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2013年9月

2013年9月30日 (月)

旅路の果て

 いまJR北海道がたいへんなことになっていて,同社の野島社長が27日の記者会見で「今安全を確立しなければ当社はまさに存続が危ぶまれる」と強い危機感を表明している.
 野島社長は自らの進退問題について「先頭で立て直しに当たっていきたい」と辞任の可能性を否定したが,これまでの類似の企業不祥事では社長が「先頭に立って再建をすすめる」と言明したのちに結局は辞任に追い込まれた例が多い.
 前社長と交代のあと,野島社長が本当に先頭に立っていたならば(野島社長が鉄道人として有能だという仮定のもとではあるが),こうはならなかったわけで,リーダーシップのない社長が再建に取り組んだために余計に傷が深くなる前に,自力再建をあきらめてJR他社から社長を迎えた方がいいような気がする.

 JR北海道はなぜこうなったか.いずれ専門家が的確な分析をしてくれるだろうが,マスコミ報道からちらちらと見えるのは,「安全」に経営資源を投入する体力がなかったのではないかということである.そこら辺は,経営思想として安全を軽視してきたJR西日本と異なるところかも知れない.だからといって同情はできないが.

 それはそれとして,北海道を舞台にした国鉄職員の家族の物語で『旅路』というのがあった.放送されたのは1967年,まだ「国鉄魂」という言葉が生きていた時代の NHK 連続テレビ小説である.
『旅路』の出演者は,日色ともゑ,宇野重吉,山田吾一,久我美子,長山藍子,十朱幸代,加東大介,名古屋章,小山田宗徳,松山省二,関口宏他と,今から思うとすごい俳優陣だった.おまけに林寛子のデビュー作で(私は記憶にないが),これはもう伝説的といってよいほどのテレビドラマであった(映像はほとんど現存していないそうだ).平均視聴率は45.8%,最高視聴率は56.9%だったというから,昔と今は視聴率の測定方法が異なるが,それにしても最近の『半沢直樹』最高視聴率42.2%を遙かに上回る.
 浅田次郎『鉄道員』(1995年)も北海道の鉄道が舞台だった.映画は1999年で,翌年の日本アカデミー賞主要部門をほぼ独占した.『旅路』にせよ『鉄道員』にせよ,北国,鉄道とくればもう,そこに働く男達のイメージには不動のものがあり,山田吾一や高倉健はまさにそれを体現していたのである.

 ただし「国鉄魂」を諸手を挙げて賞賛するわけではない.当時の親方日の丸の経営陣,乗客を見下す態度の駅員と車掌には,本当に腹の立つことが多かった.ではあるけれどその一方で,ハンマー一本で車両の異常を発見するとか,二本のレールの間隔が5ミリ狂っているのを肉眼で判定するなどの職人芸に対する国民の信頼は厚かったように思う.

 民営化以後,確かに駅員と車掌の組織人としての資質は大きく向上した.接客は丁寧であるし,むしろ乗客のほうが態度が悪いのでないかと思う.乗客に胸ぐらをつかまれて罵倒され,それでも耐えている駅員を見かけることがあるが,気の毒になるほどである.
 そのような面でのJR各社の経営努力は国民誰でも認めるところであろう.ただ,国民と直接に接触しない部分ではどうであったのか.
 一部の報道によれば,保全部門が必要とする機材を申請しても許可にならぬことが多く,そのため「補修機材を申請しても無駄だ」という諦めが現場に蔓延していたというのである.
 実は私が学校を出て最初に入った会社が,そうであった.入社してから何人目かの経営者は,美食とゴルフが大好きであったが,在任中一度も工場にこなかった.私は工場にいて「あの機械がもうすぐ壊れます.お金をください」「あの建屋の屋根が腐食して雨漏りがします.お金をください」など,いくら予算申請をしても許可にはならなかった.それで私は公然と経営批判を口にするようになり,その結果として窓際に追いやられた.そしてその会社は,その社長の代で存続できなくなり,業界再編成の波に飲み込まれて他社に吸収され,今はない.
 このようなことが自分の身にあったので,私はJR北海道の保全部門における現場社員を責める気になれない.修繕すべき箇所を担当部門が放置していたというが,それは違う.放置せざるをえない所に追い込んで,現場の社員達を諦めさせた者達がいるのである.その張本人が「私が先頭に立って再建」と言っても,さらに社員は無気力化するだけだ.私はそう思う.

【補遺】
 ここまで書いたら,JR四国が,補修の必要性のある56本の橋を3年以上放置しており,会計検査院に早期改善の必要性を指摘されたと報道された.JR四国は「放置していたのではない,監視していたのだ」と釈明した.橋が崩落して大事故が発生するまで監視していたとして,そんな監視に何の意味があるか.

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2013年9月29日 (日)

正月三が日うどん

 某掲示板に,正月三が日の朝に雑煮ではなく,うどんを食う地域はあるかという質問トピが立っている.これに色々とレスがついた挙げ句のトピ主の結論を要約すると,

《ウェブを“正月+うどん+手打ち+3が日”で検索すると,正月三が日にうどんを食べるのは山梨,群馬,埼玉,栃木,長野方面で,これは昔からの風習.その地域の大事な文化だから,伝統を引き継いでいきたい.》

である.

 さて他県のことは知らず,私の郷里である群馬県についていえば,正月三が日の朝に雑煮ではなく,うどんを食うなどという食習慣はない.餅に飽きて,うどんを食うことはあっても,それは人により家庭によりであって,食習慣というわけではない.
 何を言っとんのじゃこのトピ主は,と思って実際に“正月+うどん+手打ち+3が日”でウェブを検索してみたら,うどん屋のサイトばかりヒットした.(笑)
 三が日にご馳走を食べたから,そのあとは簡単にうどんで済ます,と書いた記事はあるが,三が日の朝に雑煮でなくうどんを食うことが「山梨,群馬,埼玉,栃木,長野方面で昔からの風習」であることを示すまともな資料は出てこない.

 妙なことにこのトピ主は「○○地方では・・・」「△△地方では・・・」などと,確認しようがない独自研究を書き連ね,質問者でありながら全体の議論を自らリードしようとしている.レスがあまりつかず,盛り上がらないので業を煮やしたか,いかにも経験の浅い釣り師によるトピらしいところが笑える.
 またレスの中に「江戸時代は米本位制のため,米がとれない土地は貧しかった.埼玉や群馬は米がとれなかったために貧しく,そのために餅が食べられなかった」というのがある.これはまず「江戸時代は米本位制のため,米がとれない土地は貧しかった」が大嘘である.この人は,広く読まれている網野善彦の著作を手にするどころか,おそらくこの大学者の名前も知らぬのであろう.
 こんなレスばっかりで,トピ主の釣りは全くの不発に終わった.釣りトピ歓迎であるこの掲示板の検閲者としても,投稿が少なくては恣意的に盛り上げようがなく,がっかりしたであろう.

 ではなぜこの釣りトピは不成功に終わったのか.Wikipedia が『年明けうどん』の項で簡潔に書いている(★).

(★)日本の年末年始における食文化として年越し蕎麦(年末)や雑煮(正月)は定着しているが、年明けうどんは正月における食文化ではなく、讃岐うどんをはじめとした日本国内における名産うどんの活性化やうどんの消費拡大に貢献すること、食品業界関係で正月における新たな利益・経済効果を生み出すことを目的として讃岐うどん業界を中心に企図され、2009年正月から展開されている。

 火のないところに無理矢理な煙を立てて成功した例が「恵方巻」であるが,うどん業界は二匹目のドジョウを狙っているのだろう.掲示板にトピまで立てて,ご苦労なことである.

 以上のごとき書き方であれば,某新聞社の臨検,いやいや職質,違う,監視にひっかからないと思うのだが,どうだろう.

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2013年9月28日 (土)

気の弱り

 いつ頃からとは明確にわからないのだが,排尿後に残尿があるようになってしまった.残尿感ではなく,物理的存在であるところの残尿である.
 残尿と残尿感はどう違うのか.
 あるサイトの解説によれば,排尿後に膀胱内に尿が残ることを残尿と言い,残尿の有無に関わらず尿が残っているように感じるのを残尿感と言う.
 排尿直後の残尿が15ml以下は普通であるが,50ml以上の残尿がある場合は治療の必要がある.残尿量を測定するには膀胱のエコー検査を行うそうだ.すごく恥ずかしい検査のような気がするがよくわからない.
 残尿感・残尿と病態の関係は以下のとおり.

  残尿感  残尿   考えられる病態
  (-) (-)  正常
  (+) (+)  前立腺肥大中期,尿道狭窄など
  (+) (-)  膀胱炎,前立腺炎,膀胱下垂など
  (-) (+)  前立腺肥大末期,神経因性膀胱など

 前立腺肥大中期と末期では,上に示したように残尿感と残尿の組み合わせが異なるようで,これは私にとって新知識であった.知識は力なり.これから大いに実用の役に立ちそうな気がする.

 ところで,心が弱っているときにオヤジギャグは脳内発生するという説をどこかで読んだことがあるが,上の表を見て「前立腺を空しうすること莫れ 時に膀胱炎無きにしも非ず」なんてのを思いついた.児島高徳が腰からへなへなと崩れ落ちるような文句である.かなり心が弱っているかも.

 さて昨日,会社で書類を読んでいるときに,文中の「残業手当」から唐突に「残尿手当」というフレーズが頭に浮かんでしまった.
 そこで考えたのだが,営業部員にワイシャツ代を支給するように,私のような年寄りにはパンツ代として残尿手当を支給してもらいたい.でも給与明細に残尿手当と書くのはパワハラですか.経理担当の女子社員にセクハラだと提訴されるかも知れないし.

 仕事から帰ってきても,残尿という言葉が頭を離れず,すっきりしない.残尿感に似ている.仕方がないので,ネットで残尿について検索してみた.
 それでわかったのは,残尿に悩んでいるのは老人だけではないということであった.あるスレッドで,文体からして二十代か三十代とおぼしき若者達が残尿について語り合っている.それを読んでいると「残尿スイッチ」なる語が目に入った.それは一体何?とスレッドを読み進むとご丁寧に図解がされており,それを見ると「残尿スイッチ」は要するに排尿を完全にする一種の「ツボ」であり,なるほどそのスイッチならば私も押しているぞと納得した.
 さらには「新・残尿スイッチ」が発見されたというレスがあったが,そのスイッチは痛そうなので押したくないなあと思った.

 ところで実は,頭の中で残尿残尿とリフレインしているうちに「暑中見舞いを出し忘れたので残尿お見舞い申し上げます」だの,「残尿電機の冷蔵庫」だの色々と発作的オヤジギャグができたのであるが,気に入ったのは時代小説の題で『孤影残尿剣』である.
 できたのはまだ題だけなのだけれど,設定は万延元年の江戸,残尿に悩む天涯孤独の剣客居眠狂四郎の物語だ.武道における「残心」とは,剣技をきめた後の余韻のようなものであるが,残尿剣は残心剣に通ずるものがある.ような気がする.しませんか.はあ.

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2013年9月27日 (金)

猿の人生

 新聞報道によれば,大分市の高崎山自然動物園でα(アルファ)オス,つまりいわゆるボス猿の「ベンツ」が行方不明になった.
 高崎山の猿は死期が迫ると群れを去り,人知れず死んでいくのだという.ベンツの安否が気遣われ,園では捜索をしていると報道されている.

 高崎山の猿の群れはいくつあるのだろう.
 調べてみたら,B群とC群の二つの群れがあり,平成24年度調査では,B群614頭,C群754頭,合計1368頭だと大分市のウェブサイトに書かれている.
 A群はどうしたんだと思ったら,かつて1000頭を有する最大の群れであったA群は,C群との抗争に敗れて消滅したという.

 ベンツは1987年(昭和62年)にB群のトップになった.ちょうどバブル期が始まったばかりの頃にトップになったわけだ.しかしその後,C群の女性社員と不祥事をおこしたためにB群を追われ,1990年にC群への出向を命ぜられた.
 出向先のC群ではお茶くみ雑巾がけから始める下積み生活を送っていたが,2002年に上述のA群との抗争でA群を壊滅させた功績をきっかけに頭角を現し,順調に出世街道を歩んで2011年にとうとうC群のトップに上り詰めたのだとか.

 自分を追い出した本店,いやB群に倍返しの復讐をすることなく死んだとすれば,その心中いかばかりであったか,察するに余りある.もしも既にこの世を去っているならば,謹んで冥福を祈りたい.

(続きはこちら)

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2013年9月26日 (木)

動物愛護団体を評価する

 信頼できる動物愛護団体について色々調べていたら,アニマル・ドネーションという組織ををみつけた.

 この団体は,各地の様々な動物愛護団体について調査を行い,信頼できると判断された場合はそのサイトに掲載して紹介するという活動をしている.

 アニマル・ドネーションそのものの信頼性はどうかであるが,サイトの記事を見ての判断であるが,私は信頼できると考える.すなわち,アニマル・ドネーションが紹介する団体であれば信頼性が高いと思う.

URL を挙げておく.
アニマル・ドネーション
http://www.animaldonation.org/

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2013年9月25日 (水)

ごんぎつね

 小川洋子さんの『とにかく散歩いたしましょう』に『フィレンツェの赤い手袋』というすてきなエッセイが収められている.イタリア旅行の折に手袋専門店で買い物したときのお話である.
 その中に《新美南吉の童話『手ぶくろを買いに』の子狐も、こんな気持だったのだろうか》という一行がある.

『手ぶくろを買いに』(南吉の童話は「手袋を買いに」)を,私は小学校の国語教科書で読んだ.何年生のときかは忘れたが,この童話そのものはよく覚えている.
 新美南吉の作品でもっともよく知られているのは,この『手袋を買いに』と鈴木三重吉が子供用に編集した『ごん狐』のように思う.
『ごん狐』を読んだのはいつのことであったか,これも忘れた.たぶん国語の教科書で,だったろう.
『ごん狐』が最初に小学校国語教科書に採用されたのは1956年の大日本図書の国語教科書で,次は1968年の日本書籍と東京書籍だというから,私が読んだのは大日本図書の教科書に載ったものだ.挿絵はあったろうけれど,全く覚えていない.

 私の書架には,絵本は一冊しかない.私の子供達が小さかった頃はそれなりにあったのだけれど,みなどこかにいってしまって,残っているのは岩波の『ちいさいおうち』だけ.
 それでふと『ごん狐』の絵本はどんなのがあるかなと Amazon で探してみた.そして表紙のサムネイルを見ただけで,一発で参ってしまった.黒井健さんの『ごんぎつね』に.その場で注文して,それが今日届いた.包装の袋から取り出し,しばらく表紙を眺めて,ああ,よい買い物をしたと思った.

 黒井健さんの原画展「画業40年記念 黒井健 絵本原画の世界展~物語との出会い~」が阪急うめだギャラリーで開催されている.月末の30日まで.大阪になんの用事もないのだけれど,行きたい気持ちが抑えられない.

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2013年9月24日 (火)

掲示板批判は慎重に

 ココログは,ブログを開設した本人が「管理ページ」を開いて,自分のブログへのアクセス状況をみることができる.
 一つ一つのアクセスに関する情報欄に「リモートホスト」という項目があり,訪問者のインターネット接続情報(利用しているプロバイダー名や訪問者自身の個別端末情報)が示されている.プロバイダー名がわかるだけで,だからどうしたということはないのだけれど.

 そのプロバイダ情報をみると,私のブログは某新聞社のプロキシサーバから,不定期的ではあるがアクセスされている.なぜ某新聞社のプロキシであるかがわかるかというと,プロキシ名にその新聞社の社名がそのまんま入っているからである(笑).そしてこのアクセスは私が掲示板○○○○の悪口を書いてから始まった.

 さて某新聞社は自分とこの記事の引用を認めないことで知られている.単なる事件報道記事にも著作権を主張し,転載は無論のこと,法が認める正当な引用も認めない.某新聞社の記事を引用しているサイトがあれば,提訴も辞さない.そのため,常にネットをサーチして監視を怠らない.
 まるで戦時中のごときその監視のことはネット知識として承知していた.しかるにウェブ検索すると○○○○のトピに関するブログ等がぞろぞろと出てくるので不思議に思っていたら,○○○○のトピはトピ主に著作権があるので,必ずしも某新聞社の意のままにはならないのだという解説が,あるブログに書かれていた.
 そのブログの説明によると,某新聞社は○○○○のトピを引用しているサイトを見つけると,トピ主の了解をとりつけ,代理として著作権法に基づく削除要求をしてくるとのこと.逆にいえば,注意深く直接的な引用を避ければ,某新聞社から抗議されずに済むというわけだ.○○○○のトピを引用しているサイトの見つけ方は割と簡単で,“○○○○+検閲”とか“○○○○+削除”“○○○○+妄想”など,いかにも○○○○の悪口を書いていそうな検索語で探せばよい.(笑)
 そのブログ筆者は実際にその某新聞社から,書いたものを削除するよう要求されたことがあり,その記録が掲載されているので,某新聞社がネット社会の裏側で一体どんなことをしているのか知る上で参考になる.コンテンツの削除ならまだいいほうで,ブログ丸ごと閉鎖に追い込まれた例もあるという.

 ふ~む.某新聞社って,なかなかやるもんだなあ.
 某新聞社には,そういうネット民を監視する仕事に従事している社員がいると思われるが,私のブログみたいにココログのアクセスランキングで最下層にいるところまで監視しているのか.仕事とはいえご苦労さまである.
 このブログが丸ごと削除されぬよう,これからは某新聞社の社名を出さず,掲示板名は伏せ字にし,さらに直接的な引用をしないように気をつけることにする.

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2013年9月23日 (月)

動物救護

 うちのトイプードル(プー子;仮名)はペットショップで購入した.その時私はまだペット産業のこととか,殺処分される犬猫のことを知らず,犬も猫も,ハムスターや文鳥と同じに,ショップで買うものとばかり思っていた.
 プー子がうちに来る前は「トイプードルの飼い方」みたいな本を読み,そのあとは犬の動物行動学とでもいった内容の本は読んだ.
 ところが暫くして,森絵都さんの『君と一緒に生きよう』を読んでショックを受けた.彼女はこう書いている.

《多い日には30頭以上が処分を受けるという。それが日本各地のセンターで毎朝くりかえされている。一方でペット産業は大いに栄え、インターネットのオークションでは1円から犬が取引されている。この社会は果たして健全だろうか。私たちは子供に「命を大切にしましょう」と言えるのか。》

 それから私は本やネット情報を集めて勉強し,犬や猫の殺処分の実態とか,ペット産業の黒い背後にあるもの,悪質ブリーダーによる犬や猫の虐待についての知識を得た.
 そしてわかったことは,この国から殺処分をなくすために活動している人々は,ペットショップはもちろん,商売としてのブリーダーを認めないということ.それは当然だろうと思う.彼らの活動が賽の河原の石積みになってしまっているのは,ペットショップと商売ブリーダーのせいだからである.
 では私がペットショップでプー子を購入したことはペット産業や商売ブリーダーを利する行為であり、つまりは間違いだったのか.
 しかし店で売られるペットについての色々なことを私が知っていたら,いま私の足もとで丸くなっているプー子は私のもとに来なかったことになり,この愛らしい存在と出会ったことが道義的に間違いであったと考えるのは,辛い.

 こういう理と情のアンビバレンスな状態に私はあるのだが,だからせめてプー子に愛情を注ぐこと,そして悲惨な境遇に置かれている犬や猫を救い出すために活動している人々を支援したいと思う.
 ところがそう思うようになった私を驚かせたのは,「動物愛護」を掲げる団体の中に,詐欺を働く者達がいることだった.
 大震災のあと東北に押しかけ,飼い主とはぐれ,あるいは失って被災地を彷徨っている(金になりそうな)被災ペットを捕獲して持ち帰り,被災ペットの里親募集と称して有償譲渡(販売)しているというのである.
 また,某女優が広告塔をつとめるある団体は,代表者が逮捕歴のあるダークサイドの人物であることで有名であり,動物愛護団体の名を借りた義捐金詐欺で知られる.
 ネット上にはこの種の似非動物愛護団体の情報があふれている.こうなると,まともな活動をしている団体はあるのかという話になって,質問掲示板をあたってみると,結局のところ(公益財団法人)日本動物愛護協会・(公益社団法人)日本動物福祉協会・(公益社団法人)日本愛玩動物協会などの公益法人が信用できるという結論になるようだ.

 そこで,この三公益法人のサイトで,公表されている決算報告書等を閲覧してみた。
 私見であるが,これらの法人は自前の潤沢な資金を持ち,健全経営がなされている(日本動物愛護協会)ので,私のごとき貧者の一灯的なわずかな寄付はあまり意味がない.あるいは会員制度に基づいて定期的支援をしようとすると入会に推薦が必要だったりしてハードルが高い(日本動物福祉協会).
 それにこれらの公的団体の活動は,決算報告や事業報告書を読む限りでは被災動物のレスキューというより啓蒙活動に重きがおかれているようだ.

 それでは,被災したり遺棄された犬や猫の直接的救護を実際にしている,支援が必要な団体を知るにはどうしたらいいのか.
 どうもネットをくまなく調べ上げていくしかないように思われる.例えば代表者について犯歴があったり,当該団体に活動の実態がなかったり,過激なイデオロギーに基づく違法行為があったりしたらアウトである.
 このような動物救護組織の信用性について,色々と条件を挙げているブログがあって,それをみると援助物資リストや支援金の使途に関する公表がなされていなければいけないとする意見が載っている.悪質な似非動物愛護団体が支援物資をオークションで捌いたり,支援金を着服したという噂があるからである.
 ただ,ほんのわずかな,しかも事務能力に長けていないスタッフで,毎日動物達の世話に明け暮れている小さな組織にそれを求めるのは酷な気もする.
 結局のところ,組織代表者が動物救護についての自分の考えを率直に公表していて,その志のようなものに納得できるなら良しとするしかないのかなと思う.

 あと数年して完全にビジネスからリタイアして,自由な時間が手に入ったら,小さな救護組織の会計とかウェブサイト運営など,老人にもできるお手伝いをできたらいいね.最近私は膝の上のプー子とそんな相談をしている.

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2013年9月22日 (日)

魔女のホテル

 これをイースターエッグというのかどうか分からないが,ジブリの『魔女の宅急便』には,そこかしこに監督の遊び心が仕込まれているという.
 例えば,街の中を走るバスには「STUDIO GHIBLI」と書かれているとかである.

 そこで私も『魔女の宅急便』をもう一度目を皿のようにして観てみた.
 そうしたら,キキが魔女修行のために家を出て,新しい町で泊まろうとしたホテルの名が “Hotel Miyaco” だった.身分証明書の提示を求められたので泊まれなかったが.

 もしも,舞台のモデルである北欧の言葉で “Miyaco” があるならダメだけれど, “Hotel Miyaco” は都ホテル(Hotel Miyako)を一字変えたんじゃないかしら.賛同者求む.

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2013年9月21日 (土)

静岡県の教育問題

 新聞各紙によれば,静岡県の川勝平太知事は20日,今年度の全国学力・学習状況調査で小学生の国語Aの平均正答率が全国平均以上だった86校の校長名を公表した.
 当初は下位の学校の校長名を公表するとしていたのであるが,文科省から「教育は,ほめることだ」旨の批判を受け,揚げ足取り的に今度は上位校の校長を公表したもの.
 この問題の詳細は報道をみて頂くとして,知事にとっては,県内児童の学力よりも,県教委との確執問題が優先していると見られる.

 確かに県教委の無能は否定できないが,それは児童の学力テスト結果よりも,性犯罪や暴行等,あきれるほどの教員による犯罪件数に現れていると私は見る.おそらく静岡県は全国有数の教員不祥事県である.

(静岡県内の教員不祥事に関する資料を見つけたので示す)
http://kyoiku.a.la9.jp/fushoji.html

 知事の県教委に対する対応は明後日の方向を向いていると思う.校長名公表で会議している暇があるなら,教え子に不埒なことをする教員をなくするにはどうしたらよいか,それを考えて欲しい.学力問題はそのあとだ.人生の半分以上を静岡県民であった私はそう思う.

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2013年9月20日 (金)

女王の遺言

 週刊文春9/26号『見もの聞きもの』で亀和田武が,テレビ番組『ぴったんこ★カンカン』(TBS; 8/30放送)を取り上げて,「地獄もみて、九十一歳まで笑って生きる。みんなを楽しくさせる寂聴さんって、とても魅力的に映る」と書いていた.(私もその放送は見た.別に魅力的とは思わなかったが)

 この“女としての地獄を経て,でも結局長生きして,そして今はみんなに愛されている女”.これが中村うさぎをして「寂聴こそがあたしのラスボスなんだ」(週刊文春9/19号)と言わしめた理由である.

 今,中村うさぎは集中治療室にいる.
 おそらく週刊文春9/26号の『さすらいの女王 破れかぶれの戦法』は,彼女が集中治療室に入る直前に書いたものだろう.それは,「生きろ。おまえの人生は、おまえひとりのものじゃない。これは使命だ。生きろ!」「私は必ず復活する。生き延びて、元気になって、・・・」と書きつつも,「諸君、私が言いたいのは以上である。諸君は私の言葉から何かを受け取ってくれたであろうか。受け取ってくれたならば、それが私の遺言だ。さらば、愛しき読者たち。」で結ばれている.

 彼女が買い物依存症であった頃からそのエッセイの読者であった私は,彼女の遺言をしかと受け取ったつもりだ.

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中世の騎馬武者

 ある日,古本屋で『日本絵巻物大成13 平治物語絵詞』(中央公論社,昭和52年刊初版本)を購入した.大型の箱入り美装本である.
 なんでこんな本を買ったかというと,箱の表に中世の合戦の様子が描かれているのを,店頭で一目見て気に入り,この絵を下敷きにしてPCでイラストを描いてみようと思ったからである.

 ところが箱に描かれた合戦絵や,この本の中に収録されている他の絵を眺めているうちに,鎧兜に身を固めた武者が騎乗している馬の体格が,かなり小さいことに気がついた.そして小さい馬に乗った武者達が戦闘している場面は,密集というか,かなりの接近戦のように見えて,これは時代劇映画の,例えば武田の騎馬軍団が戦闘する場面を観て受ける印象と随分違うのが気になった.映画に出てくる馬(競走馬だろう)はかなり大きいから,とても接近戦はできそうにない.

 こんなことを考えていたところ,ひょんなことから,川合康『源平合戦の虚像を剥ぐ 治承・寿永内乱史研究』(2010年,講談社学術文庫)という本があることを知った.
 この本によると,鎌倉時代の軍馬の体高は約130cmと推定されるという.我が国在来種の木曾馬などもこの位の大きさで,今でいうポニーに相当するのだとか.
 それで合点がいった.中世(たぶん戦国時代も)のいくさは,とても小さい馬に騎乗して戦われていたのだ.『平治物語絵詞』の馬はデフォルメされていないのである.

 Wikipedia によると日本在来馬の起源はモンゴル高原で,日本在来馬は,古墳時代に家畜馬としてモンゴルから朝鮮半島を経由して九州に導入された体高130cm程の蒙古系馬に祖先を求めることができるという.
 少し前のテレビ番組でモンゴルの民族の祭典「ナーダム」が取り上げられ,モンゴルの人々の生活が紹介されていた.それによるとモンゴルの人々にとって乗馬は身近な生活の一部のようだが,それはそれとして,番組に出てきたモンゴルの馬は大変小さかった.な~るほど.

 さいとうたかお の劇画版『鬼平犯科帳』あたりをみると,長谷川平蔵がサラブレッドに乗って登場する.ぽこぽことポニーに乗って出てきたほうが時代考証的によいのではないかと思う.

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2013年9月19日 (木)

木綿の半可通

 もうかなり昔の話なのだが,植木不等式氏が,単語の発音の類似度あるいは一致度とでもいったものを分析するプログラムについて書いていた.そちら方面は不案内なので間違っているかも知れないが,言語学というか,そのような分野で使われるものだという.
 そのプログラムは IME みたいなもので,ある単語を入力すると,それに似た発音の単語を類似度の高い順に辞書の中から選び出してくる,といったものである.
 植木不等式氏によると,このプログラムはオヤジギャグを自動生成するのに使える.
 例えば「おにへい」と入力したときに,「鬼平犯科帳」が予測変換候補とし出てくるようでは単なる IME である.そこで内蔵辞書の中から発音が近似したものを無理矢理選び出して「鬼平ハンカチーフ」とか「鬼平半可通」を出力するのが,このプログラムであるわけだ.
 これはよいアイデアである.ATOK は次期バージョンでぜひともオヤジギャグ辞書を内蔵してもらいたい.関西弁辞書なんかよりも喜ばれるのではないか.何の役に立つんだと言われると困るが.

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2013年9月18日 (水)

被災動物保護団体RJAVに

 富士山が7/1に山開きしたあと,山頂で飼い主のいない犬がたびたび登山客に目撃されていたが,保健所が山頂に捕獲器を設置し,これに入ったところを,ようやく保護されたという報道があったのは7/30であった.

 その後の犬の様子が9/15の朝日新聞に掲載されたので読んでみたら,捕獲されたときは肋骨が浮き出るほどにやせて弱っていたのであるが,今は動物保護団体 RJAV (被災動物ネットワーク) のところで元気にしているという.
 そこで RJAV のサイトにアクセスすると,数葉の画像が掲載されており,それを見るとなるほど回復しつつあるようで,ああよかったとほっとした.

 ついでに RJAV のサイト内をざっと読んでみると,この団体は 3.11 で被災した動物たちの保護に取り組んでいるのだが,動物たちの世話をするボランティアの募集や資金援助を呼びかけていた.
 どのように資金援助するのかというと,現金を銀行振り込みする方法の他に,Amazon 経由でもできるという.早速記載されている URL にアクセスしてみたら,それは Amazon の「ほしい物リスト」だった.それはつまり RJAV が必要としている品物(ケージとか餌など)のリストで,それらを自分のアカウントで購入すると RJAV に届けられるというシステムであった.
 おお,Amazon てこういう使い方があるのねと感心した私は,その場でいくつかの物品を購入して RJAV に配送する手続きをとった.

 心の底から思うのであるが,RJAV のような団体の皆さんの活動は本当に尊い.協力したいと思う.私自身はいまだに仕事をしているので,動物の世話をするボランティアとか里親には応募できないのだが,せめて活動資金の援助くらいはしたい.
 それでこのブログの右側のサイドバーに,RJAV のほしい物リストへのリンクを載せることにした.自分のブログには毎日アクセスするから,ブラウザのお気に入りに入れておくより便利だからである.毎月の給料日にはここから RJAV に寄付をすることにした.
 ありがたいことに私にはあと数年は収入があるので,ささやかではあるが継続的に援助をしていきたいと思う.

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2013年9月17日 (火)

雑多感想 9/17

(一)
 つい最近『発言小町』で,続けて「あながち」の誤用をみかけた.
「あながち」は,そのあとに打消の語を伴って「必ずしも」「一概に」の意を表す.例えば「あながち嘘とは言えない」のように使う.
 ところが『発言小町』では,「あながち正しい」のように打消の表現を伴わない言い方が始まっているようだ.
 最近は言葉の誤用が広まるのにあまり時間がかからない.「あながち」についても嫌な予感がする.

(二)
 『発言小町』に《結婚式に主賓で出席しましたが、お車代が出ませんでした》というトピが立っている.
 トピ主の言い分は「先日,後輩(新婦)の結婚式に主賓として参加してきましたが,スピーチもしたし,受付も担当したのに,お車代をくれない.新郎新婦は非常識だ」である.どこの世界に主賓が受け付けをする結婚披露宴があるか.馬鹿も休み休みいいなさい.新婦側で最年長であるために自分を勝手に主賓と思い込んだようで,おまけに新郎はトピ主の上司だという.こういう阿呆を部下にもつ新郎が哀れである.

(三)
 既に定着したと思われる誤用であるが,最近のネット掲示板では「惣菜」はスーパーやデパートの地下食品売場で売っている持ち帰り惣菜を意味している.「仕事で疲れて帰ってきた夫に惣菜を食べさせるなんて,妻としてありえません」のように使う.「持ち帰り」が脱落したのである.では,それぞれの家庭で作った惣菜はどういうのか.手料理というらしい.この誤用,大した実害はないから黙認可の範囲内であろう.

(四)
 白土三平の『忍法秘話』全六巻,『忍者旋風』全二巻,『真田剣流』全二巻,『風魔』一巻を読み終わった.これらに収められた個々の作品の中では,『風魔』の最終章『シジマ無情』がしみじみとよい.『たまかぜ』と同じく抜忍(犬)のエピソード.白土三平らしいと言えば言える.

(五)
 週刊文春の先週号『さすらいの女王』で中村うさぎが「寂聴こそがあたしのラスボスなんだ」と書いていた.気持ちはわかる.私ども爺の場合は,寂聴のかわりに日野原とすると同義になる.こらこら.

(六)
 週刊アスキーの先週号『神は雲の中にあられる』で,遠藤諭氏が「JR秋葉原駅西側のガード下にあった“山菊ポータブル”というお店が見当たらない」旨の文を書いていた.この山菊ポータブルは秋葉原で一番古い店なのだそうだ.
 十年後の秋葉原はどうなっているのだろう.西側ガード下の部品屋街は生き残るだろうが,東京ラジオデパートや少なくなったジャンク屋などが心配だ.私は真空管アンプや真空管ラジオの部品を,お迎えが来るまでに使う分を既に買いためてはあるものの,東ラジがなくなったら悲しい.

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2013年9月16日 (月)

さつま汁 ふたたび

 つい最近になって「さつま汁」がサツマイモの味噌汁ではなく,鶏肉を使う薩摩の郷土料理であることを知った私は,あたかも以前からそれを知っていたかのように,世間の「さつま汁=サツマイモの味噌汁,あるいはサツマイモ入り豚汁」の誤謬を正すべく,君子豹変大人虎変,雄々しく立ち上がった.どんだけいいかげんな人間かわかろうかというものである.

(この文の前の記事)
「さつま汁」
http://mreveryman.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-6713.html
「さつま汁 補遺」
http://mreveryman.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-a42c.html

 まずは OKWave (=《教えて!Goo》)だ.
 ちょうど「さつま汁ってなんですか」という質問があったので例示する.

【ベストアンサー 20ポイント獲得】
 さつま芋の入った味噌汁も勿論ですが、さつま芋の入った豚汁もそう呼ぶそうです。鹿児島の冷汁もさつま汁と呼ぶそうです。
【ベストアンサー 10ポイント獲得】
 豚汁に薩摩芋を入れたものが「さつま汁」だと思っています。
【無得点】
 私の持っている本のレシピでは鶏もも肉、人参、牛蒡、大根、油揚げ、里芋、ねぎの入った味噌汁になっています。なんか、豚汁の鶏肉バージョン?っていう感じですね。

 質問者は,「そう呼ぶそうです」とか「と思っています」などと,辞書を引くこともせずに回答した二名をベストアンサーにし,正解者を無得点にしている.
 これを見た人は「サツマイモの入った豚汁をさつま汁という」と思い込んでしまい,その誤りがどんどん若い人たちの間で拡大していくであろう.いくであろうというか,私もついこの間まで「サツマイモの入った味噌汁」だと思っていたのであるが,それはさておき,OKWave がどれほどダメな質問掲示板であるかの例にもなっている.

 続いては発言小町.
 トピ主「小町の皆様『さつま汁』と『豚汁』の違いを教えて下さい。」
 レス「私はその時にあるものを入れて作るので、毎回違います。でも毎回美味しいです。美味しかったら『さつま汁』でも『豚汁』でもいいんじゃないですか~?」

 まるで話にならぬ.
 ここで矛先を変えて,昔から権威あるものといえば朝日新聞,岩波書店,NHKであるが,NHKはどのように考えておるのか.
 検索すると,『あさイチ』の今年4/4放送で,大原千鶴氏という料理研究家が「さつま汁」を取り上げていたことが判明.『あさイチ』のサイトから以下にレシピを引用する.

【さつま汁】
材料・4人分
・豚バラ薄切り肉(2センチ幅に切る)・・・100グラム
・さつまいも(大きめの乱切り)・・・1本(200グラム)
・ごぼう(5ミリ幅の斜め切り)・・・2分の1本(50グラム)
・れんこん(7ミリ幅の一口大)・・・200グラム
・ねぎ(小口切り)・・・適量
・だし・・・800ミリリットル
・みそ・・・80グラム
・ごま油・・・大さじ1

 なんと国営放送が最近全国放送した「さつま汁」は,サツマイモ入りの豚汁であった.
 この『あさイチ』が放送されたとき,NHK鹿児島支局の皆さんは悔し涙にくれたことであろう.「さつま汁は鹿児島の郷土料理なのに・・・これじゃ豚汁ではないか」と,その心中いかばかりかと深く同情する.

 話が逸れるが,この大原千鶴という人も瀬尾幸子氏と同じく「ねぎ」「だし」「みそ」「ごま油」と超大雑把なことを書いてレシピになると思っているようだ.これらの食材は実際に使う段になると様々なものがあり,どれを使えば大原千鶴氏が思うところの「さつま汁」になるのか,視聴者には皆目わからぬ.もちろん番組を見た人はわかったであろうが,テレビ画面に映された動作や口頭でしゃべったことはレシピではない.文字に書いて初めてレシピなのである.

 ではいよいよ Wikipedia はどうか.
【薩摩汁】
薩摩汁(さつまじる)は、鶏肉または豚肉を使った鹿児島県の郷土料理で味噌汁の一種である。江戸時代に、闘鶏に負けた鶏をぶつ切りして野菜と煮込んだのが始まりとされている。元来は、鶏肉と大根を油で炒めてから味噌が入れられ、地酒が加えられることもある。具の野菜として大根やごぼう、さといも、およびねぎとこんにゃくが入れられることが多い。

 元来の「さつま汁」は鶏肉であるとしておきながら,豚肉説にも色目を使うこの解説はいかにも中途半端である.ただしこの項の出典として大分県臼杵市の醤油製造業・フンドーキン株式会社のサイトが引用されており,このサイトのコンテンツ『九州のみそ汁』は,「さつま汁」は豚バラ肉とサツマイモの味噌汁だとしている.
 ということは,豊後では「さつま汁」は鹿児島の郷土料理であると思われていないようだ.なんだか鹿児島県の旗色が悪い.地元九州で孤立してどうする.
 どうも多勢に無勢,もしかしたら「さつま汁」は,他の地方に伝播する過程で鹿児島の郷土料理であることが忘れられつつあるのかも知れない.

 そういえば「けんちん汁」も,クックパッドをみると,豚肉入りがとても多い.鶏肉入りも割とある.投稿者は母の味だと書いているのだが,どんな母親だ.でもこれはまだ良い方.驚きの「卵とじけんちん汁」だの,果てはカレー味まであって,どうにも収拾がつかなくなっている.「さつま汁」もいずれそうなるのであろうか.

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2013年9月15日 (日)

ゴードー焼酎

 平松洋子さんは岡山県の人.昭和三十三年生まれで,私と歳は一回りは違わない.著書は多いが,その割に Wikipedia に「エッセイスト、フードジャーナリスト」などの他,僅か数行の記述しかないところがちょっと変わっている.
 その平松さんが週刊文春の連載エッセイ『この味』で,『釜ヶ崎語彙集 1972 - 1973』に描かれた1970年代の釜ヶ崎に触れて,次のように書いていた.

《店の暖簾に「ゴードー焼酎 ホルモンうどん ホルモンそば 中華そば」の白抜き文字が、客に誘いをかけている(ゴードー焼酎ってなに?)》

 これを読んで私は,ああ平松さんは昭和生まれではあるけれど,ゴードー焼酎を知らない世代なんだな,としみじみ思った.
 ゴードーとは「合同」で,むかし合同酒精が製造販売していた安焼酎のことである.今で言うなら甲類焼酎.
 合同酒精は,浅草にある有名な『神谷バー』の創業者である初代初代神谷傳兵衛が1924年に設立した会社であり,舌もしびれる電気ブランや,汁粉のように甘いハチブドー酒など,昭和中頃の香りのする大衆酒で知られる.
 還暦過ぎの世代なら,台所の流しの下に醤油や酢と並んでハチブドー酒のビンが置かれていたのを記憶している人も多かろう.

 ついでにいうと同社がハチブドー酒の甘味至上路線を激化させて発売したハチハニーワインは異常に甘く,これを薄めて果物を入れるだけで甘いフルーツポンチ(死語か)ができあがってしまう(実際,酒屋さんの店先に貼られたハチハニーワインの宣伝ポスターには,フルーツポンチのレシピが書かれていた記憶がある)くらいであった.ハチブドー酒とハチハニーワインによって「葡萄酒は甘い」と一般大衆の頭に刷り込まれたため,我が国にワインの普及が遅れたとされるほどである.

 余談だが,昭和前半期は,甘味・酸味・塩味・苦味・旨味の五基本味のうちで甘味が一番偉い時代であった.結婚披露宴では引出物として単刀直入にわかりやすく砂糖が配られた.葬式では葬式饅頭が用意された.この饅頭はWikipedia に「昔は甘いものは普段なかなか食べられなかったため、非常に尊ばれた」とある.来客の手土産で,噛めばジリジリと虫歯がうずく練羊羹が到来しようものなら,家族全員でちゃぶ台の周りを踊って喜んだものだ.(うそ)

 「ついでにいうと」の次が「余談だが」で,話がどこに行くのか自分でもわからないので,ゴードー焼酎のことに戻る.
 山口瞳(私のハンドルネーム江分利万作は,もちろん江分利満氏のパクリである)が洋酒の壽屋に入ったのが昭和三十三年,すなわち平松洋子さんが生まれた年.その少し前に展開を始めたトリスバーの営業に奮闘したことは山口の著作に書かれている.このトリスのハイボールが,日本三大飲酒階層の一つである会社員の世界から,お世辞にもスマートとはいいがたい甲類焼酎を駆逐したのであった.
 昭和四十年代における日本三大飲酒階層の二つめ,大学生の飲む酒は,昭和三十九年発売のサントリーレッドかハイニッカであった.この二つはアルコール1%あたりの価格で計算すると,ビールや日本酒より遙かにコストパフォーマンスが高かったからである.
 岡林信康が昭和四十三年に「今日の仕事はつらかった あとは焼酎をあおるだけ」(『山谷ブルース』)と歌ったとき,それはおそらくゴードー焼酎だったであろうが,この時代の焼酎は既に,まさに『山谷ブルース』に歌われたように,会社員でもなければ学生でもない日本三大飲酒階層の三,日雇労働者のイメージと結びついた酒となっていた.

  【革命歌 国民の酒】
 国民の酒 焼酎は 安くて量が多い
 国民の酒 焼酎は 安くて量が多い
 ビールでは腹が張る ウイスキーでは高すぎる
 国民の酒 焼酎は 安くて量が多い

 国民の煙草 新生は 安くて煙が多い
 国民の煙草 新生は 安くて煙が多い
 いこいでは高すぎる バットでは安すぎる
 国民の煙草 新生は 安くて煙が多い

 国民の紙 黒ちりは 安くて量が多い
 国民の紙 黒ちりは 安くて量が多い
 新聞紙はかたすぎる 京花は高すぎる
 国民の紙 黒ちりは 安くて量が多い

 この革命歌(笑)に歌われたゴードー焼酎は,平松洋子さんが飲酒年齢に達した昭和五十年代にはもう時代の表の面から姿を消していた.そして平成となり,平松洋子さんの世代も知っている甲類焼酎の酎ハイブームが起きるまでには,長い時間が必要であった.
 平松さんの疑問(ゴードー焼酎ってなに?)に答えるのは難しい.今でもゴードー焼酎の末裔はあるのだが,よほど場末の赤提灯でなければ,そのまま飲む客は少なかろう.酒屋で手に入れて家飲みするしかないように思う.

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2013年9月14日 (土)

妄想小町

 ネット上には色んな掲示板があって,まことに玉石混淆である.
 某巨大掲示板は一口に言えないので省くと,他には『価格.com 掲示板・レビュー』が投稿者に普通の節度があり,パソコンや家電に関して技術的にデタラメなレスは詳しい人からキッパリと訂正が入ったりするので,割と参考になる掲示板だと私は思っている.

 質問掲示板『OKWave』(=『教えて!goo』)は,質問に対する正解を質問者自身が選ぶという致命的な欠陥があり(正解が選べるくらいなら,そもそも質問してない),全然ダメ.意図的な嘘の回答に質問者がベストアンサー20点をつけていたりするのを見ると「あ~あ騙されちゃって,かわいそうに」と思う.

 で,前にも書いた『発言小町』の悪口なのだが,ここには質問事項に詳しい専門家がアクセスすることは,ほとんどない.編集部が勝手にレスを改変してしまうような掲示板に,一体誰が時間を割いて回答を寄せたりするだろうか.私もかつて自分の専門分野のことに関して積極的にレスをつけたことがあるのだが,ボツにされたり内容を改竄されたり,編集部にはとても嫌な思いをさせられた.だから今はもうリードオンリーである.そのような専門家達は多いと思う.
 そういうことがあるので,いまや『発言小町』は『OKWave』と並んで誤情報発信のセンターになっている.特に労働法関係の質問や,食品衛生学並びに栄養学分野の質問に対する回答の酷さは目に余る.誤情報どころか実害が発生しているはずである.

 さて『発言小町』には『OKWave』にはない特徴がある.それは掲示板利用者の妄想体質である.例を挙げれば,ときたま見かけるハンドルネームが「医療関係者」の人々.医師でもなく看護師でもなく「医療関係者」と名乗るところに妄想傾向が現れている.うろ覚えの知識を披露したくて仕方ない.そこで自分のレスを権威付けたいのであるが,職業を詐称するほど強気ではないので「病院の厨房でパートしているんだし,医療関係者で間違ってないわよねっ」てなところであろう.

 このように私が『発言小町』について上記のごとき悪口を書いておきながら,それでもこの掲示板を愛読しているのは,ほとんどギャグの域に達している妄想レスが楽しいからである.
 例えば誰かが自分ちの家計についてトピを立てたとする.すると「うちは世帯収入が8000万ありますが・・・」とか「私の夫(30代後半・上場企業勤務)の年収は軽く1億を超えます・・・」「年収1千万少し程度の低収入家庭では・・・」などという妄想レスがワラワラとつくのである.とても日本のこととは思われぬ.
「恋愛」タブに掲載された相談なのに,相談内容に関係なく「ちなみに私は専業主婦ですが年間不動産収入が5000万ほどあります」などと唐突に書き込むレスもある.これが結構多くて「ちなみに」と書けば何を書いてもいいと思っているらしい.

 読んで楽しいわけではないが定番の妄想は他にもあって,「わたしはアラフィフですが,30代にみられます」と書いてハンドルネームが美魔女,なんてのが典型的なものだ.この種のトピは他の女達に寄ってたかって叩かれるのが常ではある.アラフィフと自分で書くからには五十歳以上であるに違いなく,四十九歳なら必ずや「四十代後半」と書くであろうし,それを女達は知っているから汚い言葉(「○ス」とか「デ○」など)で罵倒し,容赦なく叩くのであろう.

 爆笑トピの代表格は「私はよく人から美人といわれます」だ.爆笑のわけは,この場合は袋叩きにはならず,「私も美人といわれます」「私はモデル体型ですてきといわれます」「自分でいうのもなんですが顔は綺麗です」のようなレスが怒濤のようにつくからである.しかしながらみんなでお花畑で遊びたい気持ちはよくわかる.酷薄なアラフィフ叩きに比べれば精神衛生上遙かによろしい.楽しい気分は,きっとお肌にもいいに違いない.

 では妄想のサンプルを一つ.
「片言の英語も話せないと憐れみをうけました」と題するトピが「学ぶ」タブに立てられた(9/6).教科書を読んで勉強しているのに片言も英語がはなせない,どうしたらいいか,との相談である.
 これに対して“も”という人が「NHKの講座テキストを熟読するよりもテレビやラジオの番組を視聴するほうがよい.英文を読めても、耳で他人の発言を聞き取れて即声に出せないとだめ」とレスをつけた(9/6 21:46).
 一見まともなアドバイスのようだが,このレスのタイトルが「HALLOも外国人に言えないと?」なのである.(爆)
 この人は常々「中学程度の英語もできないけど外国人と会話したいなあ」と思っているうちに自分は英会話堪能だという妄想に陥り,トピ文を読んで「正しい勉強法を指導してあげなくちゃっ」と思い込んだのかも知れない.(ま,レスのタイトル一つでそこまで想像してしまう私もかなりの妄想体質ではあるが〈汗〉)

 外国人には“Hallo”ではなく“Hello”といった方がいいですね,なんて缶ビール片手にツッコミ入れながら読むと面白くて,つまりは書き手も読み手も同病相憐れむの有様にて,『発言小町』閲覧がなかなかやめられない.

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2013年9月13日 (金)

さつま汁 補遺

 記事「さつま汁」を載せたあと,よく勉強してみたら記述に不正確なところがあった.

 豚でも鶏でも,畜産品種としての名称とか,その登録商標とかが複雑であるので,気をつけるべきだったのだが,天然記念物の鶏は正確には「薩摩鶏」(読みは「さつまどり」)という.ウェブサイトでみかける,そして私が記事に書いた「さつま鶏」ではない.たぶん,であるが他サイトの「さつま鶏」も「薩摩鶏」を誤記したものであろう.

 薩摩鶏と他の種の鶏を掛け合わせ,血統的に「薩摩鶏」が50%以上のものを「薩摩地鶏」というが,これは日本農林規格で定められている地鶏の名称であって,特定の養鶏品種を指すものではない.

 一方,鹿児島県畜産試験場が作出した《薩摩鶏(♂)×ロードアイランドレット(♀)》を「さつま地鶏」といい,商標登録されている.この他に鹿児島県畜産試験場は「黒さつま鶏」という品種も作出している.

 以上,謹んで訂正です.この続きはこちら

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さつま汁

 最近ネットを徘徊していて気づいたことがある.
 それは「さつま汁」とは何だ,ということ.私はサツマイモの入った汁だと思っていたが,そうではないという.鹿児島県の郷土料理で,「さつま鶏」を使った汁だというのである(象印マホービン等のサイトによる).
 ということは,さつま鶏という鶏が手に入らない地方では作れないことになる.サツマイモなら全国どこでも買えるけれど.

【広辞苑第六版;薩摩汁】
豚肉・鶏肉などに大根・ゴボウ・ニンジン・サツマイモなどを加え、みそ仕立てにした汁物。元来は骨つき鶏肉のぶつ切りを用いた。鹿児島汁。鹿児島煮。

【平凡社世界大百科事典第二版;薩摩汁】
鹿児島地方の郷土料理とされるみそ汁の一種。骨つきのままぶつ切りにした若鶏に,サトイモ,ダイコン,ニンジン,ゴボウ,ネギなどをとり合わせてよく煮込むもので,栄養に富み,温まるので,とくに寒い季節の惣菜として各地に普及している。豚肉,サツマイモ,ジャガイモなどを使うことも多い。

 上記の説明は「さつま鶏」に言及してはいないが,ぶつ切りの鶏肉を使うのが元来のかたちであるとしている.サツマイモ派完敗の図ですね.この歳になるまで知らなんだ.
 従って「そもそもさつま汁は,さつま鶏を入れる鹿児島の郷土料理である」と言われたら分かりました~と言うほかないが,そこはまぁ普通の鶏肉で代用してもいいんじゃないすか.

 ところが COOKPAD には鶏肉なしの「さつま汁」がいくつも掲載されている.私と同じサツマイモ派でありますね.それらには豚肉を入れるレシピが多いが,中には鯵を使うものもある.驚いたことに,さつま鶏どころか普通の鶏肉もサツマイモも入れない,豚肉とジャガイモの汁が載っている.それでは豚汁ではないか.これをアップした人は「さつま」をなんだと思っているのだろう.せめてサツマアゲを入れてもらえないだろうか.

 というわけで,豚汁を「さつま汁」だと言い張るために,何を入れればいいか考えてみた.「さつま」を前方一致にして辞書を引いたのである.
 ところが汁物に使えそうなものがあまりないのですね.

《薩摩隼人》 お椀に入りません.包丁で切ろうとしてもこっちが切られそうです.
《薩摩半島》 もっと大きいです.
《薩摩硝子》 食べると口内出血するでしょう.
《薩摩節》 鹿児島特産の鰹節.これなら出汁をとるのに使えます.
《サツマシロアリ》 論外です.
《察回り》 なに言ってんすか.

 肝心の「さつま鶏」だが,調べたら天然記念物だった.
 天然記念物を食ってはいけません.普通の鶏肉を使いましょう.

この続きは「さつま汁 補遺」と「さつま汁 ふたたび」です.

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2013年9月12日 (木)

鉄球クレーン車の支離滅裂

 また東京でオリンピックをやるとのこと.開催は2020年だから,私はもう死んでいるかも知れない.でも全然平気だ.私が中学のときに東京オリンピックがあって,東京オリンピックはひとつあれば充分だと思っているからである.Wikipedeia では昔の東京オリンピックを「東京オリンピック1964」と呼ぶことにしようとしているようだが,余計なことだ.オリンピックを呼び分けるなら「東京オリンピック」と「東京オリンピック2020」でいいではないか.
 これまでは,酒場で若いモンに「東京オリンピックのときに君はいくつだった.なにぃ生まれてない~,じゃベラ・チャスラフスカとかアベベ・ビキラとか円谷幸吉も知らんのか.いいかね,チャスラフスカという人は体操の名花,オリンピックの華といわれた美人でな,のちに祖国チェコスロバキアの民主化運動に加わって断固として信念をまげず…(中略)…ソ連の軍事介入に,なにぃソ連て何ですかだとぉ~」と講釈たれることができたのに,「東京オリンピックのときに君はいくつだった.なにぃ東京オリンピックだけじゃわからんだとぉ~」と話の腰を初っ端から折られてしまうではないか.いや講釈の腰折れはどうでもいい.かの市川崑監督の傑作『東京オリンピック』のタイトルを『東京オリンピック1964』に変えるというのか.そんなことでいいのかっ.いいですか.そうですか.すいません.わたしら老い先短いもんで,おねげえですから東京オリンピックは東京オリンピックのままにしておいてくだせい.

 というわけで市川崑『東京オリンピック』をまた鑑賞した.
 このDVDは東京オリンピック四十周年記念に販売されたもので,劇場公開版と市川監督によるディレクターズカット版が入っている.
 それぞれの競技の場面も思い出深いが,私が胸熱くするのは何といっても『オリンピック・マーチ』である.
 オリンピックの二年後,私は高校で吹奏楽部にいた.そのときの部長が軽音楽趣味で,日頃は映画音楽やラテンの曲を練習することが多かったのだが、ある日突然『オリンピック・マーチ』の楽譜を皆に配って「マーチをやるぞっ」と宣言した.それからというもの,年に一度の定期演奏会まで,『オリンピック・マーチ』漬けの日々を過ごした.だから『オリンピック・マーチ』を聴くと高校の頃の思い出がよみがえって胸が熱くなるのである.
 高校生のときを回想して何故に胸が熱いかというと,当時つきあっていた女の子がR子さんという人で,そのR子さんとの脳内お花畑の日々を思い出すからである.私とR子さんとは高校卒業のあと,以下略.

 さて『オリンピック・マーチ』といえば古関裕而である.
 古関裕而は福島県の人.夏の甲子園大会歌『栄冠は君に輝く』を知らぬ人はあるまい.他には多くの戦時歌謡,戦後も『長崎の鐘』ほかの大ヒットで知られる.私がカラオケで歌えるだけでも『露營の歌』(1937)『愛國の花』(1938)『暁に祈る』(1940)『若鷲の歌』(1943)『とんがり帽子』(1947)『長崎の鐘』(1949)『黒百合の歌』(1952)『高原列車は行く』(1954)があるぞ,どやっ.
 そして極め付けは『モスラの歌』(1961)である.ただし残念ながら『モスラの歌』の歌詞はインドネシア語なので私は歌えない.ところが You Tube に,自分で『モスラの歌』を歌ってアップした女性がいる.この人は一所懸命歌っているのだが「ハンバーグ屋が・・・」とコメントされている.これは歌詞の途中にある「ハンバムヤン」というフレーズの発音が悪いとからかったものである.かわいそうに.私はそいつに自分で歌ってみろといいたい.『モスラの歌』は結構難しい歌だと思う.

 ここで話は脱線するが,というか既に脱線しっぱなしであるが,東宝特撮映画『モスラ』(1961)の原作者は中村真一郎,福永武彦,堀田善衛なんである.群馬県の片田舎の少年江分利万作は,当然ながらそんなすごい人たちが『モスラ』の原作を書いたとは知らず,大学生になって彼らの作品を読むようになっても,まだそれを知ることはなかったのであります.

 古関裕而のことに戻る.古関裕而が没したのは平成元年8月18日である.手塚治虫は同年2月9日,美空ひばりは6月24日であり,手塚・美空・古関の三人は,昭和の終わりと共に去り行きし御三家と言われている.誰が言っているかというと私だ.
 平成元年没の著名人は多いが,日本国民に与えた影響という点ではこの三人をおいて他にない.いや元年没といえば大坂志郎,浦辺粂子,松田優作の三人を挙げる向きがあるかも知れない.ないですか.そうですね.いきなり浦辺粂子といわれても.

 ともあれ昭和という時代の怒涛の進撃は東京オリンピック開催準備の槌音とともに始まった.映画『東京オリンピック』の冒頭,鉄球を付けたクレーン車が古いビルを破壊するシーンはその象徴といえよう.
 時を経て1969年1月,東大安田講堂の封鎖解除に警視庁はこの鉄球を使用せんとしたが,同作戦は採用とならなかった.文化財である安田講堂の破壊を警視総監が認めなかったためである.しかし後のあさま山荘事件で山荘の二階と三階を繋ぐ階段の壁を破壊するために使われ,国民をテレビの中継画面にくぎ付けにした.
 やがて停滞期に向かう昭和期の峰を結ぶ三つの鉄球クレーン車.破壊するものとしての鉄球.
 で,何が言いたいかというと,特に言いたいことはない.
 というわけでようやく話がまとまりました.よかったよかった.ヾ(--;)まとまってませんて.

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2013年9月11日 (水)

高齢者の性格特性

 Wikipedia の項目【高齢者】に,「性格特性」という記述(★)がある.

(★)性格特性
 1.円熟型 - 過去を後悔することもなく未来に対しても希望をもつタイプ。
 2.安楽型 - 消極的で、現実を受け入れるタイプ。
 3.防衛型 - 若い時の生活水準を維持しようとするタイプ。
 4.憤慨型 - 老いに対する不満が他者への攻撃となってあらわれるタイプ。
 5.自責型 - 人生を失敗だったと考えてふさぎこむタイプ。

 記述はこれだけで,出典もなにも示されていないので調べてみたら,高齢者福祉・介護分野の理論なんだそうである.介護福祉士の試験に出るらしい.

 Wikipedia は高齢者の性格特性としているが,この論を立てた S.Reichard の元々の理論は『定年退職後の男性高齢者の5つの人格特性』というらしい.つまり女性はこの理論の対象から除くらしいが,理由は知らない.
 この5つのタイプの呼び方は,他のサイトを参照したところ多少の違いがみられた.例えば以下のようである.

 円熟型 → mature
 安楽型 → rocking-chair,安楽椅子型
 防衛型 → armored,装甲型
 憤慨型 → angry,外罰型
 自責型 → self-haters,内罰型,自己嫌悪型

 元の語が“rocking-chair”なのにこれを「安楽型」と訳するのはいかがなものか.「安楽椅子型」なら,もうすっかり世間から引退して暖炉の前でうつらうつらしている老人のイメージであるが,「安楽型」は暮らし向きが悠々自適なのを強調した印象であり,ちょっと違うんじゃなかろうか.

 閑話休題.
 私はどのタイプなんだろう,と考えてみた.
 このブログで明らかなように私はあちこちに噛みついているから,人格円熟から遠い男だと自分でも思う.

 同様に暖炉の前でうつらうつらな人間でもない.第一,うちにはロッキングチェアも暖炉もない(泣).炬燵はあるけど.

「装甲型」は“armored”の直訳だが,これは Wikipedia の「防衛型」のほうがわかりやすい.何から自分を防衛しているか,というと「老い」らしい.Wikipedia には「若い時の生活水準を維持しようとする」とあるが,これは誤訳の気配がある.「生活水準」よりも「生活」がよい.「肉体的な若さを維持しようとする」のも,この「防衛型」の特性のようだ.ジムに通ったりしてね.

「憤慨型」はわかりやすい性格.ブログに「小言幸兵衛」なんてタイトルの文章を書く爺がこのタイプで,そこら中にいる.

「自責型」は私からもっとも遠い性格特性だと思う。私の人生は失敗の連続だったような気がするが、いつも「ま、いっか」で済ませてきた。日常の細かい失敗も、瞬間的に後悔することはあるが、すぐに忘れてしまう。おかげでタブって購入した書籍とか DVD とかが多いのに反省というものがない.
 定年まで勤めていた会社はいわゆる大企業だったので、社員が自分でメンタル面の問題を把握できるよう、ストレスの有無とかを判定できるプログラムを社員に供給していた.そのテストは毎年受けることになっていたのだが,私はいつも結果が「心配いりません」だった.ひょっとしたら私はバカなのかも知れないと悩んで夜も眠れず,自己嫌悪にかられつつテストを受けても「心配いりません」だった.たぶんバカなんだろうと思う.エンディングノートを二冊も買ってどうするのだ.ばかばかばか.でもま,いっか.

 さて,この理論の実際的応用については全く知らないのだが,分析結果はレーダーチャートで表現するのかな.人の性格を単純に「○○型」で割り切るのはなかなか難しいと思うし,加齢で次第に変化することもあるだろうから.
 いまのところ私は五特性のどれかがとんがった爺ではないと思うけれど,将来は傍迷惑な憤慨型になりそうな予感がする.気をつけねば,と思うけれど,どこかに「高齢者の性格特性診断テスト」なんてサイトはあるだろうか.

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2013年9月10日 (火)

無限流手裏剣

 いしいひさいち『ののちゃん 全集8』(徳間書店)の79ページ,No.4625にキクチ食堂の婆さんがでてくる.
 この婆さんは食堂の前を通るののちゃんたち小学生にバケツやヒシャクで打ち水をぶっかけるので,砂かけ婆ならぬ「わざと水かけ婆」という.ある日,通行人に例によってヒシャクの水をかけたのだが,それは秘技「玉風」と「不知火」であった.

 というのがNo.4625であるが,たぶん還暦前の若い(?)人にはなんのことかわからないだろう.これは白土三平へのオマージュなんである.

 と偉そうに言いながら,その白土作品のタイトルがなんであったかよく思い出せない.それで古本屋を漁って『忍法秘話』全六巻(小学館文庫版)を買い集めたら,その「四」にありました.タイトルは『たまかぜ』,抜忍オドのエピソードである.
 敵に囲まれて窮地に陥ったオドが放つ無限流手裏剣の技,「十文字」「峰くずし」「三つ角」「山影」「飛燕」「八文字」・・・そして遂に右手を斬り落とされ,左手の指も失い,手裏剣を投げることのできなくなった絶体絶命のオドに残された最後の秘術「たまかぜ」.

 『たまかぜ』の初出は,調べたら雑誌・週刊少年サンデー(1963年6月9日号;24号)だった.そうそう,私は小学生から中学生の頃にかけて少年サンデーを定期購読していたのだった.
 Wikipedia に少年サンデーの過去の連載作品一覧があるが,これには『たまかぜ』の記載がない.ということは単発の掲載だったのか.この頃の白土三平作品の掲載は月刊誌(月刊『少年』?)が中心だったかも知れない.

 当時の忍者漫画は何と言っても横山光輝『伊賀の影丸』(1961年14号-1966年39号)が最高の人気で,今でも爺達が集まって酒を飲んで「いやあ村雨五兄弟ってのが『伊賀の影丸』にでてくるだろう? あの末弟の・・・」などと昔話に花が咲く.
 少し遅れて白土三平『カムイ外伝』が連載開始.これが1965年21号-1966年40号だから,1965年から1966年は両作品が同時連載されていたわけで,これこそが「少年サンデーの輝ける二年間」と言われている時期であるが,誰が言っているかというと私だ.

 少年サンデーの購読をやめたのは高校に入ってからだが,ある日教員室で古文の教師に「教科書なんか読んでるヒマがあるなら,これを読め」と『忍者武芸帳』を渡された.確かに『忍者武芸帳』は古文の教科書より面白かった.余談だが,この先生は古文の授業で江戸時代の切腹の作法とか,古文書の写しをテキストにして色々なことを教えてくれた.楽しい授業だったと懐かしく思い出される.
 やがて私は大学に入り,学校前の小さな喫茶店の本棚には『ガロ』が揃えられていたので,それで『カムイ伝』を知った.だがどうも私には『カムイ伝』が面白いとは思えず,そのまま白土三平からは遠ざかることになった.

 以来四十年,結局私が好きなコミックは四コマギャグで,中でも いしいひさいち の『忍者無芸帳』シリーズが大好きだ.出版社が異なるための重複を厭わず買ってきたから,忍者モノはほぼ全作品が手元にあるのではないかと思う.
 いしいひさいち の忍者モノに登場する忍びの者達は,上忍から下忍に至るまで全員間抜けであり,シリアスな『カムイ伝』の対極にある.だから突然『ののちゃん』に白土三平へのオマージュが出てきたので私はちょっと驚き,それで『忍法秘話』全六巻を買ってしまった次第.これで勢いがついたというのか,懐かしさに負けて今日は『真田剣流』二冊を注文してしまった.この調子でどこまで行くのか自分でもわからない.

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2013年9月 9日 (月)

kp41 syndrome on Diablo2 補遺

 このブログのアクセスログを見ていたら,8/8に書いた掲題の記事にだけアクセスする人が週に一人くらいいることに気づいた.
 一部を再掲する(引用符;>).

>このゲームは,Windows7 では,ゲームオンの状態でほったらかしに数時間,キャラを町で待機させていたりすると描画がカクカクになってしまって,ダンジョンに潜って敵と戦うどころの状態ではなくなる.(中略)
>ところが,ところがである.
>kp41病が治ったら,Diabl2 の上記の症状も嘘のように消えてしまったのである.
>どうやらDiablo2 のカクカク描画はkp41病と,というか電源の省電力設定と関連があるらしい.理屈は全然わからないが.
>これについてWebに情報がないのは,Windows7 64bit でDiablo2 なんぞを未だにやっている人間がレアだからであろう.
>DirectX 9 時代の,他の古いゲームは省電力設定の影響を受けるのだろうか.ともかくkp41 と古いPCゲームに関する一つの情報として以上のことを書いておく.

 上記の記事は“kp41病 Diablo2”で検索するとトップにヒットするが,“kp41病”だけで検索しても50番目なので,必ずしも Diablo2 との関連で閲覧されているとは思われないが,これを書いたあとkp41病に罹患していないマシンを使ってわかったことを以下に書いておく(★).

★[電源オプション]→[プラン設定の変更]で[詳細設定]を開くと,省電力設定項目がリストされている.この中で[プロセッサの電源管理]→[最小のプロセッサの状態]がデフォルトでは 5% になっていると思うが,これを増やすと Diablo2 のカクカク描画は解消するようである.(現状で私は 50% にしている)

 それで思い出したのだが,Diablo2 の仕様で「利用可能な CPU power を100%使用する」というのがあった.
 もしかしたら,であるが,Diablo2 はマシンが省電力モードに移行して描画がカクカクになってもとにかく動作はするので,OS からは「5% で足りているよね」と見えているのかも知れない.つまりカクカク描画はグラボには無関係で,CPU power の低下のためではないだろうか.

 もし Diablo2 の描画問題でお困りの方がいらっしゃるのなら(あまりいないとは思うけど),省電力設定で[最小のプロセッサの状態]を変更してみてください.解決する可能性が高いです.

【関連記事】 kp41 syndrome on Diablo2

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2013年9月 8日 (日)

新時代に強盗が心しておくべきこと

 報道(8月29日 6時2分  スポーツ報知)によれば,8月27日午後11時5分頃,成田市西三里塚のラーメン店「くるまやラーメン成田西三里塚店」に客を装って押し入り現金約25万円を奪ったとして,千葉県警成田署は成田市の無職・石井照一容疑者(41)を現行犯逮捕した.
 事件発生と同時に,店員に包丁を突きつけている容疑者を,すぐ近くの小上がりにいた若い客達が「強盗なう」とつぶやいてツイッターに投稿した(その画像は検索すればすぐ出てくる).
 またちょうど店に入ってきた女性客も「店員に包丁突きつけている時に店に入っちゃったから、まじ怖かったー」(スポーツ報知から引用)とツイート.この女性の証言によると他の客達もただちにツイートしたらしい.
 なにしろ強盗を実行したとたん,一斉に何人もの客が強盗現場の実況中継を始めたわけで,一応強盗の手順をイメージトレーニングしてきたであろうに,想定外の事態が起きて驚いた石井容疑者の動揺は想像に難くない.警察が駆けつけたとき,逃亡する気力を失った容疑者は店の駐車場にがっくりと座ったまま動かなかったという.

 ここで疑問が二点.石井容疑者はこの店の常連客だったという.普通,なじみの店に強盗にはいるか? 面割れもいいところではないか.これが一つ.

 もう一つは,強盗事件発生時の客の反応である.すぐさまツイートした人達以外に,何事もないように落ち着いてラーメンをすすっていた客がいたという.強盗が行われている最中に,その横でラーメンをすするのは,私にはできそうもない.

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2013年9月 7日 (土)

リスク管理

 報道によれば,スタジオジブリの宮崎駿監督が引退を表明した.
 以前にも引退をほのめかしたことがあった記憶があるが,『風立ちぬ』でやるべきことは終わった,ということかも知れない.
 この作品で最後との思いがあったとすれば,韓国における『風立ちぬ』批判と,日本禁煙学会からの宮崎批判は,残念な思いだったであろう.
http://www.nosmoke55.jp/action/1308kazetatinu.pdf

 禁煙学会の主張はまことにもっともであるが,非喫煙者の学者やアーティストから『風立ちぬ』擁護の反論がなされたのは,禁煙学会にとって予想外だったでのはないか.
 森永卓郎氏は「これまでエスカレートするばかりだった禁煙運動ですが、今回の映画で非喫煙者からも『禁煙には賛成だが、時代描写を曲げることには反対』との認識が広まった点で、収穫だったと思います。まだ、日本人は冷静さを完全に失ったわけではありませんね」とコメントしている(@nifty ニュース 2013年8月21日 NEWS ポストセブン配信).

 禁煙学会がやり方を間違ったとすれば,上記URLの『要望書』が相手を宮崎駿監督に絞ったものだったことだろう.表現の自由に対する介入ととられても仕方ないところがあった.
 やるならば『要望書』ではなく,我が国の過去の映画作品を広く対象にして,作品中の喫煙シーンに対する全面的な批判を展開,公表すべきであった.極論をいえば,たとえ時代考証として間違っていても作品中では喫煙場面を描くな,と学会サイト上で不特定多数を相手に主張すればよかったのだ(そのように主張することは全く禁煙学会の自由であるし正当な権利である).ジブリに対する『要望書』でなければ,今回のように腰砕け(論旨の変更)にならずに済んだであろう.

 昨日自宅で『男はつらいよ 寅次郎紅の花』を観ていたら,寅次郎の甥の満男がファミレスの禁煙席で唐突に喫煙するシーンがあった.
 これなんかは時代考証に無関係のシーンだし,なぜここで満男が喫煙しなければならぬのかという表現上の必然性が感じられないから,『風立ちぬ』の場合よりも喫煙シーン批判に正当性があると思う.
 今からでも遅くはないから,禁煙学会は山田洋次監督に,ジブリ批判と同趣旨の『要望書』を出してはどうか.映画ファンからもっとタコなぐりの目にあうだろうが,それを堂々受けて立つ覚悟がないなら最初からジブリに『要望書』など出さねばよい.

 松江市教育委員会も同じこと.反響に驚いて『はだしのゲン』閲覧制限を見苦しく急遽撤回するくらいなら,最初から閲覧制限などしなければいいのである.
 これをしたらどういうことが起きるか,予測を立てずに短絡的に行動したこと.それが禁煙学会と松江市教育委員会に共通の失敗であった.それはつまり両者に欠落していたリスク管理能力の問題である.

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2013年9月 6日 (金)

顕微鏡下の金平糖

 小川洋子『とにかく散歩いたしましょう』(毎日新聞社)を読んでいたら,有殻アメーバの話がでてきた.知人の数学者と食事した際に,その学者が有殻アメーバの写真を見せてくれたのだという.
 私の貧相な頭の中のアメーバは,不定形の単細胞生物以外の何者でもなかったので,「なんだそれは」とネットで「有殻アメーバ」を検索してみた.
 そうしたらヒット244,000件.正直言って驚いた.私の知識の外で,たくさんの人達のあいだで,こういう世界が広がっていたのね.

 彼女はこの小さな生き物が作る殻の愛らしさに感動したと書いているので,私はさらに「有殻アメーバ 画像」で検索してみた.
 残念なことに画像一覧の中には,彼女が目にした有殻アメーバの画像と全く同じものはなかったのだが,多様な有殻アメーバの画像がネット上にはあり,彼女の感動がわかる気もした.

 ところで,ある人が自分のブログに,小川洋子さんが見た有殻アメーバについて(★)のように書いていた.

(★)それでどんな形かと言うと「丸くてすそにフリルがあって角が生えていて~」というから多分この画像みたいなのじゃないだろうか?
http://blog.livedoor.jp/xyzxyz4/archives/51320412.html


 このブログ(↑)に掲載されているのは「ウロコカムリ」というものらしく,小川洋子さんが書いているものとは全く違う.彼女が見た有殻アメーバの殻は球形で金平糖のような角(つの)があると書いているのに,このブロガーが載せている画像は細長い壺状で,角ではなくひげがある.殻の入り口にフリルもない.たぶん金平糖という菓子を見たことがないからだろうけれど,とても私と同じ文章を読んだ人とは思えない.

 さて有殻アメーバについて書かれたサイトを読み進んでいるうちに,私は光瀬龍『ロン先生の虫眼鏡』に描かれた小さな生き物,プラナリアとクマムシを思い出した.
『ロン先生の虫眼鏡』はハードカバーが早川書房から出版され(1976),のちに徳間文庫に入った.ハードカバーは昔手放したのだが,数年前にまた徳間文庫版を買い直した.徳間の古本は Amazon で入手可能.
 プラナリアは徳間文庫版の PartⅢ にある「わが青春のプラナリア」に,クマムシは同 PartⅢ の「したたかな者たち」に登場する.

「わが青春のプラナリア」は,誰にもある遠い記憶のような,しみじみとして少し苦い味のする短編である.
 光瀬龍が理学部生物学科の学生であった「わが青春のプラナリア」の時代から六十年後,いまプラナリアの研究はどうなっているのかとウェブを検索したら,この夏にも最新の成果が発表されており,プラナリアの再生能力の分子生物学的解明とか,認知症やアルツハイマーの治療につながる研究とか,すごいことになっている.
 有殻アメーバはどうかというと,環境学分野で地道な研究が続けられているようだ.クマムシや有殻アメーバがいつか脚光を浴びる日がきたら楽しい.

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2013年9月 5日 (木)

「掲示板」としていかがなものか

 読売の『発言小町』に「確信犯」の意味について質問するトピが立っている.
 昨日朝の時点で60ほどのレスがあって,その中でほぼ正しい理解をしている人はたった二人であった.(トピ文に書かれたトピ主の理解は点数でいえば70点)
 あとはもう,「犯」の意味するところも知らずにトピ主に偉そうに嘘講釈を垂れている,点数をつければ0点のレスばかりである.

 さて私は以前,『発言小町』に,ある食品に関する質問トピが立ったとき,非科学的な,かつ現在の食品関連法による規制に関して誤ったレスばかりついているので,これはいかんと思って正解を投稿したが,掲載されなかったことがある.
 回答が詳しすぎて冗長だからだめなのかと思い,書き直して再度投稿したがトピに反映されない(「同じ内容の複数投稿は掲載しない」という規程に抵触しないように気をつけたのだが).
 そこで知人数名に頼んで同じ趣旨のレスを投稿してもらったが,それでも載らない.
 最後に「このトピは誤った情報の源となっている.意図的に正解を載せないことについて読売新聞社の見識を問う」と書き送ったが無視された.
 それどころか,この件でクレーマー認定&バンされたらしく,それ以後私のレスは一つも掲載されなくなった.過去の発言も削除された.やることが割と陰湿である(笑).

『発言小町』の編集者は,いわば「神の手」である.たくさんのレスからどれを掲載するかは編集者の意のままである.人間関係とか恋愛に関するトピで,トピ主がめちゃくちゃに叩かれて炎上するか,あるいは共感者の輪ができてハッピーエンドなトピになるかは,編集者が気分次第でテキトーに決めていると私は思っている.

 また掲載するレス文でも,編集者が気に入らない部分は,何行でも勝手に削除されてしまう.上記「読売新聞社の見識を問う」レスの前に,他のトピに投稿した私のレスのうちには,肝心のところが削除されて全く文意が変えられたものもあった.

 上述の「確信犯の意味」に関するトピで嘘レスばかり掲載されているのは,そもそも編集者が「確信犯」の意味を知らないからであろう.「確信犯」の正しい意味を述べたレスがいくつもボツにされているはずである.
 読売の『発言小町』掲示板が,言葉の誤用や誤った知識の発信源になってしまっているのは,編集者の頭が低レベルだからである.そう思って間違いはない.

 ちなみに週刊アスキー連載『今週のデジゴト』(9/10号)で山崎浩一氏が,悪ふざけ写真を Twitter に投稿することに関して「こんなのは確信犯に決まっているではないか」と書いている.これこそが「確信犯」の誤用の最たるものである.

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2013年9月 4日 (水)

バンの幼鳥

 私のうちには六歳のトイプードル(仮名プー子)がいる.生まれて四か月目にペットショップで購入した.
 私はその頃,飼い主に捨てられたかわいそうな犬猫がどれほど日本中にいるか全く知らず,犬や猫はペットショップで買うものだと思い込んでいた.しかしプー子と暮らし始めてからは,犬や猫について書かれた色んな本を読むようになり,この国におかれたペット達の状況をようやく理解することができた.
 とはいえプー子は私にとって初めての犬であり,飼育の経験が浅いからもう一匹引き取って面倒を見るのは無責任だろうと思い,以来プー子だけを育ててきた.

 で,思うに犬ほど喜びの感情表現が豊かな生き物はいないのではないだろうか.
 私が仕事から帰って玄関ドアを開けると,もう廊下でお座りして待っている.そして私の顔をみると飛び跳ねながら,わーっ嬉しい嬉しいと言いつつ激しく尻尾を振り,クルクル回る.それが終わると,家中をドドドドドと走りまくる.走っているうちに自分が何故嬉しいのかを思い出すらしく,一瞬立ち止まって「こんなことしてる場合では…」とつぶやき,それから私の足元に戻ってくる.そして私の脚にすがり付いてまた尻尾をブンブン振るのである.

 人間はどうか.母親を恋しい盛りの幼児であっても,お母さんが仕事から帰ってきたときにお座りして待っていることはないだろうと思う.ピョンピョン飛び跳ねることはするかも知れないが,それからうちの中を走りまくったりはしないのではないか.
 猫はどうだろう.飼い主が帰宅しても,いそいそと迎えに出てくる猫はあまりいないだろうと思われる.リビングでくつろいだまま,飼い主の顔を見ると「あんた汗くさいで.飯の前に風呂はいりや」などと横柄に言うであろう.

 では犬はなんでこんなに飼い主の帰りを喜ぶのか考えたのだが,プー子は三か月で母親から引き離されてうちに来たから,私はプー子のボスではあるが,プー子にとっては同時に母親代わりなのではないかと思う.
 だから私はプー子の母親の気持ちになってプー子を抱き上げ,頭を撫で,耳の後ろをくすぐり,「まあまあこの子ったら,ふふ」と言いながら床におろす.するとプー子はようやく落ち着いてケージに戻っていくのである.

 さて,プー子と暮らしているうちに私は,老化現象でもあるのだろうが,悲しそうな動物をみるとつい目頭が熱くなるようになってしまった.
 そういう加齢性涙腺弛緩症である私は,waiwai さんとこのブログで,親兄弟とはぐれてしまったかも知れないバンの幼鳥の画像を見た.(8/31掲載)
http://nekobiyori.cocolog-nifty.com/days/

 そしてそれを見ているうちに切ない思いが胸にこみ上げてきた.動物を擬人化して見るのは無意味なことと知りつつ,その生き物に感情移入してしまうのは人の常だ.さみしかろう,心細かろうと思って,しばらくそのバンの画像を見ていた私である.

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「PCで漢字が・・・」の補遺二

「PCで漢字が・・・」の補遺を9月2日に書いたばかりなのに,補遺二を書かなければならなくなった.

 報道によれば(@nifty ニュース 2013/8/31 配信),中国国務院は「通用規範漢字表」を公布した.(公布日8/29か?)

 この「通用規範漢字表」には,基礎教育と文化の普及に必要な一級漢字3500字,出版や印刷・辞書の編纂・情報処理などに必要とされる二級漢字3000字,大衆生活と密接に関係のある専門分野に必要な三級漢字1605字がリストされているという.
 配信された記事には書かれていないが,当然これまでの規範であった「現代漢語常用字表」と「現代漢語通用字表」は廃止されたと思われる.

「現代漢語通用字表」7000字がカバーしていた範囲は,「通用規範漢字表」では一級漢字3500字+二級漢字3000字=6500字となり,なんとまあこれは,読売の記事にある「6500字」と,後付けであるが一致してしまった.

 従って,9/2に書いた補遺の後半(結論部分)は削除訂正しなければならない.
 ただし,村田論文が述べている「中国語の場合は新聞や書籍などで日常的に使う漢字の総数は約4300字」は,規範には関わらない調査結果であるから,上記の報道には影響されないと思われる.

最初の記事
PCで漢字が書ければいいじゃないの

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2013年9月 3日 (火)

マックの明日

 日本マクドナルドが業績不振で,トップの交代が発表された.
 新聞等の報道における専門家の解説によると,コンビニとの競争に敗れつつあるのだという.その解説の当否は私にはわからないが,印象としては「そうだろうなあ」と思う.
 弁当需要のない地域の店舗は別とすれば,普通のコンビニには,たくさんの種類の弁当・お握り・サンドイッチ等が棚に並んでいる.そして時々は新商品が投入されて利用者の飽きがこないように努力している.しかしマクドナルドは十年一日のごとく,時たまのキャンペーンで割引価格にするとか,ポテト無料券配布とか,または量を増やしただけの新商品を投入するだけだ.これじゃ勝てないよなあと思う.

 私は朝しかマクドナルドを利用しない.通勤途中でコーヒーを飲むだけなら,ドトールとか他のコーヒーショップよりも安いからである.
 しかし他の商品は,価格が納得いかないものばかりだ.
「コンビ」はまだ許せる.ソーセージマフィンとホットコーヒーのコンビは二百円だから.ところがハッシュドポテト+ホットコーヒーは二百二十円で,一番安いコンビよりも二十円高く設定されている.質的にも量的にも,これは誰が見てもおかしいのではないか.

 大前研一氏が昨年末の週刊ポスト(12月14日号)で次の引用(★)のように書いていた.
★創業者・藤田田氏は生前「我が社の競争相手は(同じハンバーガーチェーンやファストフード店ではなく)コンビニだ」と看破していたが、その“予言”どおり、いまマックの最大のライバルはコンビニだ。
★もともとマックはプライシング(値付け)が歪んでいる。ハンバーガー単品の値段(東京・神奈川・大阪・京都の場合)は100円~490円でそれ相応だが、そこに原価が安いコーラなどのドリンクとフライドポテトを付けた「バリューセット」になると、途端に480円~790円に跳ね上がる。実は「バリュー(価値ある)セット」とは、マックにとっての「バリュー」でもあるのだ。

 コンビニが時々やるのだが,「お握りと合わせて飲み物も買うと二十円引き」のようなキャンペーンがある.セットで買えばお得ですよ,というわけ.
 なのにマックの場合は,大前氏がいうように,買えば買うほど割高感がつのる.これは昔も今も変わらない.

 話は少々横道に逸れるが,割高感といえば千円マックはすごかった.
 私の勤め先の近くにある定食屋では,トンカツ定食が六百五十円で鶏唐揚げ定食も同じ値段.鶏唐揚げ定食なんかは唐揚げがゴロゴロ山盛りになってる.私には食べきれないくらいだ.これに加えてご飯と味噌汁はお代り自由で,きゅうりのキューちゃん(東海漬物)が食べ放題でアイスコーヒーも飲み放題.私の部下の若い連中は唐揚げを全部食べたあと,きゅうりのキューちゃんでお代りのご飯を食べている.
 この店の他に中華の飯屋がいくつかあり,そこでも七百五十円前後でデザートとコーヒー付きの回鍋肉定食や油淋鶏定食が腹一杯食える.
 これじゃあ普通のサラリーマンはアホらしくて,安くあげたい毎日の昼飯にマックへ行く気にならないだろう.

 少し前,村上龍の『カンブリア宮殿』(テレビ東京)でモスフードサービス社長の櫻田厚氏が,モスの競争相手はハンバーガーショップではないと言っていた.近所の定食屋とかラーメン屋とか,そういう店が競争相手なんだと.たまにモスを利用する私は,なるほどねと腑に落ちた.

 モスは我が道を行くだろう.対するマクドナルドは大丈夫か.
 少ない店舗(主要コンビニ総店舗数5万店弱/マック3300店),少ないメニューと歪んだ値付けでコンビニという巨人に立ち向かうマックの明日はどっちだ.

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2013年9月 2日 (月)

「PCで漢字が・・・」の補遺

PCで漢字が書ければいいじゃないの」(8/22)に次(★)のように書いた.

(★) Wikipedia によると,中国で用いられている漢字(簡体字)の総数は2235字であるという.ところが YOMIURI ONLINE (8/21) の記事『中国、漢字書けない若者が急増』に「中国政府が定める、新聞や書籍などで日常的に使う漢字は6500字で、ひらがな、カタカナも使う日本の常用漢字の約3倍。」とあった.「中国政府が定める」「新聞や書籍などで日常的に使う」のは簡体字のはずで,6500字もあるはずがない.これは一体どういうことか.

 この記事に対して,読者の sakai さんから以下(☆)のように指摘を頂いた.

(☆) 簡体字の字数についてですが、「近くて遠い中国語」(阿辻哲次著)によれば、1986年に「簡化字総表」(2235字)が再発表されたとあり、冒頭のwikiの字数はこれを指すと思われます。ただ、この表は簡体字の字形の基準を示したもので、簡体字のないもの(正字をそのまま使うもの。たとえば漢数字の「一」など)は、この表には含まれていません。その後、1988年1月に「現代漢語常用字表」(常用字2500字、次常用字1000字)、同年3月に「現代漢字通用字表」(7000字)が発表されていて、印刷に使う字形などはこちらが基準となっているようです。

 それで阿辻哲次著『近くて遠い中国語』を入手して読んでみたのだが,読売の記事にある「中国政府が定める、新聞や書籍などで日常的に使う漢字は6500字で、ひらがな、カタカナも使う日本の常用漢字の約3倍。」を裏打ちするような記述はなかった.
 もしかしたら忘れていることがあるかもと思って,出版直後(2001年)に読んだ高島俊男『漢字と日本人』を取り出してざっと再読してみたが,同様にこの“6500字”に係る記述はなかった.

 手詰まりかなと思いつつウェブを調べていたら,横浜国立大学名誉教授・村田忠禧氏の『日本と中国の漢字使用状況の比較研究』と題した論文がみつかった.
(村田名誉教授については色々な政治的評判があるが,それはさておく)
http://sng.edhs.ynu.ac.jp/lab/murata/murata-kanji01.html

 上記論文の「七 総合結果」に「表20」があり,これに「中国で実施された漢字の総合調査結果による字種数は6462字」とあり,これが読売の「中国政府が定める、新聞や書籍などで日常的に使う漢字は6500字」に,字の数としてはもっとも近い.
 ただしこの6462字という数字は,印刷物に現れる漢字の総数を調べた調査結果に過ぎず,日常使用する漢字の規範として中国政府が定めたものでも何でもない.

以上,私なりの結論は以下のとおり.

・読売の記事にある「中国政府が定める、新聞や書籍などで日常的に使う漢字は6500字」は誤りである.

・誤りは「中国政府が定める」と「新聞や書籍などで日常的に使う」という二点に分けられる.

・「中国政府が定め」た漢字に関する現在も有効な規範は,『現代漢語常用字表』と『現代漢語通用字表』である.

・現代漢語常用字表;
 中国国家語言文字工作委員会と国家教育委員会が合同で1988年1月に発布した漢字表.日本の常用漢字に相当する.常用字2500字と次常用字1000字の計3500字.字形は簡体字.

・現代漢語通用字表;
 中国国家語言文字工作委員会と新聞出版総署が1988年3月に発布した中国語の規範漢字表.7000字.この漢字表は主に出版印刷・情報処理分野での漢字使用に対応するために作られ,日常使用しないものも含んでいる.

・村田論文から考察すると,中国語の場合は新聞や書籍などで日常的に使う漢字の総数は約4300字である.(日本語の場合は約3000字程度)

 結論からすると読売の記事は誤りであったのだが,なかなか勉強になった.

この記事の続き
「PCで漢字が・・・」の補遺二

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2013年9月 1日 (日)

スシローに同情する

 最初は関西の大学生がテーマパークで不届きな振る舞いをして,それを Twitter に投稿したことが始まりだったような記憶があるのだが,続いてファストフードの店員やファミレス店員,さらにコンビニ店員とかが,色んな悪ふざけ写真を Twitter に投稿するブームが起きている.
 大学生の場合は,退学という強い処置を行った大学があったことから,今後は一定の抑止力が働く可能性はあるかも知れないが,不良バイト店員達にはそれがない.テレビで報道されて騒ぎになったところで氏名が報道されるわけでもないから,バイト先を一つ失うだけで済む.彼らの気分としては「次いこうっ,次っ」だと思う.(*)
 もしかすると,この愚行を繰り返すことによってネット上の有名人になることを夢見ているバカがいるかも知れない.

(*) それにしても不思議なのは,新聞等が《取り調べに対して「こんなに大騒ぎになるとは思っていませんでした」と語っている》と報道していることである.ネット上の彼らの「つぶやき」が「これやった店潰れるの?」であることからして,そもそも彼らは大騒ぎになることを期待してやっているのだが.

 さてこのブームに新たな展開がみられた.
 各紙の報道(8/28)によれば,回転鮨「スシロー」の愛知県内の店舗で,客が醤油差しを口にくわえて写真を撮り, Twitter に投稿した.
 この種の騒動はこれまで不良バイト店員達の「祭」であったのだが,遂にこれに不良客が参戦を始めたのかも知れない.知れない,と曖昧に書くわけは,実はこの客はどこかの不良バイト店員で,自分が雇われている店の店員管理が厳しくなったので,立場を「客」に変えてスシローでやってみただけなのかも知れないからだ.とにかく彼らにとっては Twitter に投稿することが目的であるから,雇われている店に限らず悪ふざけ写真を撮れるところならどこでもいいわけだ.
「客」による悪ふざけ写真の Twitter 投稿が連続化するかどうかまだわからないが,外食産業にとっては,店員だけでなく「客」まで監視しなくてはいけない事態は大変な負担になる.経営者に同情を禁じ得ない.

 余談だが,客のまばらな蕎麦屋で食事をしていたとき,少し離れた席にいたいい歳のおやじが,爪楊枝でチッチッチッと歯をせせったあと,その爪楊枝を爪楊枝入れに戻したのを見たことがある.以来,私は飲食店のテーブルにおいてある爪楊枝を使ったことがない.
 で,どこかの兄ちゃんがくわえた醤油差しと,どこかのおやじが歯をせせった爪楊枝と,どちらか選んで使えと背中に銃口を突きつけられて言われたら,あなたどしますか(モレシャンさん風にどうぞ).私は醤油差しです.ぐえ.

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