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2014年3月31日 (月)

茶飯

 昨日の記事に書いた静岡の蕨餅に続いて,地方によって同名の料理で内容が異なる例を挙げる.

Wikipedia【奈良茶飯】
元来は奈良の興福寺や東大寺などの僧坊において寺領から納められる、当時としては貴重な茶を用いて食べていたのが始まりとされる。本来は再煎(二番煎じ以降)の茶で炊いた飯を濃く出した初煎(一番煎じ)に浸したものだった。
日本の外食文化は、江戸時代前期(明暦の大火以降)に江戸市中に現れた浅草金竜山の奈良茶飯の店から始まったと言われている。これは現在の定食の原形と言えるもので、奈良茶飯に汁と菜をつけて供され、菜には豆腐のあんかけがよく出された。これにより、奈良茶飯は、関西よりもむしろ江戸の食として広まっていった。

 井原西鶴の『西鶴置土産』(1693年) に次のようにある.

「近きころ 金竜山の茶屋に 一人五分づつの奈良茶を仕出しけるに うつは物のきれいさ色々調へ さりとは末々の者の勝手の能きことなり」

 また柏崎永似『事跡合考』(1746年) にはこうある.

「明暦の大火後 浅草金竜山門前の茶店に 始めて茶飯 豆腐汁 煮染 煮豆等を調へて 奈良茶と名づけて出せしを」

 江戸では,奈良茶飯ではなく奈良茶と呼ぶのが普通だったらしい.
   [以上は,酒井伸雄『日本人のひるめし』(中公新書)による]
 そして江戸の奈良茶飯は,茶で炊いただけの本来の茶飯ではなく,塩または醤油で調味した飯だった.
 このことについては,有名な江戸期 (文化文政の頃) の料理書,風羅山人の『料理献立早仕組』にこのように書かれている.

奈良茶飯
 いかにもよきせんじ茶をとくとせんじて飯の水かげんにして焚こと世にしれるごとくなれども 塩にて味を付けたるは悪し たとえば壱升の飯なれば中盒に醤油一はい酒一はい入て焚べし 風味格外なり

 ところが『料理献立早仕組』には茶飯の記述もあって,それは以下の通りである.

茶飯
 常の焚干食
(江分利万作註;白飯のこと) をさらさらとたきて 釜より少しづつうつしながら挽茶をむらなくふるべし あまり多きはあしく汁はうすしやうゆ塩梅あるべし

『料理献立早仕組』に書かれている江戸の茶飯は抹茶をまぶした飯であったわけだが,これは『事跡合考』の記述と,つじつまが合わない.
 いったい浅草金竜山門前の茶店で出した料理は,『料理献立早仕組』にあるところの茶飯だったのか,あるいは奈良茶飯だったのか.

 ま,いずれにせよ江戸の奈良茶飯=奈良茶は,最初から本家奈良の奈良茶飯とは別物であったことが知れる.

 この江戸の奈良茶が,いつしか茶で炊くのを省略されて只の醤油味に炊いた飯となり,今の東京のおでん屋で供される茶飯になるわけである.

 料理名のことは歴史的な事情があって一筋縄ではいかぬ.
 どうか主婦連の皆様,「東京のおでん屋の茶飯が,お茶を使用していないのに茶飯と称するのはけしからぬ,偽装だっ」などと仰らぬようお願いいたします.

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