片岡義男『歌謡曲が聴こえる』(二)
片岡義男は昭和十四年生まれだから,私よりも一世代前の人だ.
その片岡が書いているように,戦後から昭和三十年代にかけては,家の中ではラジオが,商店街では街頭放送のスピーカーや電器店の店頭のレコードプレイヤーが,流行り歌のジャンルであった「歌謡曲」を流し続けていた.
これは,「酒」や「女」や「涙」などの手垢の付いた言葉を順列組合せのようにして製造される「演歌」が登場する前のことであり,この時代の「歌謡曲」は抒情歌と呼ぶにふさわしいものが多かった.
片岡義男は「歌謡曲」の最大の主題は恋であるとし,「歌謡曲」を四つに分類している.
一.かなえられそうな気配の恋
二.どうやらかなえられそうにない恋
三.やはりかなえられなかった恋
四.かなえられなかった恋への未練
三と四の区別がはっきりしないが,一から三には,恋が始まってから終わるまでの動的な状態が歌われるということらしい.
対して四は,すべてが終わって静的な心のままを歌う曲である.恋の思い出といえばわかりやすい.片岡はその代表例として昭和二十一年のヒット曲,二葉あき子の『別れても』を挙げているが,私はもっと美しい抒情の例を挙げよう.松下詩子『喫茶店の片隅で』である.松島詩子が,あの恋の夢はどこに消えてしまったのだろうと歌う『喫茶店の片隅で』の,歌唱としての完成形は,オリジナルの歌詞と一部異なるが,倍賞千恵子『喫茶店の片隅で』だと私は思っている.
そして流行り歌のジャンルとしての「歌謡曲」が消え去ってしまったあと,『喫茶店の片隅で』の抒情を受け継いだ数少ない曲の一つが,夏川りみ『あなたの風』であるとも指摘しておこう.しかし残念ながらこれはネット上にない.
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