茶豆あれこれ
昭和の昔話をする.
関東地方ではそら豆が出回る期間は短くて,六月になると八百屋とかスーパーの店頭に並ぶが七月にはもう見かけなくなる.
七月になれば今度は枝豆がどっと店頭に出てくる.
枝豆といえば,昔は夏の風物詩の屋上ビアガーデンとセットだった.
仕事を早めに切り上げて,まだ明るいうちに何人かで連れ立ってビアガーデンに繰り出し,枝豆でジョッキの生ビールをグイグイと飲むのが痛快だった.
私見だが,そら豆と生ビールは相性が悪い.生ビール中ジョッキ (生チュー) の相方はやはり枝豆だ.
私がまだ若かった頃の夏のある日,会社の同僚で関西出身の男が,居酒屋で枝豆を注文した.
彼は,指先で莢を押して豆を口に入れたとたん「うっ」と言って吐き出した.
そして「この枝豆はヘンなにおいがする」と言った.
ヘンなにおいとは足の裏のにおいだと言う.
そう,この居酒屋で出された枝豆は「茶豆」だったのである.
茶豆は,枝豆用として栽培される大豆のうち,「莢に生えている毛」と「豆を包む薄皮」が茶色をしている系統の品種群であり,代表的な品種は,山形県特産である「だだちゃ豆」と新潟県特産の「くろさき茶豆」である.
おもしろいのはこの二品種の起源来歴で,Wikipedia の記述に混乱がある.
Wikipedia【だだちゃ豆】には次のように書かれている.
《だだちゃ豆(だだちゃまめ)は、枝豆用として栽培されるダイズ(大豆)の系統群である。山形県庄内地方の特産品。江戸時代に越後(現在の新潟県)から庄内に伝わった品種を選抜育成したものと考えられている。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
また Wikipedia【くろさき茶豆】には下のように記載されている.
《明治末期または大正10年に、黒埼村の小平方(こひらかた)(現在の新潟市西区)の農家の姉妹が山形県鶴岡市に嫁いだことで、里帰りの際に白山だだちゃ豆の種子を持ち帰ったことが始まりとされている。》(引用文中の文字の着色強調は当ブログの筆者が行った)
つまりWikipedia【だだちゃ豆】は,庄内の茶豆は越後にルーツがあるといい,Wikipedia【くろさき茶豆】は,越後の茶豆は庄内にルーツがあるとしている.
越後も庄内も「茶豆はうちが本家だ!」とは主張せず,逆に起源を譲り合っている格好だ.
これとは反対に私の郷里である群馬は何かと「うちが本家だ!」と言いつのる土地柄で,例えば北海道ローカルフードだった札幌ラーメンが昭和四十年代に関東地方に進出した頃,ほとんど同じパチモンを目敏く「上州ラーメン」と称し,県内国道沿いにラーメン屋が林立し,「上州ラーメンが本家元祖だ!」と宣伝した.
また東京界隈でソースカツ丼が流行すると,「うちがソースカツ丼を初めて売り出した」と称する食堂が県内のあちこちに割拠し,「本家がたくさんあるのはおかしい」と東京人のヒンシュクをかった.(諸説あるが,ソースカツ丼は東京の早稲田にあった店が発祥だとする説が有力)
上州は,他人の真似をしておきながら「俺が俺が」という土地なのである.まことに恥ずかしい限りである.
これに比べると越後も庄内も奥ゆかしい.県民性だろう.
さて,この稿の冒頭のエピソード《私がまだ若かった頃の夏のある日,》に戻る.
茶豆は他の枝豆用大豆品種と大きな違いがある.茹でると特有のニオイがするのだ.
私の会社の同僚が枝豆を口に入れたとたんに吐き出してしまったのは,その枝豆が茶豆だったからである.
一般に食品のニオイは多数の香気成分が関与しており,特定の単一化合物がニオイの特徴を決定していることは少ない.
もちろん例外はあって,例えば松茸の香りはほとんど 1-octen-3-ol (Wikipedia【1-オクテン-3-オール】)が寄与している.
茶豆の特有のニオイは多数の成分が関与しているために品種によって「ゆらぎ」があり,茶豆の風味を好む人には「加熱したトウモロコシ的な香り」と表現されることが多いが,茶豆を嫌う人には「足の裏のニオイだ」と酷評されたりもする.
トウモロコシと足の裏では随分な違いであるが,「足の裏のニオイだ」という酷評には一理がある.
茶豆のニオイの微量成分の一つにイソ吉草酸 (3-methylbutanoic acid;Wikipedia【3-メチルブタン酸】) があるのだが,これは足の裏のニオイ (「靴下臭」とも呼ばれる) を特徴づける主成分である.
そのため,イソ吉草酸に敏感な人は,茶豆から足の裏のニオイを連想してしまうのであろう.
実は私も茶豆よりも普通の枝豆の淡白な風味が好きだ.ビールがなくても皿に山盛りの枝豆を食べてしまう.
だから個性の強い茶豆を積極的に買って食べようとは思わない.
高級品である茶豆を好まないのは,食べるものが安上がりでよいと思っている.

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