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2014年4月29日 (火)

いつの日か殺処分が (三)

(前の記事の続き)

 佐治は自分の土佐犬に,狂犬病予防法で義務付けられた飼い犬登録をしていなかった.
 従って狂犬病の予防注射も受けさせていなかった.
 犬の飼い主の責務を端から無視していたのである.
 そのような男であるからして佐治は,土佐犬に人を襲わぬ訓練をせず,命令語とリードでコントロールすることもせず,白老の海岸で犬を放し,犬は橋場さんを殺害した.佐治の行為は過失にあらず.未必の故意というべきである.
 しかも佐治は,犬を自宅に連れ戻り,犬の口についた血をぬぐって証拠隠滅を図った.
そしてあろうことか,その後,殺害現場に戻って第一発見者を装い,テレビ報道の取材にも第一発見者として平然とインタビューに応じた.悪鬼の仕業というしかない.
 佐治の逮捕後,佐治が飼っていた三頭の土佐犬のうち,橋場さんを殺害した二頭は殺処分された.(*)

(*) 北海道新聞(4/24) から引用
橋場さんを襲った土佐犬2匹は、佐治容疑者の申し出で既に苫小牧保健所が殺処分済み。白老町によると、残る1匹は同町内に住む佐治容疑者の知人に譲渡されているという。

 一部の新聞報道に《(佐治は) 周囲を十分に確認せずに引き綱を放した結果》(毎日新聞) などと書いているものがあるが,確認しようがしまいが,訓練されていない犬をリードから放していいわけがない.
 もしも佐治の土佐犬が,佐治ではないまともな飼い主に飼われていたなら,橋場さんは殺害されることはなく,犬も殺処分されることはなかったのである.
 新聞報道に《佐治容疑者の申し出で既に苫小牧保健所が殺処分済み》とあるが,この事件が起きずとも,いずれ佐治は獰猛に育ててしまった犬を飼いきれぬようになり,保健所に殺処分してくれと持ち込んだであろうと想像するに難くない.
 佐治は,愛犬家ではなかった.犬好きの皮をかぶった犬殺しであった.そして人殺しになった.
 街中で見かける「リードをつけずに小型犬を散歩させている飼い主」「公園で犬を走り回らせている飼い主」「リードを長く持ち,自分より前で犬を歩かせている飼い主」「周囲をよく確認してから犬のリードをはずす飼い主」等々.
 これらはすべて佐治清である.犬の飼育が手に負えなくなれば,保健所に飼い犬の殺処分を申し出る犬殺しの予備軍である.

 環境省の資料 (平成二十四年度) によれば,保健所に飼い主が持ち込んだ犬の数は成熟個体が13,945 ,幼齢個体が2,806であり,捕獲された犬は成熟個体が44,494,幼齢個体が10,398であった.
 飼い主に戻された16,157と譲渡された17,112を引いて,殺処分された犬は38,447である.
 十年前に比較すれば激減しているとはいえ,いまだに毎年これだけの犬が殺処分されている.
 言い換えれば,

動物の愛護及び管理に関する法律
第七条 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者として動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。
2 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を払うように努めなければならない。
3 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物の逸走を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
4 動物の所有者は、その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する上で支障を及ぼさない範囲で、できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること (以下「終生飼養」という。) に努めなければならない。
5 動物の所有者は、その所有する動物がみだりに繁殖して適正に飼養することが困難とならないよう、繁殖に関する適切な措置を講ずるよう努めなければならない。
6 動物の所有者は、その所有する動物が自己の所有に係るものであることを明らかにするための措置として環境大臣が定めるものを講ずるように努めなければならない。

の違反者が毎年何万人もいるということである.
「動物の愛護及び管理に関する法律」は法律なのだから,国はこの問題を自治体まかせにせず,対策 (例えば第七条の努力規定をもっと厳しくするとか,犬種によっては第二十六条[特定動物の飼養又は保管の許可]を適用するなど) を講ずるべきではないか.

 人類の同族は,私たち現人類を除いてすべて滅んだ.
 この孤独な生き物に,神は太古の昔,犬を友として与え賜うた.
 だがその同伴者が,この国で毎年数万頭も殺処分されている.
 殺しているのは保健所ではない.他ならぬ犬の友たるべき飼い主なのである.

 だがその一方で,犬や猫の殺処分を減らすために活動している人々がいる.
 被災したり,遺棄されたり虐待されたりなどした犬猫を保護し,あるいは保健所から引き取り,個人で資金負担をしてでも,新しい飼い主に譲渡する運動を続けている人々や団体には本当に頭がさがる.
 今の私は直接その活動に参加できないが,せめて資金支援を続けていきたいと思っている.

[関連記事]
いつの日か殺処分が (一)
いつの日か殺処分が (二)

うちのプー子 (仮名 七歳)
0429dog

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