屋台のDNA (九)
気を取り直して「蕎麦つゆ」だ.
前にも書いたように,蕎麦屋では醤油,砂糖,味醂,日本酒などを煮て「かえし」をつくり,これを出汁で希釈して蕎麦つゆとする.
基本的には,盛り蕎麦や蒸籠蕎麦などのつけ蕎麦類では希釈率が低く,かけ蕎麦類では,つゆをそのまま飲めるように希釈率を高くする.
純蕎麦屋 (普通の蕎麦屋) の場合,「かえし」のレシピは蕎麦屋ごとに工夫がなされ,それが暖簾分けによって伝承されていくのだろうが,店の系統ごとにそれほどの違いがあるわけではない.蕎麦好きの作家文人の書いたものでも,蕎麦の麺としての品質に言及しても,蕎麦つゆについて評論がされないのはそのためであろう.
一般家庭ではどうか.古い話から始める.
かつて私が幼少のみぎり,母親から習ったやりかたでは,まず鍋に出汁を作る.
母は佐渡の漁師の家に生まれ育ったせいか,干した魚の出汁しか作らなかった.実家からトビウオの干したのが送られてくれば大切にそれを使うが,普段はカタクチイワシの煮干し一辺倒であった.
理由は,安価だからである.
昭和二十~三十年代の一般庶民の家庭において,鰹節 (本節) は盆暮れの贈答にも用いられるハレの食材であった.
もちろん貧しい我が家に本節を贈ってくれる人がいるわけもなく,正月の朝,雑煮を拵えるために削るのは荒節だった.(鰹節削り器は刃物であるためか,削るのは父親の仕事で,私は父から削り方を教えられたが,こっちを向いた刃が怖くて,長じてから削ったことはない)
それはともかく,日常の食事で乾麺類を食うときには,煮干しで出汁をとった.その出汁に濃口醤油を加えて,だいたいの塩加減に調整し,味醂で仕上げる.たったこれだけで,砂糖も酒も使わなかった.
大昔も昭和のその当時も,一般家庭では食事に作ったものは食い切ってしまうのが原則であった.残ると保存に困るからである.従って,あらかじめ作っておいた「かえし」を出汁で薄めて蕎麦つゆにするというのは,蕎麦屋の仕事なのであった.
(続く)
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