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2013年10月 7日 (月)

ザップ将軍の死

 私が大学生の頃は,ベトナム戦争が最も激しく戦われた時期であった.

 当時の左翼学生運動諸派は,それぞれの思想的立場により強弱はあったが,多くはベトナム戦争反対の立場をとっていた.またこれとは別に,ベ平連のような市民レベルの反戦運動もあった.
 これらの諸組織は,南ベトナム解放民族戦線(National Liberation Front;略称NLF)は,南ベトナム政府に反感を持った仏教徒や学生や自由主義者など,共産主義とは無関係の一般国民も多数参加する統一戦線であると信じていたはずである.当時,東京で頻繁に行われたベトナム戦争反対の街頭行動によく参加した私も,もちろんそう信じていた.

 ところがベトナム統一後に,NLFの軍事部門は北ベトナム軍に吸収され,参加組織は北ベトナム政府が主導するベトナム祖国戦線に合流して解体した.
 それでは,あの愛国的な仏教徒や学生や自由主義者達はどこに行ったのか.
 南北ベトナムが統一(1976年)されてから数年後,実はNLFの幹部はほぼベトナム労働党の秘密党員であったことが,NHKの特集番組でスクープされた.週刊誌ではなく,ましてや新聞でなく,映像で秘密党員本人達がベトナム戦争の裏面史,NLFの実体を証言した衝撃は大きかった.私と同世代の人々が素朴に信じていたベトナムにおける統一戦線なんか,元々存在しなかったのである.

 とはいえ,ベトナム労働党や南ベトナム解放民族戦線が世界各国の反戦運動を裏切ったというわけではない.ベトナム労働党の別働隊たるNLFの存在は,戦争遂行のための戦略としては当然のことであったろう.両者は別物だと素朴に思い込んだのは,私達世代の馬鹿さ加減の問題であった.
 しかし「でも・・・」と,二十代の私はそれを感情的に許し難かった.そしてそれ以来,ベトナムに関心を失った.

 昨日の報道によれば,ベトナムの英雄ボー・グエン・ザップ将軍が4日夕,ハノイで死去した.享年百二.
 ザップ将軍は,1954年のディエンビエンフーの戦いにおいて仏軍を相手のゲリラ戦で勝利し,ベトナムの英雄と讃えられた人.ホー・チ・ミンの側近として軍の指揮にあたり,南北統一に寄与したが,統一後は忘れ去られた.
 今から二十年ほど前に,一泊でホー・チ・ミン市に行ったことがある.ベトナム戦争資料館のような施設を見学したが,展示パネルは「南ベトナム国民の英雄的な戦い」を示すばかりで,あの戦争を実質的に戦っていたのがNLFではなく「北」であったことは曖昧であった.ザップ将軍の写真パネルはなかった.そんなもんだろう,と私は思った.

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