マック崩壊 (二)
かなり前,モスフードサービスの櫻田社長が,村上龍の司会するテレビ番組に出演して色々と語っていたのだが,共感するところがあった.
よく知られているようにモスは店舗従業員に年輩女性の率が高い.その女性店員が手の空いたときに店の前の道路を掃き掃除していたりする.買い物のおかあさんが子供連れで立ち寄ったり,高校生が気軽に入ってきたりする.そういう店でありたいとか言っていたような記憶がある.モスは,ファストフード業界で競争しているのではなく,町内の蕎麦屋さんとか定食屋さんとかがコンペチなのだというコンセプトらしく,なるほどねと思った.
それに対するマックは,そもそもスタートが東京の銀座だ.第一号店は昭和四十六年に三越の店内にできた.(ちなみに,吉野家がチェーン展開を開始して新橋駅前に開店したのは昭和四十三年のことだった.銀座と新橋駅前では,目指すものが全然違っていたのだ)
マックは今でこそジャンクフードだけれど,当時は,最近のパンケーキみたいな受け入れられかたをしたのだった.そろそろ新婚旅行で海外旅行するのが一般的になりつつあった時代で,マックにはハワイとか米西海岸の雰囲気がした.(私がハワイに出かけたのはそれから十年もあとだったけれど ^^;)
それから経済成長と行き過ぎたバブリーな時代が始まって,日本人の暮らしぶりは随分と派手になったけれど,逆にマックは置いて行かれた.銀座に一号店を出したことをすっかり忘れたかのようにワンコインで買えるジャンクフード化していった.
それで焦ったのかどうか知らないが,価格戦略の迷走が始まった.
一つには,強引にセット化を推し進め,今でも古いギャグの一つとしてみんなが覚えている「ポテトはいかがですか~」の方向だった.しかしこれは客の「一個百円なのになんでセットにすると四百円になっちゃうわけ?」と,マックの理不尽な価格体系に対する不信感をあおることになった.
もう一つは,品質低下をいとわないコストダウンの推進だった.
マックの食肉調達力は大したもので,赤身のクズ肉とまったく使い物にならない脂身を集め,これを挽いてから混合してパテを作ることに成功した.この方法なら,堅くて歯が立たないような赤身クズ肉でも「ジューシィ」に見せかけることができる上に,「牛肉百パーセント」をうたうことができるのであった.
(続く)
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