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2013年9月15日 (日)

ゴードー焼酎

 平松洋子さんは岡山県の人.昭和三十三年生まれで,私と歳は一回りは違わない.著書は多いが,その割に Wikipedia に「エッセイスト、フードジャーナリスト」などの他,僅か数行の記述しかないところがちょっと変わっている.
 その平松さんが週刊文春の連載エッセイ『この味』で,『釜ヶ崎語彙集 1972 - 1973』に描かれた1970年代の釜ヶ崎に触れて,次のように書いていた.

《店の暖簾に「ゴードー焼酎 ホルモンうどん ホルモンそば 中華そば」の白抜き文字が、客に誘いをかけている(ゴードー焼酎ってなに?)》

 これを読んで私は,ああ平松さんは昭和生まれではあるけれど,ゴードー焼酎を知らない世代なんだな,としみじみ思った.
 ゴードーとは「合同」で,むかし合同酒精が製造販売していた安焼酎のことである.今で言うなら甲類焼酎.
 合同酒精は,浅草にある有名な『神谷バー』の創業者である初代初代神谷傳兵衛が1924年に設立した会社であり,舌もしびれる電気ブランや,汁粉のように甘いハチブドー酒など,昭和中頃の香りのする大衆酒で知られる.
 還暦過ぎの世代なら,台所の流しの下に醤油や酢と並んでハチブドー酒のビンが置かれていたのを記憶している人も多かろう.

 ついでにいうと同社がハチブドー酒の甘味至上路線を激化させて発売したハチハニーワインは異常に甘く,これを薄めて果物を入れるだけで甘いフルーツポンチ(死語か)ができあがってしまう(実際,酒屋さんの店先に貼られたハチハニーワインの宣伝ポスターには,フルーツポンチのレシピが書かれていた記憶がある)くらいであった.ハチブドー酒とハチハニーワインによって「葡萄酒は甘い」と一般大衆の頭に刷り込まれたため,我が国にワインの普及が遅れたとされるほどである.

 余談だが,昭和前半期は,甘味・酸味・塩味・苦味・旨味の五基本味のうちで甘味が一番偉い時代であった.結婚披露宴では引出物として単刀直入にわかりやすく砂糖が配られた.葬式では葬式饅頭が用意された.この饅頭はWikipedia に「昔は甘いものは普段なかなか食べられなかったため、非常に尊ばれた」とある.来客の手土産で,噛めばジリジリと虫歯がうずく練羊羹が到来しようものなら,家族全員でちゃぶ台の周りを踊って喜んだものだ.(うそ)

 「ついでにいうと」の次が「余談だが」で,話がどこに行くのか自分でもわからないので,ゴードー焼酎のことに戻る.
 山口瞳(私のハンドルネーム江分利万作は,もちろん江分利満氏のパクリである)が洋酒の壽屋に入ったのが昭和三十三年,すなわち平松洋子さんが生まれた年.その少し前に展開を始めたトリスバーの営業に奮闘したことは山口の著作に書かれている.このトリスのハイボールが,日本三大飲酒階層の一つである会社員の世界から,お世辞にもスマートとはいいがたい甲類焼酎を駆逐したのであった.
 昭和四十年代における日本三大飲酒階層の二つめ,大学生の飲む酒は,昭和三十九年発売のサントリーレッドかハイニッカであった.この二つはアルコール1%あたりの価格で計算すると,ビールや日本酒より遙かにコストパフォーマンスが高かったからである.
 岡林信康が昭和四十三年に「今日の仕事はつらかった あとは焼酎をあおるだけ」(『山谷ブルース』)と歌ったとき,それはおそらくゴードー焼酎だったであろうが,この時代の焼酎は既に,まさに『山谷ブルース』に歌われたように,会社員でもなければ学生でもない日本三大飲酒階層の三,日雇労働者のイメージと結びついた酒となっていた.

  【革命歌 国民の酒】
 国民の酒 焼酎は 安くて量が多い
 国民の酒 焼酎は 安くて量が多い
 ビールでは腹が張る ウイスキーでは高すぎる
 国民の酒 焼酎は 安くて量が多い

 国民の煙草 新生は 安くて煙が多い
 国民の煙草 新生は 安くて煙が多い
 いこいでは高すぎる バットでは安すぎる
 国民の煙草 新生は 安くて煙が多い

 国民の紙 黒ちりは 安くて量が多い
 国民の紙 黒ちりは 安くて量が多い
 新聞紙はかたすぎる 京花は高すぎる
 国民の紙 黒ちりは 安くて量が多い

 この革命歌(笑)に歌われたゴードー焼酎は,平松洋子さんが飲酒年齢に達した昭和五十年代にはもう時代の表の面から姿を消していた.そして平成となり,平松洋子さんの世代も知っている甲類焼酎の酎ハイブームが起きるまでには,長い時間が必要であった.
 平松さんの疑問(ゴードー焼酎ってなに?)に答えるのは難しい.今でもゴードー焼酎の末裔はあるのだが,よほど場末の赤提灯でなければ,そのまま飲む客は少なかろう.酒屋で手に入れて家飲みするしかないように思う.

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