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2008年11月

2008年11月24日 (月)

牛飲

 私は,まあ人並みの読書をするほうだと思う.しかし元々が理系である上に人生の大半を仕事仕事で過ごしてきたためか,我ながら教養に欠けるなあと思う.もちろん読書をするしないに関わらず培われる人間性も一方にあるわけだが,それは教養とは区別しておく.
 そういう意味の教養という点で,例えば新聞コラム筆者などは尊敬に値する.次の引用(《》)は11月22日の読売新聞『編集手帳』が取り上げていた岡倉天心のエピソード.
《岡倉天心は大学で学びつつ妻帯したが、夫人はなかなか気性の激しい人であったらしい。夫が苦心して書き上げた卒業論文「国家論」を夫婦げんかでビリビリに裂いて捨ててしまった》
 天心はやむなく二週間で代わりの『美術論』をまとめ,提出期限に間に合わせたという.すなわち結果的に岡倉天心を美術に誘導したのはその夫人の癇癪であったことになる.
 この話はどこかで読んで知っていたが,『編集手帳』子によると,文春文庫『歴史よもやま話』(日本篇・下,池島信平編)の中にあるという.岡倉天心の項でこのエピソードを語っているのは天心の孫,岡倉古志郎氏.古い本(1982年第1刷)ではあるが,文春文庫であるから手の届かない本ではなかったはずだが,私は未読だ.ネットで探してみると,既に絶版の古書である.ううむ,どうしよう.
 それはそれとして,同書によると夫人に晩酌を銚子一本と決められていた晩年の天心は,家族を相手に《コナン・ドイルの推理小説を語り聞かせ、佳境に入ったところで沈黙して「もう1本…」と催促したという》
 なるほど.私もこの話を早くに承知しておれば,一人で切れ目なく鯨のように呑むことをせず,友と推理小説談義をかわしながら時折お酒のおかわりを頼み,結果的に懐を痛めることもなかったのになあ,と反省した.教養がないと栄養が身についてしまうのである.
 さてさらに脇道に.
 「鯨飲馬食」は辞書に「鯨が水を吸い込むように酒を飲む」とある.分かりやすいたとえだが,これって鯨と馬の取り合わせが悪くないか.私は昔から「牛飲馬食」と書いていて,それは牛と馬の語呂がいいからである.「鯨飲馬食」と「牛飲馬食」のいずれが普通に使われる四字熟語か知らないが,二葉亭四迷『浮雲』に「牛飲馬食」の用例があるそうだ.両方とも出典はここに解説されている.
「鯨飲」と並べるなら「象食」くらいでないとバランスが悪いから,「牛飲馬食」の方がいいと私は勝手に思っている.そう書いてから思ったのだが,牛ってそんなに水をがぶがぶ飲むのだろうか.

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2008年11月23日 (日)

なめとんのか

 出張先での会議の最中,立ち上げていたミニノートPCに「Adobe Flash Playerがダウンロードできます」みたいな文言の吹き出しがポップアップした.そんなことをやっているヒマはねえっ,と直ちに消したのだが,タスクトレイに「Adobe Flash Playerがダウンロードできます」アイコンが残った.そして数分後にまたポップアップして,同じ事を言う.再び消したらタスクトレイに「ダウンロードできます」アイコンが,先ほどのものと合わせて二つ並んだ.会議中だっちゅうのにこれを繰り返してアイコンが増えていった.どうしてもインストールさせたいということか.それならいちいち聞くなっと思いつつ,トレイがこのアイコンで溢れてもナンなので止むなくインストールを許可したら,アイコンは全部消えた.なんなんだ.
 自宅のPCでゲームをやっていたら,これにも「Adobe Flash Playerがダウンロードできます」がポップアップした.聞き分けのないやつだと分かっていたので,今度は無抵抗でインストールを許可したら,何もしないで消えた.なんなんだこいつはっ.

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2008年11月16日 (日)

返信

 読売新聞社サイトのコンテンツ『発言小町』に《ケータイメールのタイトル Re:について》というスレッドが立てられた(読売のコンテンツにリンクを貼ると文句をつけられそうだから貼らない).《話題》タブを開くと下の方にある.
 この手のスレは以前にもお目にかかったことがあり,どうせ今度も同じ話の展開になるだろうとは思いつつ,その中のレスの一つ《タイトルは書かないし読まないです 実利優先 2008年11月14日 12:31》に感想を一つ.

 この《実利優先》という女性は《送信メールにタイトルは入力しません》と書いている.《携帯メールで長文を打つことはないので、内容をサマリする必要がそもそもない》からだそうだ.
 また《受信メールはタイトルは読みません。メールの内容をうまくサマリした(何の話かぱっと分かる)タイトルをつける人はほとんどいませんので。どうせ短文なので一瞬で読めますし》ともいっていて,《チャットやIMだとそもそもタイトルの入力欄がないですよね。それと同じ感覚です。携帯メールの内容なんて、遊びの誘いか世間話ですから》とのことである.
 ああだこうだと書いた挙げ句にこの人が何を言いたいかというと,
《ただ、「Re:~」やタイトルなしのメールに文句をつける人(≠希望を伝える人)は好きになれません。実務上意味の薄いことに余計な手間をかけるのを「当然のマナー」として要求するような人、また、自分と違うやり方を許容するつもりがない人に、気持ちだとか気遣いだとか言われたくありません》
が結論で,つまりスレッドの主に「あんたみたいな人は嫌いだ」と言いたいようである.

 この人はたぶん学生なんだろう.社会の中で仕事をすることと無縁の女性にありがちなタカビーな反応だなあ,と思った.(職業人でないのは《携帯メールの内容なんて、遊びの誘いか世間話》から明らか)
 そこら辺の子供でもケータイを持っている御時世下,会社員で携帯電話を持っていない人は非常に少ないだろう.携帯電話はビジネス必携アイテムといっていい.私の場合,通話にしろメールにしろ,携帯電話の使用はほとんどすべて仕事関係だが,そういう人はかなりいると思われる.そのような時代に《携帯メールの内容なんて、遊びの誘いか世間話》と言い切るのは,バカでなければすごい度胸ですぜ娘さん(おばさんの可能性もあるが,その場合もバカかイイ度胸なのは同じ).

 ところでこのスレに次のような書き込みもある.
《私も以前までは、みさきさんのように相手からのタイトルにそのまま「Re:」をつけて返信していました。
ところが、社内で以前その話題になった時、そのまま返信するのは何だか気持ちがこもってない、とか、雑だと思っている人が結構いることが分かり、それからはタイトルを自分なりに変えて返信しています。
でも、相手からのメールへの返信ということが分かるように、タイトルの前には「Re:」は入れています》

 どういうことかというと,この女性は「ひさしぶり」というタイトルのメールに「Re:こんにちは」と書き直して返信するのだ.無茶苦茶である.しかも学生かと思ったら会社員である.タイトル「営業二課売上データ」に対して,気持ちをこめて「Re:未集計」と返信するのだそうである.どんな会社だ.

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黒はんぺん

 最近,新聞紙上でいわゆるB級グルメの話題を目にすることが何度かあった.毎日新聞(11/11 朝刊)には,先日,久留米で開かれたB級グルメの催しが紹介されていた.この催しには日経新聞の『食べ物新日本奇行』が事の始まりから関わっているのだが,ようやく他紙も記事に取り上げるようになったようだ.
 今年の大会には静岡おでんが参加した.静岡おでんは,地元では静岡おでんと呼んでいるわけではない.ただの「おでん」である.静岡市周辺の人々は自分達の日常の色々なものごとが日本全国的なものであると思っているフシがあり,例えば歴とした静岡方言を共通語だと理解していて,大学に入って上京して初めて自分の言葉が方言であると知って驚いたりする.だから静岡の生まれ育ちの人が関東や関西のおでんを食べたらやはり驚くのではないか.

 静岡おでんが世に知られたのは,秋葉グッズの「おでん缶」が最初だと記憶している.ラオックスが売っていたのは萌えキャラが描かれたプルトップ缶で,これは旧清水市(現静岡市)の缶詰屋さんが委託製造した関係で,中身が静岡おでんだったのである.
 静岡おでん独特のおでんダネが黒はんぺんだ.地元の人間はこれを単に「はんぺん」とか「はんべ」といい,紀文あたりが売っているのは白はんぺんと呼んでいる.本来の「はんぺん」は黒はんぺんだと思っているのである.ほんとは黒はんぺんはツミレに近い魚肉製品の一種であって,はんぺんと呼ぶのはいささか強引のように思われるのだが.

 さて話は黒はんぺんの美味しい食べ方である.
 黒はんぺんは主としてイワシを材料とするため,どうしても若干の生臭さがある.煮るとその生臭さが強調されてしまい,人によって好き嫌いが生じる.
 生臭くしないための方法は,一つには焼くことである.焼くと風味がよくなるのだ.そして生姜醤油がぴったりである.日本酒のあてに格好.
 もう一つはフライである.静岡市周辺の飲み屋では,黒はんぺんのフライは定番といってよい.私もフライが一番好きだ.季節であれば蓮根も一緒に揚げてもらうと,その揚げ物一皿で焼酎のロックが何杯でもいける.安くて満腹で大変によろしい.黒はんぺんの食べ方は一にフライ,二に焼いて生姜醤油.おでんに入れて煮たものがうまいとはとても思われないと言われている.誰が言っているかというと私だ.
 地元の人にはほんとに製造直後のものが手に入るので,これはそのままワサビ醤油で食べても美味しい.Wikipedia『黒はんぺん』もそう言っている.
 昔は黒はんぺんは他所では手に入らなかったものだが,近頃は神奈川,東京でも目にする.ネット販売もされている.

 ちなみにWikipedia『はんぺん』では《「はんぺん」の名の由来、駿河の国起源説にせよ、半月型が由来説にせよ、この黒はんぺんを連想させる》として,黒はんぺんが元もとの形であるといっているが,そうとも思われない.関東では鎌倉の井上蒲鉾が有名であるが,その明治十一年創業の本家である大磯の井上蒲鉾店では,芋や卵をつなぎに使わず,白身のいしもちの身で独特の歯ざわりのはんぺんを作っている(お店のウェブサイトにある写真は四角いものであるが,以前は黒はんぺんと同じ半月形のものがあったはず).本来のはんぺんはこういうものだと言われている.誰が言っているかというと私だ.

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2008年11月 8日 (土)

方向違い

 世の中で全く問題にならなかったことが腹立たしいので,私がここに書く.
 毎日新聞(2008/11/5 東京朝刊)によれば,田母神俊雄前航空幕僚長が政府見解に反する論文を公表して更迭された件で,小沢一郎民主党代表は次のように述べた.
《軍人が政治に干渉し、結果として大きな過ちを犯した事実を国民は改めてきちんと認識しなければならない》

 普通の日本語では,この言い方は

田母神問題が起きたのは,国民が「軍人が政治に干渉し、結果として大きな過ちを犯した事実」をきちんと認識していないからである.国民はもっとしっかりしなければいけない.

ということを意味している.なーにを言うておるか.自らの歴史認識を語ったことのないこの政治家はどっちを向いて物を言っているのか.責任があるのは,このような人物がトップに上り詰めることの可能な自衛隊という組織と,その男を任命した内閣である.従って小沢発言は次のように訂正されねばなにらない.
《軍人が政治に干渉し、結果として大きな過ちを犯した事実を自衛隊と政治家は改めてきちんと認識しなければならない》

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2008年11月 5日 (水)

戦時下の犬

 昨日の毎日新聞によると,同紙に森絵都さんが連載していた『君と一緒に生きよう』が来春出版される.その連載最終回『救われない命たち』は,保健所で殺処分される犬たちを書いたものだったが,これに対する読者の反響を紹介する記事の中にそう書かれていた.少し経つとリンク切れになるだろうが一応URLはここ.
http://mainichi.jp/life/mori/news/20081104ddm013070132000c.html
 八十歳の女性から,戦時中に飼っていた犬の思い出が寄せられた.マルという名の優しい犬だったそうだ.
《戦時中は与える食べ物もほとんどなく、どこからか干しイモをくわえてくるのを見て安心したものです。そんな中、兵隊さんの防寒の毛皮のために犬を供給しろと言われました。マルを連れて行ったお手伝いさんに後に聞いた話では、会場のはるか手前で両足を踏ん張って前に進もうとせず、困ったとのこと。今でも切なくつらく、胸がつまります》
 まことに不勉強にして,食糧となる牛馬,豚などが供出させられたことは聞いていたが,飼い犬までもが,とは知らなかった.
 猫はヒトがいなくても立派に猫であるが,犬は違う.犬は狼の中から,私達と一緒に生きてくれるものとして生まれてきた.ヒトがそのように選抜した.野良猫と違って野良犬に落魄の雰囲気がするのはそのためである.犬はヒトの同伴者なのだ.食用家畜のこともある,と言う人がいるかも知れないが,そういう人は私の友ではない.
 その犬が毛皮に.八十歳の女性はそれ以来犬を飼っていないとのこと.気持ちは切なくわかる.
 来春の新刊『君と一緒に生きよう』に読者の反響も収録されるといいと思った.

 ちなみに「供出」については,こんな証言も.

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2008年11月 4日 (火)

晩飯回想

 何十年も昔のことを覚えている人というのは結構そこら中にいるものであるが,記憶力の元々悪い私などはついこの間のことなんかも日付を忘れたりして,そのような人を見るにつけ情けない思いをする.

 今日は出張の行き帰り,新幹線の中で関川夏央『昭和時代回想』を読んでいたら,次のような箇所があった.
《それから十二年たった一九六九(昭和四十四)年、アポロ十一号は月面に到達した。そのとき私は十九歳だった。しかし、当たらなかった火星の土地の権利証を悔しく回想することはなかった。というのはもはや東京の市塵にまみれ、その日の夕食のサバミソ定食におひたしをつけるかどうかの方がはるかに悩ましい身になり果てていたからである。それでもいくぶんかはめでたいと思い、おひたしのほかに冷ややっこも奮発して大衆食堂にひとり箸を使いながら、私は人類の偉業をひそかに、また冷静に祝ったのである。》
 関川夏央は,アポロ十一号が月面に到達した日の夕飯がサバミソ定食で,それにおひたしの他に冷や奴までつけて食ったことを記憶している.沢木耕太郎はこの日,いつやめたらいいのかわからなくなった旅の途中にあったわけだが,やはり人類月面到達の日のことを書いている.それに比べて私は,昭和四十四年七月のその日の夕飯に何を食ったかなんて全く覚えていないのだ.これはどういうことか.沢木耕太郎は,旅の記録を紙に書き付けていたと『深夜特急』のずっとあとになってどこかに書いていたが,関川夏央はどうなんだろう.日記をつけていたのだろうか.日記にその日その日の夕飯のことも書いたのだろうか.あ,ここまで書いて,私は昨日の晩飯が何だったか思い出せないのに気がついた.

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昨日も仕事

 昨日も昨日とて休日出勤だった.電車に乗る前に,習いとなったBecker'sでの一杯のコーヒーと新聞斜め読み.チェックした記事を三つ.

 最近の若者ならばともかく,『小説 帝銀事件』と聞けば松本清張と答える初期高齢者(団塊おやじ&おば)以上の年配者は多いだろうと思う.しかるに私はこれを読んでいないのである.当然ながら威張っているわけではない.読む機会がなかったのだ.
 今日の毎日新聞文化欄連載『清張とその時代 生誕100年』は『小説 帝銀事件』を取り上げていた.この作品を読んでないから記事内容が隔靴掻痒.これは読まずばなるまいなあ,と反省した.

 同じ頁の『〈現在〉を読む 若年層の「戦争待望論」』は雨宮処凛氏.あの「池袋通り魔事件」の造田博被告のことから書き出し,最近の秋葉原の惨劇を経て,ついこのあいだの麻生首相宅を見に行くツアーで三人が公務執行妨害で逮捕された事件までを書いている.この人の文章は分かりやすくて筋が通っていて,読む度にいつも感心する.

 二面には環境関連の話題として,今後も地球の温暖化が進むと,地中の微生物の働きで土壌中に蓄積された有機物が分解される結果として大気中に炭酸ガスが放出される可能性があるとする研究結果が紹介されている.ただしこれは日本原子力研究開発機構と森林総合研究所の共同研究で,日本原子力研究開発機構は原発を推進しなければならない立場から当然,地球温暖化説側にいる.地球温暖化問題は現段階では科学以前の,優れて政治的問題である.上記の研究結果を疑うわけではないが,中立の研究ではないことに注意する必要がある.

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2008年11月 3日 (月)

訃報とブロマイド

 昨日たまたまasahi.comを覗いたら,フランク永井の訃報が流れた直後だった.そのあと読売新聞と毎日新聞のニュースサイトで関連記事を読んだが,三紙とも急いで掲載したらしい短い記事だった.
 朝日の記事には,フランク永井が全盛期の頃と思われるモノクロのステージ写真が掲載されていたが,読売は文章だけであった.毎日新聞には,ステージで歌っている時のものでなく,おそらくデビュー当時のブロマイドと思われるポーズをきめた写真がついていた.大変に若々しい写真だった.
 そのあと彼の関連資料をネット上で集めて,そのあと再び毎日新聞に戻ったら,わずかの間に先ほどのブロマイドは差し替えられ,代わりに後年のカラー写真が載っていた.編集部で「フランク永井の写真はないかっ」「若い頃のブロマイドみたいなのがありますっ」「とりあえずそれでもいいっ」などというやり取りがあったのだろうか.

 美空ひばりが亡くなった時には昭和という時代が終わったとか言われたものであるが,なかなかそうはいかない.先日の緒形拳に続いてフランク永井.このお二人も静かに昭和と共に去っていったのだと思う.

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2008年11月 2日 (日)

検査衣

 読売新聞のウェブサイトにある人気コンテンツの掲示板『発言小町』に《38年生きてきて知りませんでした》と題したスレッド(この掲示板ではトピという)が立っている.いい年になるまで知らずにいた恥ずかしいことを白状しようという趣旨のトピである.
 一番最初に付いたレスは間抜けな横レスなので無視すると,その次にアップされた「米国の病院で使われている診察着」の話題がおもしろかった.
 本題の前に横道に逸れてナンだが,この発言者は「診察着」と書いているけれど,これは「検査衣(着)」のこと.読んでアレ?と思ったので一応調べてみたが,普通「診察着」は医師が着用する白衣で,私達が人間ドックなどで検査を受ける時に着るのは「検査衣」と呼ぶようである.
 さて,このレスによると,米国では医師は患者さんの背中に聴診器を当てるのだそうである.従って検査衣の着方は日本と逆で,例えば浴衣を前後ろに着るように着けるのだそうだ.この人はテレビで救急病院を舞台にしたドラマを見て,米国在住の時の自分の間違いを知ったというが,私はこのレスで初めてこのことを知った.私は米国で病院にいく機会が一生ないだろうからどうでもいいようなものだが.
 で,それはそれとして思い出したことが一つある.私の会社の先輩が,病院で大腸内視鏡検査を受けた時のことである.
 その人は検査の受付を済ませたあと,ナースに上下に分かれた検査衣を渡されて「着替えてください」と言われた.よくあるタイプの,下がデカパンの甚平みたいなやつである.これをロッカールームで着替えて検査室に行き,ベッドに乗ったら「前の方に用事はありません」とナースに叱られてしまった.彼は自分がいつもはいている下着と同じようにして,検査衣のデカパンのスリットを前にして着用していたのだが,当然のことながらこれでは内視鏡を○門から挿入することができない.スリットは後ろでなければいけないわけである.
 私はその数年後,自分も大腸の内視鏡検査を受ける羽目になったのだが,上のことを聞いて知っていたので,事なきを得た.でも,これって結構失敗する人が他にもいるんじゃないかと思うが,どうだろう.私と先輩だけですか.そうですか.すみません.

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2008年11月 1日 (土)

『沖縄ノート』訴訟

 大江健三郎『沖縄ノート』に対する名誉棄損訴訟の控訴審(大阪高裁)判決のこと.
 新聞報道によれぱ判決は《宮平秀幸は、控訴人梅沢が自決してはならないと厳命したのを聞いたなどと供述するが、明らかに虚言であると断じざるを得ず》(asahi.comの関西版10/31付より引用;宮平秀幸は座間味島の住民)と述べている.大阪高裁が宮平氏の供述を虚言であると判断すれば,あとは梅沢氏の主張の根拠は「自決せよと命じたことを記録した資料はない」というだけで,これでは到底『沖縄ノート』を名誉毀損とするわけにはいかないだろう.
 ただし本判決は,梅沢氏らが直接的に自決命令を出したとすることも断定できないとしている.これに対して朝日の同記事で,元沖縄県知事の大田昌秀氏が《軍部の「軍官民の共生共死」の方針は、各地の司令官、配下部隊長、さらに住民へと下達された。大江さんがいうこの「タテの構造」のなかで、住民が集団自決を強いられたことは自明。戦争を体験した人なら誰でも納得する》と述べている.「(沖縄の)戦争を体験した人なら誰でも納得する」はつまり,記録ではなく県民の記憶ということであろう.沖縄戦は江戸や明治の話ではないということだ.

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昭和は遠く

 先日,中国国家品質監督検査検疫総局は,中国に輸入された日本企業製の二種類の醤油にトルエンと酢酸エチルが極微量検出されたとして回収を始めた.トルエンが0.0053~0.00064ppm,酢酸エチルが0.537~0.0796ppmであったという.
 食品化学の常識だが,もともと醤油には極微量のトルエンと酢酸エチルが含まれているし,この程度のトルエンは他の食品からも検出される.酢酸エチルや酢酸ブチルなどは果実の芳香の主要成分だ.中国国家品質監督検査検疫総局なる長たらしい名の官庁は鬼の首を取ったと鼻高々ではないかと想像するが,とんだ無知をさらけ出した形である.
 それは別として,北京の日本大使館の発表によると,その二種類の醤油はヤマサ醤油の『NH小包日式醤油』とキッコーマンの『公務小醤油』である.ところがキッコーマンは昨日10月31日に「公務小醤油という名前の商品はない」とのコメントを出した.
 ありそうなことである.実は私も実例を直接知っているのだが,中国には日本製食品の海賊版があるのである.数年前のこと,中国でうちの会社の製品に関する品質問題が発表され,農水省から問い合わせが来た.ところがその製品の容器の写真を見ると,これが笑っちゃうように稚拙なイミテーションだったのである.容器に印刷された製造者名も,うちの会社の名前を強引に中国語にしたらこうなるという感じの社名だったので,皆で大笑いしたのを思い出す.国民が余りにもデタラメなので政府が恥をかく格好で,少し可哀想ではある.まあ,我が国も昔は似たようなものだったとは思うけど.
 唐突だけど,イミテーションといえば昔は誰でも知っていたのが「美空びばり」だ.それが,さっきググッてみたら「もしかして美空ひばり」と言われてしまった.昭和は遠くなりにけり.

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秋葉原にて

 先日,九十九電機が民事再生法の適用を申請したその日,会社の帰りに秋葉原に寄ってみた.
 そういえば暫く秋葉にはご無沙汰していたなあ,と思いつつ中央通りのツクモeXを覗き,それから道を向こうに渡ってツクモケース王国をひやかした.
 ザ・コンが閉店したのはいつだったかしら.あの時はホントに驚いた.今度のツクモは平常通り営業しているのでまだいいけれど,ザ・コンのビルの辺りは今もうら寂しい雰囲気が漂っている.
 ツクモの店員の皆さん,やはり何となく元気がない様子だった.本業はそれほど悪くないとのことだから,たとえ他社に吸収されてでも従業員が路頭に迷うことがないことを祈る.
 私の元の会社も,某大企業の子会社と経営統合して,その大企業の子会社になった.その某大企業の子会社は,私のいた会社よりもずっと小さな企業だったから小が大を飲み込む格好で,社名も変わった.同僚とは「集団再就職だね」と愚痴をこぼしあった.
 自分の会社がなくなるってのは情けない気分で,新しい親会社の若い課長風情に顎で指図された時は殴ってやろうかと思ったけれど,それは我慢すれば食う飯に困るわけではない.失業とは雲泥の差だ.ツクモの皆さんも再建計画によっては大変苦しい思いを我慢しなければならないだろうが,どうか前向きにやっていって欲しい.暗くなった秋葉原を歩きながら,そう思った.

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