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2014年10月28日 (火)

バターがない

 食料自給率は,国内で消費される食料が国産の農水産物でどの程度賄われているかを示すものだ.自給率の計算方法は複数あるが,カロリーを基に計算したものを政府は政策目標に使用している.そのため,報道で私たちの耳に入りやすいのは,このカロリーベースの自給率である.
 しかし,国内の牛豚,家禽の肉や鶏卵は,輸入農産物から製造される飼料で育てられることが大半であるため,国内で生産されたものでも国産には含めない.生乳もバター,チーズも同様である.

 その結果,これらの食品の生産事情がどうなっているかが私たちにわかりにくいのだが,最近の報道によれば,小売店の店頭からバターが払底しているという.国内で作られる生乳の生産量が減少しているためである.
 ニュースサイトの記事も,テレビのニュースショーでも生乳の生産量減少の理由の一つとして,酪農家の高齢化と経営状況の悪化により,酪農農家そのものが減少していることを挙げている.テレビも新聞も異口同音にそういっているところをみると,話の出所は農水省だろう.

 だがそれは本当か.
 酪農農家の減少は事実だが,いま問題になっている,バターが小売店の棚から消えているのは,ここ二ヶ月ほどの現象だ.酪農農家減少は,生乳生産量減少の長期的トレンドとして現れているのだが,テレビは,この夏場に酪農家が一気に老けて,急速に高齢化したとでもいうのか.

 またテレビの報道番組では,あと二つの理由を挙げていた.
 一つは,アベノミクスによる円安で,輸入に頼っている飼料原料が高騰しているからであるという.これも,アベノミクスによる円安が今夏から始まったとでもいうのだろうか.それに,飼料が値上がりしても,酪農家が牛を餓死させて生乳生産量を調整するはずがないではないか.

 もう一つ,牛が夏バテして乳がでないとも言っていた.しかしこれだって毎年のことだ.夏には生乳生産量が落ちるのである.

 では夏場に国内の生乳生産量が落ちたとき,行政的に乳製品の安定供給はどうするかというと,バターなどを輸入して調整することになっている.今の現象は,意図的か失敗か知らぬが,その調整が遅れた結果なのである.
 農畜産業振興機構は,毎年度に生乳換算で13.7万トンの乳製品を輸入しているが,生乳生産量減少トレンドを踏まえて,今年度は年末に需要が増加するバター7,000トンの追加輸入をしていた.
 ところがこれでは足りないことが判明し,さらにバター3,000トンと脱脂粉乳1万トンの追加輸入を実施することを決定した.農畜産業振興機構は10月に入札を行い,2015年3月末までに順次輸入して国内需要者へ供給する.
 つまり,需要見通しの誤りでバターが店頭からなくなっているのであるから,直接の当事者,責任者である農水省の説明を鵜呑みにして垂れ流すことに何の意味があるかということだ.農水省に需要予測を誤らせた本当の原因は何か.そこを調査報道しなくてどうするのだ.

 テレビのニュースショーを見ていたら,若い局アナがしたり顔に上記の三つの理由を説明し,それを聞いた司会者の堀尾正明がわかったような顔でふむふむと頷き,女性コメンテーターが「私も子供を産んだからよくわかるけど,ストレスで乳の出がわるくなったりするんですよ~」などと能天気なコメントをしていた.
 そこらの中学生でもヘンだと思うような説明を聞いて納得していた堀尾もコメンテーターも,みんな中学生以下だ.この連中は年収数千万円だと思うが,こんないい加減な仕事でギャラを稼いで,視聴者に申し訳ないと思わないのか.情けない.

 それはそうと,味を売り物にしている小さなベーカリーでは,パンの副原料である油脂にバターを使用することが多い.規模の大きなベーカリーではきちんと在庫を持っているが,街の小さなパン屋さんではこんな時のための在庫なんて用意していないから,業務用バターが入手困難になってあわててスーパーに走ったが,家庭用バターもなくて手に入らず,やむを得ずリッチな処方のパンの製造を控えているという.
 リッチというのはパン用語で,牛乳,卵,バターなどの油脂を多く含むパンをいう.一般的にリッチなパンは副原料の効果で甘みがあり,ふっくらと焼きあがる.リッチの反対はリーンという.リーンは貧しいという意味だが,おいしくないということではない.しかし食感の老化は大変早い.リーンなパンの代表は各種のフランスパンである.

 戦後,ララやユニセフや,その後の海外からの食糧援助でかろうじて学校給食が継続された時代,給食のパンといえばコッペパンだった.そのコッペパンは,米国産小麦粉に同じく米国から援助された脱脂粉乳を加えて焼いたものだった.
 米国からの船便で輸送されてくる小麦粉と脱脂粉乳は,分厚いボール紙でできたドラム缶に入っていた.この荷姿を記憶している人も多いだろう.そしてこの紙ドラム缶は政府からそのまま各小学校に支給された.
 政府支給品が届けられた小学校は,地域のパン屋に小麦粉と脱脂粉乳を原材料支給で,つまり加工賃を払って焼いてもらうのだった.

 なにしろ乏しい給食運営費で焼くパンだから,リッチなパンにしたくてもできない.申し訳程度にわずかなマーガリンを加えただけの給食のコッペは,リーンといえばこの上なくリーンなパンだった.だからすぐに老化した.翌日にはパン粉が作れるくらいに固くなった.

 作った食べ物は必ず食べきる.うまいとか,まずいとか言わない.残さない,捨てない.これが戦後の,昭和中期の時代精神だった.
 どれだけ乏しい材料費のリーンなパンであっても,焼いた以上は児童全員必ず食う.脱脂粉乳の嫌いな子は泣きながら一椀のミルクを飲み干した.
 風邪などで休んだ児童がいれば,おかずはクラスのみんなで分けて食べるしかないが,その児童の家庭は給食費を払っているわけだから,コッペパンは各家庭に届けるのが当然だった.
 コッペは固くなってしまうので,その日のうちに届けなければいけない.
 それで担任の先生は,休んだ子の家の近所の子に,コッペパンを持っていってあげなさいと指示する.指示された子は,パンをワラ半紙に包み,ランドセルの横に結び付けた白い袋に入れて,放課後の遊びもそこそこに下校して,友達の家まで夕日の中をとぼとぼ歩いていくのだった.

 はい,「縫い物」(10/26)と「バターがない」(10/28)を同じ話でまとめてみました.

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