2023年4月 2日 (日)

昆虫食 (二) /工事中

<昆虫食 (一) からの続き>
 
 Wikipedia【いなごの佃煮】に《イナゴは長野県(伊那谷地方)や群馬県など、海産物が少ない山間部では食用とされた》とあり,農水省のサイトへのリンクがある.しかしリンク先は長野県の郷土料理を紹介する記事であり,Wikipedia は根拠なく群馬県 (私の郷里) をイナゴを食べる地域としているが,これは嘘である.かつて日本中の田んぼが農薬まみれになった昭和三十年代にイナゴを食べる習慣は全国的に絶えたことを高齢者は良く知っている.食べようとしても入手困難になったのである.
 またイナゴの調理方法として《秋に田んぼなどで大量に発生するイナゴを集める》と書かれているが,イナゴが大発生するようなところは,もはや田んぼではない.稲作農業を放棄した荒廃地である.w
 こういう嘘を書くやつが跳梁跋扈しているから,百科事典としての Wikipedia の質は低いままなのである.デカデカと寄付要請の広告を載せている暇があったら,明らかな嘘は削除しろと言いたい.
 嘘といえば,コオロギ加工品を製造販売している例の株式会社グリラスは,公式サイトに次のようなことを書いている.
 
昆虫食としての蚕は、糸を取ったあとの蚕です。蚕を食べる習慣は中国や韓国にもあり、漢方薬としても効能を発揮するといわれてきました。日本でも蚕は食用として人気があり、第2次大戦中には小学校でイナゴ採りが推奨され、製糸工場では糸を取った後の蚕のサナギを女子工員が食べてしまうほどでした。
 糸を取ったあとの蚕のさなぎは、佃煮にして食べるのが一般的です。蚕の佃煮は日本だけでなく韓国でも食べられており、タイや中国では油で揚げて食べることがあります。
 
 この一節中の《日本でも蚕は食用として人気があり》《製糸工場では糸を取った後の蚕のサナギを女子工員が食べてしまうほどでした》は本当か.
 私には到底信じられない.
 明治の開化以後,長野県と群馬県は日本の養蚕業の中心となった.私は群馬県前橋市の中心部から南に少し外れた地域の生まれ育ちだが,小学校時代の昭和三十年代には,群馬の養蚕業は衰えていた.それでも小学校への通学路には糸を繰る (作業名は「繰糸」という) りをする家内工業がまだ残っていて,初夏から晩秋までは,糸を取るために繭玉を鍋で煮る悪臭がそこら中に蔓延していた.
 
 昔の養蚕農家は,蚕が桑を食べるのを止めると蔟 (まぶし) という道具に蚕を移して繭を作らせた.
 蔟で蚕が繭を作り終えると,農家はすぐ眉を収穫し,業者に売って換金する.収穫から先はスピード第一である.
 業者は製糸工場に売る.(群馬県には明治に始まる官営の製糸所から戦後の民間企業の工場に至る歴史がある.Wikipedia【富岡製糸場】参照)
 製糸工場では,まず最初に繭を乾燥する工程がある.大きな工場ではボイラーがあるから,その熱を利用して熱風乾燥する.家内工業的には天日乾燥も行われた.
 この工程の目的は,繭の中の蛹 (さなぎ) を殺し,かつ水分活性を落としてカビの発生を防ぐことである.乾燥までに時間がかかりすぎると中で蛹体が崩れたりして糸の品質を落とすので,強い乾燥を行う.
 この乾燥工程で,蛹は,タンパク質の分解と酸化が進行する.
 昔,私が大学院にいた頃,私の知人が行った分析 (論文化できなかったため非公開) によると,乾燥蛹にはメチオニンSオキシド残基を有する酸化分解物が生成し,これが異様な悪臭を放つという.
 フラスコに入ったその試料の臭いをかいだ私は,小学生の頃に前橋の町はずれに漂っていた臭いをただちに思い出した.
 どんな臭いかというと「死んだ昆虫の臭い」としか表現できないのが残念だ.w
 田舎育ちの人は子供の頃,夏休みの宿題で野原の虫をたくさん捕まえてきたはいいが,きちんと標本を作らずにほったらかした経験があるかも知れない.
 その結果,干からびた昆虫から酷い悪臭が発生する.といっても,経験のない人には伝わらないのが残念だ.
 ただ,この悪臭が充満した非人間的な労働環境を表現しようとした作品に,細井和喜蔵のルポルタージュ『女工哀史』(1925年),山本茂実のノンフィクション『あゝ野麦峠』(1968年),これを原作とした山本薩監督作品『あゝ野麦峠』(1979年) がある.
 いずれも現代の若い人たちが忘れ去った時代の記録であるが,これらの記録自体を歪曲する傾向が見られる.
 あるブロガーが長野県の岡谷蚕糸博物館を見学し,文学や映画に描かれている臭いのことを職員に質問したところ「あれは話を盛っている」と説明されたと書いている.(《野麦峠~岡谷蚕糸博物館 ~あゝ野麦峠~》)
 法政大学人間環境学部教授の湯澤規子が《女工と白米|湯澤規子「食べる歴史地理学」第2話》[掲載日 2020年7月21日 12:00] という記事を《HB ホーム社文芸図書WEBサイト》に掲載している.その冒頭の部分を下に引用する.
 
日本の女工は「貧しい」「悲惨」?
 「先入観にとらわれて」見えない。
 それを取り去ってみると見えてくるものがある。
 
「女工」と聞くと、まず、どんなイメージを抱くだろうか。
 学生たちに聞くと、やはり最初は「貧しい」とか、「可哀そう」とか、「悲惨」という言葉が並ぶ。それはきっと、これまで習ってきた社会科の教科書や有名な『女工哀史』(細井和喜蔵、改造社、1925年)や『あゝ野麦峠』(山本茂実、朝日新聞社、1968年)に描かれた世界像を、彼らが「知識」としてキチンと持っているからなのだろう。このイメージに対して、「本当にそうだろうか?」などと疑問を持つこと自体、一般的にみれば少し変わった発想で、かつての私自身も、そんなことは思いもしなかった。
 とある理由から、高校では「日本史」ではなく「地理」を選択し、歴史地理学という分野に進学した私があらためて「日本史」に出会ったのは、大学生になってからである。私に初めて本格的な日本史の手ほどきをしてくれた師匠は、今思えばユニークな視点の持ち主で、それこそ「女工は本当に悲惨だったのだろうか」(※注1)と教壇から問いかけてくるような人だった。
 私がその思いがけない言葉に「???」と戸惑っていると、講義の内容は彼が歩いた新潟県佐渡の村々の話、そこで出会ったかつての女工たちの昔語りへと展開していく。「工場で食べた白米の美味しかったこと」、「月給をもらって欲しかった着物を買った時には嬉しくて」などというエピソードを次々と紹介しながら、先生はもともとある理論や先入観で目を曇らせることなく、歴史の現場に足を運び、自分の目や耳で確かめて考えることの大切さを教えてくれた。それは、フィールドワーク好きの地理屋の私にはぴったりの発想だった。だから、オーソドックスな歴史学を身につけていないというコンプレックスを感じる暇もなく、私は一風変わった「足で歩く歴史の世界」にあっという間に魅せられ、のめり込んでいった。
 
愛知県・尾西織物業地域でのフィールドワーク
 そんなわけで、7年ほど前に愛知県の尾西(びさい)織物業地域(今の一宮市とその周辺)に足を運び始めた時にも、私はまず、女工たちの日々を具体的に知るところから始めようと思った。
 
 この「女工と白米」の書き出しで湯澤則子は,学生たちは『女工哀史』や『あゝ野麦峠』に描かれた知識を基にして「女工」に対して《貧しい」とか、「可哀そう」とか、「悲惨」という》イメージを持っているが《本当にそうだろうか?》《女工は本当に悲惨だったのだろうか》という疑問を読者に突き付け,フィールドワークを開始した.
 ここまで読むと「女工と白米」の読者は,湯澤則子は苛烈であった製糸工業の現場を調べに行くと思うだろう.
 ところが奇想天外なことに湯澤は紡織工業についてフィールドワークを開始してしまうのである.
 生産財産業を調べるといいながら,あろうことか消費財産業を調査してしまうのである.
 そしてその挙句に湯澤は,女工たちの食事はヘルシーだったと称賛している.つまりは『女工哀史』や『あゝ野麦峠』に描かれた悲惨な労働実態は嘘であると主張しているのだ.
 しかし,素っ頓狂な湯澤則子は生産財産業と消費財産業の区別ができていない.そこら辺のアホ学生と同レベルの無知である.いやそれ以下のバカである.
 こういう輩でも教壇に立てる法政大学は,はたして学問の府なのであろうか.唖然とするしかない.
 
 湯澤の珍説はさておき話を戻す.
 岡谷の製糸工場の女子労働者たちについて,コオロギ加工品を製造販売している例の株式会社グリラスが企業サイトで述べている《日本でも蚕は食用として人気があり》《製糸工場では糸を取った後の蚕のサナギを女子工員が食べてしまうほどでした》は本当か.
 実は,ほそぼそと蚕のさなぎの佃煮は製造販売されている.私が調べた限りであるが,それに使用されている蚕の蛹は,悪臭の原因となる強い乾燥を行っていない.繭の中の蛹を殺すにとどめているという.
 なにしろ強く乾燥を行った蚕の蛹が放つ異臭 (同定には至っていないが,おそらく含硫有機化合物である) は,未経験者は嘔吐することがあるという.子供の頃から蚕の蛹を煮る臭いに慣れている私でも,ロシアの諜報機関に捕まって「スパイとなって国を売るか,それとも蚕の蛹を食うか」と脅されたら,迷わずに国を売る.それくらい酷い臭いだ.
 
 ウェブを検索すると,細井和喜蔵の「女工哀史」にその記述があるという.(Jタウンネット編集部《怖いくらいリアル! 生々しすぎるカイコの幼虫チョコを食べてみた》[掲載日 2015年9月1日 17:00])

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2023年4月 1日 (土)

昆虫食 (一)

 フジテレビュー!!《昆虫食は未来を救うスーパーフード?陰謀取り巻く危険物?多分そのどちらでもありません。》[掲載日 2023年3月29日 20:02] から下に引用する.フジテレビュー!! の記事中で発言しているのは,テレビ番組でもご活躍の作家,篠原かをりさん.
 
毒があって食べられないとかではないのですが、個人的に赤い粒っぽい食べ物が少し苦手なのです。食べてみると美味しいとわかっているクコの実やピンクペッパーもなんとなく避けてしまいがちです。
 なので、生理的に無理という理由で昆虫を食べない人の気持ちも分かる気になっています。ちなみにテントウムシはとても苦くてまずいそうです。
 未来を救うスーパーフードと喧伝されたと思えば、失笑してしまうような陰謀論の中心に据えられたり、とても忙しい昆虫食ですが、研究していた身からすると、どちらでもないなというのが正直な感想です。
 
 最近,昆虫食の話題がメディアによく取り上げられる.ああだこうだと騒ぎになったのは,徳島の高校で給食に使用されたのが発端だった.(日経《食用コオロギの粉末を学校給食に 全国初、まず徳島で》[掲載日 2022年11月28日 19:36])
 この報道に対する一般国民の受け止めかたは否定的だった.
 日本では生乳や供給過剰に陥った野菜の処分に始まり,家庭では購入した食材の廃棄が非常に多いことなど,いわゆるフードロスの問題があるのに,「食糧問題解決の切り札」との宣伝はおかしいだろうというのが一つ.これは正論である.正論ではあるが,昆虫 (コオロギ) を食材として利用しようとしているのは民間企業だから,「そんな事業をするな」は言い過ぎだ.国民がコオロギ食材を受容しなければ当該企業は社会から退場するわけだから,市場にまかせておけばいいのである.
 とはいうものの,陰謀論に与する人たちもいる.彼らによれば,利権を争って暗躍する「コオロギ推し」の謎の勢力によって,国民は知らぬ間にコオロギを食わせられるかも知れないというわけだ.
 もう一つ.昆虫食は安全か,という疑問である.
 私はかつて勤務していた食品企業において,新製品の安全性審査の責任者であった.
 その立場から断言するが,ある企業が新製品に関する安全性試験を公表する場合,実施した試験は消費者に明示する.行った試験を隠すメリットはなく,デメリットはあるからだ.
 安全性に係る各種試験は専門の試験研究機関に委託するが,費用はかなり掛かる.
 であるからして企業にとって,せっかく実施した安全性試験を隠す意味はないのである.
 その観点から,給食にコオロギ由来の食材を供給した株式会社グリラスの公式サイトに掲載されているコンテンツ《コオロギの安全性に関するご質問について》[掲載日 2023年3月18日] を読んでみた.
 このコンテンツは Q&A 形式になっていて,その概略は以下の通りである.
 
Q1. コオロギには細菌のリスクがあるというのは本当か?
A1. コオロギの生体内には好気性の一般細菌に加え,セレウス菌などの耐熱性の芽胞形成菌が存在する場合がある.コオロギパウダーやコオロギエキスなどの食用コオロギを加工した食品原料は,耐熱性芽胞形成菌も死滅させることができる高圧蒸気による殺菌を行っている.
 この結果,上記の殺菌工程を経たコオロギから,一般細菌も耐熱性芽胞形成菌も検出されないことを確認済み.
 
Q2. コオロギがアレルギーを引き起こす可能性があるというのは本当でしょうか?
A2. コオロギにはエビやカニに類似する成分が含まれており,同様のアレルギー症状を引き起こす場合がある.
 そのため,その旨の注意書きを商品に記載すると共に,摂食は少量から試すことを勧めている.
 
Q3. コオロギの殻の成分であるキチンが発がん性を持つというのは本当か?
A3. 社内で調査を行ったが,キチンが発がん性を持つという科学論文等は弊社では把握できていない.また,2018年及び2021年に欧州食品安全機関が実施したヨーロッパイエコオロギの食用としてのリスク評価においても,キチンの発がん性に関するリスクは報告されていない.
 
Q4. コオロギが体内に重金属を蓄積するというのは本当か?
A4. コオロギは,食べたエサに含まれるカドミウムなどの重金属を体内に蓄積することが報告されている.
 重金属の蓄積は昆虫に限らず,魚介類や農畜産物等で広く発生し得る現象である.
 このため米や魚介類など一部の食品ではカドミウム等の特定の重金属について基準値が設定されている.しかし大部分の食品については基準値が設定されておらず,食用コオロギについても,適用できる基準値は定められていない.
 コオロギの体内への重金属の蓄積には与える餌料が重要である.そのためコオロギの飼育専用に開発した餌料を与えると共に,コオロギ原料について重金属検査を実施して確認している.
 
Q5. コオロギの食品としての安全性を確認するための検査を行っているか?
A5. 製造したコオロギを加工した食品原料の全てのロットについて微生物検査を実施し,品質に問題がないことを確認している.
(中略)
 
Q6. コオロギを妊婦が食べると危険というのは本当でしょうか?
A6. (略)
 
Q7. コオロギを歴史的に食べてきた地域はありますか?
A7. コオロギは、現在でも東南アジアをはじめとした地域で日常的に食されている.現地では素揚げで食べるのが一般的である.
 
 まず,Q7. の意図は「食経験の有無を問う」である.
 食品の安全性に関しては,食経験の有無は極めて重要な情報である.
 食経験の有無とは,ある地域で単に《日常的に食されている》ということではない.《日常的に食されている》結果として健康被害が発生していない,ということが「食経験がある」という言葉の意味なのである.
 例えばインドや中国など一部地域の人々は,昔から日常的にアフラトキシン汚染農産物を食べている.その結果,肝臓がんの発生がその地域では多い.この場合,それらの汚染農産物は「食経験がある」とは言わない.日常的に食べていることと,それが安全かどうかは無関係なのである.
 つまり,A7. を《コオロギは、現在でも東南アジアをはじめとした地域で日常的に食されている.現地では素揚げで食べるのが一般的である》と,まるで旅行ガイドみたいな答にしたために,Q7. は安全性とは無関係な質問になってしまった.
 このA7. は,意図的に答えをはぐらかしたのではなかろう.そうではなく,株式会社グリラスの社員は,食品の安全性に関して全く無知なのである.
 消費者が《コオロギを歴史的に食べてきた地域はありますか?》と訊ねるのは,食文化を質問しているのではなく,コオロギの安全性を質問しているのだ.
 従って回答は「コオロギの食品としての安全性に関して,コオロギが日常的に食されている東南アジアにおける疫学調査は行われていない」あるいは「コオロギの食品としての安全性に関して,コオロギが日常的に食されている東南アジアにおける疫学調査が行われた結果,疾病との特別な関係は発見されていない」でなければいけない.
 ただし「疫学調査は行われていない」は回りくどいから,もし疫学調査データがないのであれば,端的に「コオロギは東南アジアで日常的に食べられているが,食経験に基づく安全性は確認されていない」と言うのがよい.
 上に述べたことは,食品安全の基本的知識である.株式会社グリラスがこれを理解できていないという事実は,消費者に「コオロギは安全でないかも」という不安を覚えさせて当然である.
 
 数百年といった長い時にわたる食経験がある (つまり摂食による健康被害が疫学的に見出されていない) ことは,食品の安全性を示唆する強力なデータとなる.
 そこで次に行うべきは,安全性試験である.
 実施すべきは試験は,(1) 急性毒性試験,(2) 慢性毒性試験,(3) 変異原性試験,(4) 実験動物を用いた催奇性試験,(5) 実験動物を用いた発がん性試験,である.
 新たに開発された医薬品と食品添加物はこれらの試験が認可に必須である.
 新規開発の食品は,食経験がある場合,これらの試験実施は法的な義務はない.義務はないが,もし万が一健康被害が発生した場合は,その全責任 (食品衛生法に定められた罰則と社会的制裁) を販売者が負うことになる.
 株式会社グリラスの公式サイトに載っている Q&A を読む限り,同社は安全性試験を行っていないように思われる.安全性試験を実施済みなら,実施済みですと書くはずだからである.
 以上に述べたように,株式会社グリラスは,コオロギ加工品を市販するにあたって必要な知識がなく,必要な調査研究も安全性試験も行っていない.消費者とメディアは,その点を認識しておくことが必要である.
 
 余談を一つ.
 食経験のない新開発食品を企業が販売するのは,健康被害が発生すれば結果責任を問われるが,自由である.
 個人が昆虫食を摂食するのも自由である.
 とはいえ,好んで虫を食べる人は,如何物 (いかもの) 食いとか下手物 (げてもの) 食い,あるいは悪食 (あくじき) などと言われて変人扱いだった.
 私が子どもだった頃すでに,昆虫を食べる食習慣はほぼ絶えていたが,しかし個人的に下手物食いの人はいた.
 詩人のサトウハチローはその一人で,テレビのトーク番組で昆虫食について語ったことがある.
 その番組は,昭和三十四年から昭和五十七年まで日本テレビ系列で放送された「春夏秋冬」である.出演者は徳川夢声,渡辺紳一郎,奥野信太郎,サトウハチロー,近藤日出造らであった.レギュラー出演者はもちろんゲストも当代一流の文化人で,教養番組の趣もある人気番組だった.
 私のおぼろげな記憶ではたぶん昭和三十七年前後の放送回で,出演者たちが昆虫食の話題を取り上げた.
 そこで「昆虫の中で何が一番食べにくいか」について,サトウハチローが「トンボだ」と述べた.
 その理由は「飲み込むときに気を付けないと,喉の奥に貼り付いてしまって,これがなかなか取れないので困る」というものだった.
 その他の注意点としは「脚を丁寧にむしり取って食べないと,飲みこんだ時に喉から出血することがある」というのもあり,実際に食べた者にしかわからないリアリティがあってとても興味深かったのを,いまだに覚えている.
 徳川夢声の話だったと思うが,明治の有名作家は,毎朝配達された新聞を畳の上に広げ,前屈みの姿勢で丹念に読むのを日課にしていたという.
 そこへハエがやってきて飛び回る.ハエが新聞活字の上に着地した瞬間,その作家は片手でパッとハエを掴むと,そのまま口に放り込んで,何事もなかったかのように新聞を読み続けるんですなあ,と夢声は述べた.この話を語る夢声の身振り手振りにリアリティがあったので記憶に残っている.その作家の名は忘れてしまったのが残念だ.
<昆虫食 (二) に続く>
 
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2023年3月31日 (金)

イチゴをめぐる嘘

「イチゴのヘタの取り方が悪いと栄養分が大きく損なわれる」という話がSNS上で話題になっている.
 例によって,騒いでいる連中は何の根拠もなく引用もなくカラ騒ぎの独断をしているのだが,そういう有象無象はほっといて,職業倫理として栄養に関するデマを流布してはいけない管理栄養士の発言を集めてみると,管理栄養士がデマの火元であった.w
 まず,この話に火を着けたのは誰かを調べてみると,管理栄養士の柴田聡美という人物である.
 ウェブ上にこの人のプロフィールの記載はなく,一冊も著書がない謎の女性であるが,ウェザーニュースというメディアは頻繁に記事を載せている.
 ウェザーニュース《いちごはヘタを取るタイミングで栄養分が変わる!?》[掲載日 2019年1月31日 07:02] から下に引用する.
 
甘いイチゴが出回る季節になりました。イチゴを食べるときにヘタを取るのは当たり前ですが、ヘタの取り方やタイミングでイチゴの栄養分が大きく変わるそうです。管理栄養士の柴田聡美先生が教えてくれました
イチゴの栄養分はヘタ付近にある
「イチゴのビタミンCは100gあたり62mgでレモン果汁より多いので、ビタミンCを摂るにはイチゴがオススメです。イチゴのビタミンCはヘタ周りの白い部分に多く含まれています。酸っぱくてちょっと嫌がられますが、栄養面から言えばヘタ周りこそ食べていただきたい部分です」(柴田先生)》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 ウェザーニュース《いちごはヘタの取り方を間違えると、栄養が大幅ダウン?》[掲載日 2021年1月15日 05:37] から下に引用する.
 ウェザーニュースは,同じ柴田聡美ネタを何度も繰り返して使いまわしをしているふざけたメディアだが,ネタの使いまわしを整理すると,下の記事は2019年の記事とは別稿として書かれたものである.
 
1月15日は「いちごの日」。店頭には真っ赤でみずみずしい、いちごが目立っています。
いちごを食べる際、ヘタを取りますが、このヘタの取り方によっていちごが持つ栄養分が大きく左右されるそうです。詳しい話を、管理栄養士の柴田聡美さんに伺いました
……
 いちごは、風邪予防などに効果があるとされているビタミンCが果物の中でもトップクラスだそうです。
「いちごにはミカンの約4倍のビタミンCが含まれています。1粒20gほどのいちごであれば、8粒食べれば1日分のビタミンCが摂れると言われるほどです。
 この栄養分ですが、いちごはヘタがついている茎から栄養が送られてきて実が大きくなります。送られた栄養はヘタの真下から周辺にまず集中し、そこから全体に回っていくわけです。だから、いちごで一番栄養がある場所はヘタの真下と周辺ということになるのです」(柴田さん)》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
いちごで一番栄養がある場所はヘタの真下と周辺ということになる》と柴田聡美は主張しているが,根拠は示していない.
 次は藤倉詩織さんという管理栄養士.
 トクバイニュース《洗う前にヘタを取っちゃダメ!いちごの栄養を上手に摂るコツ》[掲載日 2021年12月17日]
 
甘酸っぱい風味とさわやかな香り、コロンとしたかわいい見た目が人気を集めるいちご。見た目や味わいだけでなく、ビタミンCをはじめ健康や美容に役立つ栄養成分が含まれているのも魅力です。そこで今回はいちごに含まれる栄養素と期待できる効果、さらに栄養を損なわずに食べるコツを管理栄養士が解説します。
……
 ビタミンCなどの栄養はヘタの真下の部分とその周辺にも含まれます。過剰に廃棄しないためにも、ヘタは包丁で切り落とすより手で取り除くのがおすすめです。ヘタの根元をつまむように持ち、やさしくひねり取るようにしましょう。
※参照:東京慈恵会医科大学附属病院 栄養部 監修,2017年「その調理、9割の栄養捨ててます!」世界文化社》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 最後は小田原短期大学食物栄養学科准教授の平井千里先生.
 All About《イチゴの「ヘタを取るのは栄養を捨てるようなもの」は本当? ウワサの真相を栄養士に聞くと…》[掲載日 2023年3月30日 20:45] から下に引用する.
 
「イチゴはヘタの周りが一番栄養価が高いから、ヘタを切り落としてはいけない」という説が話題になっているようです。
 イチゴに期待されている栄養素として、ビタミンCが挙げられると思います。確かに、ヘタの周りほど酸っぱさが強いと感じることが多いため、ビタミンCが多いと思っている人も多いのかもしれません。
 しかし、それは完全な勘違い。
 1973年の古い論文ではありますが、イチゴの栄養素の分析では「総C、 還元型Cは果頂部に近いほど多く含まれ基部に最も少なかった。また組織別では皮部にとくに著しく、ついで果肉部に多く含まれ芯部は最も少なかった」と報告されています。果頂部とは、葉がついている部分から最も遠い部分ですので、実際には逆なのです。
 イチゴのヘタの周辺がおいしいと感じる人は食べればよいですし、硬さや酸味が気になるのであれば食べずに切り落としても栄養的な損もない、といったところでしょう。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 平井先生が引用している《1973年の古い論文》とは,“北川雪恵「果菜類の生育とビタミンCの分布 (II) トマト, ピーマン, イチゴ」栄養と食糧1973年26巻2号 p.139-143”である.
 論文抄録を下に引用する.文字を着色強調した部分が,平井先生が引用したイチゴの栄養に関する分析結果である.
 
抄録
 前報に続いて果菜類のトマト, ピーマン (ナス科), イチゴ (バラ科) を用いて生育時期別, 上下部位別, 組織別のV. C量の変化について観察した。
1) トマトの果実の生育に伴うV. C量 (mg%) の変化は総C, 還元型Cでは生育につれて増加し, いわゆる収穫期に最高になるが, 完熟期には逆に減少した。 細かく上下部位別の差異を果肉部でみると, 全期間を通じて基部に最も多く, 先端部がこれにつぎ, 中部が最も少なかった。 また組織別では全期を通じて胎座・種子部が果肉部より多く, とくに種子を含むゼリー状部に多かった。
 なお, 酸化型Cについては未熟期ほど多く, 生育につれて減少したが, 部位別, 組織別には総Cとほぼ同様の傾向がみられた。
2) ピーマンの果実の生育に伴うV. C量 (mg%) の変化は総C, 還元型Cでは生育につれて漸増し, とくに完熟期に著しい。 上下部位別の差異を果肉部についてみると, 幼果期には中部に多いが, 収穫期以後は果頂部に最も多かった。 組織別にみると, 全期間を通じて果肉部にとくに多く種子部, 胎座部には少なかった。 また果肉部, 胎座部は完熟期に著しく増加するが, 種子部では反対に減少した。
 なお, 酸化型Cについては幼果期に多く, 収穫期にやや減少するが過熟期になると再び増加した。また果肉部よりは種子と胎座部に多かった。
3) 可食適期のイチゴの場合を上下部位別にみると総C, 還元型Cは果頂部に近いほど多く含まれ基部に最も少なかった。また組織別では皮部にとくに著しく, ついで果肉部に多く含まれ芯部は最も少なかった。
 酸化型Cについても総Cの場合と同様の傾向が認められた
 
 この論文は,謎の管理栄養士である柴田聡美の唱える説が嘘であることを,五十年も前に既に実験的に明確にしていた.
 これでほぼ柴田聡美の負けは明らかだが,さらに,フリーランス管理栄養士の藤倉詩織さん (栄養学の研究歴なし) は「イチゴの基部にも栄養はあるので捨てないのがよい」として紹介している資料『その調理、9割の栄養捨ててます!』(世界文化社,2017年) も調べてみる必要はあるだろう.古本が送料込みで五百円なので注文した.
 謎の管理栄養士柴田聡美のデマがSNSで拡散しているのを知った平井先生は苦々しく思っただろうが,大学の教員という立場では,柴田聡美の実名を挙げて批判するわけにもいかないのだろう.先生に代わって私が,デマの火元は柴田聡美だと晒しておく.
 ちなみに,平井先生は,栄養学教育の名門である女子栄養大学の出身である.女子栄養大学といえば,先日放送されたドラマ,テレビ朝日《キッチン革命》のヒロイン香美綾子のモデルである香川綾先生が創立した大学である.
 
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私の行動範囲 (JR藤沢駅周辺) にある青果店やスーパーを巡回して歩くと,大きくなりすぎた「とちおとめ」とか「とちあいか」が一パック三百九十八円で売られている.高いやつの半額だ.私はそんなので充分おいしいと思う.
 
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2023年3月28日 (火)

春日俊彰が謝らないのはなぜだろう 

 スポニチアネックス《日テレ社長「スッキリ」ペンギン池落下問題を謝罪「打ち合わせが不十分だった」動物園とは“リターン待ち”》[掲載日 2023年3月27日 14:30] から下に引用する.
 
日本テレビの石澤顕社長は27日、東京・汐留で定例会見を行い、24日放送の「スッキリ」で、動物テーマパーク「那須どうぶつ王国」(栃木県)からの生中継でお笑いコンビ「オードリー」の春日俊彰(44)がペンギンのいる池に故意に落ちた問題について謝罪した。
 
 この問題では,番組側からMCの加藤浩次が放送中に謝罪しただけでなく,日本テレビの石澤顕社長も謝罪した.
 石澤社長は那須どうぶつ王国に対するおわびを述べたのだが,番組スポンサーにも視聴者からの影響が予想されるので,率先して謝罪したのだろう.
 ここで興味深いのは,春日俊彰が頑として謝罪を拒否していることだ.このまでは石澤社長は春日を出入り禁止にせざるを得ない.
 たとえ日テレの仕事を失ってでも守りたいことが春日にはあるのか.
 春日の態度は,危機管理の専門家にネタを与えた格好だ.となれば専門家に意見を聞きたいと思ったが,ま,どうでもいいか.
 
[追記] 事件直後に,春日を支持する立場を明らかにしたのはカンニング竹山.続いて宮迫博之が「春日に同情する」旨の感想を述べた.
 さあ,あと誰が春日の弁護に回るか,興味深い.
 ネットにアップされた録画を観ると,群がっているペンギンの中に踏み込んだ春日は,一羽のペンギンを踏みつぶす寸前だった.
 もし踏みつぶしていたら,春日は日テレ出禁くらいでは済まないだろう.そして春日に踏まれたペンギンが手当ての甲斐もなく死んでしまったとしたら,それでもカンニング竹山と宮迫博之は春日を擁護したかどうか.たぶん掌返しをして逃げただろう.この二人に,春日ごときと心中する男気はないと思う.
 
 カンニング竹山のコメント (FLASH《カンニング竹山“ペンギン池落下”に「抗議する必要ある?」時代とズレた「傲慢」「特権意識」に集まる批判》) を読むと「ペンギンが死のうがどうなろうが,池に踏み込むのがお笑いというものだ」ということらしい.
 たかが二流のお笑い芸人が随分と大見得を切ったものだが,そこまで言うのなら,春日俊彰のタレント生命がどうなっても主張を取り下げないで欲しいものだ.
 
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2023年3月26日 (日)

牧野富太郎 /工事中

 なかなかよい駄洒落が雑誌に載っていた.
 現代ビジネス《「ゴキブリ」という名前は「単純な間違い」から生まれた…その意外すぎるルーツ ご存知でしたか?》[掲載日 2023年3月26日] から下に引用する.
 現代ビジネスのこの雑誌記事は,ゴキブリという名称の由来について解説している.
《……
 ずっとくだって江戸時代になると、当時の百科事典『和漢三才図会』(1713年、寺島良安著)に「油虫」と「五器嚙」という名が登場する。アブラムシは、油ぎったように見える体に由来する。ゴキカブリのゴキは「御器」ともいい、食べ物を盛る器のこと。カブリは「齧る」という意味で、器に盛られた物ばかりか、その器までをも齧る様子からその名がついたといわれている。
このゴキカブリこそが「ゴキブリ」の由来である。ではなぜ「カ」がなくなってしまったのか?
 1884年に出版された生物学の辞典『生物学語彙』(岩川友太郎編)は、生物の名前を英語で示し、その隣に和名を入れる体裁で書かれている。この本のゴキカブリの項目で、「蜚蠊」(中国で使用されていたゴキブリの名称)と漢字で書いた際、振り仮名から「カ」の字が脱落してしまい、この後に出版された生物の教科書でもこの表記が踏襲され、いつの間にか一般に定着していったのだ。
 その後、日本語で書かれた最初の昆虫学の専門書である『日本昆虫学』(1898年、松村松年著)でも「ゴキブリ」が使われ、この名前は学界にもしっかりと根を下ろしてしまった。植物学者の牧野富太郎はある雑誌で「ゴキブリでは意味をなさぬ」と痛烈に野次ったという。
 本の中で偶然起こった誤記(ゴキ)から「ゴキブリ」が生まれたのである。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 駄洒落とは,上の引用中の文字を着色した部分である.
 以下,このことについて解説する.
 
 ゴキブリは,江戸時代の百科事典『和漢三才図会』では「五器嚙」または「御器嚙」と呼ばれていた.この場合の「齧」は「かじり」ではなく「かぶり」と読む.
「齧」の現代の訓読みは「かじる」であって,和語「かぶりつく」を「齧り付く」と書くのは,用例は多いが,当て字としていい.
 次に「五器」「御器」とは何か.
 精選版日本国語大辞典には「五器」「御器」を《食物を盛るためのふたつきの器。特に、わん。木製、陶製、金属製などがある。… 特に、修行僧や乞食が食物を乞うために持っている椀(わん)をいう》としている.これは「器」に接頭辞「御」つけた「御器」が初めの形と思われるが,やがて中世に「五器」と書く例が現れた.「五」に意味はないだろう.めんどくさい「御」の代用と思われる.
 さらに高麗茶碗の一種でフタのない陶器の食器「呉器」との混同も見られるようになった.
 意味内容の変化として,修行僧などが持っている器を「御器」と呼ぶようになったのは近世以降である.
 余談だが,碁石を入れる蓋付きの器は,朝鮮半島で使用されてきた蓋付きの金属製飯碗 (現代の朝鮮食器例) が原型とされ,これを碁笥 (現代の木製碁笥の例) という.これを「ごけ」と読むのは「ごき」との類似でおもしろいが,これはまあ独自研究だ.
 まだこの関連のうん蓄はあるのだが,それはさておき,昔の人は,食い物の器にうじゃうじゃと群がるゴキブリに「ゴキカブリ」という名称を与えた.漢字仮名交じりに書けば「御器かぶり」で,仮名書きなら「ゴキカブリ」である.
 それがどうして「ゴキブリ」に変化したのか.
 その事情についてはかつて通説があった.
 平凡社世界大百科事典第二版には次の記述がある.(出典)
 
【ゴキブリ】…現在の名は,明治時代の昆虫学者松村松年が《日本昆虫学》(1898) でゴキカブリをゴキブリと誤記したことに端を発しているという。漢名は蜚蠊 (ひれん)。…
 
 松村松年は日本近代昆虫学を創始した学者.Wikipedia 【松村松年】には,
 
日本の近代昆虫学を築いた人物であると評され、日本に生息する昆虫の命名法 (和名) を創案した。学名に「Matsumura」とつく昆虫も数多い。1898年 (明治31年) 初版の『日本昆虫学』、1904年 (明治37年) から始まる『日本千虫図解』シリーズは兄の松村竹夫の昆虫図とともに評価を得た。1926年 (大正15年) に創刊した昆虫学雑誌『Insecta Matsumurana』は2016年現在においても刊行されている。
 
と書かれている.
 動植物の分類学という学問は,古い知見の上に新しい知見を載せて構築される学問分野ではなく,特に日進月歩でもないのに,先人の業績が後世には役に立たなくなるという悲哀がある.
 これに対比すると,数学や物理学や化学は,スクラップ&ビルドではない.根底から覆るということがない.例えば私たちが高校生の時に覚えた元素番号は今でも変わらない.私ら高齢者は,2003年に冥王星が惑星の地位を剥奪されて小惑星に格落ちした時にショックを受けたが,しかし冥王星はちゃんと今も存在しているからそれほど悲しくはない.
 で,問題のゴキブリだが,現代の昆虫分類では Wikipedia にある記述は次の通りである.
 
ゴキブリ目はカマキリ目と近縁で、合わせて網翅類 (Dictyoptera) を成し、網翅目として扱われることもある。網翅目とする場合、ゴキブリ目はゴキブリ亜目となる。
 古くは現在のバッタ目、ナナフシ目、ゴキブリ目、カマキリ目を1目とし、網翅目または直翅目と呼ぶこともあった。しかし実際は、バッタ目とナナフシ目、ゴキブリ目とカマキリ目はそれぞれ近縁だが、両グループは近縁ではなく、このような分類は現在ではなされない。
 
 松村松年による分類は《このような分類は現在ではなされない》と書かれている.いかな大学者の業績でも,古くなれば打ち捨てられてしまうのだ.祇園精舍の鐘の声である.
 それはともかく,「ゴキカブリ」が「ゴキブリ」になってしまったのは松村松年のせいであるというのが以前の説だ.平凡社世界大百科事典の記述を再掲する.
 
【ゴキブリ】…現在の名は,明治時代の昆虫学者松村松年が《日本昆虫学》(1898) でゴキカブリをゴキブリと誤記したことに端を発しているという。漢名は蜚蠊 (ひれん)。…
 
 これが本当かどうかを『日本昆虫学』(国会図書館蔵デジタルコレクション,裳華房刊初版) に直接あたってみる.
 
20230326d
 
 松村はゴキブリを直翅目の第二科として「蜚蠊科」(ゴキブリカ) を立てている.科名表記に漢語の「蜚蠊」を用いているが,読みは説明中に「ゴキブリ」と「アブラムシ」と二つの和語のルビを振っているからそう読めということだろう.赤枠で囲ったその箇所を下に拡大して示す.
 
20230326e
 
 しかし分類上の同一科名に,二つの読みがあるのはおかしい.もし「蜚蠊科=ヒレンカ」が正しい科名ならば「蜚蠊」に「ゴキブリ」「アブラムシ」とルビを振るべきではない.ここら辺のいい加減さは,今となっては著者に確かめようもないが,明治時代の学問レベルはこんなもんだったのかも知れない.
 さて,Wikipedia【ゴキブリは】はこの松村責任説に異論を唱えている.長いが下に当該箇所を引用する.
 
名称
 ゴキブリは最初からそう呼ばれていたわけではない。平安時代の本草和名には「阿久多牟之 (あくたむし)」や「都乃牟之 (つのむし)」の古名が見え、伊呂波字類抄には「アキムシ」という名前も見える。いずれも現在のヤマトゴキブリを指すと考えられている。
 江戸時代に入ると「油虫 (あぶらむし)」と呼ばれる様になり、百科事典の和漢三才図会には御器嚙 (ごきかぶり) と共にその名前が記されている。油虫という名前は油ぎったような外見から、御器噛という名前は蓋付きの椀 (御器) をかじる虫であることから由来し、他にも地域によってゴキクライムシやゴゼムシ、アマメなどと呼ばれていた。御器をかぶることから御器被りとも解される。
 そして明治時代になってゴキブリという名前が現れる。この名称はゴキカブリから訛ったものだとも説明されるが、昆虫学者の小西正泰によると、「ゴキブリ」という名称は、1884年 (明治17年) に出版された日本の生物学辞典『生物学語彙』(岩川友太郎) に脱字があり、「ゴキカブリ」の「カ」の字が抜け落ちたまま拡散・定着したことに由来する。なぜ欠落したのかは定かではないが、同書は漢字1文字あたり2文字までしか読みを振れない活字を使っていたので、これにより中央の文字が抜け落ちたのかもしれない。
 俳句では「油虫 (アブラムシ)」は夏の季語であるなど広く親しまれていた名称だが、生物学上では矢野宗幹は1906年 (明治39年)、アリマキとの混同を避けるためにゴキブリを総称とするよう提唱した。標準和名としての使用は松村松年が1898年 (明治31年) にPeriplaneta americanaにこの名を与えたのを皮切りとする。1903年 (明治36年) に名和靖がヤマトゴキブリを指してゴキブリとし、1904年 (明治37年) に出版された松村松年の日本千虫図鑑第1巻でもゴキブリ名義でヤマトゴキブリが図説されている。しかし矢野は1906年、本草綱目啓蒙の記述からゴキブリはゴキブリ属の種の総称だと解すべきとして、特定の1種の和名とすることはできないと論じた。
 漢字表記には漢名の「蜚蠊」という文字が当てられ、沖縄県・琉球方言でゴキブリを指す「ヒーレー」「フィーレー」という語は漢名の音読み「ひれん」に由来する。…》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 小西正泰によれば,岩川友太郎『生物学語彙』が間違いの始まりだという.
 この本は国会図書館デジタルコレクションで公開されているのだが,非常に読みにくくて私には当該箇所を見つけられない.
 そこで,岩川友太郎責任説が書かれている小西正泰の著書『虫の博物誌』の古書を探したら,安い値段で流通している.早速注文して,今は本が届くのを待っているところだ.
(続く)

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2023年3月24日 (金)

種ありブドウ

 柑橘類の出荷時期を調べたら,私が好きな静岡の三ケ日みかんの季節はもう終わりであるという.
 今が旬なのは,皮が固くて酸味のある柑橘だ.
 イチゴは,一パックがまだ五百円以下で店頭にある.「とちおとめ」などの育ちすぎてしまったやつは四百円のお買い得だから,そういう安いのを見つけたら買ってきて,一気に食べてしまう.
 ブドウは輸入品がいつも店頭にある.こいつは,一パックが四百円でずっしりと食べでがある.
 そこでチリ産のブドウを買ってきた.
 
20230325a
 
「皮ごと食べられる」と書いてあるから買う気になったのだが,実は迂闊にも<種あり>とも書いてあるのを見落とした.
 こいつは実際に食べてみると,皮の渋みは少なくてその意味では「皮ごと食べられる」けれど,しかし噛むと種をゴリっと噛んでしまう.
 つまり<種あり>は,実際上は「皮ごと食べられない」ぞと私は思うのだ.
 とはいえ表示を見落とした私が悪いのであるから,文句の持って行き場がなくてストレスを感じつつ食べている.
 
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2023年3月23日 (木)

何も調べずに書き飛ばす妄想ライター窪田順生

 私はこのブログに広告を掲載していない.ありがたいことに口に糊するだけの年金は頂戴しているので,その必要がない.
 ブログに書く記事の内容も,好き勝手である.締め切りもない.
 そういうわけで私はまことにストレス・フリーなのであるが,世の中には飯を食うために文章を書くライターという職業があり,そういう人々は,自分にはよくわからぬことでも,あるいは嘘でも,記事を書いてカネに換えなければならぬ.
 窪田順生もその一人だろう.お気の毒にと,心から同情する.
 その窪田順生の書いた ITmedia ビジネスオンライン《なぜ「さつまいもブーム」が起きているのか 背景に“エリートの皮算用”》[掲載日 2023年3月22日 09:00] から下に引用する.

そういう国民性を踏まえると、日本の食料自給率が今後も改善される見込みは少ない。「ヤバいよ、飢えちゃうよ」とうろたえながらも、特に対策を練ることもなく、国内の農業や漁業は衰退の一途をたどっていく。
 そんなときに台湾有事のような国際紛争が起きて、シーレーン(有事に際して確保すべき海上交通路のこと)が分断されようものなら、輸入食品に依存するこの国はあっという間に「飢えるニッポン」になる。
 そこに10年以内に発生する確率が30%だという南海トラフ巨大地震が重なれば最悪だ。食糧がないところで大量の被災者が出れば、多くの人が飢えに苦しむ恐れもある。
 そんな深刻な「食糧危機」のダメージを少しでも軽減しようと、日本政府はもちろん、さまざまな業界、さまざまな組織が水面下で動いている。
 つまり、もはや日本の食料自給率が劇的に回復することはないので、食糧不足に陥ることは避けられないとして、少しでも飢える人を減らしていこうというわけだ。
 
●さつまいもの生産量が増加

 そのようなアクションが全国で同時多発的に起きて「さつまいもブーム」を後押しをしているのではないか。
 それを象徴するのが、20年から始まった「さつまいも博」である。
 これは全国のさつまいも産地や専門店が一堂に会して、さつまいもの魅力を発信するイベントで、3回目の今年は「さいたまスーパーアリーナ」で開かれて大盛況。そのため、さらに規模を拡大した「夏のさつまいも博」が8月17日に新宿で開催されることが決定したという。
 このようなブームが起きれば、農家としてもビジネスチャンスということで以下のように続々と参入していく。特にありがたいのはコメ農家だ。
『干し芋加工にアツい視線、新潟県内の農家続々参入 甘くて栄養豊富な「昔ながらのおやつ」』(新潟日報 1月23日)
 茨城県が有名な「干し芋」は稲作と作業時期が被らないので、コメ農家にすれば冬場の「副業」としてはもってこいなのだ。
 実際、農林水産省が2023年2月に公表した調査結果によれば、22年のさつまいもの生産量は前年比6%増の71万700トンで、なんと6年ぶりに前年を上回ったという。つまり、近年のブームが、さつまいも生産力アップに結びついているのだ》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 まず驚くのは,小学生レベルの知識が窪田順生にはないということだ.
 サツマイモの栽培は,水はけがよく (=保水力が低いために稲作に適さない) 痩せた土地が適している.土は火山灰土や砂質壌土が理想的である. 一般的に肥沃な土壌で栽培すると地上部ばかりが茂って芋は痩せる.
 サツマイモの産地は鹿児島県,茨城県,千葉県,宮崎県の四県で全国生産量の八割を占める.
 鹿児島県と宮崎県には,保水力の低い火山灰地であるシラス台地が広がっていて,サツマイモの生産に適していることはそれこそ小学生の知識である.(鹿児島県本土の52%,宮崎県の16%がシラス台地である)
 茨城県と千葉県は同じく火山灰地である関東ローム層に適度に砂が混じった土質で,ここもサツマイモの栽培に適している.
 このようにサツマイモの産地が偏在していることは,サツマイモ栽培に適した土地が少ないことを意味している.
 窪田順生は新潟日報の記事《干し芋加工にアツい視線、新潟県内の農家続々参入 甘くて栄養豊富な「昔ながらのおやつ」》を引用しているが,《新潟県内の農家続々参入》は地方新聞の大げさな記事である.新潟県の海岸部にはわずかに砂地があり,そこで細々とサツマイモが栽培されているが生産量は少なく (全国生産量の0.4%),実際は新潟日報の記事にあるように《昔ながらのおやつ》レベルの話なのである.
 こういう新潟県の農業のささやかな記事を,日本の食糧問題を論じる文章中に引き合いに出す窪田順生は,頭がおかしいのではないか.
 次に,窪田は《茨城県が有名な「干し芋」は稲作と作業時期が被らないので、コメ農家にすれば冬場の「副業」としてはもってこいなのだ》と書いている.
 全国の「干し芋」生産量の九割が茨城県産であり,そのまた大部分が,ひたちなか市、東海村、那珂市の三市で生産されているが,茨城県のサツマイモ産地は鉾田市,行方市,ひたちなか市,茨城町,大洗町,鹿嶋市,那珂市,水戸市,小美玉市,東海村に広がっている.
 もし「干し芋」製造が《稲作と作業時期が被らないので、コメ農家にすれば冬場の「副業」としてはもってこいなのだ》とすれば,なぜひたちなか市、東海村、那珂市の三市以外の生産地,また他県のサツマイモ生産地では「干し芋」を作らないのか.このことに目をふさぐのなら,いっそ「干し芋」のことなんぞ書かないほうがいい.
 さらに続いて窪田は《22年のさつまいもの生産量は前年比6%増の71万700トンで、なんと6年ぶりに前年を上回ったという。つまり、近年のブームが、さつまいも生産力アップに結びついているのだ》と書いている.
 そこでサツマイモの生産量推移を見てみよう.
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 年次  全国生産量 (t)
 2011年  885,900
 2012年  875,900
 2013年  942,300
 2014年  886,500
 2015年  814,200
 2016年  860,700
 2017年  807,100
 2018年  796,500
 2019年  748,700
 2020年  687,600
 2021年  671,900
 2022年  710,700
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 これを農水省がどう評価しているかというと,以下の通りである.(出典《令和4年産かんしょの作付面積及び収穫量》[掲載日 2023年2月7日])
作付面積
 全国の作付面積は3万2,300haで、前年産並みとなった
 10a当たり収量
 全国の10a当たり収量は2,200kgで、前年産を6%上回った。これは、おおむね天候に恵まれ、いもの肥大が順調に進んだことや、鹿児島県、宮崎県において、サツマイモ基腐病の被害が、抵抗性品種への切替えや防除対策により減少したことによる
 
 日本のサツマイモ生産は,たまに収量が前年を上回る (上表の2013年,2016年,2022年) ことがあるが,この十年のトレンドとしては作付け面積は減少して収量も減る状態が続いている.
 窪田は《近年のブームが、さつまいも生産力アップに結びついているのだ》と妄想を逞しくしているが,農水省は,消費者の一時的な気まぐれ「サツマイモのブーム」なんぞ一顧だにしていない.そうではなく,2022年の収量増は,主産地である鹿児島県と宮崎県における病害抵抗性品種への切替と防除対策によるものだと断定している.なぜなら,作付け面積が増えていない以上,2022年の収量増は一時的な現象であり,サツマイモの生産力が増強したのではないからである.これは,サツマイモ農業の実情を少し調べれば妥当な評価だと誰でも納得できる.
 では,いったい窪田はどこから《近年のブームが、さつまいも生産力アップに結びついているのだ》という妄想を引っ張り出してきたのか.
 窪田は記事中で,以下の (1) ~ (3) を述べている.
(1) 来るべき日本の食糧危機を,日本のエリート層 (政治家と官僚) は,サツマイモで乗り切ろうと決めた.
(2) しかし国民はサツマイモだらけの食生活に大きな不満を持つに違いなく,これが社会の混乱を招き《政府と敵対する国家や政治勢力を支持する「非国民」が増えてしまうかもしれない
(3) 《こういう「国家の威信」が揺るがされそうになると、政治家や官僚たちは何を考えるのかというと、イモだらけの食生活になっても、文句を言わないように国民を「教育」しようと考える。さつまいもはオシャレな食べ物であって、主食からオヤツまでなんでもいける万能食くらいに認識を変えてしまえば、来るべき食糧危機にも国民の不満を抑えて乗り切れるはずだ――。そういう日本のエリートたちの皮算用が近年の「さつまいもブーム」》の背景にある.(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
 
 これが窪田の脳内で描かれている素っ頓狂な陰謀論であるが,《さつまいもはオシャレな食べ物》と書くあたりが,陰謀論にしてはあまりにもチープなので,情けなくて涙が出る.
 サツマイモの耕作可能な土地が我が国にあとどれくらいあるか,あとどれくらい増産可能かを調べれば,サツマイモは来るべき食糧危機に対して大して役に立たない作物だと小学生でもすぐにわかる.窪田順生だっていい歳こいた大人なんだから,もうちょっと手の込んだ陰謀論を作れないものかと声を大にして言いたい.
 陰謀論好きの窪田はほっといて,まじめな話をすると,将来に予想される食糧危機に対して,政府と国民が考えるべきは,戦後の減反政策によって生じた調製水田 (水を張ることにより常に水稲の生産力が維持される状態に管理するが耕作はしない水田) や休耕地 (作物の栽培を一時的に休止している田畑),休耕地がそのまま継続して耕作放棄地 (以前耕作していた土地で,過去一年以上作物を作付けせず,またこの数年の間に再び作付けする意思を所有者が持っていない土地) になってしまった土地,荒廃農地 (長期の耕作放棄により通常の農作業では作物栽培が不可能となった土地) をどう活用して食糧増産に繋げていくか,という問題である.
 これは農業技術や農業政策だけで解決するものではなく,農村の後継者不在や集落の消滅,あるいは都市部からの移住者を表向きは歓迎するといいつつ実は「よそ者」を排除する農村文化まで関わる広範囲にわたる課題なのである.
 しかるに窪田順生の脳内お花畑では,政治家や官僚が食糧危機の解決策として「サツマイモのスイーツ」ブームを企んでいるらしい.開いた口がふさがらぬ.
 
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2023年3月22日 (水)

デジタル分野の労働者

 大学の定員に関しては「地域大学振興法」という十年間の時限措置があり,東京二十三区にある大学は原則として定員を増やすことができず,学部や学科の新設もできない.
 これは東京への学生流入を抑制することで地方における就学機会を増加させ,地方大学や地域経済を活性化することを目的としている.
 しかし地方大学は依然として定員割れの状態にあり,都内の大学は定員を越す学生が入学していると言う.
 地方私大は淘汰が進んでいると西日本新聞《地方私大の閉校相次ぐ 自治体が誘致、計画の甘さ浮き彫りに…進む淘汰》[掲載日 2019年5月15日 06:00) は伝えているが,ただし都市部でも大学の閉校は珍しくはない.(青山学院女子短期大学は2022年3月31日に閉校.恵泉女子学園大学は令和五年度で募集終了.etc)
 このことについて書かれている週刊現代《小池百合子もブチ切れた…!ナゾの「デジタル系学部の定員規制緩和」がもたらすニッポンのヤバすぎる未来》[掲載日 2023年3月22日] から下に引用する.
 
小池都知事も反発
そもそも大学の立地だけを基準として定員を抑制する規制は基本的に海外でも例がなく、地方活性化策としての有効性が疑われる。また地方創生の目的のひとつである出生率上昇も達成されておらず、むしろ6年連続の低下となっている現状がある。
 このような状況の中、政府は突然、方向転換を始めた。'24年度にも「東京23区の大学定員規制」を一部緩和し、「デジタル系の学部・学科」の定員増は規制の対象外とする方針を決めたのだ。
 この支離滅裂かつ場当たり的な政府の方針に噛みついたのが、東京都の小池百合子知事だ。政府の方針に対し、2月中旬、小池知事は「不十分な内容と言わざるをえない」「地方創生を名目として、場所だけを理由に大学に制限を課すもの」とコメントし、「熾烈な国際競争が繰り広げられる中、今なすべきことは、東京であれ地方であれ、世界中から学生が集まる魅力的な大学を育てること」という旨の強い発言をした。
 規制緩和がデジタル系の学部・学科のみで、それ以外の学部も対象にならないのは筆者も理解できない。例えば、国際経済における競争力を高めるには、計量経済学や金融工学という学問を強化することも必要だろう。また高度なデータ分析ならば、経済学部や理学部・工学部なども扱っている。にもかかわらず、デジタル系の学部・学科のみを対象とするのは、あまりに不可解だ。
 
 都内の大学の定員見直しについて,いい悪いの論評を私はしないが,実効性のない「地域大学振興法」を骨抜きにし,《デジタル系の学部・学科》を拡充するという施策が,安倍内閣以来の政府方針に沿っていることは事実である.というか,そもそも「地域大学振興法」には無理があったのだ.
 そのため方向転換が行われることになったのだが,中途半端であると小池都知事が反対し,週刊現代の匿名ライターも反対意見を記事にしたわけだ.
 問題は,この匿名ライターが《例えば、国際経済における競争力を高めるには、計量経済学や金融工学という学問を強化することも必要だろう》と書いていることだ.
 私が大学生だった頃から日本では,《学問を強化すること》は大学院で行うこととし,学部は産業労働者を育成するのを目的とするようになり始めたのである.
 つまり現在の政府は,東京二十三区の大学におけるデジタル系学部学科の定員見直し (増加) に関しては,学問の強化なんぞこれぽっちも考えてはいない.大量のデジタル分野労働者を産業界に送りこむことを意図しているのである.
 政府だけではない.NHKの討論番組をよく観ている視聴者には周知のことだが,経済界からの出席者として新浪剛史氏 (サントリーホールディングス社長) がしきりとデジタル分野労働者を産業界に供給しろと述べてきた.
 政府や経済界は,デジタル分野の産業を牽引する人材の育成に言及しないのは当然で,そのような人材は政治的取り組みをせずとも自然発生的に産業界に供給されるからである.
デジタル系の学部・学科》の定員を二倍に増やそうが半分に減らそうが,優秀な人材の数は変わらない.《デジタル系の学部・学科》の定員増減によって影響されるのは,クリエイティブな人材ではなく産業界によって使い捨てにされる労働者なのである.
 そして政財界が意識的に取り組もうとしているのは,まさにこのデジタル系の労働者 (それも非正規労働者) を大量に育成することなのだ.
 こう考えると,従前からの政府のいわゆる「働き方改革」と整合性が取れていることがわかる.
 そういう産業政策に異議を申し立てるのはよいが,それに対するに《学問を強化すること》を持ち出すのはいかにも的外れである.私が学生だった頃だって学部卒業者に《学問を強化すること》を期待するのはピント外れだったからである.
 すなわち現状の日本において,大学定員を増やすことは,非正規労働者の増加政策と軌を一にしているのだという視点から論じる必要がある.仮にもメディアに文章を載せるライターならば,非正規労働者問題との関係で大学定員を論じて欲しいものだ.
 
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2023年3月20日 (月)

国家資格 /工事中

 管理栄養士資格は,全国に144校ある管理栄養士養成施設 (四年制大学,専門学校) を卒業すると受験資格が得られる.
 これらの養成校を新卒で受験した者は,余程の阿呆でなければ試験に合格する.酷い年は合格率95%以上のこともある.
 これを,いわゆる難関資格を除く他の国家資格と比較してみよう.
 
 自動車運転免許の試験合格率は以下の通りである.
 * 警察庁交通局「令和3年版運転免許統計」
   年別   合格率 (%)
   令和元年 75.1
   令和2年 77.7
   令和3年 77.1
 
 気象予報士試験 (年二回) は,平成六年から令和四年までの平均合格率は5.5%である.直近の合格率は以下の通り.難しい試験のうちに入る.
 * 気象業務支援センター「気象予報士試験」
   令和元  4.5% 5.8%
   令和2年 5.8% 5.6%
   令和3年 4.2% 4.9%
   令和4年 6.0% 4.8%
 
 気象予報士と並んで女性に人気のある職業資格である薬剤師はどうか.薬剤師試験は六年制大学を卒業の受験資格者が受験するため合格率は高いが,合格は易しくはない.
 * 厚労省「試験回次別合格者数の推移」
   105回 (2020年) 106回 (2021年) 107回 (2022年)
   69.58%     68.66%     68.02%
 
 つい最近,抜群の画才と美貌で知られる田中道子さんが合格してニュースになった一級建築士は難しい資格の一つである.
 * 総合資格学院「一級建築士 試験の合格率」
   令和元年 12.0%
   令和2年 10.6%
   令和3年  9.9%
   令和4年  9.9%
 
 自動車運転免許は別として,司法試験ほどの難関試験ではないが取得が簡単ではない資格試験の例 (気象予報士,薬剤師,一級建築士) を上に挙げた.
 それらに比較すると,管理栄養士の資格試験合格率は異常に高い.運転免許は非常にニーズの高い資格であるが,それでも全員合格ではない.当然だが,運転不適格者が紛れ込む危険性を排除するためである.
 これに対して管理栄養士は,運転免許より遥かにニーズが少ない資格であるのにもかかわらず,大盤振る舞いというか,持ってけドロボー状態である.もしかすると厚労省は「一家に一人の管理栄養士」を目指しているのかも知れない.w
 そういう有様だから,管理栄養士の中にはトンデモな者が紛れ込んでいる.そこでトンデモ管理栄養士の例を挙げる.
 下のスクリーン・ショットは管理栄養士の竹内寿美恵というヨガインストラクターが書いた記事である.(引用元;ヨガジャーナルオンライン《納豆をかき混ぜるほど美味しくなるって本当?味の違いや栄養学的な違いは|管理栄養士が解説》[掲載日 2023年3月19日])
 
20230320d
 
 嘘の箇所を以下にテキストで示す.
 
(A)《一方、ポリグルタミン酸ですが、私たちが食べる時にしっかり納豆をかき混ぜることで、ポリグルタミン酸から旨味成分で有名な「グルタミン酸」が作られて、より美味しくなります。
 そのため納豆を混ぜることで旨味成分が多くなりより美味しくなります。
 
(B)《納豆の発酵がすすめば、より旨味となるポリグルタミン酸が多くなります。
 
 引用箇所 (B) から先に片づける.《納豆の発酵がすすめば、より旨味となるポリグルタミン酸が多くなります》は日本語が崩壊している.小学生に教えるが如く親切に添削して差し上げれば「納豆の発酵がすすめば、旨味成分であるグルタミン酸のもととなるポリグルタミン酸が、より多くなります」だが,こう直しても内容的に間違っている.
 発酵の進行に従ってポリグルタミン酸は,「多くなります」ではなく,分解されて減少するのである.
 この事実は,店頭から購入してきた納豆を保存すると,やがて糸を引かなくなることで経験的に知られているが,実験的に示したのが木村啓太郎「納豆菌の粘質物生産機構」(食糧その科学と技術45号,2007年03月27日,p.61-76) である.下にそのグラフを引用する.
 
20230321c
 
 上図の○は納豆菌の増殖状態を示している.培養開始から二日経過すると菌体量は定常期に入り,三日目まではポリグルタミン酸量 (●) は増加するが,それ以後は減少してしまう.
 また生活経験としても,納豆のメーカーや保存条件によってかなり幅はあるが,メーカーが示した賞味期限を過ぎると糸引きは少なくなりアンモニア臭が感じられるようになり,食味風味は低下してしまう.
 実験室的にも生活経験としても,納豆は発酵が進むにつれてポリグルタミン酸量は減るのである.
 竹内寿美恵という嘘つき管理栄養士&ヨガインストラクターは《納豆の発酵がすすめば、より旨味となるポリグルタミン酸が多くなります》と述べているが,どうやら納豆を食べたことがないようだ.自分が食べたこともないものについてエラソーに講釈を垂れてはいけない.
 
 次に (A) の引用箇所について説明する.
 ポリグルタミン酸からグルタミン酸を生成するには,(1) 直鎖状高分子であるポリグルタミン酸の末端ペプチド結合を物理的に切断する,(2) 塩酸で加水分解する,(3) 酵素で分解する,の三手段がある.
 高分子材料は,引張り応力を加えて歪を生じさせると,歪が限界を超えると破壊に至る.この時,材料内部で共有結合が物理的に切断されている.
 この現象を説明している《斎藤勝政「高分子材料の破壊」(精密機械31巻12号,1965)》から下にスクリーン・ショットで引用する.
 
20230320h
 
 しかし納豆を箸でかき混ぜても,ネバネバに含まれているポリグルタミン酸は撹拌されているだけで,歪は生じていない.
 すなわち (1) の方法でグルタミン酸を生成させることはできない.
 次に (2) は,除外する.今論じているのは,私たちが食べる食品の納豆の中で,ポリグルタミン酸からグルタミン酸が生成する話だからである.
 最後の (3) は可能性がある.

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2023年3月19日 (日)

くしゃみの語尾

 先日放送されたNHK《チコちゃんに叱られる!》で,「おじさんのくしゃみがうるさい (声が大きい) のはなぜ?」という疑問を取り上げていた.
 ヒトの運動反射 (例えばくしゃみ) は脳によって制御されているのだが,脳の制御力が衰えてくるとノー・コントロールになってしまう.
 つまり若い女性あたりはかわいらしく「くしゅ」とか発声するのであるが,おじさんは全力で「ブェ~ックシュン」などとくしゃみしてしまうのである.
 ここで一つ疑問が生じる.
 大阪弁では,くしゃみを「ハーックション!」としたあとに続けて「あほんだらぼけかす」などと言うらしい.「ハーックション!あほんだらぼけかす!」である.
 これと似たようなことは東京弁 (江戸言葉) にもあって,落語に出てくる大工の熊さんは「ヘーックショイ!とくらあ」と言う.「くらあ」は「来る」の活用形wである.
 もちろん大阪でも東京でも,若い人たちやご婦人がたは,くしゃみのあとに余計なことを言わない.余計なことを言うのは男の年寄りたちである.
 で,この「あほんだらぼけかす」や「とくらあ」を本人は無意識に発語してしまうのだが,これは脳の制御下に行われているのだろうか.それが疑問である.
 NHKは,運動制御論の専門家に意見を訊いて欲しい.
 余談だが,昔の東京の年寄りはくしゃみに続けて「とくらあ」の他に色々と発語したらしい.
 その一つで「よいしょっ」を私は聞いたことがある.「ヘーックショイ!よいしょーっ!」(耳には「ヘーックショイしょーっ!」と聞こえる) だが,これは間抜けな感じがする.
 
[余談]
 上に《若い女性あたりはかわいらしく「くしゅ」とか発声する》と書いたが,このくしゃみを「かわいい」と思うか「あざとい」と思うかが問題である.関心ある向きは「くしゃみ×あざとい」で検索されたい.
 
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ウクライナに自由と光あれ
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(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)



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