クロワッサンで朝食を
東京ガス都市生活研究所の調査によれば,若年層から高齢層まで,好きな朝食の主食はパンだそうだ.一昨日の読売新聞の記事にそう書かれていた.
ちなみに昼食の主食については,若年層は米飯を,高齢層は麺類を食べる人が多く,夕食の主食は、どの年代でも米飯の割合が高かったという.
この調査が対象にした高齢層の上限は七十九歳だが,ほんとに朝食にパンを食べているのかなあ.高齢層の上と下とでは,かなり違うのではないか.そう思って東京ガス都市生活研究所のサイトを覗いてみたが,調査データを見るためには個人情報を入力してファイルをダウンロードする必要があり,そこまでする気になれないので止めた.きっと著作権を無視した引用が,東京ガスの知らぬところで勝手になされるのを防ぐための措置であろう.
さて私は最近,朝食に食パンのトースト (六枚切を一枚) を主に食べている.あとは茹でた野菜と牛乳.これが勤め人の朝飯としては簡単でよろしい.夕食ならばクラストが堅いフランスパンの類に骨付きハムのスライスを挟んだものが好物だ.
ただ,パンを食べると,私の場合はそのあとが面倒だ.よく噛んで食べると,パンはグルテンのおかげで粘着性が強いためか,歯間ブラシで歯の掃除が必須なのだ.
粒食である米飯はその点は楽で,例えば軟らかく炊いた粥なら,歯ブラシと強い嗽 (うがい) でOK.これって手抜きですか.すみませんね歯医者さん.
それは余談として,フランスパンの類を囓るには歯が丈夫でないといけない.顎の力も嚥下力も必要.となると,私はパンが大好きなのだが,いつまでパンを食べられるのか少し自信がない.
そういえばヘプバーンの『昼下がりの情事』で,徹夜の張り込み仕事を終えて帰宅した私立探偵の父シャヴァッスの朝食に,娘のアリアーヌがカフェ・オ・レとクロワッサンを出す場面がある.シャヴァッスは撮影してきたフィルムを現像したあと食卓に向かい,クロワッサンをカフェ・オ・レに浸して食べ,手短に朝食を済ませる.シャヴァッスを演じたこの当時のM.シュヴァリエは七十歳に近く,オードリーは二十八.
私が『昼下がりの情事』を観たのは中学生の時だった.私が担任の女先生に「いい映画はありませんか」と訊ねたら,ちょうど私の住む田舎の映画館でリバイバル上映されていた『昼下がりの情事』を激しく推奨したからであった.この先生は,今はもう忘れ去られた作品だが植民地戦争を描いた『ズール戦争』とか,人種差別を題材にした『わかれ道』の割引券を私にくれて,ぜひ観に行くようにと言った.この歳になっても覚えている先生の一人である.
ところでその映画館に置いてあった『昼下がりの情事』のパンフレットには,クロワッサンに限らずパンなどをカフェ・オ・レに浸して食べるのは,あまり上品でない庶民のやり方であって,これが大富豪フランク・フラナガンとの対比になっている,とかなんとか書いてあった記憶がある.しかし昭和三十年代の終わりの頃の田舎のパン屋には食パンやコロッケパン,菓子パンなどしかなく,シャヴァッスの朝食がクロワッサンであることなど理解できるわけもなかった.なにしろドンクが東京青山に店を出して,世にフランスパンの存在を知らしめたのが1966年 (昭和四十一年) のことである.次いでポンパドウルの横浜元町店が評判となったのは1969年.そういう時代なのであった.
ついでに書くと,大学に入学したばかりの1968年の五月,学校の前の小さな喫茶店に友人二人と入ったら,品書きに“カフェ・オ・レ”と書かれていた.私ともう一人はドイツ語のクラスであったが,もう一人がフランス語クラスで,彼が辞書を引いて「“レ”の綴りがわからない.普通のコーヒーじゃないみたいだね」と皆で首をひねったことを記憶している.あれから四十五年.なんでこんなことを覚えているんだ.
昨日,クロワッサンをカフェ・オ・レに浸して食べる流儀は行儀が悪いかのどうか,かなり調べてみたのだが,「地球の歩き方」の掲示板に「上流階級はしない」との書き込みが一つあり,「私の夫はフランス人だが,そういう食べ方が嫌いだ」と書いているブログが二つ見つかったものの,あとはすべて「フランス人は皆そうして食べている」という (日本人の) 大合唱だった.だから『昼下がりの情事』のパンフレットに書いてあったことが,実際のところ本当かどうかわからない.
乱暴なことをいえば,カフェ・オ・レにクロワッサンを浸して食べるのは味噌汁ぶっかけ飯みたいなものか.しかしそれが行儀よくても悪くても,年寄りに優しい朝食であることは確かだ.私も七十歳近くなったら,パンをカフェ・オ・レに浸して食べよう.ただしシュヴァリエのような老人になれていたらの話だが,それこそ自信がない.
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