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2014年11月 4日 (火)

営繕 (講釈編二)

 会社員だった頃の同期入社の友人諸君と,たまに会って酒を飲む.
 私が一番年齢が下だったので,他の皆さんは既にみんな年金生活者だ.
「年金生活」という言葉には,プラスのイメージとマイナスのイメージがあると思う.マイナスのイメージについては稿を改めて書いてみたいが,ここでは単に「悠悠自適」に近い意味だとしておく.
 同期入社の友人諸君の中で,退職後の趣味を現役のときから準備していた男A君がいる.彼の趣味は日曜百姓 (註*)であった.会社員時代は休日に農作業をしていたから,日曜百姓でいいのだけれど,会社員を辞めたあとは毎日が農作業であるわけで,これを日曜百姓と呼んでいいものか.
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(註*) 家庭菜園という言葉もあるけれど,それは自分ちの庭で小松菜とかそんなものを植えて,採れた菜っ葉をお浸しにして晩酌の酒肴にしているのだと思う.
 カントリーなエプロンをした素敵な奥さんがプランターでバジルを育て,今日の夕ご飯はこのバジルで何を作ろうかしらウフなんてのは,家庭菜園以下の規模だ.
 彼の場合は耕作面積がかなり広い.耕運機も所有している.
 その畑には高いポールを立て,農作業を始めるときに日の丸をするすると掲げて国歌斉唱し,日没にはまた日章旗をおろして家路につく.これだけでも人を驚かせるに十分なので,これが旭日旗だったらお巡りさんが巡回にくるところである.
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 閑話休題.
 歴史学の門外漢である私たちにとって百姓とは,専業あるいは兼業農家を指す.ところが元々は,百姓は農家以外の多種多様な職業を含むものだということを,私たち一般人にもわかりやすく示してくれたのが網野善彦だった.
 しかるに Wikipedia【百姓】は,それは網野なんぞの業績ではないという立場で書かれているので,網野善彦の名は脚註に一行あるだけだ.「ノート」タグを見ると議論の最後は2006年で,それ以後誰も,【百姓】項目から網野の名を排除することに反対していない (この項目の執筆者がかなり強硬そうな人だからか) から,それは専門的には,そういうことなんだろう.まあいいや.

 でも学問の外に生きていた私の親の世代の庶民は,百姓を農家だと考えていたと思う.新潟の現在の五泉市の南部の山奥,三条市の東隣にかつて中蒲原郡村松町 (吸収合併で消滅) があり,父はそこの農家の生まれ育ちだったので,百姓の倅と自称していた.ただし長男ではなかったから,学歴は尋常小学校卒で,口減らしのために海軍に入り,敗戦時は兵曹長という位で終わった.
 母は佐渡島の相川からさらに南に下ったところの貧しい漁村の生まれで,漁師の娘とは言ったが,自分を百姓の娘だとは言わなかった.
 つまり百姓の仕事は農作業であって漁労ではなく,百姓とは農作業をする人のわけだ.

 さてA君は毎日農作業をしているが,農業で生計を立てているのではないから,農家ではない.「日曜農家」ではそもそも日本語の意味をなさない.
 日曜百姓を始めた頃は,収穫を自家消費したり隣人知人に配っていたのだが,最近は道の駅で芋や野菜その他の直売を始めたらしく,これはもうどう呼んだらいいのかわからない.

 同様のことが日曜大工にもいえる.

(続く)

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