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2014年8月 6日 (水)

金商売 あ違う錦松梅だ

 朝日新聞DIGITAL (8/5) に《ふりかけで知る、近代の歴史「旅行の友 復刻版」》と題した記事が掲載されていた.
 この記事によると,第一次世界大戦の最中に日本軍は,広島県広島市の田中食品に,日持ちして栄養価の高い携行可能な食品の開発を要請した.これに応えて田中食品が作った製品が「旅行の友」であり,いまも「旅行の友 復刻版」が販売されているというわけだ.

 田中食品のサイトでは,会社沿革の中で次のように書いている.
1916 (大正5) 年 呉海軍御用達 海軍需要部納入
          ふりかけ「旅行の友」発売

 ところが Wikipedia【ふりかけ】には次のように記載されている.
ふりかけの起源については、美味滋養を目的として大正時代から昭和初期にかけて数ヶ所で考案されたといわれており、業界団体の全国ふりかけ協会では、熊本県で売り出された「御飯の友」という商品を、ふりかけの元祖として認定している。小魚を尻尾も内臓も問わず粉砕して、一種の栄養補助食品と成したことで軍隊でも重宝された。子供のための食べ物になったのは、戦後しばらくしてのことである。

 その熊本県の「御飯の友」についてはこう書かれている.
大正時代の初期、日本人にカルシウムが不足していた最中、熊本の薬剤師吉丸末吉が、カルシウムを補うため、魚の骨を粉にして御飯にかけて食べるという、まったく単純な発想にたどりつき「御飯の友」を開発した。その後、1934年(昭和9年)に「御飯の友」の製造販売を二葉商事(現在のフタバ)が引き継いでいる。業界団体「全国ふりかけ協会」がふりかけのルーツとして公認している商品であり、主原料がいりこであるところが一般のふりかけと異なっている。

 ついでにフタバのサイトも挙げておく.同社は「御飯の友」がふりかけの元祖であると明記している.

 さて,「ふりかけの商品名を一つ挙げてください」と言われたら,私たち爺いや婆あの九割は丸美屋の「のりたま」と答えるんではあるまいか.
 同社サイトでは以下のように素っ気なく書いてある.
昭和35年1月 「のりたま」を発売
 昭和39年2月 エイトマンシールを封入した「のりたま」「すきやき」が大ヒット

 団塊の爺い婆あが小学生の頃,一般論として,ふりかけは貧しいおかずを補完する食品だった.ふりかけだけでご飯を食べることもあった.色も地味な茶色で,ビンボーという言葉がちらりと脳裏に浮かぶ,そんなアイテムであった.
 ところが,この暗い暗いふりかけ界に突如現れて大好評を博し,ふりかけ界を明るい黄色のイメージに塗り替え,その後も長らくふりかけのドンとして君臨したのが「のりたま」だった.その「のりたま」に対して,これではあまりにも簡単に過ぎるのではないか.
 と思ったら特設ページがあった.
 これを見ると昭和三十五年の発売以来,パッケージに描かれたニワトリの絵柄は変遷を続け,現在は四年前からのもので,親鶏とヒヨコたちが,更にかわいくなっているのである.超ロングラン商品にしてなお改善を怠らぬ企業姿勢がすばらしい.どうだ.驚いたか.驚きました.感心しました.

 しかしながら,である.
 茶色なのに暗くないふりかけがある.言わずと知れた錦松梅だ.
 株式会社錦松梅のサイトに書かれているが,錦松梅の発売は昭和七年.商売の始まりは丸美屋と大差ない.なのにその価格は桁が違う.なぜか.わざわざ答えるまでもなく,要するに株式会社錦松梅は食品を販売しているのではない.高級感という空気のようなものを売っているのである.
 ざっと計算してみると,本体価格五千円 (260g) の錦松梅は,中身は千五百円以下である.つまり容器の有田焼が三千五百円以上もするのである.こんな食品は他にないと断言していい.
 その三千五百円以上もする有田焼の仕入れ価格はいくらか.これはデータがないからわからない.しかしあの,中身を食べ終わったら使い道のない陶製容器だけを何千円も出して購入する阿呆がいるとも思われぬ.その程度の品位の容器である.

 実は中元に到来した有田焼容器入りの錦松梅が私の食卓に鎮座している.あ~あ,無駄遣いってこのことだよな,袋入り本体価格五百円のものを三つ頂ければそれでいいのにと,これを贈ってくれたかたには申し訳ないが,そう思ったので以上つらつらと書いてみた次第である.

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