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2014年10月 6日 (月)

行商

 昨日,七味売りの行商のことを書いたが,七味売りに限らず,昭和三十年代は色んな行商が姿を消していった時代であった.
 私が覚えているところでは,七味売りのほかにポン煎餅屋,べっこう飴屋,蒸しパン屋がきて,食い物以外では包丁研ぎ屋,鍋の修理屋 (傘の修理もした) などがやってきた.
 豆腐売りは毎朝毎夕,ラッパを吹きながら必ずやってきたが,これは店舗を構えて昼間営業している豆腐屋が朝夕の時間帯を見計らって自転車の荷台に豆腐と油揚げなどを載せて売りにくるのだから,純然たる行商ではなかった.
 似たようなものだが,納豆は朝しか売れないものであったせいか,納豆売りは無店舗販売だったと記憶している.
 その他には,私が育った町内だけのことかも知れないが,八百屋の行商もリヤカーで毎日きたのが懐かしい.

 数か月に一度の不定期訪販では,新潟県から県境を越えてかつぎ屋のおばちゃんがやってきた.東京に千葉からかつぎ屋のおばちゃんが来るのと同じだ.
 このおばちゃんたちは農家の人で,農閑期になると一斗缶に味噌や笹飴,あられなどの手作り菓子を入れたのを二缶から三缶,背負子にくくりつけてやってくるのだった.私の両親は新潟県の出身だったから,新潟のかつぎ屋がくると必ず味噌を買った.もちろんその味噌は工場製品を仕入れたものではなく農家の副業製品で,大層おいしいものであった.

 上述の行商のパン屋というと「ロバのパン屋」が有名だが,うちの町内にやって来る蒸しパン屋が株式会社ビタミンパン連鎖店本部の加盟業者だったかどうかは,わからない.
 最近はあちこちで無店舗販売のパン屋が商売していて,これが本格的なパンでかなりおいしかったりする.
 来月,今まで留守にしていた自宅に引っ越すのだが,その町内にも移動販売のパン屋が週に一度回ってきた.話を聞くと,いつかは自分の店を構えたいが,それまでは移動販売で資金をためるんだという.私はこういうパン屋を好ましく思うくちである.そのパン屋ではアップルパイが抜群においしくて,あれがまた食べられるんだなあと少し嬉しい.

 行商ではないが,オリエンタルカレーの試食宣伝車がきたこともあった.
 コカコーラも,日本上陸のときは試飲宣伝車が全国を走った.あれを覚えている世代も,もうすぐ会社の定年かも.

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