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2014年10月 4日 (土)

カウボーイとアルミニウム

 先日の記事「西部開拓豆料理」に書いた,1960年代に放送された懐かしのテレビ映画『ローハイド』のことについて.

 劇場公開の西部劇映画で,登場人物の食事シーンがあるかどうかと言われると全くわからないが,テレビ映画『ローハイド』では,料理係であるウィッシュボーン爺さんが作る豆料理をカウボーイたちが食べるシーンはよくあった.
 私自身は観ていないが,『ローハイド』は最初の放送のあとも何度か再放送されたのだそうで,だから『ローハイド』に登場する豆料理について思い出をつづるブログは,探せばたくさん出てくる.そして先日は書かなかったが,それらのブログの記事のいくつかで,気になる記述がある.

 一例だが,《立ち呑み日記 》と題したブログには,次のような記述がある.
「豆が煮えたぞ」と、二、三人のカウボーイが、あつあつを各自のアルミの皿にとり、辛さと幸せが入り混じったような顔で、フハフハ口に運ぶんです。

 ここで何が「気になる記述」かというと《アルミの皿》である.

 西部劇の時代がいつだったかなんて言うまでもないのだが,Wikipedia【ローハイド】から以下に引用する.

あらすじ
南北戦争後の1870年代のアメリカ西部を舞台に、テキサス州のサンアントニオからミズーリ州のセタリアまで3000頭の牛を運ぶロングドライブを描く。

 一方,Wikipedia【アルミニウム】にはこう書かれている.

19世紀後半 - 電気精錬の手法が進歩するが、肝心の発電、送電技術が未熟であり、生産性は依然として低いままであった。
20世紀中〜後半 - 大規模で効率的な発電所の建設が可能になるとともに、送電システムが確立された。大規模な電気精錬が行えるようになり、大量生産が可能となった。

 また Wikipedia【ナポレオン3世とアルミニウム製品】にはこうある.

当時、アルミニウムは「粘土からの銀」 (silver from clay) ともいわれるほど貴重な金属で、混じりけのないアルミニウムは金よりも高価であり、ナポレオン3世はアルミニウムに魅了され、アルミニウム製品を愛好していた。自分の上着のボタンや、子供のおもちゃをアルミニウムで作ってもいた。

1855年、フランスのパリ万国博覧会において、ナポレオン3世が後押ししたアルミニウム製造会社の「アルミニウム棒」が、宝石がちりばめられた王冠に並んで、万博会場の特別陳列室に展示もされた。1867年の万国博覧会でもアルミニウム製の豪華な「扇」が展示されている (これは、のちにスミソニアン博物館に収蔵された)。

 つまりアメリカの西部開拓時代には,アルミ食器は王侯貴族の使う食器だったのである.カウボーイたちが《あつあつを各自のアルミの皿にとり、辛さと幸せが入り混じったような顔で、フハフハ口に運ぶんです》などということはあり得ないのである.

 カウボーイたちの食器をアルミ製だと書いているブロガーたちは,なぜそんな誤解をしているのか.おそらく現代の私たちにとってアルミ食器はほとんどアウトドア製品だからかも知れない.
 それにしても,と思う.《あつあつを各自のアルミの皿にとり、辛さと幸せが入り混じったような顔で、フハフハ口に運ぶんです》と書くときに「そんな昔にアルミニウムなんてあったのかしら」と,どうして疑問に思わないのだろう.アルミニウム製錬が近代工業であることは中学校で勉強する知識なのに.

 で,カウボーイの食器がアルミでなかったらなんなのよ,と言われたら私は真鍮だったと答える.「西部開拓豆料理」にも《カウボーイたちも「また豆か」と言いつつ,真鍮の皿をカチャカチャいわせながら豆を食うのであった》と書いた.

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