飼っていた犬が逝ってからひと月が過ぎた.元気な頃の写真を見て涙ぐむようなことは,ようやくなくなったが,遺骨と写真と遺品 (よく着せていた服とかリードなど) を祭壇に置き,生花を一輪挿しに飾って生前を偲んでいる.どうやら深刻なペットロスにはならずに済みそうだ.
さて犬でも猫でも,人に懐く生き物を飼っている人たちによく知られている「虹の橋」という散文詩がある.
この詩は長らく作者不詳とされてきたが,NATIONAL GEOGRAPHIC"The ‘Rainbow Bridge’ has comforted millions of pet parents. Who wrote it?"(PUBLISHED FEBRUARY 23, 2023) に,作者が判明したとの記事が掲載された.(日本語版記事は3/6に掲載)
この記事によれば,作者である女性 Clyne-Rekhy が十九歳の時に看取った愛犬について書いた文章が‘Rainbow Bridge’だという.
その文章を NATIONAL GEOGRAPHIC の記事から引用する.
Rainbow Bridge
Just this side of heaven is a place called Rainbow Bridge.
When an animal dies that has been especially close to someone here, that pet goes to Rainbow Bridge.
There are meadows and hills for all of our special friends so they can run and play together.
There is plenty of food, water and sunshine, and our friends are warm and comfortable.
All the animals who had been ill and old are restored to health and vigor.
Those who were hurt or maimed are made whole and strong again, just as we remember them in our dreams of days and times gone by.
The animals are happy and content, except for one small thing; they each miss someone very special to them, who had to be left behind.
They all run and play together, but the day comes when one suddenly stops and looks into the distance.
His bright eyes are intent. His eager body quivers.
Suddenly he begins to run from the group, flying over the green grass, his legs carrying him faster and faster.
You have been spotted, and when you and your special friend finally meet, you cling together in joyous reunion, never to be parted again.
The happy kisses rain upon your face; your hands again caress the beloved head, and you look once more into the trusting eyes of your pet, so long gone from your life but never absent from your heart.
Then you cross Rainbow Bridge together.
この散文詩は各国語に翻訳されて人口に膾炙する過程で,あるいは断片的な引用を経て,少しずつ意味内容に変化が生じた.
元の文章では,この世で命を終えたペットたちは,天国のすぐこちら側にある「虹の橋」というところに行くのだとある.
その場所でペットたちは何不自由なく楽しくくらすのだが,たった一つの心残りは別れてしまった飼い主のことである.
しかしやがて,飼い主が死ぬと,ペットと飼い主は虹の橋のたもとで再会する.
そして"Then you cross Rainbow Bridge together"つまり,虹の橋のたもとで再会した飼い主とペットは一緒に虹の橋を渡るのだ.
ところがいつの間にか「ペットは死ぬと虹の橋を渡る」という,原詩の意味の誤解が生じた.
上に紹介した NATIONAL GEOGRAPHIC の記事の冒頭に次の油彩画が掲載されている.この絵が誤りであることを示すために,下にブラウザ画面のスクリーン・ショットで引用する.

上の絵は,画家 Stella Violano が2009年に描いた油彩である.
左の草地から飼い主の魂がやってくると,その姿を見つけたペットたちが,右側の花咲き乱れる美しい場所から虹の橋を戻ってきて,橋の上で再会するという光景が描かれている.
画家がそういうイメージで虹の橋を思い描いても別段悪いことはない (どう描こうと画家の勝手だ) が,原詩の内容と全く異なることは確かである.
しかし原詩に忠実な理解をするのであれば,虹の橋の左側で飼い主とペットは再会し,それから一緒に虹の橋を渡るのである.
さて私の犬が生を終えたあと,改めて虹の橋について検索すると,「ペットは死ぬと虹の橋を渡る」と理解している人が,かなりいることがわかった.
例えば,まいどなニュース《「急いでいる時に限って…」飼い主の足の上でゆっくりおやつを味わうハムスター「困らせるとこも可愛い」「かわいいは正義」》[掲載日 2023年11月17日] には以下の記述がある.
《飼い主さんがあぐらをかいた足の上でおやつを味わうハムスターの写真がX(旧Twitter)で話題になりました。
投稿したのは、飼い主の「エンタ治療院」さん(@entachiryouin)。ハムスターは、同治療院の初代広報担当だった『とと美』ちゃん(雌)です。飼い主さんによると、写真は1歳10カ月で虹の橋を渡ったという、とと美ちゃんと暮らしていた頃に撮影した日常のひとコマとのこと。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が個なった)
上に引用した記事のように最近では,ペットの死を「虹の橋を渡る」と表現することが多いようだ.死んだペットは,飼い主が来てくれるのを待っていてくれないのである.
散文詩"Rainbow Bridge"の作者が,発表の最初から自らを著作権者であると明らかにして,他者による改変を禁じていれば,詩の内容の変化は避けられたと思われるが,しかし実際には著作権者不明のまま長い時間が過ぎた.もう虹の橋の意味の変化は,このままにしておく他はないようだ.
ではあるが,私は「飼い主がやって来る日を虹の橋のたもとで待っているペットたち」というイメージが好きだ.
私の犬も,私が虹の橋のたもとに逝く日を待っていてくれると思う.
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ウクライナに自由と光あれ
(国旗画像は著作権者来夢来人さんの御好意により
ウクライナ国旗のフリー素材から拝借した)
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