イムジン河 (五)
人は,何不自由なく暮らすことができるなら誰も共産主義者にならない.貧しく差別に苦しむからこそ,共産主義者になる.在日朝鮮人の日本共産党員がそれであった.在日問題は日本革命によってのみ解決されると信じられていた時代があったのだ.
前稿で,日本共産党の一翼を担ってきた在日朝鮮人党員が,日本共産党の武装闘争方針によって多大な犠牲を出したことを書いた.
大須事件のように,逮捕者全269人中の半数以上が在日朝鮮人だったのをみると,日本人党員は党の指示に従わずに一体どこで何をしていたのだと誰しも思うだろう.こうして在日朝鮮人の中に日本共産党への不信感が生じた.
その時,既に述べたように血のメーデーから二年後の1954年8月30日,北朝鮮が日本政府に対し,在日朝鮮人は朝鮮民主主義人民共和国の公民であり,日本居住,就業の自由,生命財産の安全を保障するように要求した.北朝鮮政府が在日朝鮮人の利益を代表するという立場を表明したのであった.
これが,1955年5月25日の朝鮮総連結成の伏線であった.
こうして在日朝鮮人活動家たちは日本共産党と離れて,金日成の直接指導下に入った.ただし両者は反目絶縁したわけではなく,1960年代に日本共産党とソ連,中国との間で激しい論難が行われて日本共産党が国際共産主義運動の中で自主独立路線を打ち出すまでは,朝鮮労働党と日本共産党は友党として協力関係にあった.従って日本共産党は「在日朝鮮人の帰還事業」に積極的に関与した.
これ以後は先に述べた通り,朝鮮総連側が北朝鮮への帰国を要望し,北朝鮮が歓迎するという筋書きで「在日朝鮮人の帰還事業」が進行することとなった.
この「在日朝鮮人の帰還事業」に関して金日成が何を目的としていたかは後述するとして,その前に日本その他の動きをまとめてみる.
まず朝鮮総連は,赤十字を巻き込む動きに出た.詳細は Wikipedia【在日朝鮮人の帰還事業】に譲るが,結果的に,インドのニューデリーで開かれた第十九回赤十字国際会議は,《各国の赤十字に離散家族への注意を喚起するとともに、「あらゆる手段を講じて、これらの大人及び子供が、その意思に従い、幼少の子供にあっては、何処に居住するとを問わず、家長と認められる人の意志に従って、その家族と再会することを容易ならしめる」責任を課すことを、決議第20として採択》した.(Wikipedia【在日朝鮮人の帰還事業】から引用)
これで「在日朝鮮人の帰還事業」は,人道に関わることであるという道ならしができたのである.
続いて日本の政治上では,1958年11月に鳩山一郎を会長 (後に顧問) とする在日朝鮮人帰国協力会が結成された.これは朝鮮総連が働きかけて実現したとされていて,協力会代表委員は,自民党岩本信行衆議院議員,同小泉純也衆議院議員,日朝協会山本熊一会長の三名であった.
他に顧問として日本社会党浅沼稲次郎委員長,日本共産党宮本顕治書記長が就任した.この他に著名有識者を役員に迎えたようだ (個々の人名については手元に資料がないため伝聞としておく).こうして,在日朝鮮人の帰還 (北朝鮮へ) は人道問題であるという認識の下に超党派組織が成立したのであった.
さて朝鮮労働党・朝鮮総連,日本共産党,日本社会党という運動の枠組みは容易に理解できるが,保守政党がなぜ協力したのであろうか.
Wikipedia【在日朝鮮人の帰還事業】等の資料は,当時の政府と保守党の側には,これを好機に治安上の大問題である在日朝鮮人を「厄介払い」したかった側面があったと推測している.おそらく人道上の見地よりもこちらが政府保守党の本音だったろうが,鳩山一郎にとっては例の「友愛」の発露であったかも知れない.
また小泉純一郎の父である小泉純也が在日朝鮮人帰国協力会の代表委員を務めたことについては,Wikipedia【小泉純也】には
《在日朝鮮人の北朝鮮送還事業を主導
1950年代末、在日朝鮮人の帰還事業に中心的な役割を果たした。当時、自民党の国会議員でありながら「在日朝鮮人の帰国協力会」の代表委員に就任し、在日朝鮮人の北朝鮮送還のため積極的に活動したことが確認された。国際政治経済情報誌「インサイドライン」編集長歳川隆雄は小泉純也が在日朝鮮人の北朝鮮送還に積極的だった理由について「当時、純也氏の選挙区である神奈川3区に多数の在日朝鮮人が居住している川崎市が含まれていたためと推定している」とし、「冷戦の真最中だった当時、自民党議員の身分で社会党や共産党と超党派の会合を開くこと自体が異例だった」と述べた。また歳川は「純也が、1930年代に朝鮮総督府で事務官として働いたこともあった」と述べた。》
とあるが,今となってはよくわからないといっていい.
(続く)
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