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2008年1月12日 (土)

たぬき君秘話

 勤務先で私の周りの人間達は,よく昼休みに讀賣新聞社のサイトで『発言小町』という読者掲示板を読んでいる.これがなかなか面白いのだ.

 先日「大人になるまで誤解していたことはありますか?」というスレッドを流し読みしていたら,ある女性(この掲示板は主に女性が書き込む)が「たんたんたぬきの****は~」の****をずっとたぬき君の名前だと思っていたと書いていた.人前で思いっきり歌ってしまったことがあるそうで,そりゃ恥ずかしいよね~と爆笑した.「風もないのにぶ~らぶらあ」は,そのたぬき君が木の枝にぶら下がっている情景だとのことである.そういわれりゃそうだなあ.かわいい感じだ.

 いうまでもなく,このたぬきの歌は『煙草屋の娘』の替え歌である.元歌を作った人とか歌手を忘れてしまったのでネットで検索したら,作詞・薗ひさし,作曲・鈴木静一,オリジナルの歌手は岸井明と平井英子だそうだ.
 Wikipedia その他によると平井英子は中山晋平門下の童謡歌手としてデビューしたが,昭和9年に一時引退.その後1936年(昭和11年)に再デビューし,翌年には喜劇俳優の岸井明とのデュエット『煙草屋の娘』の大ヒツトを飛ばしたが,前出の作曲家・鈴木静一と結婚して歌手活動を引退したとある.

 元歌が日中戦争開始と同じ年(蘆溝橋事件が1937年)の流行歌だから,メロディを聞けば大抵の若い人は『煙草屋の娘』ではなく「たんたんたぬきの」を思い出すに違いない.

 その辺りの事情は終戦直後でも一緒だったらしい.NHKの「のど自慢」の司会をしていたアナウンサー氏が書いたエッセイに次のような古い話がある.
 余談だが,この「のど自慢」のルール,私が記憶している限りでは出場者が各自の持ち歌を披露する.しかし,予選会かも知れぬが,課題曲を歌う場合もあったらしい.
 さてその課題曲が『煙草屋の娘』だった時のことである.ステージに妙齢の御婦人が登場した.司会が「はい,どうぞっ」と言うや,婦人は花のかんばせを赤らめつつ「たんたんたぬきの****は~」と歌い始めた.
 慌てたのは司会者である.「お,奥様っ,それは替え歌ですっ」と歌唱中断させた.そしてバンドが改めてイントロを演奏すると,件の婦人は,今度は「きんきんきつねの****は~」と歌ったという.私が想像するに,おそらくは鐘一つの不合格だったと思われる.合格してどうする.

 この逸話は,書物ではなく,たぶん新聞で読んだと思う.何年のことであったか,司会者が誰であったかなどを知りたいのだが,ネットで調べても分からない.ご存知の人に教えを請いたいと思っている.

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