むごか話じゃ
松谷みよ子『日本の伝説 下』(講談社文庫) の最初のほうに「力をもらった男」という天草地方の昔話がある.粗筋を★に書く.
★昔,体の小さい若者がいた.
城の工事の人夫に雇ってもらおうと出かけて行ったが,殿さまに「小さい男はいらぬ」と追い返されてしまった.
泣く泣くうちに帰る途中で若者は河童にであった.
若者が河童の頼みをかなえてあげたら,河童はお礼に若者を大変な力持ちにしてくれた.
力持ちになった若者は大きな石をかつぎ,どすんどすんと地響きのような足音をさせて再び城に行き,人夫に使ってくれと殿さまに頼んだ.
殿さまはそれを見てたいへん驚き,今度は若者を雇ってくれた.
それからというもの殿さまは力持ちの若者を,あれを持て,これを持てと,たいそう便利に使った.
これがこの昔話の前半の粗筋である.坊やよしよしねんねしなと歌う懐かしのテレビ番組なら「河童の恩返し」などとして,「殿さまは若者をたいそう便利に使ったとさ」で終わるところだろうが,しかし天草の昔話は仰天の結末を迎えるのだ.
★城の工事が終わった.
すると殿さまは,こんな力持ちは生かしておくと危険だと考え,若者を穴に落とし,上から大石を投げ込んだ.
ところが若者はどんな大きな石でも,はねあげてしまって殺せない.
それならばと,殿さまは穴に砂を流し込んだ.
若者は砂は石のようにはねあげることができず,死んでしまった.
むごか話じゃ.
「むごか話じゃ」が話のエンディングである.
唐突に一言,「むごか話じゃ」で終わるのである.
これは越の臣,范蠡の「狡兎死して走狗烹られ,高鳥尽きて良弓蔵る」が下敷きになっているだけではない.大石を寄せ付けぬ剛力の者が砂に敗れるとしたところに近代的知性すら感じることができるではないか.
思うにこの話は,自然発生的に形成された素朴な河童譚に,後世に何者かが説話的後半を接ぎ木したものではないか.
天草のこの昔話は,松谷みよ子さんが土地の人から採話したものか,あるいは古文書にあるものかわからないが,たいそうおもしろく思ったことである.むごか話じゃ.ちがいます.
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