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2013年8月12日 (月)

テレビ局の理想とするところ

 週刊アスキー先週号の連載記事『神は雲の中にあられる(第37回)』で遠藤諭氏が次のようなことを書いていた.

 ある民放キー局の経営幹部が遠藤氏に「テレビ局にとっては“真剣に見ていないとき”がテレビの理想なんですよ」と言ってのけた.(「」は記事から直接引用)

 私達視聴者が真剣にテレビに見入っているときはCMが邪魔である.だから見たい番組は一度録画して,再生するときにCMをスキップして見るようなことまでしたりする.
 これはCMが利益に直結するテレビ局としては困る.
  逆に,どうでもいい内容の番組であれば,わざわざ録画する人はいないからCMをスキップされることはなく,真剣にみてはいないからCMが邪魔だと嫌われることもない.
 こうして,上に書いたテレビ局幹部が言うように,(放送する側にとって)理想的なテレビ番組とは視聴者が真剣に見ないような番組だという結論が導かれるのである.

 1985年8月12日(月曜),のちに御巣鷹の尾根と呼ばれることになった,群馬と長野の県境にある高天原山の尾根(群馬県多野郡上野村楢原)に,日航機123便が墜落した.

 この時の報道は日航機が行方不明の段階から始まり,同機の航跡が次第に明らかとなって,遂に捜索が御巣鷹の尾根の悲劇的な事故現場に到達し,事故翌日の昼,私達がブラウン管の向こうに奇跡的な生存者救出を目撃するまで二日間にわたり昼夜続いた.

 Wikipedia によれば,事故のテレビ報道第一報はNHK総合テレビ19時26分だった.ニュースのあとに「NHK特集」が予定されていたが,19時35分頃に同番組を中断し,その後は事故の報道特別番組を終夜放送した.そして翌13日も朝から通常番組を休止して臨時ニュースを続けたとある.
 民放各局も同様であった.

 多くの国民が二十八年前のその二日間,真剣にテレビの事故報道を見たと私は思う.
 つまり冒頭の民放キー局の幹部によれば,民放各局は民営テレビ放送というものの理想に反した番組を,丸二日間も流し続けなければならなかったわけである.

 昭和三十年代の初めに故大宅壮一がテレビ放送を「一億白痴化運動」と喝破して以来,今日に至るまでテレビは,視聴者が真剣に見ない番組を放送するという理想を追求してきた.
 民放幹部のなんとまあ正直なことよ.遠藤氏の連載記事のタイトルは「この半年でいちばんショックを受けたテレビの話」であるが,ショッキングなまでの正直さである.

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