動的ですらあります。このたび、新潮文庫は近年刊行した新訳を「スター・クラシックス」と名づけました。名翻訳家による新しい作品解釈のもと、より読みやすく、心に響く新訳にして刊行いたします。新潮文庫の「スター・クラシックス」にぜひご期待ください。

 まずは文章の添削.
100年、200年も前に書かれた作品が、文化、言語の壁を越えて、現代人の心を揺さぶることは、奇跡的であり、感動的ですらあります》は,日本語になっていない.「すら」は,「甲であり,乙である」場合の甲乙二つの事象のうち,程度が大きい,あるいは希であるなどのほうにつけるものである.つまり正しくは「感動的」と「奇跡的」を入れ換えて「100年、200年も前に書かれた作品が、文化、言語の壁を越えて、現代人の心を揺さぶることは、感動的であり、奇跡的ですらあります」とする.「感動的」はよくあることだが,「奇跡的」は滅多にないことだからである.

 次にその内容.
このたび、新潮文庫は近年刊行した新訳を「スター・クラシックス」と名づけました》と書いてあるが,同レーベルの一冊であるトルーマン・カポーティ『夜の樹』(川本三郎訳) は1994年の出版である.二十年も前の出版物を《近年刊行した新訳》としてよいのか.そりゃ新訳が出るまでは百年前の翻訳でも新訳に違いないが,この『夜の樹』を新しく翻訳されたものと思って購入した読者はどう思うだろうか.
 新潮社は,新レーベルのコンセプトを「新潮文庫は近年刊行した新訳を含む名翻訳群を『スター・クラシックス』と名づけました」とでもすべきであった.
(続く)

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2016年1月26日 (火)

ふるさとバージョン [1/28に追記]

 あの日から二十年余の歳月を経た今,被災した神戸市街の光景の記憶は渺渺たる彼方にある.
 ともすれば霞みがちになるあの日の記憶.それを甦らせてくれる阪神大震災が残した遺産は小説詩歌,映画,音楽等広範にわたるが,その一つに『しあわせ運べるように』がある.ネット上には合唱川上昌裕さんのピアノソロ森祐理さんの独唱などがあるが,私は不明にして,映画『LIVE! LOVE! SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』が公開されるというニュースを聞くまで,この歌に「ふるさとバージョン」があることを知らなかった.それで,繰り返し聴くにはCDがよいだろうと,『しあわせ運べるように』公式サイトに詳細の紹介があるCDブックを購入した.
 このCDに収められた「ふるさとバージョン」,聴けば目頭が熱くなるのを禁じ得ない.その mp3 を持って,もう少し暖かくなったら東北に旅したいものだと思う.

[1/28 追記]
森祐理さんには,もう一つの歌詞の歌唱がある.
しあわせ運べるように~東日本大震災被災者の皆様へ

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2016年1月25日 (月)

猫本と蕎麦 (五)

『江の島ワイキキ食堂1』は,「ここんとこのコマ割はこうしたほうがいいのでは」などとじっくり舐めるようにしても,二合の酒で読み切れほどの分量だった.
 それに,地縛霊ジバニャンに似ている猫のオードリーも,読み進むと何となく猫らしく見えてきた.コーヒーショップでお茶を飲みながらとか,こうして蕎麦屋で酒を飲みながら読むのにほどよいホンワカとしたストーリー展開で,いかにも人気の出そうなコミックスである.

 さて『江の島ワイキキ食堂1』を半分読んだあたりで最初に注文しておいた天ざるが運ばれてきたのだが,そこで酒を追加注文したので蕎麦はそのままになっていた.
 徳利は空になり,本も読み終えたので,やおら天ざるを載せた盆を手前に引き寄せて蕎麦をたぐろうとしたのだが,ここで私は失敗に気が付いた.蒸籠に乗った蕎麦が乾き,全体が一塊になっていたのである.蕎麦の塊に箸を差し込み,ゆさゆさと揺すってみたが結着したままで,どうしてもほぐれてくれない.

 中華四千年前漢九代宣帝期に桓寛が『塩鉄論』を著わして曰く,死して再び生きざれば窮鼠は猫を噛み,匹夫は蕎麦を噛む.

 周りの席に一人も客がいないことをよしとして,匹夫である私は箸で蕎麦の塊を持ち上げ,端からもぐもぐと食べ始めた.
 臨終の床で「一度でいいから蕎麦をよく噛んで食いたかった」と言い残した噺家は誰であったか.その気持ちはよくわかるが,蕎麦の塊を端からもぐもぐ食うのは,やはり度を越していると言わざるを得ない.諸兄はこのような事態に陥らぬよう,蕎麦が運ばれてきたらすぐ食うべきであると,衷心より申し上げたい.

 蕎麦をすごくよく噛んで食べたあと,レジで支払いを済ませたら,若い女性店員さんが「ありがとうございます.またお越しくださいませ」と言った.おお「またお越しくださいませ」とは久しぶりに聞くきれいな言葉である.きっと蕎麦屋主人の躾であろう.ほろ酔いの私は気分よく店を出て駅に向かったのであった.

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2016年1月24日 (日)

官僚の魂百まで

 齢六十を越した爺さまが老人の集まりでアイドルの話に興じたりするのは見苦しいことだと思う.婆さまの場合は「かわいいお婆ちゃま」とか言ってもらえるかも知れぬが,爺いの場合は不審人物確定である.
 そういうわけで私はアイドル業界には不案内であるが,週刊文春の記事のあと世の中がSMAPで大騒ぎになっているらしいので,テレビの情報番組を覗いてみた.
 私はSMAPのメンバーについては「香取慎吾と中居正広と,えーキムタクと,あーパンツ脱いで捕まったやつと,あと誰だっけ」という程度の知識の持ち主で,リーダーが中居正広であることはつい最近知った.(ついでに中居正広と中山秀征の区別がついていなかったことを告白しておく.はは)

 で,「情報ライブ ミヤネ屋」を見たら,コメンテーターの一人が,どこの組織でもクーデターを起こした者を厳しく排除するのは当然であり,ネットでジャニーズ事務所が悪く言われているのは気の毒である,との趣旨の発言をした.番組サイトのキャスター一覧を見たら,このコメンテーターは慶応大学大学院教授・岸博幸であったが,どこかで聞いた名前だと思って調べたら,小泉政権時代に悪い評判のあった官僚だった.

 ジャニーズ事務所が悪く言われているのは気の毒だというが,そりゃ企業とか岸の古巣の中央官庁とかではそうだろう.しかし「どこの組織でも」は言い過ぎじゃないのか.例えば慶応大学は,教授が大学を批判したら排除されるのか.そんなはずはないやね.
 芸能プロダクションは,企業や官庁と同じ意味での「組織」なのかね.
 ジャニーズ事務所は,他の芸能事務所に移籍しようとした所属タレントを芸能界から追放しても当然なのかね.

 この岸博幸という男,とんでもない高額所得者で若い学生連中の人気者らしいが,頭は軽いんじゃないか.
 Wikipedia【岸博幸】には《こうした竹中との親密ぶりにより、岸は高杉良の経済小説において竹中・木村剛とともに、外資への売国的な政策を行う代表的人物としてたびたび登場する》なんて書かれているし.

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2016年1月23日 (土)

猫本と蕎麦 (四)

 若い女性店員さんが一合徳利と板わさの皿をテーブルに並べ,突き出しの小鉢を置いて「こちらはサービスでございます」と言った.打った蕎麦を包丁で切ると,切り落としの耳ができるが,小鉢は,これを一寸くらいに刻んで揚げて塩を振ったものだった.
 チェーン店の「そじ坊」では,切り落としでなく細く切った蕎麦そのものを揚げて,酒を頼まない客にもサービスしている.あれは長崎皿うどん (細麺) を砕いたようなもので,一口分を指でつまんで食べるにはめんどくさい形をしており,これなら別段サービスしてくれなくても一向に構わぬが,この「あいづ」のものは大きさ形が程よくてつまみ易く,気が利いていると思った.
 板わさはどうかというと,小田原の鈴廣蒲鉾は『板わさでつながる心と心 楽々かまぼこ術』の中で
かまぼこは是非、厚めに切って召し上がってください。…… いいかまぼこほど、その美味しさが際立つはずです。
 いろいろと試してみましたが、薄いとかまぼこの良さが分かりにくくなってしまいます。あまり厚いと皆さんに行き渡らないかも。ちょうどいいのは厚さ12mmとお奨めしております

としている。
 「あいづ」の板わさは,小振りの蒲鉾の半分を三つに飾り切りし,それをさらに銀杏二つに切ったものである.他店のものの画像を拝借すると,ちょうどこんな感じ.小料理屋の板わさは丁寧に飾り切りしてそれなりのお値段がするものだが,蕎麦屋のものは酒と一緒に持ってきてくれれば良いのであって,素っ気ないもので構わないと思う.
 で,酒一合と板わさで済ませるつもりだったのだが,突き出しがサービスされたので,もう一合頼んで,『江の島ワイキキ食堂1』を読んでしまうことにした.
(続く)

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2016年1月22日 (金)

カマキンにお別れを

 神奈川県立近代美術館鎌倉 (鎌倉館) の閉館が迫ってきた.
 神奈川県立近代美術館の今後は,鎌倉別館と葉山館での二館で運営していくというのだが,鎌倉館がなくなるのはいかにも名残惜しい.
 それで昨日,いま開催中 (2015年10月17日~2016年1月31日) の『鎌倉からはじまった。1951-2016 PART 3:1951-1965 「鎌倉近代美術館」誕生』へ足を運んだ.

20160121c

 常識的には初詣は元旦にするものだろうけれど,私は鶴岡八幡へ元旦どころか三が日にも出かけたことがない.人混みが嫌いというわけではないが,あの混雑に身を置くのはいささか疲れるからである.
 ま,初詣は一月中にお参りすればいいんじゃないかと思う.
 さて藤沢駅南口から江ノ電バスに乗り,十一時に鎌倉駅東口に到着.バスを降りて小町通りを歩き,北鎌倉からのバス通りに出て右折.段葛の北端,八幡宮前丁字路から境内に入る.
 鳥居のすぐ左にある喫茶「風の杜」に入り,ココアフロートを注文した.かなりハイカロリーと思われるので,これを昼飯の代わりとする.そしてこれから少し歩くことになるので,腰痛を用心してロキソニンを一錠飲んだ.
 隣のテーブルでは白髪,銀髪の御婦人三人連れが楽しげに会話していた.
「わたしは若いときにジェームス・ディーンにあこがれましてね,ほほ」
「あーら わたくしもそうでしたわ,ほほほ」

 「風の杜」を出て,旗上弁財天にお参りし,政子石に安産を祈願した.あー爺さんがそういう祈願をしてはいけません.
 それから本宮へ.(境内案内図) 

20160121b
 本宮の賽銭箱に百円を投じて今年一年生き延びられますようとお願いし,引いたおみくじは吉だった.若いときは凶 (鶴岡八幡は正月でも普段と同じ確率で凶が出る) を引き当てるとスキャナーで画像に保存して喜んでいたものだが,この歳になるとそうもいかない.朝に目覚めては今日生きてあることを神に感謝し,夕にはまた明日も生きてありたいと仏にお願いする毎日である.よかったよかった.ではまた.

 違う.話は鎌倉館だ.

20160121d
 八幡宮境内に観光客の姿はまだ多くなかったが,鎌倉館は入館券売窓口に人々が列をなしていて,列の後端から窓口まで進むのにおよそ三十分かかった.平日午前中でこれだから,今週末と最終日はすごく混むのだろう.
 今回の展覧会『PART 3:1951-1965』の目玉は松本竣介立てる像』と古賀春江窓外の化粧』と古賀の絶筆『サーカスの景』のようだが,他に梅原龍三郎,佐伯祐三などの作品が展示されている.村山知義の絵もあって,これは初めて観た.
 なかなか見応えのある展示であったが,この鎌倉館は鶴岡八幡参拝のついでに立ち寄る人も多く,絵を前にした年輩の婦人がたのゆるい会話が微笑ましい.

松本竣介『立てる像』の前で高齢の御婦人がた;
「ねえ,このひとがはいてるのって,イージーパンツっていうの?」
高村光太郎『上高地風景』の前で老夫婦;
「あ,おとうさん,おとうさん,高村光太郎って聞いたことあるわよ」

 画家の名を知らずとも,絵を観るのはよいことだと思う.

 鎌倉館を出てから段葛を下り,袋小路にある喫茶店で一休み.モカ・マタリがおいしかった.それから豊島屋で干菓子を買い,再びバスで藤沢へ.
 十六時に藤沢駅南口に帰着.そのまま磯丸水産に行き,夕食はスルメイカの姿造りで薩摩白波のロックを二杯.一日何事もなく,良い日であった.また明日も良い日でありますようにと薩摩白波を飲みながら仏様にお願いしたのであった.

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2016年1月21日 (木)

猫本と蕎麦 (三)

 蕎麦屋「あいづ」の品書きは,文具店で販売されているコクヨかキングジムあたりのメニュー用ファイルに,グランメニューが綴じられていた.「冷たいお蕎麦」はこれこれ,「温かいお蕎麦」はこれこれ,などと書かれている極普通の品書きである.
 この品書きとは別に,パウチされた紙一枚に酒のリストが書かれている.
 酒は各種取り揃えてあるようだったが,真昼の蕎麦屋で本腰を入れて吟味した酒を口にするのは少々恥ずかしいものがあるからして,「あ,酒はなんでもいいんです,わたし地酒とか詳しくないんで,昼間だし,テキトーでいいです」という言い訳に代えて,菊正宗一合を頼んだ.

 肴は,品書きには天ぷら盛り合わせや刺身盛り合わせの他に,鴨焼き (八百円),出汁巻玉子 (五百円),天抜き (五百八十円) など,あるいは居酒屋メニューであるアサリ酒蒸しなども書かれていたが,「あ,おつまみはなんでもいいんです,わたし酒肴とか詳しくないんで,昼間だし,テキトーでいいです」という言い訳に代えて,板わさ (三百円) を頼んだ.

 若い女性店員さんが「かしこまりました」と厨房に下がったあと,私は『江の島ワイキキ食堂1』を開いて読み始めた.
 作者である岡井ハルコさんの名前は先程の有隣堂猫本コーナーで初めて知ったのだが,『江の島ワイキキ食堂』シリーズが目立つように平棚に陳列されていたし,本の帯には「増刷できました」とあるから,きっと人気作家なのだろう.そして絵はなかなか達者なのに,なぜか主人公の猫であるオードリーが猫らしくない.あからさまに言うとヘタである.これではジバニャンみたいではないか.と思ったが,読み進めるとオードリーは人語を発し三百年も生きている妖怪という設定だった.だとするとむしろジバニャン似でよいのだろう.妖怪のせいなのね,そうなのね.

 さて読み始めて程なく,「お待たせいたしました」と酒が届いた.
(続く)

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2016年1月20日 (水)

江ノ島西浦写真館 (補遺)

 前の記事で書き落としたことをいくつか.

(1) 掲題の作品についての池上冬樹の書評をあげておこう.

(2) 著者三上延へのインタビューもある.
生活の営みの場としての江ノ島を描きたかった

(3) 江ノ島か江の島かという問題;
 Wikipedia【江ノ島(曖昧さ回避)】から引用
江ノ島(えのしま)
 地名 江の島 - 神奈川県藤沢市にある陸繋島。
    江島 (宮城県) - 宮城県牡鹿郡女川町にある、牡鹿湾沖合いにある島。
    江ノ島 (愛媛県) - 愛媛県越智郡上島町にある無人島。
    江ノ島 (長崎県) - 長崎県西海市にある島。かつての西彼杵郡江島村。
             → 江島 (長崎県)
 楽曲 江ノ島 Southern All Stars Golden Hits Medley - 1993年にサザンオールスターズのリミックスアルバムとしてZ団名義で発売された作品。

 Wikipedia【江の島】から引用;
地理
湘南を代表する景勝地であり、古くから観光名所となっている。神奈川県指定史跡・名勝、日本百景の地である。交通機関の駅名などでは江ノ島と表記することも多いが、住居表示・公文書等で使われる公称地名は「江の島」と表記する。古くは江島神社(日本三大弁天の一つ)に代表されるように「江島」と表記されていたこともある。この項では、陸繋島および地名の江の島について記すが、一般的には対岸の片瀬、鵠沼地区南部を含む一帯の観光地として認識されることが多い。

 Wikipedia【江の島】は《古くは江島神社(日本三大弁天の一つ)に代表されるように「江島」と表記されていたこともある》としているが,《こともある》というより,昔は地名でも人名でも「の」とは書かないのが普通だったろう.ちなみに歌川広重 (参照 Wikipedia【歌川広重】) の浮世絵では「江之島」「江之嶋」「江乃嶋」「江ノ島」「江ノ嶋」などとなっている.(*)
「読み」通りに書くとすれば元々の公称地名は「江ノ島」だったであろうが,戦後は公文書に片仮名は用いられなくなったため,「江の島」と書かれるようになったものと私は推測する.《交通機関の駅名などでは江ノ島と表記することも多い》のは,昔から「江ノ島」と書いていたのを今も変えていない (変える必要がない,変えなさいと誰からも強制されていない) からである.
 私のような年輩の者には「江ノ島」が親しいが,漫画家の岡井ハルコさんは「江の島ワイキキ食堂」と書いている.現在は「江ノ島」と書こうが「江の島」としようがどちらでも構わないのであるが,古くからの「江ノ島」表記が消えてしまう日が来るとすれば,それは少しさびしい.

(*) Wikipedia【江の島】に掲載されている五番目の画像 (Hiroshige_Pilgrimage_to_the_Cave_Shrine_of_Benzaiten.jpg) は《『相州江の島 弁才天開帳詣 本宮岩屋の図』》と説明に書かれているが,これは「乃」を「の」に書き換えてしまっている.

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2016年1月19日 (火)

猫本と蕎麦 (二)

『江の島ワイキキ食堂1』(岡井ハルコ,少年画報社) と『猫なんかよんでもこない。』(杉作,実業之日本社) を入れた有隣堂の袋を下げて,私は蕎麦屋「あいづ」のドアを開けた.
 それは丁度正午であった.
 しかし日曜日の広~い店内に客は二人 (二組ではなく) しかおらず,私が三人目の客なのであった.
 ざっと四十席はあろうかという店内に客三人.この静かな店内を見渡して,店に入る直前までは天丼を食うと決めていた私は突然に考えを変えた.
 酒を飲むのである.
 普通,蕎麦屋の昼飯時というものは,客が入れ替わり立ち替わりして店員も忙しく働いていて,そんな時に酒を飲むのは変人である.迷惑な人である.
 しかしこの蕎麦屋「あいづ」は,注文の品が運ばれてくるのを静かに待つ先客が二名いて,二人の若い女性店員は伏し目がちに奥の壁際に立っているのであった.
 千載一遇.
 蕎麦屋で酒を飲むのによろしいのは昼飯の客足が途絶えた午後三時から,夕刻五時頃にかけてである.それを過ぎると夕食を求める客が店に入ってきて,のんびりと昼酒を飲んでいる客は,彼ら真っ当な人々の目障りとなる.
 つまり要するに,蕎麦屋の酒は飯時を避けるべきものなのである.
 なのに昼飲みの機会が,私が望んでいたわけではないのに,向こうからやってきたのである.
 去る天丼を追わず.来る正一合は拒まず.
 蕎麦茶を運んできた若い女性店員に私は言った.
「あー,菊正の一合と板わさをください.それから天ざる」
(続く)

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2016年1月18日 (月)

猫本と蕎麦 (一)

 昨日の朝,新刊書籍におもしろいものがあるかネットで調べ物をしていたのだが,いつの間にか横道に逸れて,食べログなどで藤沢の飲食店をあれこれ閲覧してしまった.
 そのうちの一軒に蕎麦屋の「あいづ」があった.
 この蕎麦屋は,藤沢駅の南口から南藤沢交差点へ向かう大通りに面した飲食店ビルの一階にあり,食べログの投稿者たちの評価は,悪くはないが良くもない,凡庸といったところである.献立はいたって大衆的で,カツ丼と蕎麦のセットなどの会社員御用達系のものもあるが,酒も天ぷらも出すらしい.私は食い物の旨いまずいなどの薀蓄とは無縁の男なので,この程度の蕎麦屋が丁度いい.例えば関東甲信越から沖縄まで店名を知らぬ者とてないだろう大衆蕎麦屋「そじ坊」(そじ坊の他に同じグルメ杵屋傘下の寄り屋,おらがそば,そば野,結月庵,二尺五寸,越後叶屋,神田等々がある) なんか大好きだ.こらこら.
 本は,たまには有隣堂の棚を眺めてみることにして,ついでに昼飯は「あいづ」に決めた.

 まずは久しぶりの有隣堂書店.
 二階フロア入口に猫本のコーナーがある.有隣堂藤沢店にはかつて犬猫本特設コーナーがあったような記憶があるのだが,今は犬本コーナーはない.きっと売れなかったのであろう.
 我が国では飼い犬と飼い猫の数は拮抗しているらしいが,猫には飼い猫の他に,飼われていない自由自立の猫や,飼われてはいないが餌の世話はしてもらっている猫がいるので,数としては猫が犬を圧倒していると思われる.またテレビや雑誌を見ての印象だが,明治の漱石から平成は養老孟司先生とか佐藤優氏に至るまで,知識人の皆様には猫好きが多いのではないか.さらにこれから類推するに,読書人層にも猫好きが多いに違いない.
 であるからして,このようにして本屋に猫本のコーナーが特設されるわけだ.
 さて屁理屈はともかく,私は犬も猫も好きなので,猫本コーナーに陳列されていたコミックス『江の島ワイキキ食堂1』(岡井ハルコ,少年画報社) と『猫なんかよんでもこない。』(杉作,実業之日本社) の二冊を買った.
(続く)

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2016年1月17日 (日)

春の駅弁

 昨日の朝,常用している内服薬の処方箋をもらいに掛りつけの医院に行き,それから藤沢北口商店街にある大きな薬局へ回り,踵を返して小さな駅ビルにある書店で週刊文春と東海林さだお『さらば東京タワー』(文春文庫) を買った.
 書店と同じ駅ビルの一階にあるコーヒーショップに入って,買った本を読んでるうちに,そろそろ昼飯を食べてもいいかなという時刻になった.
 それで思い出したのは,新聞に紹介記事(*) が掲載されていた大船軒の弁当「美味いっぱい 伊豆の春」だ.(三月末までの季節商品なので少しするとリンク切れになるだろうが,このページの下の方に,弁当の大きい画像が載っているので URL を埋めておく)
 これを食べてみようと思ったのは,見た目がなかなかおいしそうだからである.藤沢駅の改札口脇に大船軒の売店があるので,そこで購入した.

 帰宅して早速,春らしいお弁当を頂いた.御飯は二種類で,桜酢飯と,菜の花の煮びたしを飾りにしたサフラン御飯.これは河津桜と菜の花畑をイメージしたものだとの商品説明があって,なるほどねと納得.
 詰め合わせてあるおかずは,鯛の梅肉焼,鯵フライ,桜海老が入った白和え,しらすのごま油炒め,かまぼこと田丸屋のわさび漬,ひじきの煮物,玉子焼.これに甘味の草餅が付いている.弁当箱は小振りで,女性や年寄りに丁度良い.

 「伊豆の春」は桜酢飯がかわいらしく,サフラン御飯の彩もよろしい.食べながら,鎌倉駅でこの弁当を買い,長谷寺の境内で食べるというプランが頭に浮かんだ.三月の暖かい日にやってみよう.

(*) 時折,JR東日本は大船軒と崎陽軒とのコラボで季節の弁当を企画する.崎陽軒の弁当は「春の彩りちらし弁当」.これも食べてみようと思う.

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2016年1月16日 (土)

愛知県は中国を笑えない

「壱番屋」(愛知県一宮市) が廃棄を依頼した冷凍ビーフカツを産業廃棄物処理業者「ダイコー」(愛知県稲沢市) が,廃棄せずに不正転売した事件が世間を騒がせている.
 転売先が一つや二つではないこと,しかもそれが普通のスーパーであることに驚いた人は多かろう.
 また転売先の一つである製麺業「みのりフーズ」(岐阜県羽島市) と同社取引先の弁当屋からは,壱番屋の冷凍ビーフカツ以外に同社の冷凍チキンカツ,あるいは製造者未公開であるがビンチョウマグロのスライス,焼き鳥のモモ,骨付きフライドチキンなど,不正転売品と思われるものが発見されている.

 ここまでくると,廃棄されるべき食品を不正に再販売するルートが愛知県周辺に存在していると考えざるを得ない.
 ということは,愛知県以外にも,このようなルートが存在している可能性があるということだ.確証はないが,おそらくあると私は以前から思っている.
 今回「壱番屋」のパートさんは大手柄を立てたわけだが,他のファストフードやファミレスはただちに自社の廃棄物を処理している (はずの) 業者の査察を行い,不正転売の有無について調査結果を公表すべきである.
 とは思うが,やらないだろうな,やれないだろうなという気がする.というのは,産廃業者の査察を実施して不正を発見するには,専門的知識と産廃業者に対する査察の経験が必要なのである.
 食品製造業界にも,この種の専門家を有する企業は少ない.私が定年まで勤めた大手の食品会社では私と私の部下一人が専門家であったが,二人とも定年退職したので現在は一人もいない.ま,上場会社でもそんな現状である.

 暇を持て余してお困りの向きは,ファストフードやファミレスなどの外食企業,あるいはスーパー,弁当屋チェーンなどにメールを出されてはいかがだろうか.消費者からの問い合わせがあれば,それらの企業も調査を始めるかも知れない.

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2016年1月15日 (金)

江ノ島西浦写真館

 米澤穂信『真実の一○メートル手前』を読み終えたところに,三上延『江ノ島西浦写真館』が配達されてきた.
 前の記事《恋累心中 》で,《三上延の『江ノ島西浦写真館』は,レビューの評点は無視して著者買いだ》と書いたのは,もちろん私が『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズの読者であるからだ.
 『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズが大いに売れたのはヒロイン栞子のキャラクターが「立って」いるからだと思われるが,それに比較すると『江ノ島西浦写真館』のヒロインである繭は少し地味である.作者の語り口もいささか暗い.トリックは古典ミステリーの雰囲気がする.
 ではあるが,忘れてしまいたいと繭が思っている過去の自分と青春に向き合っていくストーリーには「ああ私にもそんな過去がある」と思い当たる人はいるのではないか.それを千街晶之は《ビターさが印象的》と文春のレビューに書いた.
 『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズはそろそろ終わりに近づいている.三上延のファンとしては,暗めのヒロイン繭を連作の主人公にしてもらいたい気がするが,どうであろうか.

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2016年1月13日 (水)

恋累心中

 週刊文春 (1/14号) の「ミステリーレビュー」(筆者は千街晶之) は三上延『江ノ島西浦写真館』と米澤穂信『真実の一○メートル手前』を取り上げていた.このレビューで紹介された作品をいつも買うわけではないが,今回は二冊とも買うことにした.『江ノ島西浦写真館』は単行本を,『真実の一○メートル手前』は Kindle 版である.

 千街晶之の採点はどちらも★★★★で,あまり高い評価ではない (絶賛お薦めの作品は大抵の場合,評点★★★★1/2がつけられる) が,米澤穂信は読んだことがないので,まあ試しに読んでみようというところ.(三上延の『江ノ島西浦写真館』は,レビューの評点は無視して著者買いだ)

 さて『真実の一○メートル手前』.
 例によっての小言だが,どうして「十」を「一○」と書くのだろうか.なぜ「十」ではいかんのか.
 しかも『真実の一○メートル手前』の副題が “How Many Miles to the Truth” だと.表題と副題のニュアンスが違いすぎて,読者は首を傾げざるを得ない.

 それから,この短編集『真実の一○メートル手前』に含まれる六つの短編のうち,「恋累心中」と「名を刻む死」には,致命的ではないが,必要な説明が欠けているという瑕疵がある.千街晶之は「ミステリーレビュー」の中で《著者は三十代にして、何を書いても上手すぎるという恐ろしい境地に達したようだ》と褒めているが,ちょっと褒め過ぎだろう.もう一,二冊読んでみるが,そこにも同じ種類のミスがあるようなら,米澤穂信はミステリー作家としてはだめだろうと思われる.短編で瑕疵があるようでは,長編はボロボロで破綻してしまうからだ.

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2016年1月12日 (火)

オリンピック映画のこと (三)

 この《映画《東京オリンピック》は何を「記録」したか》は [1],[2],[3] の三ページに分割掲載されているが,[3] の冒頭までの要旨は以下の太字部分の通りである.

 渡辺教授による「記録映画」は,一切の演出を含まないものを指している.
 一般に「やらせ」という言葉は,事実を歪曲するほどの演出や捏造を行った映像作品を指弾するときに用いられるが,渡辺教授の定義によれば「記録映画」に演出は許されないから,事実の歪曲や捏造が行われていなくとも,演出を行った「記録映画」はすなわち「やらせ」であるという.
 市川崑監督『東京オリンピック』には多彩な演出が行われているから,従って,渡辺教授によればこの映画は「やらせ」であり「つくりもの」である.

「やらせ」は,事実の歪曲や捏造を行っておきながら,情報の受け手にはそれを秘匿し,事実であると思い込ませることを言う.激しい非難の言葉である.
 お笑い番組以外のテレビ番組で「やらせ」が発覚すれば,放送局の重役が謝罪会見をしなければならぬほどのことである.
 しかし,映画『東京オリンピック』は「やらせ」であるとまで市川崑監督を非難しておきながら,なぜか突然,渡辺教授は [3] で自分の立ち位置を変えて,次に示す四センテンスにあるように,市川崑監督を擁護する側にまわってしまう.

この映画には、富士山をバックに聖火ランナーが走る場面、女子体操のチャスラフスカ選手のスローモーション演技が黒バックで映し出されるところなど、大会後に撮影された明白な「やらせ」場面が他にもいろいろあるが、それらもほとんど批判されていない。
表現すべき事柄をきちんと描くことが第一で、そのための細工ならかなりのことが許容されたのである。そう考えれば、入場行進のシーンも十分に許容範囲内だったに違いない。
こう考えてみるとむしろ、ドキュメンタリー映像にはその時の実際の音がついていなければならないと考えて、こういうものを「つくりもの」呼ばわりしてしまうわれわれの心性の方が奇妙にみえなくもない。
実際の音と違うなどというつまらないことにこだわることが、表現の多様な可能性をつぶしているのでは、などとも考えてしまう。

 読者は,この四つの引用箇所を読むと「それじゃ,この時評全文の三分の二を使って映画『東京オリンピック』は「やらせ」だと断罪した論旨は一体どうなっちゃったの?」と言いたくなる.
 マッチ (=映画『東京オリンピック』は「やらせ」である) ポンプ (=こういうものを「つくりもの」呼ばわりしてしまうわれわれの心性の方が奇妙にみえなくもない) とはこのことだ.

 続いてこの時評の《一九六四年と二〇二〇年の二つの東京オリンピックの間に横たわっているのは》から末尾までは,国立競技場の建設費とエンブレムデザインの剽窃のことについて書かれていて,《映画《東京オリンピック》は何を「記録」したか》という表題と無関係である.なぜこの話が突然登場するのか,理由が不明だ.
 しかも,この時評は最後を
今のわれわれからみると、いかにも素朴で天真爛漫にみえる市川監督のオリンピック映画だが、あのような時代はもう終わった、と片付けてすむ話ではない
として,尻切れトンボのように終わってしまっている.
 この渡辺教授の時評は論旨が一貫せず意味不明であるが,もし《あのような時代はもう終わった、と片付けてすむ話ではない》のであれば,どういう話なのか結論を書く必要がある.

 もう一つ付け加える.渡辺教授は《いかにも素朴で天真爛漫にみえる市川監督のオリンピック映画》と書いているが,それは誰が言っていることなのか.
 渡辺教授より年上の私たちは,映画『東京オリンピック』が,事前に市川監督自身と脚本家の和田夏十および白坂依志夫,そして谷川俊太郎によって緻密な脚本を練り上げ,市川監督の技術の限りを尽くして製作された作品であることを,マスコミの報道や担任教師の解説によって映画公開時点で既に知っていた.
 だから映画『東京オリンピック』には素直に感動したし,今も私たちの思い出話の定番なのである.もしも映画『東京オリンピック』が実況放送を繋ぎ合わせたような《素朴で天真爛漫》な作品であったら,公開五十年後に誰が記憶なんぞしているものか.
 市川監督以外に映画『東京オリンピック』の監督を打診されたのは,黒澤明,今井正,今村昌平,新藤兼人らの方々であるが,どなたが監督を引き受けたとしても実況放送を繋ぎ合わせた「記録映画」は作らなかったと思うのである.

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2016年1月11日 (月)

夢の国の危機

 読売新聞 (Yomiuri Online 1/6 9:26) が,小川孔輔・法政大学経営大学院教授の《「夢の国」東京ディズニーリゾートに異変の兆し》と題した時評を掲載していて,これが興味深いものであった.(いつも書いているように,読売新聞は他紙と異なり,記事のURLを示すことを「無断転載」と見做すので,リンクを張れないのが残念である.“東京ディズニーリゾート 小川孔輔”などで検索してお読み頂きたい)

 当該記事で小川教授は,サービス産業生産性協議会による消費者調査(「日本版顧客満足度指数(JCSI)」) の結果を基に,東京ディズニーリゾートの顧客満足度低下が著しいと指摘している.この指摘は幾つものグラフを用いて説明されていて,大変に説得力がある.
 さてその顧客満足度低下の重要な原因の一つとして小川教授が挙げているのは,東京ディズニーリゾートの客層が悪くなっていることである.客層の悪化はリピーターの減少をもたらす.これについて私には思い当たることがあった.

 私の知人女性 (五十代後半) で年に何度も東京ディズニーリゾートに足を運ぶ「夢の国」リピーターがいる.
 彼女と最近会って世間話をしたのだが,年末に東京ディズニーリゾートへ行ったら,楽しみにしていたパレードの雰囲気がものすごく悪くてがっかりしたと語っていた.「雰囲気が悪い」とはどういうことかと訊ねたら,中国人団体客のマナーの悪さだという.これからもっと中国人団体客が増えるかも知れないと思うと,もう東京ディズニーリゾートへ遊びに行く気がしないと彼女は寂しそうに言った.そのうちワールドバザールで便座を売るようになるかも知れないねと私は答えた.こらこら.

 小川教授はこの時評では「客層の悪化」の中身について触れていないが,中国人団体客数の年次推移と顧客満足度の関係を分析すればどんな結果が得られるか,興味深い.

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2016年1月10日 (日)

オリンピック映画のこと (二)

 まず最初に指摘しておかねばいけないのは,この時評《映画《東京オリンピック》は何を「記録」したか 》の筆者である渡辺裕・東京大学大学院人文社会系研究科教授は私より四学年下なので,小学校の頃にリアルタイムで東京オリンピックをテレビで,あるいはもしかすると肉眼で観たはずであるし,市川崑監督作品映画『東京オリンピック』を義務教育の視聴覚教育で鑑賞しているに違いないということだ.当時は義務教育における学校行事 (文部省との関わりについては資料が見当たらないが) として映画『東京オリンピック』鑑賞が全国的に行われたのである.
 この映画『東京オリンピック』鑑賞会のことは今でも覚えている.私が少年時代を過ごした群馬県前橋市では,映画が公開されるや連日,市内全域の小中学校生徒(*) を教師が引率し,学校から市の繁華街にあった大映画館まで徒歩隊列をなして鑑賞にでかけるという壮大な催しであった.当時の映画は国民的娯楽であったから,映画館は現在のそれとは観客収容数が全く違う大きなものだったが,それでも私が通った中学は全校生徒約二千五百人であり,他にも幾つか中学があったから,映画鑑賞会は「壮大な催し」となったのである.
 (*) Wikipedia【東京オリンピック】
また映画館の他にも日本各地の学校や公民館で上映会が開かれたことから、その観客動員数は一般観客750万人、学校動員1600万人の合計2350万人で、事実上日本映画史上最多であるといわれている。》(下線はブログ筆者による)

 渡辺教授は《二〇二〇年の東京オリンピックの開催が、国立競技場やエンブレムの問題などで最初からつまずいている。そんな折、一九六四年の東京オリンピックの記録映画《東京オリンピック》をじっくり見る機会があった。オリンピック映画史上最高とも評される市川崑監督の作品である。見直してみると、この五〇年余の間の世の中の変化の大きさをあらためて感じる》と,この小時評を書きだしているが,これを読むと学年が少し違うだけで随分と違うものであるなあと思う.
 私たちいわゆる団塊世代にとって東京オリンピックは思い出話の定番である.そして一世代下の諸君に「君たちは東京オリンピックを知らないだろうが,あの頃,円谷幸吉というランナーがいてね…君たちにこんな話をしても理解できないだろうが,その遺書が残した文学的影響は…ほら高倉健の『駅 STASION』って映画でさ,あ,それも知らないの? ふーん…」と人を小馬鹿にしたような昔話をして嫌われるのが大好きである.
 そんなわけだから,東京オリンピック四十周年記念の市川崑ディレクターズ・カット版DVDが発売されたとき私は早速購入し,以来これは愛蔵版なのである.

 さてそのDVD『東京オリンピック [四十周年記念] 市川崑ディレクターズ・カット版』の箱にはこう書かれている.
1964年に開催された東京オリンピックの全貌を記録し、ドキュメンタリー映画、記録映画というジャンルを確立、現在もその頂点に燦然と輝く歴史的大作

 もしかすると渡辺教授が《オリンピック映画史上最高とも評される市川崑監督の作品である》と書いたのは,この惹句《現在もその頂点に燦然と輝く歴史的大作》の受け売りかも知れないが,実はこれは正しくない.
 Wikipedia【ドキュメンタリー】に書かれているように,ドキュメンタリー映画,記録映画というジャンルが確立したのはずっと古く,そして記録映画というジャンルが生まれてから,このジャンルの意味するところは時代と共に変遷してきたからである.
(続く)

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2016年1月 9日 (土)

他人の褌

 昨年末にロシアの CrazyRussianHacker と名乗る男が,コカ・コーラに漂白剤を加えるとどうなるかという実験を動画にして YouTube に投稿し,六百万回再生されたとmsnに転載紹介されていた.
 この msnの記事が「大変だ大変だー」的な調子だったので,釣られて見てしまった.
 常識的には,コーラに漂白剤 (塩素系) を混ぜれば脱色されるはずだ.それをわざわざ投稿するのだから,これはきっと真紅とか,コバルトブルーとか,驚くほど鮮やかな色になったのかも知れぬと期待して,私はその動画を観たのである.
 さてその実験 (笑) だが,投稿主がコップにコーラを入れ,そこに家庭用漂白剤を投入すると当然のことに脱色される.そのあとどうなったか動画をじっと見つめたのだが,そのままであった.
 なんだこれは.
 もう一回観たが,同じである.
 なんでこれが六百万回も再生されるわけ?

 この意味不明な動画は,投稿されたあと主に二つの方向に拡散されていった.
 一つはコーラは危険な飲料だ,大変だ大変だという方向.もう一つは,コーラが脱色されてしまうくらい危険な漂白剤が食品製造に使用されているぞ,大変だ大変だという方向である.
 いずれも阿呆であるが,この能天気な連中と一緒になって騒いだmsnがとりわけ情けない.大きなポータルサイトとして恥晒しである.
 さて上に「主に二つの方向に」と書いたが,もう一種類の馬鹿がいる.
 それがこれ. CrazyRussianHacker よる最初の投稿からかなり遅れて,《コーラに漂白剤入れたら大変なことになりました。やはりコーラの中には悪いものが入っておりますね》との説明を付けて動画を投稿したのは《くろさきやすとし》という男.
 頭がからっぽだけならともかく,若いのに他人の褌で相撲を取るのは恥ずかしいと思いなさい,青年.
 ところでこの他人の褌男は動画の冒頭で「ネットサーフィン」と言っている.
 いやはや懐かしい言葉を聞くものだ.しみじみ.

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2016年1月 7日 (木)

オリンピック映画のこと (一)

( 私は人生を基本的に理系の仕事人間として生きてきたので,専門外のことはあまりよくわからない.定年後,それまで飯を食っていくための仕事に費やしてきた時間の,かなりの部分を読書 (ネット上の文章も含めて) に使えるようになったのだが,そうしたら「ああそうだったのか!」と驚くことが多くて,心細い老後資金と年金に頼る日々の暮らしではあるが,お金と時間を秤にかければやはり時間が大切だよなあ,さっさと仕事をやめて正解だったと思う今日この頃である.よかったよかった.おわり.ヾ(--;)違う

 話はサントリー財団が発行している論壇誌『アステイオン』のことだ.
 正直に言うと私は『アステイオン』という本の存在すら知らなかったのであるが,昨年末に刊行された『アステイオン 083』(つまり83号) に掲載された時評《映画《東京オリンピック》は何を「記録」したか 》が,ニューズウィーク日本版に転載され,それを読んで感じたことがあった.

 この《映画《東京オリンピック》は何を「記録」したか》の筆者は渡辺裕・東京大学大学院人文社会系研究科教授.私より少しお若いかたである.
 さて《映画《東京オリンピック》は…》の冒頭部分を引用してみる.

二〇二〇年の東京オリンピックの開催が、国立競技場やエンブレムの問題などで最初からつまずいている。そんな折、一九六四年の東京オリンピックの記録映画《東京オリンピック》をじっくり見る機会があった。オリンピック映画史上最高とも評される市川崑監督の作品である。見直してみると、この五〇年余の間の世の中の変化の大きさをあらためて感じる。

 いきなり余談だが,このイントロを読んだだけでもう私たち年寄りは「ん?」と違和感を持ってしまう.
 このような不審な点があったので,ニューズウィーク日本版に転載されたものではなく,アマゾンで『アステイオン 083』の Kindle 版を購入して読んでみた.原文は縦書きである.
 不審な点とは,前回の東京オリンピック開催を渡辺先生が「一九六四年」と漢字で書いているからには,次の東京オリンピックは「二千二十年」かと思いきや,せっかくの縦書きなのに「二〇二〇年」と書いていることだ.
「○」はマルと読む記号だ.数字じゃない.ま,年号の場合,くだけた口語では 2020年を「にーまるにーまるねん」と言うこともあるから,それはいい.年号以外では“007”をダブルオーセブンと発音することもあるしね.
 しかし「この五〇年余」はどう読むのか.「ごーまるねん」なんて普通言うか?
 「五十」を「五○」と書いていいなら,「十」は「○」と書いてよいことになる.しかし「会社設立十周年記念祝賀会」を「会社設立○周年記念祝賀会」と書く馬鹿は,頭の悪い中学生以外にはいない.「ごじゅうねん」と読ませたいなら,きちんと「五十年」と書いて欲しいものだと思うのは私だけではあるまい.
(ちなみに,この渡辺裕先生の数字表記は某新聞社が採用しているもので,高島俊男先生が著書で厳しく批判されておられる)

 それから渡辺先生は《オリンピック映画史上最高とも評される市川崑監督の作品である》と書いているが,それは誰が言っているのだろうか.寡聞にして私はそのような評価を耳にしたことがない.すなわちオリンピック映画史上で最も有名な作品はレニ・リーフェンシュタール監督のベルリンオリンピック記録映画,通称『オリンピア』(参照;Wikipedia【オリンピア (映画)】) であり,これに異論を唱える者は渡辺裕先生以外にはいないであろう.

 ここで百科事典を引用しよう.Wikipedia【オリンピア (映画)】に次のような記述がある.
しかし第二次世界大戦後にはナチ賛美のプロパガンダ映画として糾弾され、監督をしたレニ・リーフェンシュタールは映画監督としての生命を絶たれることになった。そのような政治的な非難とは別にして、芸術的および映画史的な評価は今日までも高く、戦後の映画制作者のいくどない挑戦にも関わらず、この作品を超えるオリンピック映画は生まれていないとされる。
 Wikipedia【オリンピア (映画)】の記述は,《芸術的および映画史的な評価は今日までも高く、戦後の映画制作者のいくどない挑戦にも関わらず、この作品を超えるオリンピック映画は生まれていないとされる》との評価の出典として,『オリンピック辞典』(日本オリンピック委員会監修,日本オリンピックアカデミー編,1981) を挙げている.
 当事者の日本オリンピック委員会が『オリンピア』をオリンピック映画史上最高の作品としているのであるからして,渡辺先生が《オリンピック映画史上最高とも評される市川崑監督の作品》と言うなら,その根拠を示さなければならない.それが学者としての責任というものである.

 本題に入る.(といいながら次稿に続く)

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2016年1月 6日 (水)

マッカーサーの道

 正月三が日をダラダラと過ごした.このままいくと「毎日がお正月」になりそうだ.そろそろベッドから降りて平常運転 (毎日が日曜日) しなければ.こらこら.

 とかなんとか言いつつ,めりはりの無い日常を過ごす怠惰な老人はPCを起動してネットを意味なく彷徨する始末だが,それでも「お!」と思うことが少しはあって,例えば昨日見つけた@nifty の Daily Portal 掲載「ある戦後映像の謎を解く」(筆者;大山顕,掲載日付は昨秋 11/20) がおもしろかった.

 詳細は貴重な映像と写真が載っている元記事に譲るとして,この記事に住吉屋という衣料品店がでてくる.この店のご主人が,昭和二十六年四月十六日に撮影されたダグラス・マッカーサー帰国パレードの写真をアルバムに保存していて,そのうちの数葉が記事に載っている.
 ところがこの住吉屋衣料品店は,現在は閉店して営業していないことが記事に書かれている.つまり,住吉屋の主人が保存しておられた貴重な写真が私たちの目に触れる機会はもうないらしい.残念なことである.

 話は横に逸れるが,Wikipedia【ダグラス・マッカーサー】によると,マッカーサーは《4月10日、ホワイトハウスは記者会見の準備をしていたが、その情報が事前に漏れ、トルーマン政権に批判的だった『シカゴ・トリビューン』が翌朝の朝刊に記事にするという情報を知ったブラッドレーが、マッカーサーが罷免される前に辞任するかも知れないとトルーマンに告げると、トルーマンは感情を露わにして「あの野郎が私に辞表をたたきつけるような事はさせない、私が奴をくびにしてやるのだ」とブラッドレーに言った。トルーマンは4月11日深夜0時56分に異例の記者会見を行い、マッカーサー解任を発表した》という.
 海外の人物事件に関する Wikipedia の項目を読んでいていつも疑問に思うのは,記事中に記載される「日付」に関する曖昧さである.
 例としてまず曖昧でないものを挙げると,上に引用した《トルーマンは4月11日深夜0時56分に異例の記者会見を行い…》で,この四月十一日深夜云々は無論アメリカ合衆国コロンビア特別区ワシントンD.C.の時刻であろう.
 そして Wikipedia【ダグラス・マッカーサー】の同じ「更迭」項目の中で
日本時間午後3時、この報は日本に達したが、マッカーサーはそのとき妻のジーンと共に、来日した上院議員ウォーレン・マグナソンとノースウエスト航空社長のスターンズと会食をしていた。副官のシドニー・ハフ大佐は、立ち上がったジーンに解任のニュースを知らせ、「至急報」と書かれた茶封筒を渡し、夫人はまた、その茶封筒をマッカーサーに黙って渡した。内容を読み終えたマッカーサーはしばらく沈黙していたが、やがて夫人に向かって「ジーン、これで帰れるよ」と言ったと伝えられている。ブラッドレー元帥は「マッカーサー解任は当然である」と主張した。
4月16日にマッカーサーはリッジウェイ中将に業務を引継いで東京国際空港へ向かったが、その際には沿道に20万人の日本人が詰め掛け毎日新聞と朝日新聞はマッカーサーに感謝する文章を掲載した。また、吉田茂率いる日本政府は彼に「名誉国民」の称号を与えることを決定したが、マッカーサーはこれについて可否を明言しなかった。これらの戦後の日本におけるマッカーサーの絶大な人気は、GHQからの圧力により、日本のマスコミにおける「マッカーサーブーム作り」があったためとされる。マッカーサーを乗せたバターン号は午前7時23分に東京国際空港を離陸した。

とある.
 《日本時間午後3時》の後の《4月16日に》《午前7時23分に》は文脈からして日本時間であることが明確である.
 上記は良い記述の例だが,実は Wikipedia【ダグラス・マッカーサー】の以前の記述は米国東部時間なのか日本時間なのか曖昧だったのである.それがここまでブラッシュアップされてきたわけだ.
(Wikipedia:表記ガイドには特に日付に関する記載方法は指定されていない)

 話を元に戻すと,「ある戦後映像の謎を解く」には Youtube にある「発掘映像 Coronet Instructional Films 焼け残った戦後の日本の風景」という古いフィルム映像が引用されている.この映像には終戦直後の羽田付近の道路が映っているのだが,当時の東京の道路とはとても思えないほどきれいに整備されている.これは連合国軍最高司令官総司令部から建設を指示されたものであろう.関心ある向きは「ある戦後映像の謎を解く」をお読み頂きたい.
 連合国軍最高司令官総司令部から建設を指示された道路といえば,私の住処の近くには横浜新道がある.またこれに関連する道路としては吉田茂の「ワンマン道路」があるが,両道路の歴史は,もう少し時が経てば百科事典の中に書かれているだけのことになるのだろう.

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