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2015年2月19日 (木)

はじめての電子書籍 (四)

 私と同世代の並外れた知性の一人であった米原万理さんが亡くなったのは平成十八年であった.彼女の晩年の著書である『パンツの面目ふんどしの沽券』(筑摩書房) が未読であったのを思い出し,昨日,Kindle 版を購入して読んだ.ついでにコミック以外の普通の本を電子書籍で読むとどんな感じか,みてみようと思ったのである.

 米原万理さんは,『パンツの面目ふんどしの沽券』の雑誌連載を終え,加筆修正をしてから出版しようとしていたところでガンの再発と診断されて闘病を開始した.
 そのため,この本はおそらく心残りのある形で出版せざるを得なかったと思われ,それは「言い訳だらけのあとがき」から読み取れる.
 私の読後感として,もう少し詳しく加筆して欲しかった箇所がいくつかあるが,その一つは
こうしてわたしは、ヨーロッパ文明圏の人々における「男はズボン、女はスカート」という固定観念の頑強さを思い知ったのだった。
 一五世紀、フランスの救国の英雄ジャンヌ・ダルクが捕らえられ、火あぶりの刑に処せられた時、教会は彼女の罪状に、男用のズボンを着用した罪を書き加えたし、一八世紀、フランス大革命の際に断頭台の露と消えたマリー・アントワネットは、革命が勃発するずいぶん前に命を落とす可能性があった。ズボン姿で公衆の面前に現れたため、怒り狂った群衆にすんでのところで八つ裂きにされかかったのである

と書かれている箇所である.(《》は Kindle 版の位置No.2612 から引用)

 この《ジャンヌ・ダルクが捕らえられ、火あぶりの刑に処せられた時、教会は彼女の罪状に、男用のズボンを着用した罪を書き加えた》の部分に,ちょっとひっかかるものがあるので詳しい資料を調べてみた.

 大ざっぱに結果論をいうと引用部分の通りではあるのだが,細かくいうと,教会は異端審問の結果,ジャンヌを異端であるとして身柄を俗権に渡した.渡された彼女を火刑にしたのは俗権である.(もちろん教会と俗権は結託していたのだが)

 また《書き加えた》とあるが,女性が男装することは性を偽ることであり,これがそもそも (付け足しではなく) ジャンヌが異端であることの証であるとされていたのだという.
 (参考資料の一つとして《Zorac歴史サイト - ジャンヌ・ダルクの裁判(1) - 1431年ルーアン》を挙げておく)

 ちなみに米原万理さんが《ヨーロッパ文明圏の人々における「男はズボン、女はスカート」という固定観念の頑強さを思い知ったのだった》と書いていることに関して,『シャルル七世戴冠式のジャンヌ・ダルク』という絵はこちら
 ここに描かれているジャンヌは,スカートを模した飾りが付いていて,なおかつウエストをキュッと絞った甲冑 (どんなプレートアーマーだよ --;) を装備し,さらに布のスカートを身に着けている.なんとしてでも女にはスカートをはかせるぞという男社会の強固な意志が見て取れる.(笑)

 次にマリー・アントワネットがズボンをはいたという話だが,これは全然知らなかった.ネット上には資料がみつからず,彼女の伝記などにあたってみる必要があるかも知れないなあと思ったら,購入した Kindle 版の末尾に《なお電子化にあたり参考資料、解説を割愛した》と書いてあったので驚いた.
 「解説」はともかくとして,著者本人による記述の重要な一部である「参考資料」を削除してしまっていいものだろうか.もし電子書籍という出版形態ではこれが許されるのであれば,ダイジェスト版に同じ書名をつけて売っていいことになる.これがただの商売人であって出版業者ではない Amazon の書物というものに関する無知に基づくものであるなら,Kindle 版にはそういう欠陥があると承知しておけばいいのだが,他の電子書籍はどうなっているのだろう.

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