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2008年3月20日 (木)

三里四方に

 ちょっと古い記事だが,二月五日の読売新聞夕刊コラム『よみうり寸評』に
《〈三里四方の野菜を食べろ〉――畑から採りたてのものほどうまい。鮮度が高く栄養も豊富。そんな野菜を食べていれば長寿延命間違いなし。京都の言い伝えだ。「食物ことわざ事典」(平野雅章)にある》
と書かれていた《Yomiuri Online 2/5 13:46》.
 翌週の『よみうり寸評』にその続きがでていた.東京・あきる野市で自家農場で栽培した粉を使ったうどん店を経営しているSさんという方が二月五日のコラムを読んで『よみうり寸評』筆者に手紙を書いた.Sさんは「三里四方のものを食べていれば健康で長寿」という言葉にちなんで店の名を『村うどんあきる野三里』と命名したのだが,その言葉の出典をご存知なかった.そこへ『よみうり寸評』に京都の言い伝えであると出典が書かれていたので喜んで手紙を届けたということのようである.

 この「三里四方の野菜を食べろ」には,ネットで調べたところ,京都の言い伝えであるとする他に,朝鮮半島のものだという説があるらしい.類似のことわざに「三里四方に医者要らず」があり,これは朝鮮半島の仏典に起源があるとのことである.しかしその仏典にまで遡って引用した資料は今のところ私の目に触れていないので,真偽のほどは確かでないが.

 ところで「三里四方の野菜を食べろ」は,ことわざと呼ぶには如何にも中途半端であると思う.「食べろ」あたりが何となく言葉として最近のもののような気がする.下手な標語みたいでもある.
『よみうり寸評』筆者の《畑から採りたてのものほどうまい。鮮度が高く栄養も豊富。そんな野菜を食べていれば長寿延命間違いなし》という解釈も,栄養がどうのこうのと最近のテレビの情報番組が言いそうなことだ.もし仮にこれが古い言い伝えだとすれば,そんな意味ではなく,地産地消の勧めだと理解するのが正しいのではないかと私には思われる.
 比べて「三里四方に医者要らず」は大変結構である.語呂がよい.いかにも昔から言い伝えられてきたことわざっぽい雰囲気がある.そこで私は,朝鮮半島起源かどうかはわからないが古い「三里四方に医者要らず」から「三里四方の野菜を食べろ」が派生したように想像するのだが,どうだろうか.

 さて問題は出典のことではない.「三里四方に医者要らず」は本当か,ということである.果たして,「三里四方のものを食べていれば健康で長寿」なのか否か.
 大学で栄養学を学んだ人には常識であるが,戦後の我が国における驚異的な長寿化には,農水産物の広域流通網の確立が大いに寄与している.
 かつては,長生きに必要な良質の動物性たんぱく質を(実は植物性たんぱく質も)必要なだけ自給できない地域があちこちにあり,その地域では低栄養の結果,人々が短命になるという不平等があった.微量栄養素についても同様で,それは疾病に繋がっていた.
 そのような状態の中でも私達の祖先は,例えば有名な例では若狭の鯖を京都まで運ぶなど,海産物を塩蔵や乾物にして内陸に運び,栄養的地域差を緩和してきた.北海道の昆布が大阪に,さらに琉球を経て大陸中国にまで運ばれていた例もよく知られているところだ.つまり三里四方のものだけを食べていたのでは長生きできないと昔の人は理解していたのである.(私は詳しくないが,貝類の広域流通は縄文時代に遡るらしい)
 やがて近年に至り,チルドや冷凍技術の発展により全国的に食材が流通するようになったおかげで,我が国における栄養的地域差は解消された.ごく大雑把にいうと,我が国にはそのような栄養学的歴史があったのである.

 「三里四方の野菜を食べろ」が地場産品を大切にしようという提唱なら大いに賛成だ.全国各地で様々な食材が収穫され,それを用いた食品や料理が作られることが豊かな食文化の基礎であると思う.しかしこれを「三里四方のものを食べていれば健康で長寿」などと非科学的に長生きと結びつけるのはいかがなものか.それではまるで浅薄なテレビの健康番組のようである.

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