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2015年9月24日 (木)

ぼんくら校閲

 読売新聞の歴史を調べると,真っ当な記事ではなくエロ記事ヌード写真を売りものにしていた時期があったそうだ.今の夕刊紙みたいなものだ.
 そういう恥ずかしい過去があるから,記者の質も低い.それは現在の記事を読めばわかる.読売の伝統だ.
 少し前の記事に読売産經は三流紙だと私は書いたが,読売の紙面で日本語がまともなのはコラム『編集手帳』くらいなもので,どうかすると社説も日本語があやしかったりする.
 これが何を意味しているかというと,全国紙だろうが地方紙であろうが,およそ新聞社には校閲係がいて,その社の記事の表記基準に従って校閲を行うのだが,その校閲係がぼんくらだということである.

 以下にそういうぼんくら校閲の例をあげる.
 記事(Yomieri Online 8/13掲載) のタイトルは《さよなら寝台特急「北斗星」…存続できない六つの理由 (1)》である.
 読売新聞社は,法律家の見解と異なり,ブログ等から記事にリンクをはると無断引用であるとして告訴するので,リンクできない.
 告訴しても裁判では負けるのだが,告訴するぞという脅しをかけることで記事にリンクをはらせないのである.
 そこで仕方なく伏字にする.記事の在処は
○○○○://▲▲▲.yomiuri.co.jp/matome/archive/20150803-OYT8T50149.html
である.

 閑話休題.
 当該記事の冒頭に

「北斗星」の廃止を悔やむ人は多いだろう。なかには鉄道文化財的な意味合いから存続させるべきだという声もある。

とある.
 これを読んだ私は「おお,ひょっとしたらJR東日本とJR北海道の内部に北斗星の廃止を巡って内紛があり,存続派が敗れたのであるが,勝った廃止派が今は廃止したことを悔やんでいるのだろうか」と想像して読み進んだ.

 だがしかし,そうではなかった.
「北斗星」の廃止を悔やむ人》なんか一人も記事に登場しなかった.結論をいうと,これは「北斗星の廃止を惜しむ人」の意味であったのだ.

 この記事の筆者はフリーの鉄道ライターで佐藤正樹という人物.年齢は五十五歳くらいか.
 こういう「悔やむ」と「惜しむ」を取り違えるような,中学生以下の学力の人物を「ライター」と呼んでいいのかという問題は,今は横に置く.
 情けないのは,この恥ずかしい間違いを見逃した読売の校閲係である.情けない.これが我が国において発行部数最大の新聞社なのである.

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