« 屋台のDNA (八) | トップページ | 屋台のDNA (九) »

2014年10月20日 (月)

屋台のDNA 番外 「(七)の補遺」

「屋台のDNA (七)」では,話が蕎麦屋から逸れて集団就職のことになってしまったのだが,さらに補遺を付け足さねばならないことがある.

 Wikipedia【集団就職】を記述・編集した若い人たちにとって昭和の中頃は話に聞いただけの遠い時代のことなのであろう.これを書いたのはおそらく昭和史の専門家ではないと思われ,時代感覚が十年くらい実際とずれている.また地方と東京などの都市部とを区別せずに述べているなど,この項目には大きな問題がある.

 例えばこの項目の[概要]の節に,
特に1970年(昭和45年)頃までの地方では、生計が苦しく高等学校などに進学させる余裕がない世帯が多かったので、子供が都会の企業に就職することで経済的にも自立することを期待して、都市部の企業に積極的に就職させようとする考えが、保護者にも学校側にも存在した。こうした状況の下、中学校も企業の求人を生徒に斡旋して集団就職として送り出した
とあるが,これは事実に反する.

 というのは,昭和三十年代に義務教育を受けた子等の親たちの大半は,尋常小学校や戦時中の国民教育しか受けておらず,それがために多くの庶民大衆は,自分たちの食うものを減らしてでも子供に学校教育を受けさせたいと願っていたからである.
 行政も社会の機運もこれに応じ,団塊の世代が高校進学年齢を迎えた昭和三十七年頃から,公立高校の教員増と定員大幅拡充,私立高校の新設が相次いだ.その結果,団塊の世代の学歴は高校卒が中心となったのだ.
 日本育英会の存在も極めて大きかった.昭和三十年代の終わり頃,経済的事情で高校進学が困難な家庭に対しては,中学校側は熱心に説得をした.これからは高校卒の時代だ,奨学金をもらってなんとかしようではありませんかと.
 こうして貧しく生まれ育った姉と私は育英会奨学金を受けて高校に進学した.

 私が高校に進学した昭和四十年頃には,大学教育の一般化,大衆化が始まろうとしていた.高校の教師たちは親たちを説得した.これからは大学卒の時代です,アルバイトと奨学金があればなんとかなる,なんとかしようではありませんかと.姉は大学進学を諦めたが,私はアルバイトと育英会奨学金を受けながら,なんとか大学を卒業した.これが昭和四十七年だが,この時には既に大学院進学の一般化が目前化していた.私が出た大学 (農学部) では,同じ年の卒業生の半数が大学院に進んだ.私はこのとき,自分の食うものを減らしてでも自分の子は大学院に進ませると強く決めた.私の親が私にしてくれたのと同じことをしようと決めたのである.
(私自身も学部卒業の十年数年後に,社会人優遇制度を利用して修士課程をとばして博士課程に入り,学位を取得した.学位を得たとて,もう研究者への途は閉ざされていたのだが,それでもなにがしかの学問をしたという慰めを得ることはできたのだった)

 Wikipedia がいう《特に1970年(昭和45年)頃までの地方では、…… 都市部の企業に積極的に就職させようとする考えが、保護者にも学校側にも存在した》は大嘘だ.地方における昭和三十年代の中学教師たちは,教え子を高校に進学させたいと強く願い,親たちもそれによく応えたのである.
 貧しい家庭に生まれ,しかしのちに功成り名遂げた著名人が,教師から私的な経済援助を受けたという話を聞くことがある.ノート一冊であれ鉛筆一本であれ,昔の教師はそのようなことをしたのである.
 こうして昭和四十年代に入ると急速に集団就職は終焉に向かったのだった.

 付け加えると,集団就職の終焉と高校進学の一般化には,「団塊の世代」という条件が大きく影響した.
 団塊の世代が高校時代を終えると,そのすぐ下の世代は人数が急速に減少し,そのため公立も私立高校も定員過大の状態となった.昭和四十三年以降,私立高校の中には定員割れする学校も発生するようになり,ここに至って高校のほぼ全入が達成されたのであった.

 

 もう一つ,【集団就職】項目の[要因]から引用する.
教育学的要因の進学率の問題では、昭和30年代~昭和40年代(当時)では、中卒者の高校進学率は半数程度であり、「義務教育卒業ですぐ就職することが当たり前」の社会であって、「高校・大学は中流階層の通う上級学校」とみなされていた。高校進学相応の学力を有していても、家庭の事情や経済的な理由で進学を諦めることも多かった時代であった。また学力の問題だけでなく、当時は兄弟数や子供数が多い農家や貧困家庭が多かった
は,昭和の高度成長期二十年間を一まとめにしているが,粗暴粗雑な議論としかいいようがない.

 ここまで真っ赤な嘘を書くから,文献の一つも示すことができないのだ.私にはこの Wikipedia【集団就職】を編集する義理はないが,職責上,この項目につきあう必要のある,そしてこれを正しく編集するに十分な資料を持っている,大学の教員養成学部の教員は何をしているのか.未だ当事者たちが存命している時代の姿が歪曲されようとしているのを黙って見ているのか.怠慢である.

|

« 屋台のDNA (八) | トップページ | 屋台のDNA (九) »

食品の話題」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 屋台のDNA 番外 「(七)の補遺」:

« 屋台のDNA (八) | トップページ | 屋台のDNA (九) »