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2014年9月 3日 (水)

昔ながらの

 昭和元年生まれで,若くして亡くなった私の母親は料理音痴であった.
 無理もない.佐渡島の寒村に生まれ,尋常小学校を出たあと生家の食い扶持を減らすために新潟の海軍病院で看護婦見習いとなり,戦時中,敗戦直後の食糧難を生きた女である.彼女に料理を教えてくれる人もいなければ,食材にも不自由な時代であった.

 しかしその料理音痴の母が三人の子供たちのために何度か拵えた菓子がある.ドーナツだ.
 弟は幼くて見ているだけだったが,小学生の姉と私は作る手伝いをした.
 そう,手伝った記憶はあるのだが,生地をドーナツの形にする抜き型に何を利用したのかが思い出せない.専用の抜き型なんかない時代のことである.もしかすると茶筒であったかも知れないのだが,完全に忘れてしまった.

 レシピについても記憶がほとんどない.
 昭和三十年代の我が国におけるドーナツがいかなるものであったか,文章では表現しにくいが,かつてミスタードーナツが販売していた「ホームカット」に似ている.
 「ホームカット」は既に廃番となって久しく,コンビニやスーパーの菓子売場にある袋入りリングドーナツは妙にじっとりと油じみていて,表面にシロップがしみ込んだような食感であり,ふんわりとした「ホームカット」の類似品は見当たらない.
 なぜミスドは「ホームカット」を廃番にしたのかといえば,当然だが売れなかったからであろう.ミスドの主な顧客層である女性が,オールドファッション系のバサバサとか,フレンチクルーラー系のサックリや,最近はやりのもっちりした食感を好むからかも知れない.ここらはミスドの担当者に訊いてみたいが,あいにくミスドに知り合いがいない.

 さて昔ながらのドーナツのことを思い出した私は,ネットでドーナツのレシピを種々調べたところ,『栗原はるみのミルクデザートレシピ 母ドーナッツ』なるコンテンツに行き当たった.
 そこにはこう書かれている.
もともとは私が母から教わったレシピなので、こう呼んでいます。

 栗原はるみさんは昭和二十二年生まれの六十七歳.私の姉とは一歳違いであり,《私が母から教わったレシピ》ならば,これはドンピシャリの的中である.

 その栗原はるみさんが母上から教えられたというレシピによれば,材料は卵2個,砂糖80g,牛乳60cc,バター大さじ3,薄力粉250g,ベーキングパウダー小さじ2,塩小さじ1/3である.これにあとは揚げ油と仕上げ用の砂糖を適当量だ.実を言うと小麦粉の品質がここで問題になるのだが,現在市販の薄力粉で,当時の小麦粉を代替できるということを栗原さんが確認してくれたわけである.ここがキモなのでたいへんありがたい.
 レシピの前書きに《とてもやわらかい生地ですが、驚かないでください。このやわらかさがふわっとしたおいしさです》とあり,画像からも,そのフニャーっと垂れるようなやわらかさが見て取れる.
 これだこれだ,これこそが昭和三十年代の我が国におけるドーナツなのであった.レシピを伝え残し,昔のドーナツはこういうものだったと若い人に伝承できるとすれば,私たち年寄りは栗原はるみさんの母上に感謝せねばなるまい.

 ところで不思議なのは,料理下手であった私の母が,なぜドーナツなどというハイカラ (死語) なものの作り方を知っていたかである.
 これについて調べてみると,昭和十二年刊行 (最初は明治に発刊され,昭和十二年のものは復刻版) の日本軍の『軍隊調理法』に甘味品としてドーナツの製法が記載されていることがわかった.
 この『軍隊調理法』の甘味品には,ドーナツの他に「すいとん甘から煮」が入っているという.それで思い出したのだが,この「すいとん甘から煮」も母が作ったものを食べた記憶がある.きっと彼女は戦争中の新潟海軍病院勤務時代にそれらを習い覚えたのであろう.私はこれまで母のドーナツや「すいとん甘から煮」の再現を試みたことはないが,姉は作ったことがあるかどうか,今度帰省した折にでも訊いてみよう.

20140902misdoa
 話かわってミスドの現行商品だが,私にはオールドファッションしか食べるものがない.あとはいかにもアメリカンに甘すぎてくどい.国民の四人に一人が高齢者になるというこの時代であるからして,ミスドの開発担当者には「昔ながらの」をこれからの商品開発コンセプトにしてもらいたい.品名は「昔ながらのドーナツ」だ.スーパーの惣菜売場にいくと,たいてい「昔ながらのコロッケ」と称するコロッケがあるが,それと同じである.どっちも揚げ物だし.あーかなり違いますか.そうですか.

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