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2013年12月24日 (火)

上州名物水沢うどん

 吉永南央さんの『紅雲町珈琲屋こよみ』シリーズで,主人公の草お婆さんが経営する和食器屋は,高崎市がモデルと思しき北関東の地方都市にあり,町の名は紅雲町という.
 紅雲町という町名は高崎市の隣の前橋市に実在する町名である.
 もう昭和の中頃の昔話だが,その紅雲町にある名刹龍海院の敷地のすぐ近くに,小さなうどん屋があった.うどん屋といっても,店内で客にうどんを提供する飲食店ではなく,うどんの玉を製造する店だった.
 市内の蕎麦屋にうどん玉を卸している製麺業者だったようだが,小売りもしていた.小学生だった私は母親に「龍海院でうどんを買っておいで」と言われて,てこてこと隣町の紅雲町まで歩いて,うどんを買いにいったものだ.そのうどん屋は,近所では寺の名を借りて「龍海院のうどん」と呼ばれていたのである.
 「龍海院のうどん」は手打ちうどんで,店に入るとすぐ作業場があり,そこで布に包んだうどん生地を,おっさんが一所懸命に足で踏んでいた.当時は,うどんの機械製麺はあまり一般的ではなかったと思われる.
 前橋市あたりでは (高崎や桐生,伊勢崎,館林など群馬全域でもそうだと思う) うどんは日常食だったから,わざわざ自分のうちでうどんを打ったりはしなかった.上に書いたような製麺屋があちこちにあって,普通の家庭では,製麺屋でうどん玉を買ってすませていたと思う.うどん玉は,町なかの蕎麦屋でも分けてくれたし,製麺屋から仕入れた八百屋なんかでも売っていた.

 余談だが,群馬には「おっ切り込み」と呼ばれる郷土料理で,ちょっと変わった垢抜けないうどん料理が今もあって,家でうどんを打つのが当たり前の農村部では家庭料理なのだろうが,都市部の住民にはあまり縁のないものだった.

 さて普通のうどんの話.
 「日本三大うどん」というと,讃岐うどん,稲庭うどん,それと群馬の水沢うどんとするのが一般的だろう.(「世界三大うどん」という,わけのわからないのもあって,同じく讃岐,稲庭,水沢のうどんである.当たり前だが)
 その水沢うどんは,渋川市伊香保にある水沢観音の門前の名物であるが,私が初めてこれを食べたのは昭和の五十年頃だった.私が帰省したある日,義兄が車で水沢観音に連れて行ってくれて,参拝の帰りに門前に並ぶうどん屋で姉夫婦がご馳走してくれたのである.これはうまい,と思ったのが第一印象であった.

 少し前の Wikipedia【水沢うどん】では,「水沢うどんは門前の名物であって群馬の食文化というわけではない」と書かれていたのだが,いつ編集されて記述が変更されたのかわからないけれど,今は【水沢うどん】は《地元の食文化であるが価格が高く、参拝客向けの門前店を起源とするため、湯治客と参拝客などの観光客が多く食している》と書き直されている.
 私も水沢うどんは地元の食文化ではないと思う.今でこそ「日本三大うどん」と呼ばれてはいるが,昔は知る人ぞ知るだけの水沢観音名物だった.群馬県民でも水沢のうどんを食べたことがない人が大半だったわけで,そこが讃岐や稲庭との違いだろうと思う.
 昨今の日本人は,テレビにあふれているグルメ番組をみればわかるように,やたらと食い物にうるさくて,それも「食文化」などと蘊蓄をたれるのが大好きである.それで水沢うどんも「食文化」に昇格したようで,めでたいことである.ではあるが,食「文化」というなら,詳細略するが,上記の「おっ切り込み」のほうが余程その資格があると思われる.

 ま,それはそれとして水沢うどんはうまい.今度の正月に娘夫婦が来るというので,通販の水沢うどんを注文した.亭主に食わせてやろうという目論見である.
 讃岐うどんの店や製麺屋は,うどんのコシにこだわりすぎるものだから,うどんとしては禁じ手である (と私は思う) 加工澱粉の使用に手を染めている業者が多いと聞く.実際,私は香川県の某所にある小ぎれいな讃岐うどん屋で,小麦粉二種類と加工澱粉を調合しているのを実見したことがあり,ああ讃岐うどんてのはこの程度のものかと思ったことがある.加工澱粉を使えば,特段の技術がなくても麺にコシを付与できるからである.
 それに比べると水沢うどんは,小麦粉と水と塩だけで打つのがウリである.といっても,それが本来のうどんであるのだが.

 水沢観音の門前で一番古いうどん屋といわれるのは清水屋だが,この店はうどん打ちの技術を一子相伝にしているのだそうだ.大丈夫かなあ,と心配になる.群馬には,かつて一子相伝のために途絶えてしまった前橋の名物「片原饅頭」があるからだが,その話はまた別の稿にする

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